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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴302年:レナード・リリーホワイト
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花と音楽の革命*5

 そうして、見学者の来訪の日までの1か月あまり、看守も所長も、囚人達……とりわけ、レナードを存分に警戒しながら過ごす羽目になった。

 だが、レナードは囚人達に陽気に挨拶し、ピアノを弾いて楽しみ、いよいよ初夏に向けて美しさを増す庭を手入れして、楽しく過ごしているだけであった。

 ……そうしている中、ある日、食堂の机の下から、煙草の吸殻が見つかった。




「由々しき事態だ!」

 囚人達は集合させられ、そこで所長の話を聞かされていた。囚人達の中には『あいつキレてやがる』とにやつく者も居た。ガラの悪い囚人達からしてみれば、所長が怒り狂っている様子は一種の娯楽である。

「このブラックストーン刑務所において、喫煙は認められていない!そもそも、煙草の所持も、だ!」

 所長ががなり立てる中、囚人達は『今更だよなあ』という顔をしている。囚人がエルフの代用煙草を吸うようになって、もう半世紀以上が経過しているのだから。ここの囚人達は皆、『自分が入所した時にはもう、代用煙草が流通していた』のだ。今更驚くことでもない。

「許さない。このような非行を、決して許さない!近々見学者が大勢、このブラックストーンを訪れる。その時にこのようなものを見せるわけにはいかないのだ!今後はより一層、取り締まりを強化していく!」

 所長は非常に熱の入った様子で拳を握りしめ、そう演説を続け……囚人達から、より一層の冷めた視線を送られることになる。

 そして……囚人のみならず、看守達もまた、所長へ冷めた目を向けるものが多かった。

 何せ、所長は愚を犯した。

 今までの喫煙に気づきもせず、それを今更取り締まろうなどという愚かさに加え、取り締まりの強化、などと言う。取り締まりはどうせ、看守へ激務を強いる形での強化となるのだろう。看守達にとって良いことなど何もない。

 そう。看守達は既に、先の音楽の取り締まりで疲弊しているのだ。それに加えて、自分達が取り締まっていた音楽の、あまりに美しい演奏などを聞いてしまったものだから、それでも幾分、気が滅入っていた。

 そこにこの、所長の演説である。……看守達はまるで囚人達のような気分で、ため息を吐くしかなかったのである。




 そうして、所長の命令によって取り締まりが強化された。

 看守達も警戒態勢を敷くことになった。所長が『見学客が来た時に喫煙している姿などを見せるわけにはいかない』として、看守達の一層の取り締まりを命じたのである。

 これに看守達は疲弊し、悪態を吐きつつ、その苛立ちを囚人へぶつけるようになった。

 看守達は囚人の一挙手一投足にまで目を光らせ、『煙草を吸おうとしている者がいないか』『煙草の受け渡しが行われていないか』を、そして、『何か少しでも非のある素振りを見せたらすぐ取り押さえてやろう』とばかり、身構えていた。

 ……だが、それでも囚人達は極めて模範的であった。

 ただいつも通り、否、むしろ、いつもよりずっと真面目な態度で作業に取り組み、看守達の警戒の視線を受けながら活動していただけなのだ。

 何もないのは良いことだ。だが、何もない以上、看守達は自分達の仕事に成果を感じることもできない。ただ大人しく行動するばかりの囚人達を見て、看守達は次第に、確実に、疲れていった。


 ……そしてそんな中、またも煙草の吸殻が発見されたのだった。




 これに所長は怒り狂い、看守達を叱責した。『お前達が見張っていたのにこれは一体どういうことだ』と。

 だが、看守達としても、しっかり見張っていたのにこれなのだ。叱責されたとしても反省より反感が強い。所長が熱心になればなるほど、看守達は冷めていく。

 そして囚人達もそうだ。所長がまた『煙草が見つかった!』とがなり立てるのを聞いても、まるで聞く耳を持たない。

 そもそも、囚人達が愛用しているのはエルフ謹製のニガヨモギ煙草である。所長が見せつけてくる煙草の吸殻は市販の煙草のものであり、それを見た囚人は皆、『要は看守が隠れて吸ってるってことだろ』と呆れるばかりなのであった。


「いやあ、実に上手くいっているね」

「な。拾って貯めておいた煙草の吸殻がこう役に立つとは」

 ……そしてこの一連の騒ぎの種明かしをしてしまえば簡単だ。エルヴィスが以前……10年ほど前にゴミ拾いの奉仕作業を行った時、『煙草の葉には火のエレメントが豊富だからなあ』と拾い集めて取っておいた吸殻を、そっと、程よい機を見計らって刑務所のあちこちに置いておく。2人がやっているのは、それだけだった。

