防衛戦*4
「まあ、そうだよなあ。ここまで来てたら、もう、お前の兼業とか全部どうでもいいことにして、攻めて来たっていいよなあ」
クラークは考えに考えたが、もう何も答えが出てこない。
ひとまず、国が襲ってくるであろうことは分かった。それでいて、『正しい』手段を用いてくるであろうことも分かった。
……だが、ここまで追い詰められた国が今更正しさを求めてくる理由が分からない。
否。
「唯一、思い当たるものがあるのだが……」
クラークはなんとなく、それらしいものに見当をつけてしまい、頭を抱えたくなる。
「お。なんだ?」
「国はまだ、滅ぶ気が無い、という考えだな」
「滅ぶ気が無い?滅ぶ気が……え?」
「そのままの意味だ。国はこの事態を、穏便に収めようとしている。だから、今更ながら法に則ったやり方で、諸々に対処しようとしている。どうだろうか」
エバニ達が正しいやり方をしている以上、国側も正しいやり方をすれば、エバニ達やその他大勢の国民が掲げた拳を、下ろさせることができる。そう踏んでの行動、なのかもしれない。
そうでなかったとしたら、このようなやりとりが発生すること自体、おかしい。クラークはそのくらいには、今のこの国を信用していない。
「そりゃあ……そりゃあ、いいのか?なあ、クラーク。お前としては、それってどうなんだ?」
「……やり方としては、好ましい。何であれ、正しいやり方を取るのは、悪いことじゃない」
エルヴィスが何とも言えない複雑そうな顔をしているのを見て、クラークもまた、何とも言えない複雑な気持ちになる。
「だが……私は、どうも、この国には一度、滅んでほしいらしい」
どうも、クラークはまたしても、正しさから足を踏み外そうとしているらしい。
「そうだな。俺もよお、こんな国、一度滅びちまった方がいいと思うぜ」
クラークが言ってしまった後で少しばかり自分の言葉を恐ろしく思っていたところ、それを吹き飛ばすような勢いでアレックスが割り込んできた。
「正しいの正しくないの、そんなの言っててもしょうがねえだろ。あいつらは正しくなかった。今更正しくなろうったってもう遅い。大体、これから本当に正しくなるっつうのか?正しいフリして間違ったことしまくるのは目に見えてるだろうがよ」
アレックスは熱の籠った様子でそう語り、拳を握りしめた。
「これに流されちまう奴らも多いんだろうけどな。俺は流されないぜ。なんつったってよお、俺はここでずっと看守やってきたんだ。この国の『犯罪者』がだんだん変わってきたのを、全部全部、この目で見てきたんだ。もうこの国なんざ、信用ならないね!」
「信用、かあ。そうだな。俺もそう思うぜ。今更正しくなろうったってなあ。今までの行いが消える訳でもねえし……ま、こういう時は全部塗り替えちゃった方がいいだろ?」
アレックスもエルヴィスも、『国は滅ぶべき』という考えのようである。要は、今の王権を支持する気が無い、ということだろうが……その言葉を聞いて、クラークもまた、頷く。
「そうだな。私は、今の王権が嫌いだが、それと同時に、あれは正しくないわけだ」
やはり、それでいい。クラークは今一度確認して、頷く。
「公正であろうとすると、どうも、自分が嫌いなものが正しくない時、それが自分の偏見によって正しくないように見えているのではないか、と自分を疑ってしまう」
「うわあ、真面目だなあ」
「コレだからお前って奴は……こう、生きていくのが辛そうだよなあ」
呆れたような顔のエルヴィスとアレックスに苦笑を返して……さて、クラークは考えなければならない。
「……そうだな。流される国民が増える前に、ケリをつけてしまえれば、いいんだが」
この国を、滅ぼす方法を。そして……そのためにも、エルヴィスを国に渡さない方法を。
「エルヴィス。お前が国に狙われていることは分かっているな?」
「うん?まあ……えーと、うん。多分分かってる」
自信たっぷりに首を傾げつつ答えるエルヴィスを見て、クラークは『この野郎』と思いつつ、一応説明することにする。
「お前はエルフの里に対して使える人質だ。国はエルフの里を抑えておきたいだろうから、お前を狙いに来ている」
「あ、やっぱりそういうことでいいのか?うん……いや、こう、もしかして国は俺の魔法をアテにして兵力にしようとしてんのかなあ、とか、色々考えてて」
「……それもあったな」
