一章〜拠り所〜 十三話 選択のリスク
そこで、アレルは不意に気になった事を口にする。
「そういえば、資金は大丈夫か?」
「ええ、まだ余裕はあります。でも、何故そんな事を?」
資金の管理を受け持っているだろうメリルが、首を傾げながらも戸惑う。
それに、アレルは物色していた荷物を指差す。
「いや、不足しているようなら傭兵騎士から奪った金があるからさ」
「あの、さすがに奪ったものを使うのはどうかと······」
そう言ってメリルは渋り、ミリアも無言で目付きを鋭くする。
「いや、相手は傭兵だし、元々アイツ等の報酬は国庫から支払われたものだろ? だったら、王女のアリシアの為に使って何が悪い」
メリルにミリアと、二人に非難されたアレルは、自身の行いを正当化させる方便を垂れ流す。
すると、見事にミリアが釣りあがる。
「確かに、見方によっては傭兵に流れた国の蓄えを取り返したとも考えられる。いや、しかし······」
「ミリア!! ······もぅ、返してきてとは言いませんから、それはアレルさんが使ってください。それと、ウチの娘にへんな理屈を吹き込まないでください」
「はいはい」
アレルは、両手を上げて降参の姿勢を表し、流されかけていたミリアは頭を振って邪念を祓っている。
その様子に、見ているだけだったアリシアが笑みを溢す。
「クスッ······メリルもミリアも、そうやって表情を崩すのは久しぶりですね」
「えっ、いや······」
「アリシアこそ、笑顔なんてご無沙汰ですよ」
そうして、アリシア達三人の間に和やかな空気が形成されていく。
そんな、どこか蚊帳の外の状態のアレルは、三人を気遣って存在を限りなく薄くする。
だが、そこでアレルは、林の奥から聞こえる物音に気が付く。
それにアレルは、瞬時に両手を耳に添えて林の奥へと耳を澄ます。すると、等間隔で地面を重く踏み締める音が、僅かにアレルの耳に届く。
その音は、人間なんかよりも遥かに重い巨体が歩行している音だった。
「アリシアとメリルは、ミリアの後ろへ! ミリア、二人を守れッ!」
アレルは、三人に指示しながら騎士剣を抜き放ち、三人を庇う様に足音のする方へ出て剣を構える。
そんなアレルに、三人は揃って疑問符を浮かべる。
「アレル?」
「どうしたんですか?」
「お前はいったい······いやッ、アリシア様と姉さんはソイツの言う通り、私の後ろにッ!」
近づく脅威に気付かない二人をそのままに、アレルに遅れて気付いたミリアが、腰の剣に手を掛けながら二人を庇う位置取りをする。
──グオォォォォッ!!
直後、叫び声と共にその巨体が一行の前に姿を現す。
身の丈はアレルの倍近く、鋭い牙と爪を持ち、本来焦茶色の体毛のみで覆われている体には、まるで鎧の様に岩石を纏っている。
その異様な巨体で二足歩行する様は、対峙する者に押し潰されるような圧力を感じさせる。
「熊······なのか?」
「ああ、岩石熊〈ロックベアー〉だ。魔法を使えない分、影獣より危険度は低いが、純粋な力と高い防御力は厄介だ」
「常時二足歩行の熊なんて、初めて見た」
アレルは、自身が知るのは蜂蜜好きの黄色いヤツぐらいだと思いながら、先手を取る為に素早く初動に入る。
そして、アレルは岩石熊との間合いを一気に詰めて、騎士剣を真一文字に薙ぎ払う。
──パキッ!!
騎士剣は、岩石熊の横腹を捉えたが、その刃は岩石熊の体を覆う岩に阻まれて、岩の表面にヒビを入れるに留まる。
「嘘だろッ!?」
──グアァァァァッ!!
アレルが、初手の結果に驚いていると、岩石熊が叫び声と共に爪のついた巨腕を振り下ろしてくる。
しかし、その一撃は思いの外遅く、攻撃後のアレルでも簡単に防御が間に合う。
「遅······って、な──ッ、くそ重てぇ」
岩石熊の腕を受け止めたアレルだったが、岩石熊自体の重さとパワーに押し潰されそうになる。
「何をしているッ! このバカ者ッ!!」
そうして、アレルが力負けして膝をつく直前、ミリアが駆けつけ岩石熊を数メートル蹴り飛ばす。
──グルルルゥ!?
