一章〜非望〜 四百七話 幼き日の思い出
ロバートの沈黙は長い。だが、それは二十年もの間ロバートが抱え込んでいたものの大きさそのものであり、現在まで辺境伯を恨む程のしこりを残すものだ。そう感じるアレルは、自らもそんな話を聞く覚悟を決めて、静かにロバートが話し始めるのを待つ。
すると、程なくしてロバートらしくない言葉がその口から漏れ聞こえてくる。
「······やはり、いざ話すとなると話し方に迷いが生まれますね。忘れた事など無いはずなのに、気持ちの方で折り合いがつかないのでしょうか」
ロバートは、まるで懺悔でもするかの様な語り口で、纏まりのない事を口にする。それに、アレルはロバートにもそんな風に迷う事もあるのだなと感じる。
「まあ、無理に話す事もないだろ。俺は俺で、勝手に身体を休めているから別に構わないし」
「······申し訳ありません」
ロバートは、頭を下げるとそのままピタリと止まって動かなくなる。そうなる程に、ロバートは申し訳ないと感じているのだろうとアレルは思う。
ただ、そうされてると落ち着かないアレルは、当たり障りのない辺りから訊ねてみる。
「そういや、ロバートはどうして······というか、どういう経緯でディミトリスについていく事にしたんだ」
「経緯······で、御座いますか?」
アレルの言葉に、ロバートは言葉を返しながらゆっくりと顔を上げる。続けて、ぽつりぽつりと話し始める。
「······そういえば、私の出身などの話もしていませんでしたね」
「ん? クラウスが宿をやってるから、ここじゃないのか?」
「いえ、ここは開発時に新たに宿を経営すると考えた兄が、新天地として選んだ場所で御座います。辺境伯様からシープヒルの開発を任された方が、宿の経営者を募っていた事もありましたからね。まあ、アレル様が勘違いされるのも解らなくはありませんが······私共の出身は、ルクスタニア南方の旧ヴァーミリオン領の片田舎で御座います」
「旧ヴァーミリオン領って事は、それでディミトリスがやって来て出会った訳か?」
アレルは、クリムエーラ商会がヴァーミリオン家由来の組織だと聞いていたが故にそんな返しをする。加えて、ロバートの出身が旧ヴァーミリオン領との話だったので、ディミトリスが先祖の墓参りにでも来た時にロバートの故郷に立ち寄ったのではと考える。
そんなアレルの疑問に、少しだけ視線を上へ向けたロバートは本当に僅かばかりの微笑みを浮かべる。
「ええ、あの家の方達は血筋的に奔放な方が多いですから、それはご先祖様方も同様であっただろう事は歴史からも判ります。それでも、先祖由来の土地を大切に思う心もお持ちで、定期的に旧ヴァーミリオン領へお越しになられていたので御座います」
「いくら奔放とはいえ、大切にしているものぐらいあるだろ。あのパメラでさえ、大切にしている存在があるんだからさ」
そんなアレルから発せられた軽口に、何故かロバートは言葉を詰まらせてギョッとする。
「······どう申し上げれば良いのか判りませんが、アレル様は鋭いのか鈍いのか判らなくなる時が御座いますね」
「どういう意味だよ?」
「いえ······流石に、私もお叱りを受けるのは勘弁して頂きたいので、私の口からは何も言えません」
お叱りを受ける、その言葉からアレルはロバートが誤魔化したい事にロバートより立場の上の人物が関わっている事を確信する。そして、アレルは自身が何かを知る事でその人物に何かしらの不都合があるから、それを口にしたロバートが叱られると言っていると考える。
ならば、その人物とは誰なのかとアレルが考え始めたところで、まるでアレルの思考を邪魔するみたいにロバートが声を掛けてくる。
「アレル様、話を戻してもよろしいでしょうか?」
「ん? ああ······いや、お前なんか俺の邪魔してないか?」
「はて? 一体、何の事で御座いましょうか?」
座ったまま下から睨みつけるアレルに、ロバートは目すらも逸らさずに正面から視線を合わせつつ惚けてみせる。
