一章〜拠り所〜 二十二話 馬の相場
(さて、当座の資金も手に入ったし、デカい買い物をしに行くか)
アレルは、美術商の店の場所を忘れない様に周辺を記憶した後で、改めて次の目的地へと向かう。
商業区の外側に向かってしばらく歩き、区画内でもそれなりに大きな建物を目指す。すると、程なく──
──ヒヒィン、ブルルゥン
と、馬の鳴き声が聞こえてくる。
アレルは、その鳴き声の方へと歩き、ついに探していた店を見つける。
そこには、十頭に満たない程の馬が入っている厩舎の様な建物があり、アレルの目的はそれを併設している倉庫型の店舗だ。
しかし、アレルには本当にそこが自身の求める物を買える店なのか確信が持てない為に、中を覗いながら恐る恐る足を踏み入れる。
すると、中には手押し車や車輪付きの屋台の様なもの、それからアレルの目的である馬車が売られていた。
馬車には、一頭または二頭で牽かせる一般的なもの、それから四頭で牽かせる貴族向けの豪華なものまであり、それが店内にさながら車のディーラーの様に並べられていた。
ただ、中を見渡してみても人の姿が確認出来ず、アレルは仕方なく声を出す事にした。
「オーイ、誰かいないか?」
「はぁい、ただいまぁ」
すると、返事が聞こえて間もなく、奥の方から店員らしい男が現れる。
その男は、服装こそ整えてはいるものの、シャツの襟は首と触れる部分が汚れで僅かにくすみ、蝶ネクタイですらも位置が微妙にズレている。何より、多量の整髪料を使ったかの様にテカテカ光る頭髪に、毛先をくるんと巻いている口髭が、何とも言えない胡散臭さを醸し出している。
直前で、向上心と野心を併せ持ち、仕事にも誇りを持っていってる様子の美術商を見ていたせいか、アレルにはその胡散臭さがより強調されてしまう。
それ故に、アレルはこの店で本当に大丈夫だろうかと不安になる。
「えっと······何の御用で?」
極めつけに、男はアレルを上から下まで値踏みするかの様な視線を向けた後で、そんなすっとぼけた事まで訊いてきた。
おそらく、アレルを馬車を買う様な客でないと判断したのだろう。男は、儲けにならないと愛想笑いすら浮かべない人物の様だった。
しかし、選り好みをする程街に詳しくないアレルは、ひとまずここで我慢する事にした。
「······馬車を探している。荷運びが出来るもので、可能なら革製の幌馬車が欲しいんだが、置いてあるか?」
「ええ、御座いますが······どのような目的でご利用なさるつもりで?」
だが、尚も男はアレルを怪しんで、言葉と共にお金は持っているんだろうかという視線を向けてくる。
その態度に、イラッとさせられたアレルではあったが、ここでも再び自身の感情を抑える。
「俺は、方々で依頼を受けながら旅をしているんだ。中には、護衛や魔物の討伐なんて危険なものもあってな······そろそろ資金も貯まってきたし、移動ついでに荷運びの方でも稼ごうと思っただけさ」
「そうですか······しかし、困りましたね」
アレルの返答に、男ははっきりしない態度を示す。そんな男に、流石のアレルも度重なる不快さに我慢の限界が近くなる。
「俺に、何か問題でも?」
そうして、抑えていた怒気が漏れ出し始めたアレルは、男に対して語気が強まる。
そこまですれば、いくら鈍感な男にも伝わったのか、男は気持ち仰け反りながら態度を改める。
「いっ!? いいえ、お客様には何一つ問題なんてありませんよっ! ただ、現在当店には馬が不足していまして、馬車を売る事は問題ないのですが、肝心の馬の方がどうにも······」
「厩舎の方には馬がいるみたいだが、何故そんな状態になっているんだ?」
「はぁ、何でも王都では馬の需要が高まっているそうで、高値で取り引きされているそうなんです。それで、厩舎にいるものは旅商人の方が全て買われてしまいまして」
「そうか······」
アレルは、男の手前困った様なもっともらしい態度をとる。
(まあ、馬はアリシア達の方に二頭いるから構わない。······ただ、王都の方で馬がねえ。需要が高まっていて高値で取り引きされているって事は、誰かが金に糸目をつけずにかき集めているって事だ。まあ、十中八九軍備増強の一環だな。調教して軍馬として運用するのは勿論、人員や兵器といった兵力の輸送にも使えるからな。······それにしても、馬といい傭兵といい、どこかと戦争でもするつもりなのか?)
