一章〜非望〜 四百五話 及第点
既に、腕の疲労を軽減する為に投擲の負荷を分散する様に全身を使って投げていたせいか、アレルは両腕どころか全身に疲労感を感じ始めている。それにも関わらず、これまでと同様にロバートは詳しく教える事がなく、持ち方は教えたしコツは掴んだのだから好きにやってみろとアレルに言ってくる。なので、アレルは仕方なしに無回転時と同じ要領でナイフを回転させながら投げてみる。
まずは、無回転の時と同様に的から近い距離で投げていき、その距離を徐々に離していく。ただ、やはり回転を的との距離に合わせるのが難しく、アレルの技術では五回に一回当たればいい方だった。その反面、遠心力のお陰で飛距離に関しては無回転時よりも簡単に伸びていく。
ただ、そのままでは単純に運任せの要素が強くなってしまうので、アレルは一旦手を止めて対策を考え始める。
(さてと、取り敢えず出来る事はやってみたものの、ここからは命中率を上げる為の改善方法を試していかないとな。問題は、回転数と距離が一致してないって所だ。かといって、回転速度を一定にして一回転あたりの距離を揃えると、速度が変えられないから応用力に欠ける。たぶん、それはロバートの望む答えではないだろうしな)
そう考えるアレルは、取り敢えず同じ距離で回転速度を変えても的に刺さる様に投げてみる。しかし、速度を変えながらだと命中率もそれなりにバラついてしまう。
そんなアレルに、投げ切ったナイフを回収してきたロバートが声を掛けてくる。
「アレル様、今は一定距離での速度調節に難儀されていますね」
「ああ、どうにも要領が掴めなくてな」
「左様で御座いますか。それでは、私から一つだけ助言を差し上げます。······距離の見極めは、回転数が奇数か偶数かでやられると速度変化にも対応出来ますよ」
「奇数と偶数?」
アレルは、オウム返しをしながらもロバートからの助言を吟味する。
アレルは、頭の中でロバートの助言がどういう事を意味しているのか想像する。例えば、一定の距離で同じ投げ方の場合、三回転でナイフが的に刺さったとしよう。そこで、速度を出そうとするなら、奇数回転の五回転や七回転にすると的に刺さるとロバートは言っているとアレルは考える。
そう結論づけたアレルは、ロバートに何かを訊き返す事なく、無言で再びナイフを手にして的に刺さる事を優先して投げてみる。すると、二回転で的にナイフが刺さったので、今度は四回転で的に届く勢いでナイフを投げる。
──ドスッ!
と、鈍い音と共に見事アレルの投げたナイフは的に突き刺さる。それで、手応えを感じたアレルは思わずガッツポーズを取るが、そこへロバートから一言もらってしまう。
「助言一つで、本当に要領を得てしまうとは思いませんでしたが、喜ぶ前にアレル様の最高速度がどの程度の回転をするかも確認しておいた方がよろしいですよ」
「クッ······解ってるよ、別に良いだろ? 少しぐらい喜んだってッ!」
アレルは、ロバートの言葉に反発しながらも、言われた通り目一杯の速さでナイフを投げてみる。すると、今度は九回転でナイフは的に刺さらずに弾かれる。
「アレル様、半歩程後ろにお下がり下さい」
「ああ」
アレルは、そこも素直にロバートに従い、半歩下がってから同じ様に目一杯の速度で投げる。すると、今度は一回転分の距離が出来たお陰で、投げたナイフは的へ突き刺さる。
「全力で十回転分······この距離を覚えておいて下さい。これが、アレル様が対象との距離を測る上での基準となり得ますので」
「ああ、解った」
言いながら、アレルは次のナイフへ手を伸ばす。
「アレル様?」
「どうせ、身体で覚えるまで左右で全部の投げ方をやれって言うんだろ? ······まだ、言われる前に自分からやった方がマシだっつうの」
