防衛戦*5
クラークは己の愚かさに落ち込んでいたが、落ち込んでばかりもいられない。いよいよ、最後になるであろう防衛戦の時が迫ってきている。
エルヴィスについてのあれこれを国がやってきたということは、最低限、もう一度は攻めてくるということだろう。それも、ごく近日中に。
その時、クラークはエルヴィスを守り抜かなければならない。彼を王権側に渡してしまえば、エルフの森にも、これからの国にも、顔向けができない。
「ま、気楽にやろうぜ」
……が、守られなければならない当のエルヴィス本人は、のほほんとした様子である。これにはクラークも気が抜ける思いだが……それくらいで丁度いいのかもしれない。
見張りは、3人交代で行った。いつ、軍が攻めてくるか分からない。勿論、相手は『正しい』やり方に則ってくるであろうと予想される。よってそこまで大きな武力は携えてこないだろうが……それでも、前回のように、大砲で怯んで撤退するようなことにはならないよう、対策してくるはずである。警戒は緩められない。
幸い、こちらには3人居るので、8時間ごとに交代すれば、なんとか見張りを途切れさせずに居ることができた。クラークは主に夜間の警備にあたりながら、オリヴィアに頼まれた資料を探したりまとめたりする仕事の方も手を抜かずにこなす。
……弁護士助手の仕事については、責任感も当然あるが、少しでも罪滅ぼししたい気持ちが強い。オリヴィアに対してあまりに申し訳ないので、クラークは半ば逃避のように、仕事に打ち込んでいた。
そんな様子で2日ほど過ごした頃。朝の見張りをやっていたアレックスが、『おーい!来たぞー!』と塔の上から声を掛けてくる。
丁度、そろそろ就寝するか、と思っていたクラークはすぐさま飛び起き、エルヴィスと共に見張り塔へと向かう。
「どっちから来てるんだ?」
「全方位囲まれてるな。一応、話をするために居そうな連中が、一足先に北門から来そうだがよお。交渉決裂となったら、一気に攻めてくるつもりだぜ、ありゃ」
アレックスの報告を聞いて、さて、いよいよ大詰めだな、と顔を顰める。……流石に、国軍を相手に3人で立ち回るのは分が悪すぎる。なんとか、彼らを今日のところは帰らせたいところだが、上手くいくだろうか。
「悪いなー、付き合わせちまって」
緊張するクラークの横で、エルヴィスがそう言って、へらり、と笑った。
「本当は、ブラックストーンを捨てて逃げた方が理に適ってる。でも、俺がここを出たがらないから……」
「いや、お前は脱獄していないというところに価値がある囚人だ」
エルヴィスの、少々申し訳なさそうな顔を見て、クラークはエルヴィスを小突いてやった。
「『正しさ』の上で戦っているなら、勝ち目がある。お前がここを出ていきたかったとしても、私は、お前をここから出す気は無かった」
「……そっかあ。やっぱりクラーク、お前、良い奴だよなあ」
「そうか。なら精々働いてくれ。自分の身は自分で守れよ」
「おう。勿論!」
嬉しそうに弓を構え、弓の弦をみょんみょんと鳴らしてみせたエルヴィスに笑い返して、クラークはクラークで、持ち場に着く。
役割分担は前回同様だ。アレックスが大砲を構え、エルヴィスが弓を構え……そしてクラークは、書類を携えて、行く。それぞれの武器で、勝利を勝ち取るのだ。
クラークが出ていくと、国軍の連中は明らかに顔を顰めた。『またこいつか』というような顔である。だが仕方がない。クラーク以外にはあと2人しか、この刑務所に住んでいないのだから。
「クラーク・シガー。終身刑のエルフを引き取りに来た」
「提出した書類通り、エルヴィス・フローレイはこの刑務所から動かすべきではない。よくお考えいただきたい」
そして前回同様のやりとりをすれば、相手は勝ち誇ったような顔をする。内心でそれを『正しさ』に徹しきれていないぞ、と揶揄してやりながら、クラークはあくまで淡々と、国軍全員の顔を見てやる。覚えたからな、という気持ちをこめて。
