年上の友達*2
「い、いや、待て。おかしいだろう。記録によれば、エルヴィス・フローレイが入所した頃にはまだエバニどころかエバニの曾祖父すら生まれていなかったはずだが……」
クラークは混乱した。大いに混乱した。一体何が起こっているのか、よく分からない。
エルヴィス・フローレイが知るはずの無い人物を知っていて、それを友達だという。意味が分からない。
「あー、いや、そうじゃなくて。ほら、友達の子供は皆友達だろ?で、ほら、アイザックはムショに居たからな。そこで友達になったから、アイザックの子供であるラウルスもエバニもアイレクスも、俺の友達だ!」
その理屈はおかしいだろう、と思うが、エルフの感性ではどうもそういうことらしい。そして、アイザック・ブラッドリーが服役していたことがある、という話はそれなりに有名な話であるので、クラークも知っていた。
「エルフはそうだ。人間と付き合ってると、こう、どうしてもな……おいてかれちまうから。だから、その子とも仲良くしとけば、寂しさが少し減るだろ。そっか、でも……ええー……そうか、エバニもラウルスも、逮捕されちまったのか……道理で最近、手紙が来ねえと思ったんだ」
クラークの困惑を他所に、エルヴィスも只々、困惑していた。
「それは知らなかったのか」
「そりゃあな。ほら、手紙は検閲されるし……どうしても、手に入らない情報はある」
しょんぼりと肩を落とすエルヴィスを見ていると、どうも、クラークも同情的になってしまう。いけない。検閲は囚人の管理のために必要なことで……生憎、クラークは検閲係になったことは無いが、もし係になったとしても、エルヴィスへの手紙だからといって見逃すようなことは決してしてはならない。
たとえ、エルヴィスがエバニの友人だとしても。
本来、クラークと思想を共にするであろう者であろうとも。
それでも、クラークはここで看守としての立場の正しさを曲げるつもりは無い。何も成せない自分の、せめてもの矜持として。
「でも、そういうことなら……なんとか、連絡取りてえなあ。うーん……」
クラークの内心を知ってか知らずか、それでもエルヴィスは悩む。どうやら本気でエバニやラウルスに手紙を出す気で居るらしい。
「だが、手紙は検閲されるだろう。第一、囚人から囚人への手紙など、受理されるはずがない。少なくとも私は受理しない」
今、国中の刑務所に通達されているのは、囚人達の監視の強化だ。
……国にとって都合の悪い人間がどんどん刑務所へ放り込まれている今、刑務所で徹底して囚人達を隔絶しておく必要がある。だからか、クラーク達看守へ届く通達文も多い。日に日に管理が増えていく中、もしかすると、ブラックストーン音楽祭も開催できるのは今年が最後かもしれない、と言われているほどである。
「うーん、手紙、手紙……となると、やっぱりアレしかねえな」
「……まさか、私に出せというのではないだろうな?」
だが、管理が厳しくなっていくこの刑務所の中でも、エルヴィスはまるで諦めないらしい。クラークは看守として、エルヴィスに警戒を払う。だが、エルヴィスはただ笑うばかりだ。悪意も何もなく、ただ、楽しそうに。
「いや、大丈夫だ。あんたに迷惑はかけないよ。古典的な方法を取る。……へへへ、実に100年ぶりくらいだな。グレンの時以来だ」
うきうきと目を輝かせ始めたエルヴィスを見ていると、クラークは不思議と、それを咎める気になれなくなる。
「何をする気だ」
非難よりは好奇心が強いことを自覚しつつクラークが尋ねれば、エルヴィスはそんなクラークを見透かしたように、にやりと笑って答えた。
「刑務所の規則は破らない。ちょっと鳥と遊ぶだけさ!」
……そうして。
「大変だー!エルヴィスが鳥に襲われてる!」
翌日。中庭は大いに騒がしくなっていた。
ちゅんちゅんぴよぴよ、と鳥の鳴き声が響き、それら鳥に囲まれるようにしているのが、終身刑のエルフことエルヴィス・フローレイである。
「なんだこいつら!……あっ、ふわふわだ」
「本当だ!ふわふわだ!」
「ふわふわの鳥だ!羽毛布団だ!」
「いや、羽毛だ!ただの羽毛だ!布団ではない!」
エルヴィスが急に鳥に集られ始めたのを見て助けに向かった囚人達は、小鳥の軽さに驚き、鳥の胸毛のふわふわとした感触を楽しみ、そして最終的には『あったかい!やわらかい!ふわふわ!かわいい!』と、皆、鳥に篭絡された。
人間(ではなくエルフなのだが……)が鳥に集られていて、その周りでは懐っこい鳥相手に囚人達が相好を崩している、という奇異な光景を前に、看守達は慌てて鳥を追い払いにかかった。だが、そうして鳥が居なくなってしまった後に残ったのは、笑顔の囚人達、そして笑顔かつ羽毛まみれのエルヴィスだけである。