エルヴィスが『俺、ヤバいポーションも作れちまうしなあ……ああ、あの魔法もヤバいかなあ』などと言いつつ指折り数え始めたので、クラークはいよいよ頭を抱えたくなってくる。
だが、頭を抱えている暇はない。そんな暇があったら、抱える前に頭で考えなければ。
「とにかく、国はお前を連れていきたがっている。そして、お前は国に連れていかれてしまうと、間違いなく、こちらの戦況が悪化する」
「うん」
エルヴィスを用いてエルフの里を脅すにせよ、何かの方法を使ってエルヴィスを脅すにせよ、エルヴィスが王権側の手に落ちた場合、非常に厄介なことになる。少なくとも、エルフの里と手を取り合って今の王権を打破する、というような筋書きではいかなくなるだろう。エルフの里との和平も、難しくなる。
「であるからして、お前を国に渡してはいけない。……が、取れる選択肢が2つしかない」
クラークは少々重い気持ちで、2つの選択肢について、話す。
「1つ目は、暴力に訴えかけることだ」
「クラークの口から暴力なんて聞くことになるとはなあ。ははは」
笑いごとではないのだが、確かに自分らしからぬ発言だったな、とクラークは思う。思いつつ、それでも暴力を『選択肢』として自分の中に持っていたのだ、ということをもまた、思い知る。そう。クラークは最早、昔のような模範的な人間ではなくなってしまった。これが成長なのか堕落なのかは、判断できないが。
「まあ……相手が正しい方法を用いてお前を奪いにきたとしても、それを暴力で追い返すことは、可能だ。他に手段が無かったら、それしかない」
「大砲がまだ日の目を見そうだなあ、おい」
アレックスはどちらかといえば、初めから『暴力』寄りである。にやにやと嬉しそうにしているので、クラークは少しばかり、この老看守のことが心配になる。
「だが、正しくはない。特に、相手が正しい手続きを踏んでここへ来るというのに、こちらが暴力では……その、これからの国創りに支障をきたすだろう。暴力は手っ取り早い方法だが、人々からの信用を失うから」
そう。結局のところ、暴力による解決は、『正しくない』のだ。
人々の間を取り持つために『正しさ』があるのだから、その『正しさ』を反故にして暴力に走った時、その人は社会の取り決めを破った者……つまり、社会の取り決めに守られない者に身を落とす。
クラーク1人がそうなるなら構わない。その時は、クラークもふらりと消えてしまえばよいだけだ。元々、自分など惜しい人間ではない。だが、エルヴィスに今後も悪評が付きまとうようなら、それは大きな問題なのである。エルフの里とのこともあるのだ。エルフと人間の間を引き裂くものは、少ない方がいい。
「そこで、2つ目の選択肢だが……」
そう考えながら……クラークは項垂れて、2つ目の選択肢を挙げた。
「……なんとかして、お前をここに留まらせるための正式な手続きを、済ませる。以上だ」
これは実現が非常に難しい、と理解していたので。
「正しさを捨ててはいけない。だが、その場合、エルヴィスがここに居るための書類をもう一度作り直す必要がある。今度は初めから、エバニかオリヴィアの名義でやることになるだろう。だが……それだと間に合わないだろう」
兼業届を却下された以上、クラークが作った書類は無効とされてもおかしくない。そして、クラークが作った書類を無効にしたいならば、クラーク側で諸々の対策を取る前に攻め込んでくるだろう。相手は『正しい』方法を取ろうとしているようなので。
「相手はどう考えても、今日明日中にここに来るはずだ。そのつもりでこの書状を送ってきたのだろうから……ああ、つまり、間に合わないんだ。エバニに頼むにしろ、オリヴィアに頼むにしろ……書類を作るのは手間だし、それをさらに郵送なんてしていたら、余計に間に合わない」
どうしよう、どうしよう、と、クラークはその場を意味も無くうろうろ歩き回る。
歩き回ることでよい考えが浮かぶのではないか、と少しばかり期待したが、踏みしめる刑務所の石の床は、かつかつと音を跳ね返してくるばかりで、良いアイデアなど齎してはくれなかった。
「クラークお前よお、弁護士が家業だったらよかったのになあ」
考えあぐねて疲れたクラークに、アレックスがそう言って肩を叩いてくる。
だが、残念ながらクラークの家は別に弁護士でも看守でもない。それはそうだ。そんなに都合のいいことは起こらない。だからこそ、クラークは今、なんとかこの問題の抜け道を探そうとしているのだ。
