一章〜拠り所〜 三十二話 精算
「解った、そういう事なら遠慮なく貰っていく。でも、ちゃんと代金は受け取ってくれよ」
アレルは、どこか気恥ずかしく感じる部分があり、当たり前の事を茶化して言う。
「当たり前だよ。それだけは、きっちり耳を揃えて払って貰わないと、こっちだって商売だからね」
それに応えるロナは、アレルの軽口に脱力しながら肩を竦める。
その間に、アレルは一度外套を脱いで肩掛け鞄を左肩に通し、潜入道具は専用のホルスターを腰のベルトの右腰側に固定する。
それから、もう一度外套を着ると、アレルはサイドポシェットに手を伸ばす。
「んで、いくらだ?」
「んー、そうだね······レザースーツにブーツ、それから外套に肩掛けの鞄で──」
「後は、潜入道具に大樽の加工とその大樽自体の代金、きっちり取るなら帯剣ベルトの細工もだな」
アレルは、売り物として普段から店に並べている物からしか代金を取らないつもりだったのか、ロナがそれらだけで精算しようとしたところを遮る形で止める。
それに、何かを反論しようとしたロナだったが、先んじてアレルは続けて話す。
「でも、コイツ──ソードクラッシャーだけは、代金を払わずに貰っていって良いか? これは、ロナの想いもダニーの想いも詰まった想いの結晶だ。人の想いに値段はつけられないし、つけたらダメだろう? だから、代わりに他はきっちり取ってくれ」
「アレルさん······」
一瞬、目をウルッとさせたロナだったが、ハッとすると直ぐに体裁を整える。
その反応を、アレルはどこか好ましく感じる。
「駄目かな?」
「し、仕方ないねぇ!? あっ、でも、そんな事言ってアレルさんはお金を持っていないだけなんじゃないのかい?」
あくまで仕方なくといった感じをロナは装うが、アレルと同じような事を思っていたのか、その反応はどこか嬉しそうに見える。
そんなロナに、普通に所持金の心配をされたのかと思い、アレルは現在の所持金から使用可能な限度額を弾き出す。
「金貨十枚ぐらいなら、払っても大丈夫だ」
「ほら、やっぱり払えるのが金貨──えっ? 金貨十枚?」
そこまでとは思ってなかったのか、ロナは自身が復唱した金貨という言葉に表情を失う。
その反応に、もしかして足りなかったかとアレルは心配になる。
「あのさ、······足りなかったりするのか?」
「いやいやいや!? いくらなんでも、そんな金額しないよっ!? というか、アレルさんは貴族か何かなのかい?」
単純に、異世界の貨幣価値が判らないだけのアレルを、世間知らずの貴族と勘違いしたのか、ロナは狼狽えながら訊ねる。
しかし、ロナが何故そんな事を口にするのか解らないアレルは、ロナの望む答えを用意出来ない。
「いや、俺が貴族な訳ないだろ? 分かりきった事を訊かないでくれよ」
「いや、確かにそうなんだけどさ······まあ、いいさね。えっと、それで代金の話だよね? ちょっと待ってて、ソードクラッシャー以外の全部を纏めて計算するから」
アレルの返答に、肩透かしを食らったロナは肩を落としながらも、カウンターで代金の計算を始める。
「ああ、急がなくていいからな」
そうロナを気遣いながらも、そろばんに似た何かをパチパチ弾きながら呟く、ロナの言葉にアレルは耳を澄ます。
「えっと、潜入道具の材料費が一番高いのが鋼線で······全部で三百万エクル。組み立ての工費が、二万エクル。それから、装備品やら何やらで──あっ、そうそう、言い忘れてたけど鞄の中にインナーの替えも三枚ぐらい入れて置いたから」
と、突然計算の途中で、伝え忘れていた事を思い出したロナは顔を上げる。
それには、アレルも少し驚きながらも、礼を口にする。
「ああ、ありがとう······」
だが、当のロナは既に再び計算に集中していた為に、アレルの言葉は届かなかった。
「んで、諸々が二十一万エクル。最後に、樽関係が······大樽一樽一万二千エクルだから──」
「樽に関しては、四つで計算してくれ。必要なのは三つだけど、ダニーが四つ担いでいただろ? 試作用かもしれないから、纏めて細工代で計算して構わない」
今度は、アレルがロナの言葉を遮り、計算に口を出す。
それに、ロナは呆れたように鼻から息を吐き、僅かに口角を上げる。
「あいよ。じゃあ、四つで四万八千エクルに、細工代がオーダーメイドみたいなもんだから······五万エクルぐらいかね? 全部で、三百三十二万八千エクル──銀貨三十三枚と小銀貨二枚に大銅貨八枚になるね」
エクルという聞き慣れない言葉、アレルはそれをこの国の通貨単位なのだろうと聞き流す。
