一章〜非望〜 四百二十話 信頼と希望、期待と願い
一体、何を口にすれば心配なんてさせずに済むのだろうとアレルは考える。しかし、指摘された性質は記憶喪失であっても尚、自身に残り続けているものだ。そう、この性質はアレルが生きてきた中で培ってきた上で形作られたものなどではなく、よりアレルの根幹に関わる部分に存在している性質だ。
それを、アレルは今その場しのぎの言葉だけで、心配させないようにしようとしている。ただ、アレルは不意に気付いてしまう。今、自分が行おうとしているのは、自身の嫌う言い訳と変わりはないのではないかと。
そう感じたアレルは、今度は言い訳ではない大丈夫だと言えるだけの根拠を己の中に探す。しかし、自身の中にあるのは異世界人の上に記憶喪失で、拙い戦闘技術と突発的に現れるアマデウスの能力など、どれを挙げても不安要素でしかなかった。そんなアレルは、反論すら出来ないのかとそのまま俯いてしまう。
「アレル様、確かにそれは周りの者に心配させるアレル様の短所なのかもしれません。ですが、ディミトリス様の行いがそうであった様に、アレル様のその性質が多くの者を救う事だってあるかと思われます。なので、アレル様のそれは同時に長所であるとも言える部分で御座います」
「······どうにかしろって、そういう話じゃないのか?」
アレルは、どこか自身の思っていた話とは違う事を言い出したロバートに対して顔を上げる。すると、今度はロバートが何かを懐かしむ様に空を見上げる。
「何も、その様な事を押し付けたくてディミトリス様の事を話したのでは御座いません。私はただ、アレル様にはディミトリス様と同じ様な状況になられた時に、一度立ち止まって考えて頂きたいだけで御座います。困難を前に一度立ち止まり、あなたの行動が誰かを悲しませたりしないかをほんの少しで良いから考えて頂きたい。それでも、考えた上で行動するべきだと判断したのなら、迷わずに行動なさって下さい。その行動で救われる方もいる以上、私にはお止めする事など出来ませんので」
「でも、そんなの結果が変わらないなら、何にもならないだろ」
「ええ、そうですね。だからこそ、お強くならなられて下さい。この世の誰よりも。······ディミトリス様が、昔仰られていたので御座います。どんな困難が目の前に訪れようとも、この世の誰よりも強くなれば他者も自身ももれなく救う事が出来ると」
そこで、ロバートは空を見上げていた顔をアレルへ向けてくる。
「アレル様、あなたはそれなりに頭が回る。一度立ち止まれば、そこで何か妙案が思い浮かぶかもしれません。強くなるまでは、そうして間に合せで対応するしかないでしょうが、いつかはあなたがあなた自身すらも守れる程お強くなって下さい。それが、私の言いたかった事に御座います」
「言うだけだからって、無茶言ってくれるよな」
「そうですね。それでも、アレル様は託されたものを全うしようする責任感もお持ちでしょう? アレル様は、きっとこれからも昨日の様に自ら課した責任も一つずつ果たしていく事かと思われます。それは、積み重なれば周囲からの信頼を集め、いつの日か期待を寄せられる様にもなるでしょう。······そうしていつか、まるで周囲の人々の希望そのものとなられる事もあるかもしれません。ただその姿は、かつて私が憧れたディミトリス様のお姿そのもので御座います。なので······俺は、アンタがいつか本当にそうなってくれる事を願っているよ」
ロバートは、最後に自身の声でそう言いながら、まるで在りし日の少年が自ら初めて憧れた大人に向けたであろう笑顔をアレルに向けてくる。
それに、アレルは戸惑い反射的に否定の言葉を口にしかけるも一旦思い留まる。何故なら、そのロバートの笑顔からは今まで心を囚えていた過去から抜け出し、未来を見据えて前に踏み出したからこその何かをアレルには感じられたから。
それならば、自身が口にすべきは後ろ向きの言葉ではなく、ロバートがそのまま前に歩いていける様に背中を押すような言葉を口にするべきだとアレルは思う。だが、そこはアレルだ。素直になりきれない部分と、守れない事は口にしたくないという想いとが混ざり合って、なんとも曖昧な言葉が出てきてしまう。
「まあ、取り敢えず死なない事を目標にやってみるよ」
ただ、そんな言葉にも関わらず、情けないアレルの葛藤すらも察した様子のロバートは何も言わずに笑みを深める。
その反応に、どこか居心地の悪さを感じたアレルは目を逸らして、その居心地の悪さを紛らわす為に続けて話す。
「あ〜、そういや······ディミトリスの遺品って聞いて、俺の持ってる朱羽根はロバートに渡した方が良いのかもしれないって思ったんだけど······やっぱり、ロバートの想いやら願いやらを託されたって事で、俺が持ってる方が良いのか?」
そう訊ねると、ロバートは少し呆れたみたいに苦笑するも、僅かばかりに寂しげな表情を浮かべ声もクラウス調に戻す。
「そもそも、それはパメラ様から託されたものなのでアレル様が持つのが筋で御座います。······それに、立場的にもかつてディミトリス様の想いに反した事があるという点においても、私はそれを持つに相応しくありません」
「そうか」
その反応から、ロバートの中には前を向き始めたものの、未だ残滓の様なものが存在しているのだなとアレルは思う。しかし、その直後に場の空気を一新するかの様な一言がロバートから放たれる。
「さて、休憩もこの程度で充分でしょう。それでは、続きを始めましょうか」
「へ? 続きって、何の事だ? 投擲術に関しては、出来る事は全部やった気がするんだが」
「おや? 話を始める前に、私は確かに口にしたはずで御座いますよ。徒手格闘をお教えする前に、アレル様の休憩代わりとしてお話しすると申したではありませんか。さあ、まだ日は高いですし、この場で私がお教え出来る事は全て習得して頂きますよ」
話が終わった途端、それまでのどこか殊勝な態度のロバートはどこに行ったのか、再び鬼教官の様な事を口にするロバートが戻ってきてしまう。確かに、ロバートはディミトリスの話をする前にそんな事を言っていた覚えがアレルにはある。だが、話の流れ的に、この場はここで別れて次に会うのは明日の見送りの時ぐらいだろうなと思っていた。
しかし、目の前にいるロバートは話をする前と比べ、何故かやる気に満ち溢れている様にも見えて、その姿にアレルは逃げられない事を悟りつつも悪足掻きをしてみる。
「······本気か?」
「はい、本気で御座います」
マジかと訊いたにも関わらず、本気と返してくる辺りエウロスが遺したとされる共通言語は翻訳機能もあるのかと、アレルは軽く現実逃避をしてみる。だが、既に逃げられない事は理解しているし、少しでも強くなれるならとアレルは直ぐ様覚悟を決める。
「解ったよ、徒手格闘って言うなら身に付けている物を外すから少し待ってくれ」
言いながら、アレルは立ち上がるとナイフ帯にサイドポシェット、それからソードクラッシャーを外して木箱の上のナイフが入ったポーチの横にそれらを並べていく。
「アレル様、時間も限られておりますので、お早く願います」
「うるせえな、直ぐに終わるよ!」
本来、急かすのは教わる立場の方のはずなのに、逆に急かされたアレルは苛立ち声を荒げる。ただ、身に付けている物を外すぐらいそれ程時間の掛かる事ではないので、ソードクラッシャーを木箱に置いたアレルは未だだるさの残る両肩を回しながらロバートに向き直る。
「······終わった」
「ふむ、それでは始めてまいりましょうか」
そんな、出来れば休んでいたいアレルとは対照的なロバートの声を合図に、ロバートによる手解きの第二部が開始された。




