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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴336年:クラーク・シガー
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赦される日

 ……そうして協議の結果、オリヴィアがオリヴィア・シガーになることになった。

 弁護士の仕事を続ける上で不都合ではないか、とクラークは案じたのだが、オリヴィアはもしょもしょと、『結婚して姓が変わるの、ちょっと憧れだったのよね』と呟いたので、もう何も反論しなかった。反論出来ようはずもない。こんなに可愛らしい呟きに勝てる合理性が果たしてどれほどあるのだろうか。

 オリヴィアは開き直ったか、『開き直ったことにする』ことにしたのか、クラークを前にしても逃げなくなり、勇ましく立ち向かってくるようになった。これにクラークは大いに戸惑いつつ、同時にこれを大いに楽しんだ。

 日々が新鮮だった。何せ、まるで未知の生物が2人いる。オリヴィアはクラークにとって未知の塊であったし、クラーク自身もまた、クラークにとって未知であった。

 自分がどういう人間なのか、今まで知らなかった面が随分と見えた。クラークはそれに大いに戸惑ったが、それはそれとしてオリヴィアを見ているのは楽しかったので、自分の変容もその代価として受け入れることにした。


 エバニに報告に行く時は、然程緊張しなかった。自分の友人であるエバニならば、祝福してくれるだろうと思えたので。……そう思える程度に、クラークの気持ちが軽かったこともある。今までのクラークであったなら、心配のあまり眠れなくなっていただろうが……今はただ素直に、エバニとの友情を信じることができていた。

 そして実際、エバニは『あ、やっぱり?おめでとう!』と笑って祝福してくれたのである。オリヴィアはこれについて『パパ、アッサリしすぎなんじゃないの……?』と不服気であったが。

 逆に、エルヴィスとアレックスに報告する時には多少、身構えた。絶対にクラークの予想を超える反応をしてくるだろうと思われたので。

 ……そして実際に、『やっとか!ったく、俺がくたばるまでにくっつくのか心配だったんだ!』とアレックスに大笑いされた挙句一晩中酒に付き合わされて二日酔いになり、そんなクラークの一方でエルヴィスは酔いと『おめでとう!』のあまり、未だ雪の残る中庭の植物を叩き起こして芽吹かせてしまった。

 明け方、二日酔いの中、クラークは季節外れに芽吹いた植物の花壇を見て『なんだこれは』と遠い目をする羽目になったものである。




 ……さて。そうしてクラーク・シガーとオリヴィア・シガー夫妻はブラックストーン中で祝われることになってしまった。

 新たに看守となった者達も、上官であるクラークの結婚を祝ってくれたし、エバニの縁で集っていた元・思想犯の面々も皆、喜んでくれた。

 唯一、元国王や高官達は檻の中でクラークを妬まし気に見ていたが、クラークは特に何も思わず彼らの裁判の準備をエバニと共に進めた。


 ……そう。クラークもオリヴィアも、まだ休むわけにはいかない。

 この国は未だ、混乱と混沌の中にある。暗雲を抜け出したからといって、すぐに新たな国が軌道に乗るわけでもない。

 元国王を裁き、元高官を裁いて、新たな国を生み出すべくまだまだやらねばならないことが山のようにある。その一端は、成り行きでエバニが背負うことになっているので、エバニを手伝う2人もまた、忙しいのである。

 ……だが、エバニも含めて3人で忙しくするにあたって、3人が思っていることは、国の安定だけではなかった。

 もう1つ、狙っているものがあったのである。




 それは、元国王の裁判が終わって元国王の禁錮20年が決まった後のことだった。

「ひとまず、新たな国王が選ばれたから、これで国も徐々に落ち着くだろう。そして……エルフの里との交流が、生まれると思うよ」

 ブラックストーンに帰ってきたエバニの報告を聞いて、クラークもオリヴィアも、大いに喜んだ。

「ということは……」

「そう!我々の目標も達成だ!」

 エバニが見せてきた書状を前に、オリヴィアは飛び跳ねんばかりに喜び、喜びのあまりクラークに抱き着き、クラークはそれに驚きながらもオリヴィアを抱き上げてその場でくるくる回ってみる。そこにエバニも加わって、3人で一頻りくるくるやった後……。

「早速、エルヴィスに報告しましょう!」

 皆揃って、エルヴィスの元へと向かうことにしたのだった。


 途中でアレックスを拾った。彼は一応、ブラックストーンの所長であるので。

 アレックスも今回の報せを受けて大いに喜んでくれた。彼としても諸々、今までのあれこれに思うところがあったらしい。看守として長年を勤め上げたアレックスだからこそ、エルヴィスに対する思い入れも大きいだろう。何せ、彼が看守であった時期全てにおいて、エルヴィスは収監されていたのだから。

 そうして4人になったクラーク達は、エルヴィスの元へと向かう。エルヴィスは丁度、中庭で植物の手入れをしていた。『うっかり早めに芽吹かせちまった分、世話してやらないと……』とのことで、彼が中庭に居る時間は増えている。

「エルヴィス」

 そんなエルヴィスに声を掛けて、クラークはそっと、アレックスを促す。

 だが、アレックスは『お前が言え』とばかりにクラークの背中を押してにやにやと笑うばかりだ。

 ならば、と思ってエバニの方も見るが、オリヴィアと揃って『どうぞどうぞ』と言わんばかりの様子であるので、クラークは苦笑しながら、エルヴィスの前に立つ。

「ん?どうした?」

 改まった様子の面々を見て、エルヴィスは首を傾げた。ついでに『あっ、もしかしてもう赤ちゃん生まれるのか?』と頓珍漢なことを言っていたが、それはさておき……クラークは、書状を見せる。