それから、傭兵騎士から巻き上げた金では三十三枚もの銀貨があるか判らなかったので、金貨を一枚取り出す。
「悪い、金貨で良いか?」
「ああ、構わないよ。······でも、本当に金貨を持っていたんだね」
カウンターに、申し訳なさげに金貨を置くアレルに、ロナは素直な感想を口にする。
それに、アレルは躊躇する事なく本当の事を返す。
「まあ、たまたま持っていた珍しいコインを売ったら、それが高値で売れたんだ」
「へぇ〜、そりゃ景気のいい話だね。じゃあ、お釣りを用意するね」
そうして、話半分にアレルの話を聞き流して、ロナはアレルが置いた金貨を受け取り、アレルから見えないカウンターの中でゴソゴソとやり始める。
それでいながら、待たせているアレルを気遣い、ロナから話題をふる。
「ねぇアレルさん、樽の加工が終わったらどうするんだい? 取りに来るのが面倒なら、アタイ達が運ぶけど?」
「良いのか?」
「それぐらいは、いつもやっているからね。宿の場所さえ教えてくれれば、完成させ次第運んでおくよ」
ロナが小柄が故に、その身体がカウンターに隠れているせいで、カウンターと話している様な錯覚に陥りながらも、アレルは一度聞いた宿の名前を思い出す。
「確か、渡り鳥の宿って所だ。それで、いつ頃完成しそうなんだ?」
「あそこ······ね。なら、変に警戒する事もないね。それと、樽ならたぶん明日には出来ると思うよ。ダニーも気合が入ってるだろうし」
「そうか、ならいいんだけど······警戒ってどういう意味だ?」
宿について、何かを匂わせたロナにアレルはその真意を問う。
「ああ、······それならね、客の情報を売る宿もあるんだよ。あの客は羽振りがいいだの、商人なのに護衛がいないだのってさ。そうして、小遣い稼ぎなんかする宿だったら変えた方が良いって忠告しようと思っただけさね。······よっ、と······はい、お釣り!」
アレルの問いに答えながら用意していたお釣りを、ロナは小さなお盆に乗せてアレルの前に差し出す。
咄嗟に、そのお釣りをポシェットにしまおうとして、アレルは迷った挙げ句に銀貨と銅貨の入った袋を二つ取り出す。
「さて、どっちに入れるかな」
「分けて入れているのかい?」
「いや、銀貨銅貨も大きさすらも適当に突っ込んであるんだ」
袋の中は、傭兵騎士から奪ったままなので、その中身は銀貨と銅貨が乱雑に混ざっている。
それに悩むアレルを見て、ロナが面倒見の良さを見せてくる。
「少し貸してもらっていいかい?」
「ああ」
アレルか返事すると、ロナは袋の中身を両方ともカウンターにジャラジャラとぶち撒ける。
「けっこう入ってるね。それじゃ──」
それから、ロナは硬貨の左右に空の袋を一つずつ置いて、一呼吸の後に構えを取る。
「──いくよっ!」
掛け声と共に、ロナは両手を素早く動かして、銀貨を左へ、銅貨を右へと、それぞれの袋へと選り分けていく。
その動きで、まるで砂時計の砂が落ちていく様に、あっという間に硬貨の山が平たくなっていき、同時に左右の袋が膨らんでいく。
「はいっ、終わり!」
そして、ロナは選り分けが終わると、二つの袋をお釣りの乗ったお盆の横に並べる。
「流石だな、助かったよ」
アレルは、目で追うのがやっとの速さに心底感嘆する。
ただ、アレルが瞬きした瞬間に、ロナが一度だけおかしな動作をしたのを見逃さなかった。
「······アレルさん、人が良いのも良い事だけど、本当に気を付けないとダメだよ」
忠告のつもりでやったのか、ロナは眉毛を八の字にしながら右手に握った一枚の銀貨を差し出す。
しかし、アレルは逆にそれで納得出来たので、驚く事もなくとぼける。
「それ、整理の手間賃だと思ってたんだけど、違うのか?」
「えっ!? 見えていたのかい?」
「ああ、俺が瞬きした時にやったんだろ?」
驚くロナに答えながら、アレルはお釣りをそれぞれの袋に分けて入れていく。
その間、ロナは何度も首を傾げる。
「う〜ん、鈍ったかね? でも、あれが見えているなんて、アレルさん相当出来るんじゃないかい?」
「どうだろな? 素質はあるのかもしれないが、さっきは見えていただけで反応は出来なかったからな」
「いや······それだけでも凄いと思うよ。じゃあ、これは返すよ。元から、注意したら返すつもりだったし」
そう言って、銀貨を突き返すロナだったが、アレルはそれを受け取らないまま二つの袋をポシェットに仕舞う。
そうして、疑問符を浮かべるロナに、アレルは笑みを浮かべるのであった。




