一章〜拠り所〜 三十一話 未知の道具
ただ、このままだとロナからの説明もなさそうだったので、アレルは自ら訊ねる事にした。
「それで、どこを細工したんだ?」
「ベルトと鞘の方を、位置の調節と付け外しがし易いように細工したんだよ。あ〜······詳しくは聞かないけど、アレルさんが使っているベルトって騎士団のものだろ? 奴等は基本、剣はベルトに付けっぱなしだから、そのままだと使い勝手が悪いんだよ。だから、留め具を工夫して着脱と調節を素早く出来る様にしたのさ」
その言葉に、アレルは実際に使い勝手を確かめる。
ロナの細工前は、鞘とベルトは互いを一箇所で繋いでいた為に遊びが過ぎて、歩くだけで騎士剣はユラユラ揺れていた。
しかし、今は繋ぐ箇所を二箇所に、それから留め具も別の物に交換した事で安定感が増した上に、着脱も簡単になった。
その仕事と手際の良さに、アレルは感謝する。
「ありがとう、随分感じが良くなったよ。······それと、別に隠すことじゃないから言うけど、この剣とベルトは騎士から貰ったんだ。魔物に襲われて、気絶していたところを助けた駄賃代わりにな」
アレルは、ロナになら構わないだろうと、本当の事を話す。
すると、ロナは実に愉快そうに笑い始める。
「プッ、アハハハッ! じゃあなにかい、天下の騎士様が魔物相手に気絶しただけじゃなくて騎士の誇りの剣まで奪わ──じゃなくて、貰われちまったんだ」
ニヤ〜ッ、と意地の悪い笑みを浮かべたまま、ロナはアレルに剣を奪われた騎士を扱き下ろす。
それに、水を差すのもどうかと思ったアレルはロナに倣って悪ノリする。
「あ〜でも、きっちり所持金も持ち物も全部貰ってたな。それでも、駄賃代わりになるんだろうか?」
「ククッ、いいんじゃない? 放っておいたら死んでいたんだし」
とぼけた感じに、自身の悪行を暴露するアレルに、ロナは更に愉快そうに笑いながら答える。
その様子から、アレルはロナに対して一つだけ疑問に感じる。
「まあ、そうだな。でも、そんなに騎士が嫌いか?」
「嫌いだねッ! 台所なんかで見かける、黒いヤツぐらい嫌いだねッ!」
フンッ、とロナは腕組をして頬を膨らませつつ顔を背けて、吐き捨てるみたいに言う。
黒いヤツと口にするあたり、見たくない程に嫌っているのだろうという事が解る。
「そこまでか?」
(ってか、コッチの世界にもいるんだな。あの黒い悪魔)
アレルは、ロナの言葉に応えながらも、元の世界では見かけた瞬間に始末する為に臨戦態勢を取らざるを得ない、厄介な黒い悪魔を思い出す。
対して、ロナはそれをきっかけに失念していた事を思い出す。
「あっ、そうだ!? えっと、黒いヤツで思い出したけど······はい、これを渡すのを忘れていたよ」
そう言って、ロナは脇に抱えていた真っ黒な外套をアレルに手渡す。
「ああ、ありがとう。······ただな、思い出され方が酷くないか?」
アレルはそう言いながらも、外套をその場で羽織る。
外套は、アレルの膝まであって、それまで羽織っていたものよりも丈夫な繊維で織られたものの様だった。
その造りから、アレルは防寒性や防塵性よりも、飛来物を払うような防御性能が重視されているのかもしれないと感じる。
そこへ、へぇとロナが感嘆の声を漏らす。
「似合っているじゃないかい。全身真っ黒だけど」
「いや、これで良いんだ。日が落ちてから、忍び込まないといけない場所があってな」
真っ黒と、嫌な存在を連想させる言葉だったが、夜に行動を開始するアレルにとって、夜間に人目に触れにくくする為の闇夜に溶け込む漆黒の外套は必須アイテムだった。
たが、ロナは特に興味がないのか、平然としている。
「ふ〜ん······それじゃ、今まで着ていた服や外套はどうするんだい? 処分するなら、ウチでやるよ?」
ロナは、アレルの忍び込むという不穏な言葉を無視して問い掛ける。
それについて、アレルは不思議に思うも、まずは問われた事に答える。
「服は、この国で手に入らない故郷のものでさ、出来るだけ手元に残したい。それから、外套の方はさっきも言ったけど、借り物だから勝手に処分は出来ないんだ」