「お前に恩赦が出た。これで『終身刑のエルフ』は終わりだ」




「……えっ」

 エルヴィスは、目を見開いて驚いた。驚いて、言葉を失って……そして。

「……100年以上経ってから恩赦が出ることって、あるんだなあ」

 そんなことを言ったので、周囲に居た人間達は大いに笑うことになった。


 それから皆で、エルヴィスにことの経緯を説明した。

 元国王や高官達の裁判が終わり、彼らの判決が出たということ。それにより、国王の座は正式に空白となったこと。そして、新たな国王が選出されて、ひとまず国を率いることになった、ということ。

 ……そしてその新たな国王は、エルフと人間との交流を進めたい、ということも。

「エルフとの交流は長らく断絶していた。けれど存在はお互いに知っている訳だし、エルフが人間の町に溶け込んでいる例もある訳だからね。そろそろちゃんと法整備して、お互い安全に交流できるようにしたい、という話が出たんだよ」

 今回、エルフの里近辺が反乱軍の拠点になっていたことも大きいのだろうが、今、国を率いる者達は皆、エルフを身近に思っている。新たな国王もそれは同じで、国王とともに発足した『議会』でもエルフとの交流を目指すことは大いに賛同を集めた。

「まあ、そういうわけで、人間達としては、人間の国が新しくなってエルフとやりとりする余力が生まれたよ、とエルフに知ってもらいたい訳だ。そこで……まあ、『手土産』に選ばれたのが君、というわけでね」

 エバニの説明は、遠慮がない。だが、エルヴィスはそれを気にする様子は無く、『成程なあ……』などと素直に頷いている。

 ……だが、それとは別に、また、エルヴィスの表情には曇りが見られる。

「エルヴィス。人間は今後、お前を人質にする気は無い。人質を使ってエルフを動かすようなことはしない。それを表明するために、お前に恩赦を出した訳だが……」

 クラークはそう、エルヴィスに話しかけながら苦笑する。

「……お前はここを出たくないようだな」

 どうやら、『終身刑のエルフ』は、恩赦が出ても刑務所から出ていきたくないらしい。




「ああ、うん。俺、できれば、ここを出たく、ねえんだけど……」

 駄目かな、と、エルヴィスはもそもそ零す。

 ……エルヴィスにとってこのブラックストーンが『友達の家』であり、ここから出たくない、という旨はもう聞いたことがある。それだけに、クラークはエルヴィスの申し出をまるで意外に思わなかった。そうだろうな、とだけ思って受け入れた。そしてそれは、クラークだけではない。

「別に出なくていいわよ。居たけりゃ居れば?まあ、囚人としてじゃなくて、ただの居候のエルフとして居ることになるけど」

 オリヴィアはけらけら笑ってそう肯定した。エルヴィスはぽかんとしていたが、クラークもアレックスも頷いてみせる。今更、ブラックストーン刑務所に居候のエルフが住み着いたとしても特に問題はない。何せ、エルヴィスであることだし。それに、最近また戻ってきたらしいタンバリンマスターが既に住み着いていることだし……。

「いそうろうのエルフ……」

「あの有名な曲の題も変えなきゃいけねえか。『居候のエルフ』かあ……恰好つかねえな」

「おいアレックス。そういうこと言うなよお。……あああ、でもレナードだったら、あいつ絶対に『居候のエルフ』でもう一曲作曲するだろうなあ……」

 頭を抱えるエルヴィスの遥か後方では、しゃんしゃんしゃんしゃん、とタンバリンを鳴らす人影が通り過ぎていく。明るい音色だ。


 遠く響くタンバリンの音を背景に、エルヴィスはしばらく、うー、と唸りつつ何か考えていた。

 つまり、何か考えることがあるのだな、とクラークは思う。

 ここを出ていかないにせよ、何か、考えなければならないことがある。エルヴィスとこのブラックストーンには、何か、大きな約束のようなものでもあるのだろう。

「……まあ、お前がこの城に思い入れを持っていることも、この城がそれだけの歴史を持っていることも、知っている。そこで、提案なのだが」

 だからクラークは、エルヴィスにこう、提案するのだ。

「折角だ。教えてくれないか。ブラックストーン城の話も、お前がここを出ていきたくない理由も。……その上で今後をどうするか、一緒に考えさせてほしい」


 終身刑でなくなったエルフは、クラークの言葉にきょとん、として、それから笑って頷く。

 ……それからしばらくの間、ブラックストーン城の中には明るい声が響いていた。

 そう。今まで終身刑だった1人のエルフの、半生について語る声が。

4章終了です。5章開始は6月24日を予定しています。

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[良い点] あっはっは! いい綴じかたでした! [一言] タンバリンマスターいいですね! まさか戻ってきて居つくとはね! いずれタンバリンも シンバル部にダンパーがついて ポンしか鳴らない音も 出せ…
[良い点] 堅物二人がモニョモニョなりながら皆に祝福されて嬉しい……戦争系になると長くなる作品多いのでキッチリ初期からのテンポを忘れないで執筆してくださり感謝です。 [一言] いよいよ物語の核心『終身…
[良い点] ついに当時の状況が明らかに…! 王国になってだいぶ経ってから暗殺しようとしたのが気になるところ。 許せなかったというから王様が何かしたんだろうけど…ブラックストーンをぶっ壊すとか、刑務所…
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