一章〜非望〜 四百十八話 ランカークスの守り人
こんな時、一体どんな言葉を掛けるのが正解なのだろうと、アレルはありもしない答えを模索する。どんなに筆舌にその心を労ろうとどこか薄っぺらく、かといって言葉少なに語れば誤解させ、怒らせるならまだしも傷付けてしまうかもしれない。
様々な言葉が、浮かんでは消えを繰り返してはいくも、納得出来るものが何一つ見つかりはしない。こんな時、人生経験が豊富であったなら何かを言えたのかともアレルは思うも、きっとその場にいなかった者の言葉なんてどれも軽くなってしまうに違いないという考えに帰結してしまう。
そんなアレルの葛藤が見て取れたのか、アレルが何かを口にするよりも早くロバートに気を遣わせてしまう。
「······申し訳御座いません。アレル様に、そんな顔をさせたくて話した訳ではないので御座いますが」
「お前が謝んなよ」
もっと何かを言うべきなのに、それ以外は上手く言葉に出来ないアレルは余計な事を口にしない様に歯を食いしばる。それでも、ロバートの話にはまだ続きがあると感じているアレルは、言葉に出来ない感情を抱えながらもロバートへその続きを促す。
「ランカークスの守り人、まだそう呼ばれ始めた経緯を聞いてない。続きがあるんだろ?」
「ええ、その通りですが······聞かせてしまっても、よろしいのでしょうか?」
ロバートは、自分の事でもないのに様々なものを胸の内に溜め込んでしまったアレルを気遣ってそんな事を訊ねてくる。それでも、アレルは考える間すら置かずに首を縦に振る。
「構わなくて良い、自分のものならいくらでも自分でどうにか出来る」
そう、ロバートの目を見て答えるアレルに、何かを言いたげではあったロバートだが、その言葉を呑み込んで再び話を戻し始める。
「承知致しました。戦後、帝国への対応について再び西側との話し合いをすると仰るエドガー様を、護衛としてマクシミリアン様が私兵の一部と共にその場に残し、私とマクシミリアン様はディミトリス様を連れ帰りました。羽根を通じて、既にディミトリス様の訃報は親族方に伝えてあったので、長兄のゼノン様と三男のニコラオス様へと連れ帰ったディミトリス様をお返し致しました。その後、ディミトリス様の葬儀が行われる事になったのですが、勅命が下ったとはいえそれ以前に自身の判断でティエルナへと赴いたマクシミリアン様には王都からの招集が御座いました。流石のマクシミリアン様も、それには逆らう事が出来ずに王都へ向かわれたので、ディミトリス様の最期を知る者としては私だけが葬儀に参列致しました。······葬儀は、静かなものでした。ゼノン様もニコラオス様も、ディミトリス様の人柄も仕事も理解されていたので心構えだけは出来ていたのでしょうね。その中で、唯一感情を露わにしていたのは、ゼノン様のお子様······現商会長様だけでした。現商会長様は、下手したら父であるゼノン様よりもディミトリス様に懐いておられましたし、幼くとも聡明でしたからディミトリス様の死を正しく理解していたのだと思います」
それでは、その時のロバートはどうだったのか? アレルは疑問に思うが、それを敢えて話さずに家族周りの話をしている辺り訊いても答えてはくれない気がした。
やはり、その時点でも未だに溢れる感情が抑えきれなかったのか、それとも既に涙は枯れ果てて一滴の涙も流さなかったのか、アレルには判らない。それでも、せめて話の邪魔だけはすまいとアレルは頑なに沈黙を守る。
「葬儀が終わり、師事していた方を失った私はそのまま商会に残るか、それとも家に帰るかで悩んでいました。しかし、そんな時に問題というものは起きるのですね。起きた問題は二つ御座いまして、一つはティエルナにおける今後の西側の対応についての話し合いでの事でした。まず、あれだけの被害を出しておきながら帝国が未だに奴隷獲得の為に動き続けている事、それから現状一国の力でそれを抑えきるのは不可能だという事でした。そしてもう一つは、王都でマクシミリアン様が様々な問題行動で槍玉に挙げられていた事です。今回は、最初の命令違反に加えてノインシュタットの別邸における暴挙も御座いました。この時になって判った事でしたが、そもそもオーギュストは家督を奪う為に前当主を失脚させ、あわよくばマクシミリアン様の失墜をも狙ってティエルナでの事を利用していたので御座います」
「どういう事なんだよ、それ?」
アレルは、あんまりな話に思わず言葉を返してしまう。
