一章〜非望〜 四百十話 激情と理性の間で
「その時は、まだエドガー様が合流する前でしたが、ティエルナ側とディミトリス様にマクシミリアン様との間で帝国への対応について話し合いの場が設けられました。そこで、議題に上がったのがラガスプの奪還、もしくは街機能の破壊で御座いました。ただ、これには双方に問題もあったのです」
ロバートは、言い終わりにアレルへ視線を向けてくる。それは、明らかにその問題が何か判るかと訊ねてきている視線だった。
アレルは、話すようになった途端にそれかと思うも、これがレイラ達に先生と呼ばれていた所以なのだろうと諦める。
「つまりは、ラガスプから帝国兵を追い出そうって事か······そうだな、奪還の方は攻め手に転じる事で今度は逆に狭所での戦闘を強いられるって所がキツイな。街機能の破壊は、敵の占領下でそこまで迅速に破壊工作を行える人手がないとか、そもそも侵入経路が無いとかかな。そして、そのどちらにも言えるのが街の住人を盾にされたり人質に取られた場合の対処をどうするかって問題がある。その上、帝国は奴隷を欲しがっての行動なんだろ? 既に、戦線に街の住人が投入されてる可能性もある」
そのアレルの返答に、ロバートはただ静かに頷く。
「アレル様の仰る通り、ラガスプの住人の事が最大の問題で御座いました。あともう一つ、その時一番揉めたのが街機能の破壊の仕方で御座います。マクシミリアン様の案で、街機能の全てではなく帝国側が徴発した物資のみを狙って焼き払うとの意見が出ましたが、ティエルナ側が教義に反すると猛抗議されました」
「それって、帝国の自発的な撤退を狙っての案だろ? 例え上手くいっても、撤退時にラガスプの住人を奴隷として連れてかれたら敗北と同じだったんじゃないのか?」
「ええ、アレル様と同様の懸念を抱く方もいらっしゃいました。ただ、そこで根本的な問題とされたのが、ラガスプの住人がどのような扱いをされているのか判らないという事で御座いました。なので、協議の結果一先ずラガスプの状況を確認してから結論を出そうという流れになりまして、私が街の様子を見てくる事となりました」
ロバートは、さも当然の事の様に語るが、当時十二歳の子供だったロバートがどうしてそんな役割を担う事になったのか理解出来ずに、アレルは訝しげな表情をロバートへ向ける。
「なあ、周りの連中って子供を使う事に抵抗なかったのか?」
「ええ、その辺りは一年掛けて私を鍛え直したディミトリス様が私の実力を知っていましたので、機転を利かせて持病で背が伸びないだけなのだと最初に説明していましたので」
「なんて無茶苦茶な」
アレルは、その場しのぎの杜撰な言い訳に呆れるが、それにはロバートがあなたがそれを言いますかと視線で文句を伝えてくる。その文句に、多少は心当たりのあるアレルは、スッとロバートから視線を外す。
「······まあ、良いでしょう。ただ、私が街の様子を見に行く事にも利点があったので御座います。もしも、潜入時に帝国兵に見つかれば、通常何をしていたのかと拷問されるか問答無用で殺されるでしょう。ただ、それが子供であったなら、後の労働力にも出来ますし奴隷としての需要も御座います。最悪でも殺される事は無いとの理由で、私が潜入する事になったのです」
「······一応、理屈は通ってるな」
「······ただ、夜闇に紛れてラガスプへ潜入する事自体は難しくなかったのですが、街中の様子は想像以上に酷い有り様で御座いました。まず目についたのは、街の中央に位置する広場でした。そこには、おそらく帝国兵に逆らったり抵抗した人々だったのでしょう。見せしめの為か、十人以上の遺体が無造作に積み上げられていたので御座います。それも、私が潜入した時点で下の方のお方のご遺体は腐敗が始まっていました」
腐敗が始まっていたという事は、時期にもよるが平均で四日か五日前後経っている事になる。つまりは、最初に住人が殺されてからそれぐらいの日数が経っているという事だと、アレルは理解する。
しかし、同時に腐敗と聞いたアレルは、元の世界とは違いアンデッドなどが存在する世界なので気になった事を口にする。
「その遺体、ゾンビとかにはならないのか?」
「そのままにしておけば、数日で確実に変化致します。ですが、近くの帝国兵の話に聞き耳を立てたところ、ゾンビになったらなったでラガスプの住人に処理させるだの神都側の部隊にぶつけてやるなどと嘲笑っていました」
帝国の人間全てがそうでないのは理解出来る。しかし、話に聞いただけでも、アレルの中の帝国人に対する印象が下方修正されてしまう。
本当は、そんな事をしてはいけないと感じるも、アレルの心の内からは抑えようのないものが湧き上がる。しかし、それを表情に出してはならないと、アレルは必死で湧き上がる憤りと嫌悪感を押さえつける。