「……エルヴィス・フローレイ。何をしたんだ」
「いや、何もしてませんよ。ただ、エルフって鳥に好かれやすいらしくてね。奴らには俺が止まり木に見えたのかもしれません」
エルヴィスの言い訳に、看守達は『まあ、実際何かが起きたわけではないし、何かが起きていたとしても関知しない』とばかり、ため息を吐いて解散していく。
クラークはそこで1人残って、ただ、エルヴィスを見つめた。
「……今の鳥が手紙を持って行ったのか?」
「まあな。……書くだけ書いた手紙を鳥に奪われちゃいけない、なんて規則はこのムショに無いだろ?」
「まあそうだな」
クラークもため息を1つ吐いて、それ以上エルヴィスを問い詰めないことにした。問い詰めるだけ無駄である。エルヴィスが、調べられて困るような何かを残したとも思えない。そもそも、実際、そんな規則は無いし、規則に無いことを咎めるのも正しくない。
そして何より……今、正しくないのは国だ。その正しくない国に対して正しくない行いをした者は、正しくないのだろうか、と考え始めると、どうにも、答えが出そうになかった。
「……ってことで、いいか?」
「ああ、いい。正しくないことをしていないなら、別に構わない」
クラークはエルヴィスが『よかった!』と笑うのを見て、さっさと踵を返す。
どうも、あまり深く考えるとクラークが守るべき『正しさ』がよく分からなくなりそうなので。
それから1週間。
「おーっ!またエルヴィスが鳥に襲われてる!」
「ふわふわするなら今の内だ!急げ!」
また、中庭は盛況であった。エルヴィスを包み込むように鳥が大量にやってきて、ばさばさぴいぴいと騒がしい。そして、集まってきた鳥を撫でたりつついたり抱き上げたりと、周りの囚人達は大いに鳥の襲来を楽しんでいた。『ふわふわ!』と誰かが喜びの声を上げれば、皆が『ふわふわ!』『ふわふわ!』と笑い出す。実に平和である。看守の心境以外は。
「なあ、クラーク。ありゃ一体なんだ?」
「鳥はエルフを止まり木と誤認することがあるようです」
アレックスが怪訝な顔をして聞いてきたのに対して、決して正しくなくはない答えを返しながら、クラークは内心で『返事が来たのだろうな』と察していた。
だが、取り締まるべきではない。囚人達には手紙をやりとりする権利がある。勿論、その送り先や内容については検閲が入るが、鳥が介してきた『誰から来たのかも特定できない紙』程度にまで検閲を入れなければならないということもないだろう。
エルヴィスはポケットに潜り込んだ鳥を『お前は賢いなあ!』と褒めつつ、ポケットから出てきた鳥をそっと捕まえて、優しく撫でてやっている。鳥はそれが嬉しいのか、ぱたぱたぴよぴよ、ますます騒がしい。
……恐らく、今、あの鳥が運んできた手紙がエルヴィスのポケットに入ったのだろう。エルフもエルフなら鳥も鳥だ。だが、クラークの監視の対象に鳥は含まれないのでクラークは鳥に対して『賢い上にふわふわだな……』という程度の感想しか抱かないことにした。
それからも数度、エルヴィスが鳥に襲われることがあった。看守達は『あれは一体何なんだ』と言いはしても、鳥に襲われるエルフを救うために何かをしようという者は居なかった。彼らは、エルフが何かを企んでいたとしてもどうでもいいのである。
唯一、アレックスは『クラーク。お前、鳥を全部撃ち殺す、なんて言いだすんじゃないだろうな?』と揶揄うように尋ねてきたが、勿論、クラークもこの件について動く気は無い。
……数名の看守達は、今まで散々に真面目で融通の利かない様子を見せていたクラークが鳥の対策をしないことに対して、若干不思議がっていた。だが、それも、アレックスがクラークへ陽気に話しかけるのを見ては『ああ、クラーク・シガーも丸くなったものだ』と勝手に納得した。
そうして鳥の襲来は度々起こり、その度にエルヴィスはにこにこと嬉しそうに笑い、鳥は撫でられて嬉しそうにぴいぴいと鳴き、そして、鳥のふわふわのおこぼれに与る囚人達は愛すべき動物に触れているからか、やはり随分と丸くなった。
……やはり、エルフというものは、不思議だ。周りの雰囲気ごと、現状を変えてしまう力を持っているのだから。
それを若干羨ましく、妬ましくも思いながら、クラークは手の中で小さな鳥を撫でてやる。
……クラークもまた、鳥のふわふわのおこぼれに与る立場である。まあ、正しくないことではないので別にいいだろう、とクラークは開き直っている。
……そして、その週末。いよいよ、ブラックストーン音楽祭が開催される運びとなった。




