一章〜非望〜 四百十六話 神が鍛えし刃
エリオットを救い出し、さあここからだというところで、ロバートの話は再びしばし中断されてしまう。ただ、ロバートの様子からは辛そうな感じはしないので、また記憶を掘り起こして話の順序を整えているのだろうとアレルは考える。
そこで、アレルはエリオットが拉致されていなかった際の本来の作戦について考えてみる。もし、エリオットが拉致されてなければ、辺境伯はダリアへの撤退を強いられずに留まる事が出来た。そうなれば、神官騎士が禁戦日だろうと関係ない。ラガスプの帝国兵は、攻め手を欠いて撤退するしかなくなる。だが、そこで大公が西側の協力を得て包囲を終えていたなら、帝国は当初の目的である奴隷を連れ帰る余裕すらなくなり、こちらの被害はほとんど無かったはずだった。
だが、実際はディミトリスが犠牲となり、関わった人達の心に小さくない傷を残した。そう思うアレルは、胸の内に確かな憤りを感じ始める。
「それでは、話は少し遡りましてエドガー様の方の話を致しましょうか?」
「そっちにも、何かあったのか?」
「いえ、何かあったというよりも彼女と共にいるアレル様には、西側との関係性なども知っておいて頂きたいので」
ロバートの言う彼女、アリシアの傍にいるならば西側との関係性を知る事が重要だとロバートは言う。それが、どういう事なのかアレルには何も判らない。
しかし、アリシアにも関わる話ならば軽くはない話だろうと、アレルは無意識に身構える。すると、ロバートは敢えて微笑む事でアレルの緊張を解そうとしてくる。
「そう身構える程の事では御座いません。ですが、少々厄介な国が御座いまして、その名をレギンレイヴ聖王国というのです。彼の国の王族は、自らが神の寵愛を受けた一族だとしておりまして、『神々の刃』の一振りだと言われるエウロス様の血を引く始まりの三国に対抗心を持っているのです。それで──」
「悪い、その『神々の刃』って何なんだ?」
アレルは、聞き慣れないというか初めて聞く言葉に、話の腰を折ってしまうと解っていても思わず訊ねてしまう。それに、ロバートは気分を害する訳でもなく、逆に申し訳無さそうにしながらアレルへ応える。
「申し訳ありませんでした。アレル様は、記憶を失っておいででしたね」
「悪いな、面倒な奴で」
「いえ······それでは、アレル様は『星降る夜』はご存知でしょうか?」
『星降る夜』、それは瑠璃と出会った夜に瑠璃が仲間から盛大な送り出しを受けた際に、アリシアが不意に漏らした言葉だった。なので、アレルはその時に聞いた事をうろ覚えながら答える。
「確か、遺跡で見つかった碑文か何かの話だよな? 星降る夜に、神が鍛えた刃が世界を救うみたいな」
「はい、その通りで御座います。ただ、その碑文の指す刃というのがエウロス様のお使いになっていた能力なのではないかと言われてまして、神が鍛えし刃なので総称を神々の刃と呼称されているので御座います」
「へえ、じゃあエウロスの他にもそんなのがいるのか?」
アレルは、アリシアの話では世界を六度救うとか言っていたのを思い出して、他にも五人程いるのかと思って訊ねる。
「いいえ、エウロス様が初代魔王ディスタヴィアを打ち倒して以降、その様な方が現れたという記録は御座いません」
「そうか。変に訊ねて悪かったな、話を戻してくれ」
聞きたい事が聞けたアレルは、満足してロバートに話の続きを促す。すると、ロバートは僅かにもう良いのですかと問う様な表情をするも、直ぐに畏まりましたと頭を下げる。
「という訳で、聖王国は始まりの三国に対して腹に一物あるので、エドガー様の要求にあれこれと反論して交渉を引き延ばしたのがこの聖王国で御座います。ですが、最終的に西側の総意を纏めてエドガー様に協力を示したのもまた聖王国なのです」
「どういう事なんだ、それ?」
「要するに、表立って対立するつもりは無いので最終的には要求に応じる腹づもりではあったものの、総意を取り纏めたのは自国だと存在感を示しておきたかったという事なので御座いましょうね」
それは、最初から素直に大公からの要求に応じてしまえば、聖王国はあくまで数ある西側の国の一つと見られてしまう。だからこそ、自ら反対意見を出して一度西側諸国の叛意を煽った上で、再び自らがそれらを宥めて総意を協力する流れに持っていく。
そうする事で、聖王国は東側の大国であるルクスタニアに、西側では自国を無視して何かをする事は出来ないとその存在感を示したのだと、アレルは解釈する。
「つまり、今後も西側で何かするつもりなら、聖王国に伺いを立ててからにしろって言いたかったのか? 切羽詰まってる時に、そんな意地の張り合いで交渉を引き延ばしてんじゃねえよ。というか、各国の王を相手にそんな事が出来るなら、国主より扇動者の方が向いてんじゃねえのか?」
「アレル様の憤りはごもっともですが、交渉事に相手の顔を立てるというのも重要な事で御座います。まあ、国同士の交渉事でまで重要かは私には解りかねますがね」
それは、商人としての仕事も担っていたロバートだからこその言葉だろう。ただ、そんなロバートは聖王国の説明はこれぐらいでいいだろうと、本題を切り出してくる。
「それで、私が注意をして頂きたいと思っていたのは、西側との交渉では聖王国の顔を立てる事の他にもう一つだけ御座います。先程説明した通り、聖王国は自らが神の恩寵を与えられた者だと信じております。なので、神の恩寵を与えられし者と呼ばれるアマデウスに対してどの様な対応をしてくるか判りません。なので、聖王国と何かある場合は、アレル様がアマデウスという事はなるべく伏せておく方が良いかと思われます」
「それって、バレると俺の首が胴体とお別れする事になるって言いたいのか?」
「いえ、必ずしもそうなるとは限りません。何しろ、聖王国がアマデウスに対してどう思っているか判りませんからね。殺害に国外追放、あと考えられるとすれば王家に取り込もうとするなどが考えられますが······そもそも、アマデウスとされる方の絶対数が少な過ぎるので予測がし辛いので御座います」
アレルの記憶では、確か確認されてるのがせいぜい三人程度だと聞いていた。それならば、過去に聖王国と関わったアマデウスがいるかどうかも判らないし、流石にロバートでも予測は出来ないかとアレルも判断する。
「まあ、ロバートの言いたい事ぐらいは解ったよ。今後、聖王国と関わる事があったなら気を付ける」
「色々と言いましたが、聖王国は西側の大国ですから、アレル様が西側へ赴くならどこかしらで関わる事になると思いますので、重々お気を付け下さい。······さて、そうして聖王国にも包囲作戦を承諾させたところで、エドガー様は私とマクシミリアン様へご一報を下さりエリオット様を救出出来ましたが、そろそろその間のディミトリス様のお話を致しましょうか」
ここまで、それなりに遠回りしてきた様にも思える話が遂に終局へと入る。死地に、たった一人で残ったディミトリスがどんな風に時間稼ぎをして、どん な最期を迎える事になったのかアレルには判らない。
ただ、自身と似ていると言われるディミトリスならばと、アレルはその状況に自身が立たされた場合の対処を考えながらロバートの話を受け止める心構えを整える。




