一章〜非望〜 四百二十三話 多くの疑問はそのままに
改めて、ロバートから徒手格闘に加えて闘気法まで教えてもらう事になったアレルは、取り敢えずロバートの正面に立たされる。何でも、これから闘気の適性があるかを確かめる為に、一度ロバートの闘気を用いた一撃を打ち込むという話になっている。
そもそも、ヒト種族の中では魔力持ちですら全体の四割に満たない程度にも関わらず、闘気になるとそれが一割にも満たないとロバートは言っていた。つまり、ロバートが言いたい事は魔力と闘気の二つ持ちなんて理論上でしか存在しないので、一度だけ自身でも確かめたいのだろうとアレルは考える。
「それでは、よろしいですかアレル様?」
「ああ、好きにしてくれ」
言いながら、アレルは防御もせずにただ真っ直ぐに立っているだけだ。それというのも、ロバートの言う闘気を用いた一撃はほとんど力を込めずに打ち込むとの事で、防御は不要どころか逆に邪魔との事だった。
更に、続くロバートの説明ではロバートの闘気でアレルの内勁を揺らすから、扱う適性が無いと耐える事すら出来ずにそのまま意識を失って卒倒すると、アレルは聞かされた。なので、アレルは取り敢えず言われたままに、ロバートの好きにさせる事にした。
「では、いきます」
一応の合図と共に、ロバートはゆっくりとした動きでアレルの下腹部へ拳を打ち込む。否、それは打ち込むというよりも、押し当てるとか押し付けるといった表現の方が正しかった。
しかしその瞬間、なんて事はないじゃないかと思ったアレルは、直ぐに自身の身体に起こった異変に気が付く。何故か、ロバートがその拳を押し当てた辺りから、まるで内臓が捩じられていく様な感覚とじんわりとした熱を感じて気分が悪くなる。
なので、アレルはそれに抵抗する為咄嗟に自身のへその下辺りにグッと意識を集中させる。すると、それまでの不快感は嘘の様に霧散してロバートはアレルから拳を離す。
「······やはり、使い方が出来ているだけあって適性もお持ちで御座いましたね」
「今ので、良いのか?」
「はい、アレル様は不快感を感じて咄嗟に抵抗なさったみたいですが、闘気の適性が無い者はそもそも不快感すら感じません。ですが、アレル様の闘気は現状では戦闘に使う事は困難でしょうね」
扱い方は魔力で出来ている、闘気の適性も持っている事が判った。それなのに、何故戦闘で用いる事が困難なのか、アレルには解らない。
そこに、ロバートがアレルの困惑を感じ取ったのか、足りなかった言葉を足してくれる。
「言葉足らずで申し訳ありませんでした。先程も申しました通り、私が使えるのは内勁のみで外勁は使用出来ません。それ故に、私はアレル様に接触した状態で私の中で練った内勁を拳まで波の様に伝え、アレル様の内側を共振の様に震わせたに過ぎません。つまり、闘気同士を打ち合わせた訳では御座いません。それにも関わらず、干渉出来てしまったという事は──」
「そもそもの総量が少ない?」
「で、御座います」
要約すると、接触もさせずに干渉されてしまうアレルの闘気は本来の防御が出来ていない程薄いという事になり、本来なら先程のロバートが行った程度では闘気持ちは何ともならないのが普通という事だ。
その事から、アレルは自身の闘気の総量がかなり少なく、戦闘で用いる事が出来る程ではないと悟った。そんなアレルに、ロバートは気落ちさせない様にか、言葉を続ける。
「ですが、悲観する事は御座いませんよ。適性の無い者なら、いくら後天的に身につけようとしても得られるものではありません。逆に言えば、僅かでも持っているなら増やす事も可能で御座います。まあ、闘気量を増やすのは魔力に比べて難しいなどと言われてもいますが、実際に双方を持つ者がいた事もありませんので本当かどうかは判りません」
「まあ、両方体験出来る奴じゃないと正確な事は言えないし、感じ方なんて人それぞれだしな」