「うーん、いっそ、オリヴィアとお前、交代したらどうだ?ブラッドリー一家なら、弁護士もポーション製造も花屋も家業の内ってことになるぞ」
「そうだな……」
これが、オリヴィアであったなら、これは受理されただろう。彼女の実の父親が弁護士事務所を営んでいるのだから。彼女にとって、弁護士は十分に『家業の手伝い』である。
……昔から、オリヴィアが羨ましかった。クラークはエバニと親しくなるにつれ、エバニを父親に持った彼女の立場を、只々羨ましく思うようになったのである。幼い日の記憶が呼び起こされて、クラークは少々、重い気分になる。
あの頃から、オリヴィアと交代できたら、と思っていたが。まさか、今もそんなことを考える羽目になるとは。そして、今、幼い日の羨望が、自分の友人を救えない無力感に重なって増幅されていくとは。
何とも、因果なものである。幼い日に憧れていたものになり損なったために、クラークは友人を救えない。
「じゃ、いっそ、家族になっちまえ」
……が、少々落ち込んでいたクラークに、アレックスが、そう言う。
「な?簡単だろうが」
クラークは、ぽかん、とした。
何を言われているのか全く理解できなかった。
……だが、微かに理解した途端、それは希望の光となってクラークを照らす。
「……成程」
まだ、クラークには、エルヴィスを救う余地があるのだ。
「オリヴィアに婚約を申し込む」
「そうきたかあ」
……少々、突拍子もない解法で、だが。
そうしてクラークは、エルヴィスに呼び寄せてもらった鳥に頼んで、オリヴィアへ婚約の申し込みを送り付けた。
そして1日後には、オリヴィアから『あんた馬鹿じゃないの?』という言葉と共に婚約を受理する旨が書かれた文書が送られてきたのである。これにはクラークも安心した。これで兼業届の無効が無効になるのである!
「婚約者の家業を手伝う、ということなら、十分に兼業を認められる。その前例は確かどこかにあったはずだ。まあ、そういうわけで、私にとって弁護士助手は家業であると申し立てを行えば、不受理を無効にすることができる」
「そのために婚約……マジかぁ……焚きつけたの俺だけどよお、お前、急に吹っ切れやがって……」
アレックスはどこか呆れたような顔をしていたが、クラークは少々渋い顔をするしかない。
「吹っ切れた……というわけでは、ないが。まあ、オリヴィアには適当なところで婚約を解消してもらえば、彼女の人生を大きく損なうことは無いだろうから……」
正直なところ、不本意である。このような形でオリヴィアに迷惑をかけるのは、不本意である。
だが、これ以上に良い考えが思い浮かばなかった。だから仕方なく、このようなやり方を取っている。この国が滅びたら婚約破棄してオリヴィアを正式に解放することもできる。その旨もきちんと手紙に書き添えたので……だからオリヴィアは婚約を承諾したのだろうが……クラークは、自分で自分をなんとか納得させることができている。
「そこはもう結婚しちまえよ……」
「そ、そんなわけにはいかない。オリヴィアの人生と戸籍に傷をつけることになる。婚約だけなら解消しても問題は無いから……」
「真面目な野郎だぜ……けっ、つまんねえなあ」
「うわあー、前からちょっと思ってたんだけどな、クラーク、お前、やっぱりアイザックっぽい!ほら、オリヴィアのおじいちゃん!あいつもなんかお前っぽいところ、あった!」
クラークは2人の友人をそれぞれに小突いて黙らせつつ、今回のことは後でしっかりオリヴィアに謝罪しよう、と心に決めた。
このような形で不本意ながら迷惑をかけることになったのだから、埋め合わせにできることは何でもしようと思う。
その時は、エバニにも謝罪しなければならない。エバニはクラークにとって友人であり、親のような存在でもあるが、迷惑をかけていい相手ではなく……。
……そこまで考えたクラークは、はたと、気づいた。
「……家族になる、というだけなら……私は何故、エバニと養子縁組する方を思いつかなかったんだ……?」
自分が随分と間抜けであったことに。
「いいじゃねえか。うっかり養子縁組なんざしてたら、そのオリヴィアって子と結婚できなくなってたぞ」
「け、結婚する気は無い!ただ婚約しただけだ!」
「婚約って『結婚する気がある』って約束じゃねえの?人間の文化ってわかんねー」
……最良の考えは、手遅れになってからやってくることが多い。
クラークは暫し、自己嫌悪に沈むことになった。
これはいよいよ、オリヴィアに深く深く、謝罪する必要がある。