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いつか神殺しのアマデウス  作者: 焼き29GP
第一部 王国の動乱
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一章〜拠り所〜 百七十五話 重なる安堵

 アレル達の前を歩くクラウスは、カウンターから少し歩いて東棟にある階段を上がっていく。それに続くアレルは、ミリアを落とさない様に抱え直してから階段を上がる。

 意識のない人間は重いと言う。現在、意識はあるのだろうが身体の力が入っていないミリアもそれは同様で、先程意外と軽いと感じていたアレルも、階段では流石に足腰に負担がかかる。こんな事なら、一階の部屋に案内するべきではないかと感じるアレルだったが、それは無理な話だった。

 宿の入口は北に面しており、その北棟に部屋はなく中庭への通り抜け部分の荷重軽減の為か、二階部分も東棟から西棟へ移動する廊下しか存在しない。そして、北棟以外の一階部分は従業員の私室や厨房、パントリーやリネン室などで使用されており、必然的に客室は二階にしかない。その二階も、客室が外側で廊下が中庭側に面している。

 そんな話をクラウスから聞きながら、アレルは格子状に小さなガラスが何枚もはめ込まれた窓から中庭を見下ろす。すると、丁度馬車が中庭へと運ばれているところだった。


「ご心配は御座いません。お客様の馬車を動かしているのは、私の弟でしょうから」


 アレルの視線に気付いたのか、クラウスはそんな事を口にする。何故、クラウスの弟がやっていると心配がないのか疑問だったが、アレルは他に気になる事を訊ねる為に、敢えてそれを口にはしなかった。


「水は使えるのか?」


「はい、問題御座いません」


「水源は?」


「地下水脈で御座います。この町は、丘の上だけあり比較的安定した風が吹くのを利用して、風車で水の組み上げをしています。ただ、それだけでは安定して供給出来なかった為に、メルキアの技術で魔術的に組み上げと配水を補助させているらしいです」


(要は、魔術的な助けを使って、風車で組み上げと加圧ポンプみたいな役割をしているって事か?)


 アレルは、クラウスの話を自身の知識と照らし合わせる。そこで、クラウスが不意に言葉を漏らす。


「まあ、それでも着工の時分はかなり揉めたとも聞いておりますが」


「揉めた?」


「はい、旧区画の方達がそんな事をすれば井戸が枯れてしまうと食って掛かったらしいです。ただ、開発区の使用している水脈は、ここが村だった時に井戸で使用していた水脈よりももっと深くにあるものです。なので、井戸が枯れる事はないと当時も説明したらしいのですが、聞き耳を持ってくださらなかったとか······」


「まあ、理解出来ても変化を嫌って反対するのもいるだろうからな」


 そもそも、村を再開発する事自体に反対していたなら当然あって然るべき話だなと、アレルは割とよくある話だという体で言葉を返す。その少し後、急にクラウスが足を止める。


「着きました。お客様は、こちらの二部屋をご利用ください」


 そう言って、クラウスが案内したのは東棟をぐるりと回り、南棟と西棟の丁度境目となる二部屋だった。

 本来、朝日で目覚める習慣のあるこの世界では、その目覚めを重視して朝日が昇る東側の部屋を案内するのが普通だ。しかし、不調のミリアがこれから寝るのを考えれば、未だ朝とも言える時間に東側の部屋は都合が良くない。それ故に、朝日の当たりづらい西側の部屋を用意したのだろうと、アレルはクラウスの気遣いを察する。


「悪いな、気を遣わせて」


「いえ、あまりお力になれずに申し訳御座いません」


 アレルの言葉の意図を察したのか、クラウスは自分に出来る事など微々たるものだと言う様に、部屋の扉を開けた後で綺麗なお辞儀をする。


「では、鍵は扉に付いておりますのでそのままご使用ください。それから、馬車を牽いていた馬は当方でお世話させて頂きます」


「ああ、ありがとう。落ち着いたら、一階に宿代を支払いにいくよ」


「はい、お待ちしております」


 そう言ってクラウスは、踵を返して再び階段の方へと消えていった。

 それを見送ったアレルは、西棟の部屋へ足を向けながらアリシア達に振り返る。


「ひとまず、二人共こっちの部屋に入ってくれるか? あと、一応そっちの部屋を施錠して鍵を持ってきてくれると助かる」


「では、アタシが」


 南棟の部屋の施錠をメリルが買って出てくれ、それを横目にアレルはミリアを抱えたまま西棟の部屋へと入る。それから、後に続くアリシアを伴ってアレルはベッド横まで移動する。