どこか他人事の様に、落ち込んですらいない感じに話すアレルに、ロバートは不思議そうにしてくる。
「······あまり気にしておられないのですね」
「ああ、元から期待してなかったからな。使えるなら、使ってもいいかなと思ってたぐらいだし」
「そうでしたか······ただ、アレル様の場合は色々と他とは違う所も御座いますからね。感知の出来ない魔力に、闘気との二つ持ち、あとはアンデッドから囚われた魂を解放されたりアマデウスであったりと······ああ、それにルリ様の事もありましたね。本当に、あなたは退屈させてくれない方ですよ」
フフッと、何故かロバートは愉快げに微笑むも、理由の解らないアレルは不快感を表情に出してしまう。
「どういう意味だよッ」
「いえ、私の物思いなどは放って置くとしまして······魔力を闘気の様に扱えるアレル様には、闘気法は教えておいた方が良いでしょう。何かの足しにはなるでしょうから」
そう口にすると、ロバートは徒手格闘と闘気法を教える為か、アレルから少し距離を取る。そんな風に何かをやり始めると、ロバートがこちらの文句に取り合わない事を解っているアレルは、言い足りない文句を呑み込んでロバートの言葉を待つ。
「では、昨日の復習から始めましょうか?」
「ウッ······あれ、地味にツライんだよな」
アレルは、昨夜ロバートから教わり今朝にも自ら復習もした、太極拳の如くゆっくりした動きを思い出してウェッと嫌そうな表情を浮かべる。しかし、ロバートはそんなアレルには取り合わずに、そのまま徒手格闘の構えを取る。
「そんな事を仰らずに、私と同じ様に構えて下さい。確かに地味かもしれませんが、こうして身体を鍛える事は闘気量を増やす事にも繋がります。アレル様ならば、相乗効果的に魔力量も増える可能性も御座います」
「······解ったよ」
その理屈だと、相対的に闘気が増えた分魔力が減る可能性もあるんだけどなと思いつつも、アレルはロバートの構えと同じものを自身でも構える。すると、途端にロバートはゆっくりと右拳を伸ばしてくるので、正面のアレルも対称的な動きで右拳をロバートへ伸ばす。
その後は、右拳を引きつつ左手で引っ掛ける様な軌道の所謂拳闘のフックみたいな感じで、腕だけではなく腰からの捻転も加える。続けて、そうして前に出した左腕を戻しつつ、両腕を引いた状態で捻った腰を戻す力を利用して右脚で前蹴りを繰り出す。
その様な事を、ロバートは一連の動きで滞る事がない綺麗な流れで行っていく。その際、ロバートは息も乱さずに汗もかきはしてないが、対するアレルは徐々に呼吸が乱れじんわりと身体が熱くなるのを感じていた。ただ、そんな苦労も助けになっているのか、細かな所で雑になっていたアレルの動きがその流れの中で矯正されていくのも僅かにながら感じられていた。
「それでは、復習はこれぐらいにして、少し実戦風にしていきましょうか?」
すると、突然動きを止めたロバートがそんな事を口にしてくる。
「実戦······風?」
対してアレルは、乱れた呼吸を整えつつ薄く滲む汗を拭いながら言葉を返す。それに答える前に、ロバートはスタスタとアレルとの間合いを詰めて互いの拳が届く距離で立ち止まる。
「はい、ただ実戦と言ってもあくまでも動きは先程と同様にやっていくので、私の動きを見てからでも容易に対処が出来る速度で御座います。せっかく、今は私という相手がいるのですから、そうした攻防もある程度身についた方がよろしいかと思いまして」
「確かに······な。──ッ、フゥ······んじゃ、頼む」
ロバートが話す間に、呼吸を整えたアレルはそう言って最初の構えを取る。そんなアレルに、フッとロバートは笑みを作るとアレルの同じ構えをしてくる。
「承知致しました」
そうして、ロバートによる徒手格闘訓練は次の段階へと移行していく。