岩石熊は、不意をつかれたものの、両手の爪を地面に突き立てる事で衝撃を和らげる。
ミリアは、そんな岩石熊から目を逸らす事なく格闘戦の構えをとる。
「······フゥ。悪い、助かった」
「お前は知らないのか? 岩石熊には、剣の斬撃は効果が薄い。だから、基本は重量武器······最良は、鎖付きのハンマーだが、それで鎧の様になっている岩石を砕きながら戦うんだ」
「成る程······ね」
納得しながら、アレルは騎士剣を腰の鞘に納める。
「それで、次善策は?」
「出来るなら、中距離から岩石を砕ける投擲武器で戦う。それが無理なら、近接で戦槌を使う。それも無理なら······」
アレルは、ミリアが明らかに格闘戦の構えをしている事に嫌な予感がしているが、訊かない訳にはいかないので続きを促す。
「······無理なら?」
「身体強化をした上で、素手で殴りまくるッ!」
やっぱりか、とアレルは手で視界を覆いながら天を仰ぐ。
そして、そのミリアの脳筋全開な考えに辟易する。
「身体強化とやらが出来ない俺は、どうすればいい?」
「ならば、アリシア様と姉さんの所まで下がれ」
「一人で大丈夫か?」
「正直、私の身体強化では五分の戦いをするのやっとだが······なんとかするさ」
ミリアは、アレルを助ける前に身体強化をしていたようで、全身から凄みの様なものが立ち上っている。
しかし、岩石熊から視線を動かさず自ら仕掛ける事もしない事から、本当に余裕が無い事が伝わる。
「解った。俺も援護出来ないか色々考えてみる」
「出来れば、なるべく早く頼む」
そうして、岩石熊と対峙したまま答えるミリアを後目に、アレルは一旦アリシアとメリルのところまで下がる。
「アレル、どうしたのですか?」
戻ったアレルに、不安気な表情を浮かべたアリシアが問い掛ける。
「いや、あの熊と戦うには現状身体強化ってやつが必要でな······出来ない俺は戦力外らしい」
「そうですか······」
自身の情けなさに、視線を逸したアレルに、アリシアは表情を暗くする。
代わりに、今度はメリルがアレルに問う。
「何か、ミリアを助ける方法はありませんか?」
そう問われ、アレルはミリアの方へ視線を向ける。
動きの遅い岩石熊に、ミリアはヒットアンドアウェイで自らの拳を叩き込んでいる。
しかし、避ける事を前提にした攻撃では体重が乗り切らず、決定打にはならない。
決定打を打ち込めないミリアに、攻撃を当てられない岩石熊。戦いは、序盤にして膠着状態の装いを呈していた。
それを見て、アレルは自身の考えを口にする。
「正直、難しいな。人間相手なら、鎧の隙間を狙う戦い方もあるが、ミリアがそれをやっていない以上効果は薄いんだろう。あとは、剣で目を突き刺す事も出来るが、それで岩石熊が暴れたら攻撃が読みづらくなって、逆にミリアを追い詰める可能性がある。······出来る事っていえば、囮になって岩石熊の攻撃を受ける盾代わりになるぐらいか」
そうは言うものの、受けられるのは一発二発が限界で、その間にミリアが決め切れなければこちらの敗北になる。
それを理解するアレルは、悔しさから歯噛みする。
そこへ、アリシアが救いの手を差し伸べる。
「あの、一つだけ方法があるかもしれません」
「本当か?」
「はい。一か八かの話になりますが、アレルに私の魔力を送り込んでアレルの魔力を無理矢理引き出す事が出来れば、アレルも身体強化が使えるかもしれません」
それに、アレルではなくメリルが待ったをかける。
「アリシアッ! いくらなんでも、それは危険過ぎます! もし、それでアレルさんが元々魔力を持たない人だったら大変な事になりますよ!」
「ええ、解ってます。だから、決めるのはアレルです。ただ、影獣との戦いの時、影獣を蹴り飛ばしたり影刃の気配を感じていた、アレルならきっと······」
そう言って、アリシアはアレルの目を真っ直ぐに見詰める。
その、一切の疑いを感じさせない眼差しに、アレルは不敵な笑みを浮かべる。
その笑みを受けて、アリシアはもう一度問い掛ける。
「アレル、どうしますか?」
その問いに、アレルは──




