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いつか神殺しのアマデウス  作者: 焼き29GP
第一部 王国の動乱
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一章〜出逢い〜 三話 決着



 青年からは、仕掛けない。


 しかし、影狼の方も青年に対し、警戒を強めたのか動かない。

 おそらく、影狼も青年から浮足立った気配が消えたのを、感じ取っているのだろう。


 青年は、剣を扱おうとするのをやめた。訳は、慣れないものを扱おうとする気配が、緊張や怯えにも似た何かを、影狼に伝えてしまっている様な気がしたからだ。

 それ故に青年は、自身が手にする物の認識を改めた。その手に握るは、剣などではなく、自身がよく知るナイフやカッターと同様のものだと。


 だが、流石に長さや重さの違いから、多少構えにぎこちなさは残る。

 しかし、青年の意識が変わった事で、影狼に舐められる原因となっていたバタついた気配は消え失せる。

 そして、落ち着き払った様に見える青年の様が、影狼に二の足を踏ませる結果となっていた。


 ──グルルゥ、ガルルゥ


 すると、青年と一定の距離を空けていた影狼が唸り始め、自身の周りの影を波立たせる。


「この感じは······さっきのとは違う!?」


 青年は、最初影狼が影の中に潜るのかと思った。しかし、すぐにそれは思い違いだと確信する。

 何故なら、青年が今影狼から感じている気配は、先程の不可視の塊を撃ち込まれた時よりも明確で、それでいて青年に対するより濃密な害意が感じられるからだった。


 ──ワオゥゥゥン!!


 そして、青年が影狼の攻撃に備えて身構えた次の瞬間、波立つ影に囲まれた影狼が、暗紫色の輝きを放ち始める。

 その様子から、青年は影狼の攻撃準備が完了した事を悟る。


(アイツの攻撃に合わせて、カウンターが決められれば最高なんだが······俺には、そんな技術は無い。とにかく、回避に専念しない事にはどうにもならないか)


「どうした? さっさと、来やがれっ!!」


 青年は、準備が整ったにも関わらず、中々攻撃してこない影狼に焦れて叫ぶ。

 すると、それに応えるみたいに、影狼は上半身を仰け反って、浮かせた両前足を勢いよく地面に叩きつけた。


「あん? ······何だ?」


 青年は、困惑する。


 先の攻撃と同様、前足の叩きつけと同時に何かが飛んでくると思い、青年は身構えていた。

 しかし、それとは裏腹に何も起こらず、影狼の周りで波立っていた影が、地面に沈み込んだだけだった。

だが、その瞬間にアリシアがその意図に気付いて、青年に叫ぶ。


「気を付けてください!! 影刃〈シャドウエッジ〉です!!」


「はぁ?」


 青年は、聞き慣れない言葉のせいで、アリシアが注意を促したものが解らなかったが、直後に理解する事になった。

 青年が、疑問符を浮かべた瞬間、その足元から影で形作られた刃が青年を襲った。


「なっ、──ッ!?」


 青年は、咄嗟に身体を捻ることで影の刃をギリギリで回避する。だが、そこを二本目、三本目と、まるで避けられる事が前提だったみたいに、新たな刃が青年を襲う。

 体勢が崩れていた青年は、二本目を右手の騎士剣で何とか弾き、間髪入れず襲い来る三本目の刃は、大きく後方へ飛び退く事で回避する。


「ハァ······ハァ、これで──」


 青年は、連続した攻撃を立て続けに避けた事で、僅かに油断が生じる。

 だが、そこを四本目の刃が、青年を襲う。


「ッ!?」


 そして、最悪な事に四本目の刃は、青年自身の影から発生して、青年の身体を斬り裂かんとその身を伸ばす。


「こんなッ──」


 青年は、それを咄嗟に転がる事で回避に成功する。

 だが、不意を突かれたせいか、僅かに反応が遅れて左太腿を大きく斬り裂かれてしまう。


「痛ッ!? ······──ッ、クソッ!!」


 傷自体は、それ程深くない。

しかし、刃物傷と同様に出血が酷く、ジクジクと短い間隔で鋭い痛みを青年に訴えてくる。

 それは、動けなくなる程の怪我ではないが、痛みに慣れていない青年の動きを鈍らせるには、充分過ぎる傷だった。


「ふざけ──ッ、んなよ、ワンコ風情が······」


 青年は、憎まれ口を叩きながら、痛みに耐えて影狼の追撃に備える。

 しかし、当の影狼は追撃をする素振りすら見せず、影刃を放った位置で、やや頭を下げて項垂れているように見えた。


(何だ、ヘバッてんのか? あのワンコ、体力が無いのか······それとも、今のが奥の手ってやつなのか? もし、そうなら······その上、あの影の刃が何度も撃てないなら、まだ勝機はある)