「貴殿から提出された書類には不備があった。兼業を認められていない弁護士助手が業務として作成した書類は、無効になる」
『これでどうだ』といわんばかりの表情は、浅ましく、如何にも愚かなものに見える。クラークは、自身はこうならないようにしなくては、と再確認しつつ……持ってきた書類を、彼らの目の前に広げてみせた。
「それなら問題ない。私にとって弁護士助手は『家業』にあたるので」
……そしてクラークは、まるで勝ち誇ることなく……むしろ、自己嫌悪に満ち満ちた暗い表情で、言ってやった。
「私は現在、弁護士として活動中のオリヴィア・ブラッドリーと婚約している」
それから暫し、揉めた。
国軍側は、『婚約だけでは家業とは言えない』と主張してきたので、クラークは『婚約者の家業を手伝うことが認められている例は複数存在している』と証拠を携えて反論した。
それに対して国軍は『そうだとしても婚約の手続きがされていない』と主張してきたので、クラークは『婚約に手続きは必要ない。元々私達は婚約していたが、このようなことになってしまったので、至急、確認のための書類を婚約者に書いてもらった。これがその証拠だ』と改めて書類を見せた。
書類は、オリヴィアからの一筆である。『私、オリヴィア・ブラッドリーはクラーク・シガーと婚約していることをここに認めるものである』。それだけの、だが、それだけに大きな一言である。
国軍はこれに何か文句を言いたかったようなのだが、クラークが『そもそも家業以外が認められている例もある。これ以上揉めるようなら裁判になるが、よろしいだろうか』と静かに申し出たところ……。
「くそ、ならもういい!」
クラークは、どん、と、乱暴に突き飛ばされた。よろめいてその場でたたらを踏めば、国軍はクラークを無視して、門の中へと踏み入ってくる。
「お待ちください。あなた達はこの刑務所に足を踏み入れる資格が無い」
クラークはすぐさま、先頭の男へ追いついてそう、言ってやる。だが……。
「全く、面倒な奴め!」
振り抜かれた拳が、クラークの頬にぶつかる。
喧嘩慣れしているわけでもないクラークは、殴られれば流石によろめく。更にそこを蹴られれば、クラークは地面に倒れるしかない。
「貴様が面倒なことをしなければ、痛い目を見ずに済んだんだ。恨むなら自分の小賢しさを恨め!……よし、取り押さえろ。二度と生意気な口を利けないようにしてやる」
クラークが起き上がろうとしていると、周りに国軍が集まってくる。クラークは乱暴に引き起こされて、数人がかりで羽交い絞めにされてしまった。
そして、クラークの目の前にはにやつきながら、拳を軽く振ってみせたり、軍刀の鞘を握ったりしている者達が居る。
……暴力を受けるのは、あまり好きではない。昔から、そうだった。
だが、多少、慣れてはいる。……クラークの実の両親は、言葉を尽くすことよりも暴力による解決を行いがちだった。幼い日のクラークは、エバニと共に居る間だけはそれを忘れられたが……家に帰れば、2日に1度は暴力がクラークを襲った。
そんなクラークであるので、痛みに耐え、思考し続けることは得意である。我慢強い性分だと言われてきたのは、そのおかげなのかもしれない。
クラークは意を決して、今正にクラークに向けて拳や軍刀の鞘を振り下ろそうとしている者達を睨みつけた。一発二発殴られたとしても耐えられるぞ、と。
……だが、クラークの覚悟は無駄になった。
ひゅ、と風を切る音が響いたかと思えば、クラークへ拳を振り上げていた者の軍帽が、矢に射抜かれて地面に落ちていた。
更にもう一度、二度、と風の音が通り過ぎていけば、軍刀の鞘が矢を受けて割れ、国軍の連中の靴のつま先が地面に縫い留められる。
「よーし。ちょっと腕が戻ってきたかな」
