一章〜拠り所〜 百十話 教え教わり、持ちつ持たれつ
そうして、アレルはようやく食べられると思い、ずっと手にしたままだったバケットサンドを口にする。
「あっ、直ぐにお茶をご用意します」
すると、ジーナが慌てて蒸らしていたティーポットからお茶をコップに注いでいく。
そして、その隣にいたレイラはふらっとおぼつかない足取りで、アレルが用意した木箱の上に座りため息を吐く。
「どうした?」
「あっ、すみません! アレル様に言われて、色々と腑に落ちてしまって······」
レイラは、そう言って俯きがちに肩を落とす。本来なら、アレルはそこまで気落ちする必要はないと声を掛ける場面だが、今回に限りそれはしない。
レイラには、先程も言った通り自身の判断を疑わないといった悪癖がある。おそらく、それは自分の判断に自信があるが故のものなのだろうと思うアレルは、レイラは少しぐらい落ち込ませておいた方が良いと感じている。
ただ、あまりにへこませ過ぎてもレイラの長所が薄まってしまうので、レイラ自身で折り合いがつけられる様になる事を願い、アレルは敢えて声を掛けずにいる事にした。
(まあ、レイラみたいに物事の判断が早いタイプは、そこまで深く落ち込まずに立ち直りも早いのが多い。逆に、ジーナみたいに自分に自信が持てないタイプが落ち込み始めると、感情のデフレスパイラルかってぐらい落ち込み続けるからな。······こういう方面で一番凄いのは、落ち込みもしなげれば気にする事もなさそうなカタリナか)
アレルは、こんな話をしている中でも、幸せそうにサンドイッチを頬張るカタリナを見ながら思う。
だがしかし、それなりにカタリナは食べ続けていたはずなのに、バスケットの中身がニ割も減っていない事に、アレルは愕然とする。
(恐るべきは、カーペンターの影響力か······つーか、こんな量を一人で食ったら、荒事になった場合に腹が重たくて動けなくなるっての)
そう、心の中で悪態をつくアレルだったが、余ったら昼食にでも回せば良いかと結論づける。
すると、そこへお茶を注いだ木製コップを持ったジーナがアレルに声を掛けてくる。
「アレル様、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
礼を口にしつつ、アレルはバケットを持つ手とは逆の手でコップを受け取る。そんなアレルを、ジーナは何か言いたげに見詰める。
「あっ······あの、アレル様も座られたら如何ですか?」
「あ〜、まあ······確かに一人で立っていたら鬱陶しいと思うけど、一度座ったら気が抜けてしまいそうでさ。この後の事を考えると集中を切らしたくないから、悪いけどこのままでいさせてくれないか?」
「はい、余計な事を口にして申し訳ありませんでした」
「謝らないでくれ、こっちの身勝手のせいなんだから。気遣ってくれて、ありがとな」
「······いえ」
アレルの礼で僅かに口角を上げるジーナの姿に、落ち込んだり卑下している様子が見られない事で、アレルは安堵する。
自分が言った事で、何かしら悪影響が出たらと気にしていたアレルだったが、ジーナに関しては良い方に働いたみたいで良かったと思う。
そんなジーナは、バスケットを置いた木箱を少し動かし、別の木箱をその横につけてカタリナ、レイラの順でそれぞれの手の届く位置にお茶を置く。
「あ〜! ちょうど欲しかったんです、ありがとジーナ」
そう言って、カタリナは自身の前に置かれたコップを両手で持ち、音も立てずに啜っていく。
(あれって、日本人が無理にやろうとすると火傷するってやつだよな)
などと、アレルがカタリナの仕草を観察していると、落ち込んでいた様子のレイラが頭を振ってからサンドイッチに手を伸ばす。
「ジーナ、あなたも立っていないで座って食べ始めたらどう? 私達は、この後しばらく歩く事になると思うし」
「······そ、それは解るんだけど」
言いながら、ジーナはアレルの事を気にして見てくる。そんなジーナに、アレルは笑みを返す。
「俺の事は、気にしなくて良い。お互いにこの後があるんだから、それに備えよう」
「はい······アレル様が、そう言われるのであれば」
それでも、渋々といった様子で、ジーナはバスケットを囲む木箱の一つに自身のお茶を持って腰掛ける。
それを見てから、アレルは自身の手近な箱の上にコップを置く。
(一応、レイラも立ち直ったみたいだし、ジーナも大丈夫そうだし······なんとか落ち着いたかな)
そうして、一時はどうなる事かと思っていたアレルは一安心する。だが、ふとレイラが帯剣したまま座っている事が気になってしまう。
「なあ、帯剣しているって事はやっばりそれなりに戦えたりするのか?」
急な質問に、レイラは直ぐ様口の中の物をお茶で飲み下し、一拍置いてからアレルに応える。
「はい、私達黒羽根には外敵の排除も任されています。ですので、あらゆる場面を想定して、徒手格闘から武器を用いた戦闘まで修めている者がほとんどです」
「悪い······なんか急かしたみたいで」
「いえ、アレル様には大切な事を気付かせて頂きました。ですので、お気になさらないで下さい」
「そう言われてもな······それを気にしなくなったら、人としてどうかと思うよ」
そう言って肩を落とすアレルだったが、剣を扱えるレイラに一つだけ訊いておきたい事を訊ねる。
「一つ教えて欲しいんだけど、前に剣を振った時に上手く斬れなかったんだが、原因って解るか?」
アレルは、影獣と戦った際に、斬撃を放ったつもりがその体を押し退けるだけに留まった時の事を口にする。この後、荒事になる可能性も考えて、アレルはその時の原因だけはハッキリとさせておきたかった。
それに、レイラはしばし沈黙した後でアレルの事を見る。
「いくつか理由は考えられますが、その時の状況を教えて頂けますか?」
「剣種は両手剣、相手は影獣、足場は平地で両足はついていた。それで、確か斬り上げをした時に斬れなかったんだ」
「それなら······剣筋がブレていたのではないでしょうか?」
「剣筋が?」
アレルは、意外と早くレイラから答えが返ってきた事に面食らう。それに、レイラは構うことなく続きを話していく。
「はい、片手ならば余程の事がなければ剣筋がブレる事はありません。ただ、両手ですと右腕と左腕で動きに差異がありますから、その影響で剣筋がブレる事があります。そもそも、両手剣は剣自体の重さを利用するのが普通ですので、斬り上げが尚更難しいというのもあると思います」
「何か、直ぐに出来る対策はないのか?」
「そうですね、剣の柄をこう······両手で内に絞る様に、斬撃の瞬間にやればブレにくくなるとは思います」
レイラは、言いながら雑巾を絞るみたいな動作をしてみせる。アレルもそれを見て、バケットサンドを口に咥えて、レイラの模倣をする。
それで、自身の弱味が少しは改善される事を信じて、アレルはその動きをしっかりと覚えるのだった。