 そうするだけで、所長は囚人に対して躍起になる。他に目を向けるべき部分があるにもかかわらず、ただ、囚人の動向にばかり気が行くように仕向けることができるのだ。

 看守達の心までもが所長から離れていったのは嬉しい誤算だったが、これも良い方向へ働いている。最早看守達も、所長の命令を熱心に聞こうとはしていない。ただ、仕事をクビにならない程度に『異常なし』を報告できれば良い、と考える者が、どんどん増えていく。

「皆が協力してくれるから、とてもやりやすいね。結構荒っぽい人達も協力してくれたの、意外だったな」

「まああいつら、お前の言うことなら面白がって聞くから」

 また、2人の仕事を手伝っているのは、囚人達だ。彼らには食堂で『いい子にしよう!』と呼びかけた後、個別にこっそりと、看守達の目を盗んで、こう伝えておいた。

『所長を引きずり下ろすために協力してほしい。ただ品行方正に行動して、けれど、時々紛らわしい行動をとって看守を警戒させてくれ』と。

 これを囚人達は受け入れてくれた。元々エルヴィスと仲の良かった、大人しい囚人達は勿論のこと、なんと、年中看守といがみ合っているような、全く模範的でない荒くれた囚人達までもが面白がって、協力してくれるようになったのである。

 ……荒くれた囚人達は皆、レナードのことを気に入っているらしい。なんでも彼ら曰く、『あいつ面白ぇから』とのことであった。この娯楽の少ない刑務所の中でレナードの行動は物珍しく、そして新しい風を刑務所の中に呼び込む奇行として楽しまれていたらしい。彼らはレナードを『丸出し野郎』と呼ぶことがあったが、ピアノを守る時のあの一件も、彼らの心に響いたようだ。尚、レナードは『まあ、丸出し野郎っていうのは名誉ある称号だよね!』と胸を張ることにしている。




「このまま、奴らの目が囚人にばっかり向いていてくれれば、寄付金が施設の修繕に使われてないって、見学客が気づいてくれるかもな」

 のんびりと庭仕事に精を出しながら、エルヴィスはそう、にやにやしながら言った。

「そうだね。全てが美しく、或いは美しくなく、古びていることを確認してもらおう」

 レナードもまた、萎れてしまった薔薇の花がらを摘み取りつつ、にっこり笑って言った。

 見学に来る者があるならば、彼らにはこの刑務所の状態をよく見てもらわなければならない。寄付金を所長が横領していることについても、所長が賄賂を受け取っている結果、洗剤も食品も、特定のメーカーのものしか無いということも。

 ……そして。

「そして何より、看守と所長と僕ら囚人を見てもらわなきゃね」

 いくらでも言い逃れができる寄付金の使い道も、賄賂でつながったメーカーとの関係も、アテにならない。アテになるのは、結局、見学客がその場で目撃したことだけだ。

「ムショの外の人間の証言なら、十分な証拠になるもんな」

「うん。ということで……」

 2人は顔を見合わせて笑うと、薔薇の花がらや、土、小石といったものをそっとポケットに入れた。

「当日はよろしくな」

「うーん、僕、画家の才能は然程無いんだけれどね……まあ、頑張るよ」

 レナードは『うーん、当日までにイメージを固めておかなきゃ』と虚空を睨みつつ、力強く頷くのだった。




 ……そして、見学者がやってくる前日。

「あのー」

 実に品行方正な模範囚であるエルヴィスは、如何にも機嫌の悪そうな看守に話しかけた。

「何だ?」

 看守は面倒そうに、それこそ『難癖をつけて懲罰房送りにしてやろうか』とでもいうかのような剣幕で返事をしてくる。だがエルヴィスはそれに臆することなく、ちょいちょい、と壁を指差して、言った。

「この裏のトイレ、修繕しておいた方がよくないですか」


 それから大騒ぎになった。何せ、トイレから滾々と水が湧き出ていたからである。

「これは一体どういうことだ!?」

「いや、老朽化だと思いますけど……」

 トイレの破損は、主に老朽化していた管の破損によるものであった。水を送るための管はすっかり錆びつき、そして、ばきりと壁の付け根から折れている。そこから溢れ出た水は、さながら雪解けのように、或いは森の湧き水のように、滾々と溢れては床を水浸しにし、そして、トイレの外の廊下までもが水浸しになっていた。