ただ、そこへ追撃を加えるかの様にロバートの話が続けられる。
「それから、生きている住人ですが少々面倒な事になっていました。住人達は、大きく分けて三つの集団に分けられており、老人と子供達は一つの区画へ隔離され、男性は兵力や労働力に利用され、女性達は帝国兵の世話をさせられていました。······この女性達が特に厄介で、大半の女性は炊事や洗濯などの雑事をさせられていたのですが、妙齢の女性は街の宿などに押し込まれ帝国兵の慰み者にされていました。漏れ聞こえてくる声からは、もう壊れただのいつまで保つかなど、下卑た声が聞こえていました」
瞬間、アレルは抑えきれなくなった感情が表情や行動に出てしまう。ギリリッと、奥歯を噛み締めながら両拳も固く握り締める。
それでも、それをそのまま押さえつけていては感情が爆発してしまうと感じて、アレルはつい入ってしまった力を抜くのと一緒に湧き上がる感情も少しずつ逃がしていく。
「······厄介って、茫然自失になった人を迅速に移動させる方法が乏しいからか?」
ロバートは、アレルの機微に気付いている様な視線を向けてくるも、それについては何も言わずにアレルへ応える。
「ええ、その通りで御座います。比較的、街から逃がしやすいのは老人と子供ですが、足は遅いので迅速に逃がす為にはそれなりの数の馬車が必要となります。そして、これは心を壊された女性などにも言えます。それから、男性に至っては一箇所に纏まっている訳ではないので、時を同じくして一斉に逃げ出すという事が困難で御座いました。なので、私はその旨をディミトリス様へお伝えする為に、それらに対して何もせず街を脱出致しました」
ロバートは、わざわざ何もしないでと口にしたが、別にそれ自体は悪い判断ではないとアレルは思う。もしも、そこで激情に駆られ数人を助けたとしても、それは単なる自己満足にしか過ぎず根本的な解決には一切繋がらない。
むしろ、ロバートが話した状況ならば、既に街の住人を避難させる事が現実的でない程に困難だというのは明白だった。なので、アレルは苦虫を噛み潰した様な表情をする。
「結局、住人を戦闘に巻き込む覚悟でやるしかなかったのか······」
「ええ、ですが悪い事ばかりでは御座いませんでした。私が、ディミトリス様達の所へ帰ると丁度エドガー様が合流なされたところでした。なので、ここでマクシミリアン様の私兵もほぼ全てが集結し、その戦力の中核を担う騎兵戦力が加わりました。ただ、その騎兵戦力も昼の間は峡谷で大盾と長槍を構える帝国兵には相性が悪う御座いました。しかし、帝国側は相手が神都の神官騎士だけだと考えていたのか、夜は兵をラガスプまで退かせていたので騎兵はこの隙を突く為の手段となり得ました」
つまりは、警戒されさえしなければ騎兵による夜襲を仕掛けられると説明されている事をアレルは理解する。しかし、アレルはそこで何故神官騎士が相手だと夜には兵を退かせるのか理解出来なかった。
なので、そこには神官騎士の方に何かしらの理由があるだと考えて、アレルはロバートに訊ねる。
「あのさ、もしかして神官騎士って何か変な規則でもあるのか? 話を聞いてるだけでも、帝国側があまり脅威に感じてなさそうだからさ」
「端的に申しますと、神官騎士は教義に縛られていますので自ら戦いを仕掛ける事が出来ません。なので、帝国側から仕掛けられたところを押し返す形でしか帝国兵を退かせる事が出来ないので御座います。他にも、他者の財産を奪う事も禁忌とされていますので、先程話しました物資に火を放つという事もこの禁忌に触れる行為として猛反発されたので御座います」
その話を聞いて、それではどんなに強くても確かに脅威にはならないなとアレルは思う。ただ、そうなると夜襲を仕掛けるにしても基本的に辺境伯の私兵頼みになる。
加えて、騎兵による夜襲も盤石な手とは言い難く、一度行えば帝国側にも警戒されて夜の間も峡谷に兵を置かれてしまうだろう。そうなれば、峡谷という地形が側面攻撃に弱い密集陣形に有利に働いてしまい騎兵の利点は失われる。
それに、夜襲が上手くいったとして、それだけで帝国側に撤退を決意させるだけの打撃を与えられるかが疑問だ。そう考えるアレルは、例え帝国側の物資を焼いたとしても、そこから撤退を覚悟させる為にはもう一手足りないと感じる。
「んで、その後はどうなったんだ? 可能な限り、街の住人への被害を抑える為にはまだ色々と足りないはずだ。それは、ロバートが持ち帰った情報から解ってもらえたんだろ?」
「エドガー様で御座いますよ」
ロバートは、アレルの疑問に一言だけを返して答えとする。それに対して、アレルはここから帝国を具体的に退かせる為の作戦に話が推移していく事を感じた。




