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いつか神殺しのアマデウス  作者: 焼き29GP
第一部 王国の動乱
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一章〜非望〜 四百十七話 戦闘の結末

 アレルは、最初にこう思ってしまう。何か大切なものを守る為なら、自身は例え無策であったとしても敵の眼前に立ちはだかるだろうと。

 しかし、それでは時間稼ぎという目的が果たせずに、直ぐに殺されて終わってしまう。いくらその姿が英雄的とはいえ、そんな無責任な結果は自身でも望まないなとアレルは思う。

 すると、そこでアレルの様子など気にせずにロバートが話を再開させる。


「ディミトリス様は、職業柄薬と毒に精通しておりました。なので、マクシミリアン様が充分に離れるまで動く事の無かった帝国の隙をついてある薬を調合致しました。そして、ランカークスではティエルナ教が御山と奉っている山から、低くなる西と東へ向けて早朝から昼に掛けて風がが流れる特殊な地形になっております。通常は、日中に温められた斜面に沿って風が登っていき冷える夜には逆になるのですが、ティエルナ教が奉っているだけあってあの山はそれに時間的なズレがある様になっているので御座います。ディミトリス様は、その吹き下ろす風を利用して風上から調合した薬を霧状にして散布したので御座います」


「散布って、毒をか? っていうか、見ていた訳でもないのにそんなの解るのか?」


 どうにも、敵に使うものは毒という認識があるせいか、アレルは驚くもそもそもの疑問も同時に口にしてしまう。しかし、ロバートの方は特に呆れる様子もなく速やかに答えてくれる。


「毒ではなく、薬で御座います。それと、ディミトリス様の行動に関してはその場で見ていた者からの報告と、戦後処理の状況から見ての判断ですね。流石に、ディミトリス様も痕跡を消す余裕が無かったみたいでしたので」


「そうか······それで、その薬っていうのは何だったんだ?」


 アレルは、話すロバートが平静を保っている様に見えるが、僅かに声の調子が弱まった瞬間に気付く。しかし、気付いた事を悟られない様にしつつ、そんなロバートを気遣いながら質問を返す。


「あくまで、無力化を狙ったものですし、ラガスプの住人を巻き込む事などディミトリス様の頭には無かったでしょうからね。普通に、睡眠薬だったようで御座います。······ああ、言い忘れていましたが、マクシミリアン様の策のお陰で帝国兵は即座に動く事が出来ず、丸一日程はラガスプから出てこなかったとティエルナの者が言っておりました。余程、マクシミリアン様が戻って来る可能性が怖かったのでしょうね」


「まあ、大の大人を一撃で半死半生にする様な人間に暴れられると思えばな」


 アレルの想像では、辺境伯の一撃は熊か象に跳ね飛ばされる様なものだとなっているので、そんなものを間近で見れば士気にも影響が出る。避けられるなら、積極的に避けるのが普通だろうとアレルも思う。


「正面から相手にしたくないという考えには、私も同意致しますね。それで、ディミトリス様の話ですが、そうして早朝から昼までラガスプ全体を無力化している間にディミトリス様は当初の計画にあった破壊工作を行いました。集められた物資を燃やす準備をして、奴隷として連れて行かれる者がいない様に馬車の車軸を壊し、それから広場に重ねられた住人の遺体が不死者にならぬよう聖水などで処理をしたみたいで御座いました。······その辺りの、死者への配慮などは本当に似ていらっしゃいますね」


 言いながら、どこか穏やかな表情を向けてくるロバートに、アレルは居心地が悪くなり皮肉を口にしてしまう。


「ったく、わざわざ馬車の車軸を破壊するなんて事せずに、馬の方をどうこうした方が早かっただろうに」


「あなただって、生きてる馬に手荒な事などなさらないでしょうに。ああ、ついでに申しますと、ディミトリス様は帝国兵にそれ以上遺体が辱められない様に帝国兵が立ち入った形跡のなかった教会へ、全ての遺体を運んだりもしていましたね。本来なら、物資と一緒に焼いてしまっても文句は言われないと思うのですが、遺族の方を想っての行動だったのでしょう。······アレル様なら、それぐらい察しはついていたかもしれませんが」


「うるせえ」


 確かに、自分ならそれぐらいの事はやっていただろうなと図星だったアレルは、ケッとわざとらしく反発して見せる。それを、一度は愉快そうに笑ったロバートではあったが、直ぐにその表情に暗い影を落とす。


「ですが、ディミトリス様が行った事で判る事はそこまでで御座います。聖水などの提供を求められた神官騎士が言うには、ラガスプに向かう時に粉状に崩した炭を包んだ布で口と鼻を覆っていたとの事でした。ただ、その先は反射的に手を貸したりしない様にと、見ない事を勧められたそうです。······そうして、時は薬の散布が滞る昼過ぎとなりました。しかし、まだ私とマクシミリアン様もエドガー様による西側の包囲部隊も到着しておらず、ディミトリス様はお一人でラガスプから神都へ向かう帝国兵の前に立ち塞がったそうです」