 ……今回破損したのが下水ではなく上水の管の破損だったのは、まぎれもなく不幸中の幸いだっただろう。

「明日には見学者が来るんだぞ!?このような状況を見せられるか!今すぐに修繕しろ!」

 様子を見に来た所長は、それはそれは怒り狂っていた。彼の所長人生が掛かっているかもしれないこの時に、このような施設の破損は許されない。『老朽化によるパイプの破損』など、如何にも『普段から施設の修繕に金を使っていない』と言うようなものではないか。

「エルヴィス・フローレイ!手伝え!」

 大慌てで看守達はトイレへと駆けこんでいき、そして、報告したエルヴィスにも助けを求めてくる。

 だが。

「あー、エルフはこういう、人間の機械?には弱いんですよ。もっと壊しちまうかもしれないですけれど、いいですか?魔法なら得意分野なんですけれどね」

 エルヴィスは生温い笑みを浮かべつつ、そう言って申し訳なさそうにする。

「なら魔法で何とかしろ!今すぐこの水を止めるんだ!この水浸しをどうにかする魔法は無いのか!?」

「えーと、じゃあ……全部氷漬けにする魔法か、トイレを池にする魔法か……」

「まともなものは無いのか!?」

「後は、トイレを森にする魔法がありますね……ね?人間の生活にエルフの魔法はあんまり役に立たないんですよ」

 ……実のところ、水を大人しくさせる魔法くらいはあるのだが、それを一々言う義理は無いのであった。

 そうして、看守達は所長命令によって一か所のトイレ周りに集められ、拙い技術でなんとか、事を収めようとする。

 だが配管工などが看守の中に居る訳もなく、ならば、と元配管工であった囚人の助けを借りるものの、その囚人から『これ、ここだけ直しても、明日には別のところが駄目にならないとも限らないくらいボロボロですよ……?』と首を傾げられてしまい、看守達が刑務所の外へ、配管の資材を買いに出る羽目になり、その間にまた別のトイレから水が湧き出て……。

 ……結局、トイレの配管と水浸しの床がなんとかなったのは、翌朝になってからであった。


 ……そしてその間、囚人達は看守達を交代で手伝いながら……その裏で、実に好き勝手していたのである。




 翌朝、疲れ切った看守達は、驚いた。

「ああ、おはようございます……」

 朝食を摂り終わった囚人達がぞろぞろ、と力無く集合してきて……顔色の悪い様子で、しゅん、と並んでいたので。

 囚人達は皆、元気のない様子であった。皆、顔色が悪い。目の下には隈ができており、頬はうっすらとこけたように影を落としている。そして皆、しゅんとして元気が無い。これは異常な光景である。いつものように、小突き合い、笑い合う者も居たが、彼らの囁き合いと小さな笑い声よりも、深いため息や咳き込む音の方が大きい。

 ……人間など、一日、下手をすれば5分で変わってしまうことがある。如何に今まで警戒していても、ある日突然、皆が変わってしまう。これを目の当たりにして、看守達は大いに戸惑った。

 明け方まで続いた配管の修繕で疲れているだけかとも思ったが、それにしても、顔色が悪い。


「全員、集合しているか!?」

 だが、そんな囚人達の様子など気にならないらしい所長がやってきて、大きな声を張り上げれば、看守達は囚人達の異様な光景から意識を逸らした。囚人達も所長の機嫌を損ねない程度の俊敏さで整列してくれたので、所長から文句が出ることも無い。

「本日は、外部より見学者の方がいらっしゃる。お前達の生活態度は常に見られているのだ!恥とならないように過ごしなさい!」

 見学者を上手くもてなせば、より多くの寄付が見込める。逆に、下手なところを見られてしまっては、寄付の減額や、下手すると所長の悪行への監査などへと繋がるだろう。それだけに、所長はいよいよ気合が入っていた。

「それでは各自、持ち場へつくように!」

 所長の号令に従って、不健康な見た目の囚人達は皆、ぞろぞろと、如何にも元気の無い様子でとぼとぼ歩いて作業室へと向かっていった。




 ……実のところ。

 囚人達の隈やこけた頬、そして顔色の悪さは、萎れた薔薇や他の植物から取った汁による化粧で作られたものだったのだが、看守達はそれに気づかなかった。

 勿論、これらはレナードの仕業である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやぁワクワクする展開ですね! アイザックの時とは別の意味でニヤニヤします。 見学者の目的は花壇。 でもレナード達は花壇にも細工し放題ですからね。 なぜか花壇に吸殻が転がってたり、偶然、…
[一言] オッス、オラこの展開にわくわくすっぞ!
2023/05/01 05:36 退会済み
管理
[良い点] ここら辺の悪い奴ら全員集めたようなところだし、仮病なんて得意分野だね!
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