その様子に、先程までのらしくない姿はどこへ行ったのかと思うアレルだったが、こうなってしまえばアレルにはロバートを攻め崩す手が無い。なので、アレルは時間の無駄になる前に早々と自ら追求を諦める。
「もういい······明かすつもりが無いなら、さっさと話を戻すなりなんなり好きにしろよ」
「フフッ、それではそうさせて頂きますか」
どこか勝ち誇ったみたいに笑うロバートに、アレルは無性に苛ついてケッとそっぽを向く。ただ、そのアレルの姿にロバートは申し訳ないとでも感じたのか、話を戻す前に一言だけ付け加える。
「······私が話さずとも、いずれアレル様の疑問には答えが与えられますよ。で、私とディミトリス様の出会いで御座いましたね」
「ああ」
「あれは、私が十一になったばかりの頃でした。その頃は、私が敬意を払うべき者が身近にいないと、最も私が増長していた時でした。そこへ、私達の村に宿を求めて訪れたのがディミトリス様で御座いました」
ロバートはかつてを懐かしむ様に語るが、そこにアレルはふと湧いた疑問を差し挟む。
「なあ、さっきのクラウスの話にも繋がるんだけど、もしかして家業は宿屋だったのか?」
「流石に、そういった所は察しが良いですね。アレル様の仰る通り、私共の実家の家業は宿屋で御座いました。村の中には宿は一軒のみでしたので、ディミトリス様御一行をお泊めしたのがきっかけで御座いますね」
御一行、その言葉にディミトリス一人ではなかった事が判るが、既に商会を営んでいたので隊商でも引き連れていたのかもしれないとアレルは考える。ただ、これまでの話でティエルナ事変が起きたのは二十年前で、その時のロバートが十二だった事は判っている。
アレルは、その間の一年に一体何がどうしてロバートがディミトリスと共に行動するまでに至ったのか疑問に思う。すると、そんなアレルの内心を察したのか、ロバートが訊ねてくる。
「如何されましたか?」
「いや、どういう理由でロバートがディミトリスと一緒に行動する事になったのか、少し不思議でさ······ただ家でやってる宿に泊まりに来たってだけじゃ、そうならないと思って」
「それですか······まあ、複雑な話では御座いません。あの頃、既に周囲の大人達以上の能力を持っていた私にとって、初めて自身に勝る相手として現れたのがディミトリス様だったのです。博識で思いやりがあり、朗らかで豪快な所も御座いましたが決して人を不快にさせる事はなく、人当たりが良くて宿泊されたのはたった二日でしたが村の人間とも打ち解けておられました。そして、何よりも増長していた私を力ずくで叩きのめせる程にお強かった······そういえば、私の戦闘技術のほとんどはディミトリス様から教えられたものなので御座いますよ」
「お、おう······」
ディミトリスを語るロバートは、どこか嬉々としている子供の様にも見え、その普段からは想像も出来ない姿にアレルはどこか戸惑ってしまう。
「私にとって、初めて憧れたと言ってもいい大人がディミトリス様で御座いました。なので、私はディミトリス様が村を出立なさる日の深夜に、ディミトリス様の元で奉公がしたい旨を書き置きにして家に残しました。それから、私は最低限の荷物を纏めてディミトリス様の積荷に紛れ込んだので御座います」
「紛れ込んだって······」
アレルは、それだけ呟くも直ぐにクラウスの無謀な事という言葉を思い出し、クラウスの心配も納得出来ると感じた。ただ、それについてアレルが何かを言う前に、ロバートはそのまま続ける。
「まあ、紛れ込みが見つかってからは色々とありましたがどうにか同行が認められて、私はそこから約一年間ディミトリス様と共に行動する事が出来ました。その一年は、今でも一瞬たりとも忘れられぬ程に楽しい日々で御座いました。······ティエルナ事変が起こる、その前まではですがね」
ティエルナ事変、その言葉を口にするロバートの声は重々しくも暗い。そのディミトリスの事を語る時とは真逆の、冷たさと痛々しい感情までが感じられる声に、アレルはそこから語られる内容に対して身構えるのであった。




