一章〜拠り所〜 三十四話 商会
「······この辺ではないみたいだな」
周囲に点在する宿を見上げながら、唐突にアレルから呟かれた言葉に、項垂れていたロナが顔を上げる。
「ん? 何の事だい?」
「ああ、今夜夜這いに来いって印が無いなって話」
「ふぇっ!? えぇぇっ!?」
余程意外だったのか、思ってもいなかった答えを聞いたロナは、狼狽えて後退りながら絶叫する。
原因を作ったアレルは、ロナの絶叫を耳を塞いでやり過ごす。
「冗談だ。······察してくれ」
「察し······て、ああ、そういう事ね」
察しろと言うアレルの言葉で、冷静になったロナはようやく合点がいく。
そんなロナに、アレルは悪びれる事なく肩を竦める。
「そこまで驚くとは思わなかった」
「いや、だってアレルさんから絶対に出てこない様な言葉だったからさ。······それより、別の宿を取っているのかい?」
「ああ、コルトではなるべく接触しない方が良いと思ってな。······素人が、どっかで聞き齧った知識を駆使して必死に考えての事だから、ロナには滑稽に感じるかもしれないけどな」
アレルは、自虐的に自身の考えを貶めす。
そうして、浮かない表情をするアレルに、ロナは何か言わないとと言葉を選び始める。
「えっと······さ、詳しい事情は聞かないって決めてるからあれだけど、他の三人と一緒にいるところを見られるのは良くないって認識で良いのかい?」
「ああ、実は──」
「待った!」
ロナは、事情を話そうとしたアレルの口に人差し指を当て、続く言葉を無理矢理遮る。
「······」
「詳しい事情を知る人間は、少ない方が良いよ。どこから情報が漏れるか、判らないからさ」
そう言って、ロナはアレルの口から人差し指を離す。
「······だよな。すまない、俺以上に迂闊な連中で、俺が色々考えてはいるんだが······不安でな」
「まあ、気持ちは分からなくもないけどね。ただ、助言をすると色々準備しても駄目な時は駄目だし、あまり準備しなくても上手くいく時は上手くいくんだよ。だから、よほど無策でなければきっと大丈夫だよ」
人差し指を立てて、努めて明るくそれでいて気さくに、ロナはその言葉でアレルを気遣う。
「そういうものか?」
「そういうものだよ。むしろ、アレルさんはよくやってるよ。あの樽の加工だって、アタイはアレルさんが素人だなんて思わなかったぐらいなんだから」
言いながら、ロナは不安を隠せないアレルの背中をポンポンと平手で叩く。
それに、アレルはその表情の影を薄くさせる。
「そう言ってもらえると、多少気は楽になる。俺は、コルトの手前で連中と出会っただけで······だからな」
アレルは途中黙って手振りのみで、ここで、四人、見られる、良くない、と表現する。
すると、アリシアとは違って、それの意味を理解したロナは大きく頷く。
「うん、解った。そういう事なら、アタイもアレルさんのやり方で良いと思うよ。でも、ここからは人も多くなるから、この手の話はしない方がいいね」
「みたいだな」
そう返事したのを最後に、二人は再び歩き始めて、既に中央区から西に伸びる大通りを渡り、商業区南側の路地にいた二人はロナの言う商会を目指す。
その辺りは、ちょうど今は準備中となっていて人通りがなかったが、ロナが歩き始めた方向からは人々の喧騒が聞こえる。
「じゃあ、案内するからついてきてよ」
「ああ」
そう言うと、アレルはロナの僅か後ろを追随する形で歩いていく。
商業区南側区画、元々南側の区画は外壁の関係上日当たりが悪く、北側の居住区と比べ地価が低い。故に、北側の住人のよりも比較的貧しい人々が住んでいる訳なのだが、その不満は中央区にまで届けられていた。
その為、中央区がとった措置が酒場などの娯楽施設を商業区南側に設ける事だった。要は、そこで不満を発散させて、自身達に不満の矛先が向かないようにしたのだった。
だが、それは中央区の思惑以上の成果を上げた。
始まりは、中央区が出資した安価な酒場しか無かった所だったが、その集客力に目を付けた者達がいた。その者達は、周囲に別種の娯楽施設や多少は贅沢出来る酒場や飲食店なども設け始め、街を訪れる旅人も巻き込んでかなりの収益を出した。
そして現在、そこは歓楽街と呼ばれるにまで発展した。
アレル達が、南側区画に入った時に準備中だった店は、そこからあぶれてしまった飲み屋だ。歓楽街は、その成り立ちから居住区に面する側にある。
それ故に、アレル達が歩いているのは居住区から離れた区画で、目指す商会もそちらにあるようだった。
そこを歩いていく中、服飾店、雑貨屋、時々ダニーにも鍛冶の依頼が入る包丁専門店など、ロナはアレルと歩いている事で知り合いからからかわれたりするが、軽く躱して足を止める事なく歩いていく。
そうして、ロナに案内されながら歩いてようやく、馬車数台停まっているかなり大きな建物の前にやって来た。
「ここが、アタイの言っていた商会だよ」
「ここが、商会······」
アレルは、ここにロナがあれ程嫌がる人物がいるのだと思い、自然と警戒が強まる。
(スキンヘッドモンスター以上の化け物······駄目だ、想像すら出来ない。取り敢えず、戦う覚悟と退路の確保だけはしておこう。······にしても、停まっている馬車は、商会のものと客のものがあるみたいだな。店のものは、馬車の意匠が統一されている。それに、馬車の出入りが多いせいか、壁が近いな。これなら区画内を歩かなくても、大通りから壁まで歩いた方が早かったんじゃないか?)
アレルは、商会の周囲を見渡して、そんな事を考える。
そこへ、何やら覚悟を決めた様に大きく息を吐いたロナが、声を掛けてくる。
「じゃあ、中に入ろうか?」
「ああ、そうだな」
ロナに促されて、アレルも意を決して商会へと立ち入る。
そこで、ふとアレルは思う。ロナが、わざわざ店舗が立ち並ぶ区画内を通ってきたのは、組合などの関係があるのかもしれないと。
そう思ったアレルは、ロナには街の商人同士の付き合いがあったのだと結論づけて、それをロナに問う事はしなかった。
ただ、その様をアレルが呆然としていると受け取ったのか、ロナが外套の裾を引っ張って注意を引く。
「いいかい? それじゃ、知り合いを呼ぶよ。······パメラ〜、いる〜?」
そうして、ロナは誰が聞いているか判らないからと、客対応の方で呼び掛ける。
商会の中は、所狭しと木箱や樽などが並べられ、食料品の他にも様々な商材を扱っている様であった。どうやら、商談などは奥か二階かで行われているのか、その場に人はまばらにしかいなかった。
そこへ、ロナの呼び掛けで物影から一人の人物が姿を現す。