「じゃあ、服と靴と外套をそれぞれ別に包んで······この肩掛け鞄の中に入れてあげるよ代金は貰うけどね」
ロナは、そう言ってましたカウンター横の壁に掛けてあった鞄を手に取る
「ああ、助かるよ」
アレルの言葉を受けて、ロナは慣れた動きで、試着室に残されたままのアレルの荷物をそれぞれ紙に包んていく。
そのロナの背中に、アレルは気になっていた事を訊ねる。
「なあ、なんてわざと忍び込むなんて言ったのに、その事を訊いてこないんだ?」
「それは、別に聞いても聞かなくてもアタイのする事は変わらないし、アレルさんの事なら信じられるから······そう言う訳だから、はい!」
そう応えたロナは、言い終えると同時に作業を済ませ、アレルに紙に包んだ荷物を入れた肩掛け鞄を差し出す。
そして、それとは別に鉤爪とリール、トリガーにレバーが一緒になった、拳銃の様な形をした不思議な道具をアレルに渡す。
「これは?」
銃口に当たる部分に鉤爪が、その鉤爪から砲身の上を沿う様に鋼線がリールへと続く。
その下、握り手の部分にはトリガーの他に、レバーもあり、握った時親指で届く所にもう一つのトリガーもある。
最後に、砲身の下には筒状のタンクの様なものが付いている。
そんな不思議な道具を、手に取りながらアレルは首を傾げる。
「実は、ソードクラッシャーを持って来た時に一緒に持って来たんだけど、どうかなって思っていたんだ。でも、アレルさんが忍び込むって言ったから、助けになるんじゃないかと思ってね。それは、アタイが昔砦なんかに潜入する時に使ってた道具さね」
(この構造、もしかして空気銃みたいな感じなのか?)
アレルは、ロナの言葉と合わせて、自身が持つ知識と観察によって、ある程度の仕組みを察する。
「仕組み自体は、メルキアで考えられたものらしいんだけどね、ダニーが手を加えてそれを造ったんだ。まず、レバーを何度か握ってボンプ内の空気を圧縮、それを人差し指が掛かる方のトリガーで鉤爪を発射。その次に、親指に掛かる方のトリガーを引くと、鉤爪が噛むようになっているんだ。それで、ここからがややこしいんだけど、その鋼線が魔物由来の素材を使ったメルキア製のもので、ある刺激を加えると物凄い力で元の形に戻る性質があるんだって。その刺激を与える為に、親指の方のトリガーとレバーを同時に引くと、リールが駆動して鉤爪が噛んでいる所まで引っ張り上げられるって訳さ」
「じゃあ、鉤爪を外す時は?」
「もう一度、親指の方のトリガーだけを引くと鉤爪は外れるよ。ついでに、鉤爪を引っ張れば普通に鋼線が伸びるから高い所から下りる時は、そうして鉤爪を適当な所に噛ませて下りる事も出来るよ」
(確かに、これがあれば夜の行動が楽になるな。でも、流石にここまでしてもらう様な事は何も······)
「なあ、良いのか? こんな物まで貰って? ······というか、何故そこまでしてくれるんだ?」
アレルは、流石にロナの自身に対する行いが過剰に感じて、その戸惑いをロナにぶつける。
それに、ロナは笑顔で応える。
「今渡したのは、予備で余らせてたやつだから、気にしなくて良いよ。それから、アタイがここまでするのは、アレルさんがダニーの心のつっかえを取り除いてくれたからだよ」
「つっかえって、ソードクラッシャーの事か?」
「うん、アタイのせいで何か気に病んでいたからね」
ロナは、伏し目がちに答える。
その姿は言外に、ダニーの後悔すらもが、ロナの心苦しさの一因だったと物語っていた、
「あの筋肉バカやっている時は別にして、真面目な時はアタイの前で笑う事なんて無かったんだ。それがさ、さっき工房に戻る時久しぶりにいい顔で笑っていたんだ。······だから、アレルさんには本当に感謝してるんだ。アタイに出来ることがあるなら、出来る限り協力したいって思う程にね」
だから気にしないで、とロナはアレルに晴れやかな笑顔で答える。
(まったく、夫婦揃って同じ様な理由で恩なんか感じやがって、この似た者夫婦め)
そう悪態をつきながらも、アレルの方もその口元が無意識に綻ぶ。
そうして、心強い援助を得たアレルは、着々と準備を整えていく。