 青年は、ある種の活路を見出し、速やかに行動する為左足の付け根を拳で叩く。


「────ッ!!」


 痛みは、まだ引いてくれない。しかし、青年は痛みが身体から発せられる危険信号の一つである事を知っている。


 それ故に、青年は盲信する。


 痛みを黙らせる為、この程度では命が脅かされる事は絶対に無いと。

 それは、ただの痩せ我慢に過ぎないが、実際に青年が感じる痛みは幾分和らいでいた。

 プラシーボ効果然り、自己暗示暗示様々である。


「ハッ······痛く、ねぇ。ほら、さっさと来やがれワンコ野郎!」


 そうして、影狼を挑発しながら、青年は再び剣を構えるが、やはり鋭い痛みは完全に消えてはくれない。

 そんな青年を見て、影狼は自身の優勢が覆らないのを確信してか、焦る事なくゆっくりと攻撃態勢に移る。


「ハァ······スゥ、······ハァ」


 青年は、自身の緊張を紛らわせる為に呼吸を整える。


 策はある。


 しかし、それが使えるのは影狼が接近してきた場合のみ。

 もし、不可視の塊や影刃で攻撃されれば、回避に徹する事しか出来ず、酷くなる出血と共に体力の低下も懸念される。

 そうなれば、青年は策を使う前に動けなくなり、あえなく影狼の餌食となるだろう。


「······フッ」


 青年は、ドクンと心臓の音が大きくなるのを感じた。

 初めて、自分が死ぬか相手を殺すかの、命のやり取りをしているのだから当然だ。

 だが、それとは反対に、青年の口元には笑みが浮かんでいる。


 それは、記憶が無いのに殺し合いをしている自身を皮肉っているのか、この状況を楽しんでいるものなのかは、青年にも解らない。

 しかし、青年は自身が緊張と共に高揚している事も、確かに感じている。


 ──ゥゥバゥ!!


 そんな、追い詰められているにも関わらず、笑みを浮かべる青年が気に食わなかったのか、影狼は青年に向かって駆け出した。

 そして、影狼は正面から真っ直ぐに、青年へと襲いかかる。


「シッ」


 影狼は、駆ける勢いのまま前跳びをするように、低く爪で青年の足を狙う。

 それに青年は、騎士剣の切っ先を合わせるように突きを放つ。しかし、騎士剣を警戒していた影狼には、容易く躱されてしまう。


「想定済みだ」


 青年は、飛び退いて間合いが開いた影狼に詰め寄り、その顔面に土埃を蹴り上げる。


 ──グルルッ!?


 土埃で、視界が塞がれた影狼は、一瞬怯んで顔を振る事で、土埃を払おうとする。

 そこをすかさず、青年は影狼の横っ面を騎士剣の腹で、まるで金属バットでも振るうかのように殴り飛ばす。


 ──キャン!?


 視界を遮られた状態で、殴り飛ばされた影狼は、突然の攻撃に驚きはしたものの反射的に身体を翻し、体勢を整える。


 しかし、そこへ更に追撃を加えようとする青年が近づく。

 次は、影狼の鼻頭を蹴ろうと右足を繰り出すが、既に体勢が整っていた影狼は大口を開けて、青年の足に噛み付こうとする。


「くっ······」


 間一髪、影狼の狙いに気付いた青年は、無理矢理右足の軌道をずらすが、支える左足が傷の痛みも相まって一時的にバランスを崩し、一瞬だけ動きが止まってしまう。


 ──ガウッ!!


「グハッ!?」


 そんな隙を、影狼が見逃す筈もなく、青年はほぼ無防備に影狼の体当たりを喰らってしまう。

 そして、青年は体当たりの勢いを殺す事も出来ず、何度も地面を転がされる。


「逃げてッ!!」


 突如、状況を眺めているだけだったアリシアが叫ぶ。

 その目には、地面を転がる青年を追いかけ、影狼の牙が青年に迫っているのが見えていた。


 ──シャァァァッ!!


 そして、青年が立ち上がろうと立て膝を立てたところを、影狼が鋭い牙が並ぶ顎を大きく開いて飛び掛かる。


「────ッ!?」


 ──ガキィィィン!!


 もうダメだと、アリシアがやられそうな青年から目を逸らした瞬間、辺りに甲高い音が鳴り響く。


「そう簡単に······やらせねえよ」


 青年は、噛み付かれる瞬間に、自身と影狼の口の間に騎士剣を差し挟み、間一髪噛み殺されるのを防いでいた。


 ──ガチッ、ガウゥッ、ヂャキ、ガアァァ!!


 影狼は、自身の優勢を疑わないのか、そのまま力で押し切ろうと両前足を騎士剣に掛けて、牙と爪とで何度も刃を掻き鳴らす。


「つーか、息クセェんだよ! ······いい加減離れろッ!!」


 そう怒鳴ると、青年は両手で握っていた騎士剣から左手を離して、自身の腰の辺りをまさぐる。

 そして、目当ての物を掴むと、それを影狼の右目に突き立てた。


 ──キャイィィン!?


 突然迸った痛みに、影狼はその場でひっくり返ってのたうち回る。その右目には、尖った枝先が突き刺さっている。

 それに気付かず、影狼は慌てて影の中に逃げ込もうとするが、どうやら身体に異物が刺さった状態では影に潜れないらしかった。


 青年は、そんな影狼の腹を踏みつけて動きを封じる。

 そして、騎士剣の刃を下に向けて両手で持ち、その切っ先を影狼の喉元に突き下ろした。


 ──ズプッ、ガポッ、グルゥ······ゴパッ、ャィィン


 その、騎士剣が突き立てられた部分から、濁った音に加えて弱々しい鳴き声と共に、青黒い血液の様なものが吹き出してくる。

 しかし、影狼は未だに絶命していない。


「くっ······」


 青年に、勝負が着いた相手を玩ぶ趣味は無い。

 しかし、このまま苦しませ続けるのも忍びない青年は、苦悶の表情を浮かべる。


 すると、意を決した青年は、苦虫を噛み潰したような表情をしてから、突き刺した騎士剣をそのまま力一杯捻った。

 その手から、生々しい感触が伝わるのと共に、僅かに遅れて苦しみ藻掻いていた影狼の足掻きがピタリと止まり、そのまま四肢から力が抜けていく。


 そうして、青年と戦った影狼は静かに息絶えた。


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