一章〜拠り所〜 十話 品種
そうして、不本意ながらもなし崩し的に同行が決定してしまったアレルは、頭を振って思考を切り替える。
やるとなったら、手抜きは出来ないとアレルは気を引き締め直す。
「······さてと、じゃあアリシア達とそこの騎士の荷物はどこにあるんだ?」
見た感じ三人共ほぼ手ぶらだった事から、アレルは三人の旅支度はどこか別の場所にあると考える。
騎士に押収されていたなら、それらを回収しなければ移動も出来ない。
「それならば、そっちに繋いでいる馬の方に騎士が持っていきました」
「そうか、じゃあ取りに行こう」
メリルの言う方へ、アレルの言葉で四人揃って向かう。
すると、先頭を歩くアレルにメリルが小走りで横に並ぶ。
「一時はどうなる事かと思いましたが、改めて、助けて頂き有難うございました」
「あんな訊き方で、逃げ道を塞いだ人間のセリフじゃないな」
先頭にアレル、その隣にメリル、真ん中にアリシア、末尾にミリアという、アリシアを守る形で歩く中、感謝を口にするメリルにアレルは皮肉で返す。
「感謝している人間に、その言い方は酷くありませんか?」
その通りだなと、アレルも思いはするが、必要以上に肩入れする事がない様に予防線を張り続ける。
「ハッ、······ああ、酷いと言えば追手の騎士も酷かったな。騎士って、一応爵位だろ? 体制にもよるだろうが、国王から功績やらなんやらを認められた奴が、騎士爵を叙爵したのを騎士って呼ぶんだよな。それにしては、二人共騎士っぽくはなかったな」
「······」
「ん? どうした?」
アレルの言葉に、何故かメリルは驚いた様な表情で固まってしまう。
代わりに、アレルの軽口にはミリアが答える。
「奴等は騎士ではない。お前の感じた通り、大方数だけ集めた傭兵上がりか何かだろ」
「そうだったのですか!?」
姿形だけで、騎士だと判断していたアリシアが、近衛として騎士団とも関わりのあったミリアの言葉に驚く。
「一応、騎士団員の顔と名前は一通り把握している。だが、私にはデジルという名前にも二人の顔にも覚えはない」
「そうか······でも、どうして傭兵なんかが騎士の真似事をしているんだ?」
素朴な疑問に、アレルは首だけを後ろに向けて、ミリアに問い掛ける。
その瞬間、ミリアは表情を曇らせ言い淀む。
「······王の代替わりで、国を離れた騎士が多かったからだ」
それでも、あからさまに答えづらそうに、絞り出す様な声で話すミリア。
それに、何か隠されたか誤魔化されたかしたのにアレルは気付いたが、深入りしない為に素知らぬふりをする。
「代替わりねえ······」
「そっ、そんな事より、アレルさんは何で爵位に詳しいのですか? あまり、知っている人は少ないはずなのに?」
続くアレルの言葉を恐れたのか、隣のメリルが割って入り強引に話題をアレル自身の事に向ける。
(ミリアにしろメリルにしろ、やり方があからさま過ぎる。後ろのアリシアの表情も、心なしか暗く感じるし······普通に考えれば、アリシアにとって王の代替わりって話が触れられたくない話題って事なんだろう。ただ、ここまであからさまだと、わざと聞き返させる為に釣ってるんじゃないかとも思うな)
そう思うも、あくまで雇用関係を貫こうと考えるアレルは、何にも気付かなかったふりを通す。
「さあな、言ったろ? 色々と虫食い状態の記憶だって。だから、なんでかまでは分からない」
「もしかして、どこかの国で騎士になる為に騎士団関係の方に師事されていたとかでは?」
「それなら、もう少し剣の扱いが上手かっただろうな」
「本当に、素性が分からん奴だな、お前は」
全くだと、肩を竦めつつも
姉妹に受け答えするアレル。
すると、ちょうど話題が途切れたタイミングで、前方に二つの影が見えてくる。
「あれって、馬か?」
「お前には、何に見えるんだ?」
あまりな訊き方に、ミリアが呆れる。
だが、アレルは内心ホッとしていた。何故なら、そこにいたのはアレルもよく知る常識的な馬だったからだ。
もしかしたら、発音が同じだけの羽魔とかいう化け物だったり、世紀末覇者の相棒みたいなのが出てくるんじゃないかと、どこか身構えていたアレルは肩の力を抜く。
「じゃあ、アリシア達は自分達の荷物を確認してくれ。俺は、騎士の物を見てみる」
「はい、分かりました」
見ると、馬は二頭が同じ木に繋がれており、向かって手前の馬にアリシア達の荷物が、奥の馬に騎士の荷物が括り付けられていた。
そして、二頭には同様の荷物があるので、それを騎士それぞれの支給品か野営道具だと判断し、アレルは先に私物の方を物色する。
その時だった。
「姉さん、当たりです! 私達は運が良い!」
と、ミリアが喜色ばんだ声を上げる。
それに、アレルは何事かと自身の手を止める。
「当たりって、何があった?」
見ると、ミリアが馬の毛並みを逆撫でしている。
「お前は、気付かなかったのか!? この馬は、ラウンド種が基礎になっている混血だ!」
興奮冷めやらぬミリアに代わり、メリルがアレルに説明を始める。
「えっと、アレルさんは馬に関する記憶はどの程度ありますか?」
「さっぱりだ」
即答するアレルに、一瞬言葉を失ったメリルだったが、気を取り直してつづける。
「わ、分かりました。まあ、簡単に説明しますと、ラウンド種という馬が一般的な馬で、能力も平均的で扱いやすいのです。ただ、他に一部能力に秀でた種も存在していて······アレルさん、そちらの馬の毛を見てもらえますか?」
「ああ」
言われて、アレルもミリアと同様に、馬の毛を軽く逆撫でする。
すると、焦げ茶色の毛の奥に、僅かに紅い毛が混じっていた。
「紅い毛が見えませんか?」
「ああ、見える」
「アタシもあまり詳しくはないのですが、それはルビー種の特徴でラウンド種と掛け合わされた場合、持久力を中心に能力が底上げされるそうです」
「へぇ······」
ラウンドやらルビーやらは知らないが、それで少しでも楽に進めるなら何でも良いかと、アレルは結論づける。
そして、アレルは馬から手を離し、メリルに向き直る。
「わざわざ説明してくれてありがとな。もう大丈夫だから、自分の荷物の確認に戻ってくれ」
「はい」
アレルの感謝に、微笑みで返すと、メリルは再び荷物の確認に戻る。
そして、アレルも中断していた物色を再開する。
「さてと、何か役立つ物はあるかなっと」
アレルはそう呟きながら、どこかワクワクする気持ちで荷物を一つずつ確認していく。
(まずは、金子袋か。······持った感じ、デジルって奴の方が重みがあったが、重さと金額はイコールにならない。後で、確認しよう。次は、ナイフか。ただ、戦闘用ではなく、サバイバル用のものだな。んで、こっちの小袋は······ゲッ!? 下着と鎧下のインナーだ! 良し、捨てよう!!)
即断即決、アレルは手にしていた小袋を気絶している騎士がいる方へ放り投げる。
ゴミのポイ捨てはいけないという元の世界のモラルが、目を覚ましたら拾いに来るだろうという期待を込めた遠投をさせる。
(それで、最後は地図か。見た感じ、どこかの周辺地図か。出来れば、国内全域の地図が欲しかったけど、贅沢は言えない。あるだけマシだと思おう。)
そうして、物色を終えたアレルは、期待していた様な物がなくて落胆した。