文句を口にしながらも、アレルはナイフの持ち方を変えつつ続けてナイフを的に命中させる。その様子に、ロバートはフフッとどこか満足そうに笑みを浮かべる。
「まあ、その通りで御座いますが、ご無理はなさらない様にお願い致します」
「どの口で言ってんだよっ!」
アレルは、ここまで休憩も無しにやらせ続けているロバートから出た言葉に、思わずツッコミを入れてしまう。
ただ、その相手はロバートだ。それで、簡単に引き下がったり自分の非を認める様な人物ではない。
「どの、と問われればこの口とお答えするしか御座いませんが······そうですか、ならば回転投げを覚えたところで軌道なども曲げてみますか?」
「要らねえよっ」
これ以上、面倒な投げ方を教え込まれて堪るかと、アレルは即座に言い返す。ただ、そんな事を口にしながらも、アレルは真面目にナイフを投げ続ける。
一先ず、無回転の時と同様に持ち方を変えては、的の近くから遠くへと下がっていき距離も変えていく。そんな中、回転の調節を間違えて数回は的に刺さらない事がある。その場合は、連続で刺せる様になるまでアレルは繰り返しその場からナイフを投げ続ける。
そうして、一通りの投げ方をやり抜いたアレルは、全身の疲労を感じてその場に座り込む。おそらく、ロバート的には及第点に届いていれば良い方なのだろうが、アレルとしてはこの場でこれ以上の上達は見込めないと感じた。そんなアレルの、最終的なナイフ投げの有効射程は、無回転では二m弱で回転させる方では七m前後といったところだった。
「お疲れの様で御座いますね」
そこへ、アレルの投げたナイフを回収してきたロバートが声を掛けてくる。それに、アレルは顔だけ向けて応える。
「まあ、これだけやればな」
「そうですね······私としましては、もう少し完璧になるまでやって頂きたいところですが、時間も無限にある訳では御座いませんし妥協致しましょう」
「······」
自身では目一杯なところを、妥協と言われてカチンとくるアレルだったが、ロバートの言う通りナイフ投げ単体で見ると心許ない状態なのは解るので、アレルは何も言わずに押し黙る。ただ、そんなアレルにロバートは何故か笑みを向ける。
「ですが、アレル様は剣を主武装に戦われます。それならば、充分に及第点と考えられるでしょう」
「ああ、あくまでも選択肢の一つとして修めたいって思っていたからな」
「そういう意味ならば、存分にアレル様の助けとなる事でしょうね。今回で、投擲の要領もお掴みになられたので、今後はナイフ以外の物でも投擲対象として扱う事も可能になられたと思います」
「それは······どうだろうな」
アレルは、これで自身が手斧や槍などもホイホイ投げられるとは思えず、そんな姿も想像出来ない為にロバートから顔を背ける。そんなアレルに、ロバートはおもむろに懐から鋲を一本取り出して、アレルへ差し出してくる。
「お試しになられますか?」
「嫌だよ。才能無いんだろ、俺は」
鋲を差し出すロバートに、アレルは心底嫌そうな顔を向けて断る。すると、ロバートの方もほんの悪ふざけだったみたいで、すんなりと鋲を再び懐へしまう。
ただ、その直後にアレルはロバートが何故そんな悪ふざけをしたのかを、何となく察してしまう。
「······さて、次は徒手格闘などもお教えしたいと思っていましたが、アレル様がその状態では仕方ありませんね。休憩がてら、少し私の話でもいたしましょうか。······『ランカークスの守り人』について」
ロバートの口からその言葉が出てきた瞬間、ロバートが珍しく悪ふざけをした事にアレルはその理由が『ランカークスの守り人』にあった事に気が付く。そうして、昨日は何度も耳にした事柄についてようやくロバートの口から語られる事に対して、ここまで語る気のなかった話を聞いてしまって良いのだろうかとアレルは一抹の不安を覚えるのであった。