何事だ、と皆が門の上に目をやれば……そこには、にやりと笑う、森色の瞳がある。
「お前らが暴力に訴え出るっていうなら、俺も次は、外してやらないぜ」
笑っていながらも冷たさを湛えた目は、確実に、国軍を一気に縮み上がらせた。
「や、やれ!終身刑のエルフだ!捕らえろ!」
号令がかかる。どうやら、ここまで来たらもう、引き下がることもできないらしい。それはそうだろうな、とどこか遠く思いながら、クラークは自分を取り押さえる軍人の脛を、強く蹴り飛ばした。
呻き声が上がり、クラークを取り押さえる力が緩む。クラークはそれに乗じて、するり、と拘束から抜け出した。
そのまま素早く走り出て、たちまちのうちに、落ちた軍刀を拾い上げる。
構えてはみたものの、へっぴり腰だ。つくづくクラークは、こうしたことに向いていない。
だが、それで十分だ。クラークが剣を構えているのを見た者達は皆、クラークを警戒して意識が逸れたから。
……そこへ、エルヴィスの矢が飛ぶ。鏃の代わりに鉛の玉を付けた矢で、次々に国軍の者達を撃っていく。
彼らは射抜かれることこそなかったが、強い衝撃を受けて、倒れる。骨の一本や二本は砕けているだろう。矢をまともに受けるということはそういうことなのだ。
矢に国軍の警戒が戻ったのを見て、クラークは剣を振り回す。刃は向けないようにして、できるだけ、剣の平の部分で叩くように。
剣など、言ってしまえば鋼の塊である。それで殴られれば、当然、それなりに痛みも衝撃もあるだろう。クラークはそれを少々申し訳なく思いつつも、国軍の無力化のために戦うことにした。
……そうして門の前でクラークとエルヴィスが抵抗していると……どーん、と、大きな音が響いてくる。大砲の音だ。アレックスがやっているのだろう。
だが、大砲の弾は、こちらへは来ない。それもそのはず、アレックスが狙ったものは、人ではないからだ。
「おー、良く燃えてるなあ!」
エルヴィスが門の上でけらけらと笑えば、国軍の何人かもそちらを見て……愕然とした。
「俺の護送車が!」
そう。そこには、国軍をここまで乗せてきて、そして、これから終身刑のエルフを護送するために使われる予定だった魔導機関車が、大砲にやられて轟々と炎を上げている光景があったのである。
「ば、馬鹿な……装甲車だぞ!?」
「はっはっは、馬鹿め!こちとら天下の囚人共が揃ってたブラックストーンだ!装甲車ブチ抜く大砲くらい、有るに決まってんだろ!」
恐らく大砲を警戒して用意してきたであろう装甲車が、見事、炎上している。これには、国軍も焦るしかない。
何せ、彼らの目的は『終身刑のエルフ』の奪取だ。エルヴィスを運ぶ手段が無くなってしまったのだから、彼らの目的達成は非常に難しくなった。
「さて……これでそちら側の任務達成は絶望的になったな」
クラークがそう言ってやれば、皆が戸惑いと憎悪の籠った視線を向けてくる。……だが、クラークはそれに怯むことなく、堂々と、彼らの前に立つ。
「あなた達に残された選択肢はそう多くない。ここで折角の終身刑のエルフを殺してしまうか、徒歩で連れ帰ろうとして失敗するか、最後まで抵抗する我々と泥仕合を繰り広げ、多数の死傷者を出すか……。いずれにせよ、あなた達は任務失敗を報告することになるだろう」
クラークの言葉に、誰も反論できない。
現実的に物事を考えられる者ほど、クラークの言葉には納得せざるを得ないのだ。
『終身刑のエルフ』を生きたまま連れて帰ることは、あまりに難しい。そう、認めざるを得ない。
「そこで、だ」
国軍が『ならばいっそ全員殺してしまうか』などと考え始めたであろう頃合いで、クラークは笑って、持ち掛ける。
「取引を、提案する」
……できる限り、エバニらしく。そう意識しながら、クラークは彼らが思いもよらなかったであろう選択肢を、提示するのだ。
「こちら側に、寝返らないか?」