すると、アレルの沈黙を購入の断念に感じたのか、男がアレルの顔を覗き込む。
「お客様、どうなされますか?」
その言葉に、馬の相場が気になり始めたアレルは、それを不自然に思われない様に、あくまで購入の検討という形を装う。
「俺がさっき言った、幌馬車の値段と馬一頭の相場は?」
「えっ? ああ、はい。幌馬車の方は銀貨八十枚、馬の方は元が銀貨六十枚前後だったものが······王都の方では金貨一枚で売れるそうです」
そう言った瞬間、男の目が泳いだ上に口の端がヒクついたのをアレルは見逃さなかった。
確実に値段を釣り上げたのが解ったアレルだったが、金に執着するタイプなら金で従わせる事も出来るので、アレルにとっては都合が良かった。
すると、アレルはサイドポシェットにしまった革袋から金貨四枚を取り出して男に手渡す。
「こっ、これはっ!?」
「先払いで渡しておく。二頭牽きの幌馬車と馬二頭、馬は入荷したら他に売らずに優先してまわせ。余分な代金は······言わなくても解るな」
「はっ、はい!! 勿論で御座います!」
金貨を出された事で、急に男は襟首を正し始める。
その金貨には、馬の事さえちゃんとやれば差額は懐に収めて構わないという意図と、こっちは訳ありだから探ったり口外はするなよという意図が含まれている。
それらの事もあり、店員の男は態度を一変させる。
(ここで態度を変えてくるなんて、商人としてはあんまりなヤツだな。まあ、ここまでやって、態度を変えないのも三流以下だけどな。ただ、コイツに任せるのにも不安が残るが、先払いで商品が用意出来ませんでしたとか、満足いかないものしか用意出来なかったとかになれば、店の信用問題にもなる。金を騙し取ろうとしてても、その辺はちゃんとやるだろ)
アレルは、ふっかけられて尚、それよりも多くの金額を渡す事で、コイツからはもっと稼げると思わせ、男のやる気を出させた。
これで、旨味があると思っている限り男が裏切る様な危険性は下がるだろう。
「それで幌馬車なんだが、これから運ぶ荷物の仕入れに行くつもりで······どこかに、仕入れた荷物と一緒に保管してくれる宿か何か知らないか?」
「それでしたら、知り合いの宿に少し値は張りますが心当たりがあります。馬車は、ウチの馬で運びますので、今から案内しましょうか?」
男は、ニヤけながら揉み手をする。
(宿か······アリシア達とは別になるが、無用な接触は避けたいし、依頼を断る事になった時にも気不味くなる事も避けられるな。そう考えると、メリットの方が大きいか)
そう感じたアレルは、男に向かって頷く。
「わかった、頼む」
「かしこまりました! 今、準備するので少々お待ち下さい」
そう言って、男は他の店員と共に、奥から持ってきた幌馬車を倉庫から外に出す。
そして、厩舎から馬を二頭連れてきて、アレルが購入した幌馬車に繋ぐ。
「では、このままそこまでお連れしますので、馬車に乗ってください」
「出来れば、道中で馬車の扱いを教えて欲しいんだが、頼めるか?」
「はい、お任せください。では、御者台の方に乗ってください」
「ああ」
アレルは、男に促されるままに馬車の前方、御者台に腰を掛ける。
その瞬間、馬車からの軋む音にアレルは気が付く。よく見ると、幌も薄汚れているがアレルは敢えてそれらを無視した。
(コイツ、中古を持ってくるなんて本当にいい根性してやがるな。まあ、間に合わせのものだし、無駄になるかもしれないから今は見逃してやる。今はな······)
すると、アレルが内心復讐を考えているとは知らずに、隣の男が話し掛けてくる。
「手綱を握られるのは初めてでしょうか?」
「これまで徒歩で旅していたからな、初歩から教えてもらえると助かる」
「はい、かしこまりました」
そうして、アレルは男が案内する宿までの道で、大体の馬車の扱いを習った。
発車と停止に、右折左折。加速に急停止と、やけに揺れる馬車に辟易しながらも、アレルは操車に必要な技術を身につけていった。
そして、男が教える事の無くなったタイミングで、かなり大きな宿の前へとやって来た。