「それは、誰かが見ていたのか?」


「いいえ、怒り狂ったマクシミリアン様と私とで帝国兵を殲滅している最中、最後の最後で命乞いをしてきた者から聞き出しました。······まあ、許しはしませんでしたがね」


 ロバートは、無表情で無感情を貫きながらも、まるでその帝国兵の命が無価値であるかの様に無慈悲な事を口にする。

 おそらく、その帝国兵達からはディミトリスへの嘲笑などもあったのだろう。そうでなければ、辺境伯が怒り狂ったりロバートが無意味に相手を殲滅しようとなんてしないはずだと、アレルは思う。その尊厳と想いを踏みにじられ、信念と願いを嘲笑され、最後には志半ばで命までもを奪われた。そんなのを目の当たりしたなら、ロバートと辺境伯の八つ当たり様な行いは決して褒められた行いではないが、アレルの中にはその行いを肯定してしまいたい気持ちが生まれてくる。

 そうして、処理しきれない感情を抱き始めたアレルを気遣ってか、ロバートはそのままアレルが何も言わずとも話を続ける。


「正直、ディミトリス様がどの様にして足止めをなさったのか、詳しい事は調べようも御座いませんでした。まあ、峡谷となっている辺りにいくつかの罠を張られていた形跡はあったのですが······。それでも、私とマクシミリアン様は最後の最後で一応は間に合ったので御座います。ただ、ディミトリス様は既に手遅れで、今際の際で最後のお言葉を聞くことしか出来ませんでしたが」


 そこまで言って、ロバートはやはり言葉を詰まらせてしまう。しかし、ロバートの中の何かがロバートを突き動かしているのか、アレルが気遣いの言葉を掛ける前に再び話し始める。


「私とマクシミリアン様、それからエドガー様へは伝言という形で、それぞれディミトリス様からお言葉を頂きました。······左腕を失い、体中を削られ穿たれながら矢や剣も何本か刺さったままで、事切れる寸前で既に両目も見えていない様な状態で御座いました。それでも、ディミトリス様が最後に口にしたのは、恨み言でも後悔の念でもなくたった一言、満足だったと口にして笑って逝ったのです」


「······たぶんだけどさ、それって好きに生きて好きに行動してきて、そんな結果になったのは自業自得なんじゃないかって一人で死ぬのも仕方ないって思ってたんじゃねえかな。でも、そんな最期にロバートと辺境伯が来てくれて嬉しかったんだと思う。好き勝手に生きた自分でも、最期を誰かに看取ってもらえたんだってさ」


 アレルの想像に、ロバートは何も答えはしない。それでも、アレルはそんなロバートへ視線を向ける事なく空を見上げる。何故か、何を思っていようと今のロバートの姿から何かを察してはいけないとアレルは感じたから。

 ただ、アレルは思ってしまう。ロバートは、自身とディミトリスが似ていると口にしてくるが、果たして同じ状況に置かれたとして同様の事が出来るのかと自問自答する。確かに、自身の中には利他的な部分も存在しているが、その影には利己的な部分も付き纏っている。

 そんな自分は、きっとディミトリスの様に他者の為に自分の全てを使い切る事は出来ないだろうとアレルが結論づけると、再び気持ちに折り合いのついた気配のロバートが口を開く。


「ディミトリス様を看取った私達は、その亡骸を私兵の方に預けて虐殺を始めましたが、そんな私達を恐れて逃げ始めた帝国兵がラガスプを西側へ抜けようとした頃にエドガー様の包囲も間に合いました。ですが、そこでマクシミリアン様が大声で叫ばれました。誰一人逃がすな、ここで全員殺し尽くせと。······獣の雄叫びかと思う程の怒声は、西側で包囲していた者達の耳にも届いたそうです。後に、エドガー様より聞きましたが、マクシミリアン様がそれ程お怒りになられたのは後にも先にもそれっきりだったらしいです。ただ、結局西側へ逃がすという話が殲滅となってしまい、奴隷兵として参加していたラガスプの住人の事も有耶無耶になってしまいました。勿論、見て直ぐにそれだと判る者は殺しませんでしたが、もしかしたら数人は命を奪っていたかもしれません」


「······」


 ロバートの懺悔の様な言葉に、アレルは返せる言葉が見つからずに沈黙してしまう。その上、ロバートの表情を確認する事すらどこか怖くて、空を見上げたままになる。


「そうして、その場の帝国兵を殺し尽くして、戦闘は終了致しました。それから、エドガー様と合流した私達は真っ先にディミトリス様の亡骸の所へ向かいました。改めて、ディミトリス様の亡骸を目にした私は人目も憚らず泣きました。それは、マクシミリアン様とエドガー様も同様に。ですが······亡骸に縋りつき、すまぬすまぬと泣きじゃくるマクシミリアン様の姿を見て、私はなんて白々しいのだと感じてしまったので御座います。こうなったのは、そもそもアンタの息子のせいで、アンタの見通しが甘かったせいじゃないかと。そんな想いが、今も私の憎しみの根源となって渦巻いているので御座います」


 その告白に、思わずアレルはロバートの顔を見てしまう。その表情は、悲しみと後悔と僅かな憤りで、複雑ながらもどれかには染まらずに曇りで覆われていた。



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