「オーギュストは、裏で前当主が帝国と繋がっている事を知り、帝国の動きとそれによって動くであろう人物を把握しておりました。それで、前当主がエリオット様の拉致に関与した時点で逃れようのない証拠を握り、マクシミリアン様に別邸を襲撃させた上で後に王都にてその責を問うてきたらしいのです。勿論、普段ならばその程度先王様がマクシミリアン様の功績を並び立てて一蹴なさるのですが、その時は病床に伏せっておられました。その分、それまでの鬱憤も溜まっていた他の諸侯達も味方につけて、議場はオーギュストの独壇場だったそうです」
「何で、そんな特に苦労もしてない奴に好き勝手言われなきゃならないんだよ」
「政治とは、得てしてそういうもので御座います。しかし、そのまま好きにさせてはおけないのも事実で、当時はアリシア様の御父君も政治的な権力は先王様に及びませんでしたからね。エドガー様とマクシミリアン様は、同時に持ち上がった問題に対して、味方も少ない中でどうにか起死回生の一手を打つ必要が御座いました。······そこで、考えられた末に出された結論が、神都とラガスプで英雄視され始めていたディミトリス様の死を利用する事でした」
ギリリッと、奥歯を噛み締める音と共に、ロバートは両手を握り締める。その姿に、アレルは未だロバートの中の憤りが全く衰えていない事を知る。
今まで、どこか折り合いがついていた様に見えていたのはあくまで表面上で、その内には未だに消えない激情が潜んでいた。その事に気付けなかったアレルは、申し訳無さと悔しさが混ざった様な表情を浮かべる。
ただ、そんなアレルの様子に気付いたのか、ロバートは直ぐに平静を装う。
「······やはり、乗り越えたと思っていても、どうにも抑えの効かない部分というのはあるものなのですね」
「それが、人間ってもんだろ。仕方ねえよ」
「······で、御座いますね。それで、お二人が考えた策は実に単純なものでしたよ。死したディミトリス様を英雄とし、その意思を継ぐという名目でランカークス一帯の守護を担う条約を各国の間で結び、加えて今回の件で被害を受けたティエルナを一つの宗教国家として認める事で帝国の非を追及させる。そして、西側の······特に聖王国を納得させる為に、神都とラガスプを守りし英雄の意思として今後帝国の暴挙を許さないという思いの下に、帝国の侵略行為に対する東西軍事協定を結ぶ事になったので御座います」
「んで、ルクスタニアではそれらの功績を今回の件で私兵を率いていた辺境伯のものとして、議場での糾弾を逃れる術としたのか」
それに、ロバートは無言で首を縦に振りアレルの言葉を肯定してくる。すると、心を落ち着かせる為なのか、ロバートは少しの間瞑目を挟んでから再び話し始める。
「ただ、それには問題も御座いまして、まず今回の被害者と言えるラガスプと神都の意思を一つにしなければならない事。それから、軍事協定を結ぶにあたり互いの信頼を象徴する何かが必要だったので御座います。······その二つの問題を解決するのにうってつけの存在だったのが、ディミトリス様でした。あの状況において、お一人で帝国の暴挙を防いでいた事、ラガスプの住人や神都の者達からの信頼も勝ち得ていた事、何よりその双方から英雄とされている事でディミトリス様以上に適任の存在はいませんでした」
話を聞いていたアレルは、それでは英雄などではなく、まるで生贄みたいではないかと思う。死人に口無しの言葉通り、都合が良いからと死者を言い訳にする様なやり方に、アレルは思わず表情を歪ませる。
「······いくら他にいないからって、そんなのは──」
「酷すぎる······当時の私も、そう感じて憤りを抑えられませんでした」
ロバートは、言葉を詰まらせたアレルを引き継いで、そのまま話を続ける。
「しかし、全てを丸く収めるのにこれ程適した存在がいないのも事実で御座いました。なので、私は協力など出来ませんでしたが、可能な限り事実に基づいた英雄譚が作り上げられていくのを黙って見ていました。そうして、『ランカークスの守り人』の名の下に、帝国に対する軍事協定の締結と東西各国によるティエルナ教皇国建国の調印式にまで話を進める事が出来ました。······そんな様々な思惑が交錯する中で、都合のよい存在として偶像的に歪められ祀り上げられたもの······それが、私の知る『ランカークスの守り人』の正体で御座います」
ロバートは言う。ランカークスの守り人は決して英雄などではなく、たった一人の人間が己らしくあろうと見苦しく足掻いただけの結果なのだと。しかし、それは後に生き残った者達の都合でその存在を歪められ、ただただ都合よく利用されてしまった。
それを知ったアレルは、何故ロバートが自身にこの話を語ったのか、その真意について考え始める。