「悪い、掛け布団を捲ってくれるか?」


「うん」


 言いながら、アリシアはサッと掛け布団を捲ってくれたので、アレルはベッドへミリアをゆっくりと下ろす。続いて、ミリアに掛けていた毛布をどかしてから、ミリアの身体を整えて掛け布団をかけ直す。

 すると、そのタイミングで隣の部屋とこの部屋の鍵を持ったメリルが部屋へ入ってくる。


「ミリアの様子は、どうですか?」


「今、ベッドに寝かせたところだ。薬の影響か、意外にも静かな寝息を立てているよ」


 そう言って、アレルはミリアを包んでいた毛布を掛け布団の上に重ね掛けする。すると、自然と安堵のため息が出るが、それがメリルのものと重なる。


「······一応、一安心といったところですね」


「まあな。じゃあ、俺の荷物ありがとな、アリシア」


 そう言って、手を差し出すアレルに、アリシアは自身が持っていたアレルの荷物を手渡す。


「ううん、アレルもミリアの事、お疲れ様」


「アレルさん、こちらもどうぞ」


 そこへ、メリルも隣の部屋の鍵を渡してくるので、アレルはそれを受け取る。


「ああ、ありがと。······さてと、色々と話したい事もあるけど、取り敢えずアリシア達は町にいる間は、身分証の方の名前で過ごしてくれないか? どこかで、身分証との名前と違うなんて言われると困るからさ」


 アレルがそう言うと、アリシアとメリルは同時にそれぞれが使っている偽造身分証を取り出す。


「······アタシは、イバレラですね」


「私は、アンネローズ······アンネで大丈夫そうです」


 そう言って、アリシアが顔を上げる中、メリルはミリアの身分証も確認する。


「ミリアは······クリスですね」


「アンネにイバレラ、それからクリスだな。······よし、覚えた。それで、アンネはどちらの部屋が良いんだ?」


 アレルは、アリシアに向かって訊ねるが、当のアリシアはキョトンとした表情を浮かべる。


「······アンネじゃなかったのか?」


「ふぇっ!? あっ、はい······私の事でしたね」


 一瞬、アリシアはビクッとした後で、アハハと苦笑する。


「まあ、宿の中でぐらい普通にしてても良いけれど······んで、どうする? ミリアが動かせない以上、俺は隣の部屋になるんだけど」


 ミリアの着替えやらで、逐一部屋の外に出されるのは勘弁して欲しいという意味でアレルは言う。

 普通に考えれば、ミリアを診るのにメリルが同じ部屋の方が面倒はない。しかし、だからといってアリシアに自分と一緒の部屋だと言うのは酷かと、アレルは選択をアリシアに委ねる。もし嫌なら、その時はメリルと話し合ってくれと、こんな時に男気を見せられない自身を、アレルは情けなく感じる。

 しかし、当のアリシアは特に悩む素振りを見せる事もなく口を開き始める。


「それなら、私はアレルと一緒で大丈夫ですよ。ミ······クリスには、えっと······イバレラがついている方が良いでしょうし」


 ねっ、といった感じで、アリシアはアレルとメリルに笑顔を向けてくる。

 コルトで、アリシアの自身に対する根拠のない信頼があるのは知っていたが、アレルは改めて信頼が重いと感じる。


「えっと······それなら、支払いに行く前に荷物を置きたいから、アンネも一緒に来てくれるか? イバレラは、こっちの部屋で寛いでいてくれ」


「はい」


「分かりました。朝から色々あったので、遠慮なく休ませてもらいます」


 そんな、気苦労がうかがい知れるメリルの言葉を受けて、アレルはアリシアと共にメリルとミリアの部屋を後にしたのであった。



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