花と音楽の革命*4
それから演奏会は恙なく進行していった。
2曲目からは他の囚人達も混ざっての合奏となる。レナードがピアノを弾き、エルヴィスが笛を吹き、ギターを鳴らす囚人が2人居て、そして、タンバリンの囚人が中央で輝く。そんな演奏に観客はまた先程とは異なる驚きを味わった。
軽やかな音楽は先程までのピアノとは異なり、多少粗削りだ。だがその分、大衆が楽しんで聞くには丁度いい。
どう見てもきちんとした楽器ではない……いかにも手作りに見えるギターや、素朴な葦笛、そしてそれらの中央で燦然と煌めくタンバリンは、観客に視覚からも楽しみを与える。ああ、囚人達は無い楽器を作って、このように音楽を楽しんでいるのだな、と。
……そう。息を合わせ、楽しそうに演奏する囚人達の姿は、観客からは随分と明るいものに見えた。観客の中にあった『囚人』というものへの意識は、少しずつ変容していったのである。
3曲目も合奏を行い、4曲目はまた別の囚人達との合奏になる。続いて5曲目でピアノとタンバリンの二重奏を披露して『やっぱりあのタンバリン奏者すごいのでは』と観客に改めて気づかせてから、6曲目はレナードのピアノの独奏である。
今まで多くの音が楽し気に混ざり合って奏でられる音楽を聴いていた観客達は、ピアノ1台だけの音楽の静けさと繊細さに聞き惚れた。
レナードの演奏は、時に激しく、時にゆったりと奏でられて、観客達に、こう思わせる。
『彼が囚人なのは惜しいな』と。
最後は楽器ができる囚人達全員で集まって、合奏だ。華やかで賑やかな演奏は少々荒々しくもあり、もしかすると、観客達が当初予想していた『囚人』による演奏に近いものがあったかもしれない。
だが、この演奏の頃にはもう、観客は皆、『囚人』というものが、荒々しいばかりではなく、陰鬱なわけでもなく、彼らなりに楽しみ、協力し合って1つの音楽を作り上げることができる存在だと……自分達と同じく人間なのだと、もう、気づいていた。
そうして演奏会は、拍手喝采の内に幕を下ろした。
……アンコール、ということで、タンバリン独奏が急遽演奏されたりもしたが、それに合わせて踊る囚人を見た観客も踊り出し、会場は明るく楽しい雰囲気で演奏会を終えたのであった。
「えー、皆様、改めまして、本日はブラックストーン音楽祭へお越しいただき、ありがとうございます」
演奏会が終わったところで、舞台の上では所長が挨拶していた。演奏の興奮覚めやらぬ会場では、所長の言葉にも真摯に耳を傾ける者が多い。そんな観客達に呼びかけるように、所長は笑顔で続けた。
「本日の音楽祭は、皆様からの寄付によって実現したものです。皆様の寄付によって囚人達は音楽の機会を得て、このように練習し……先程のような素晴らしい演奏ができるまでになりました。日頃からブラックストーンへのご理解とご協力を下さる皆様へ、この場で改めて謝辞を申し上げます」
所長の挨拶を舞台袖で聞きながら、レナードは『寄付されたのはピアノだけだと思うけれどなあ!』と思っていたが、所長の話は和やかに進んでいく。
「囚人もまた、人間です。彼らは罪を犯した者達ではありますが、更生の余地があります。そして、音楽には素晴らしい力がある!このように音楽を奏でることは囚人達が社会復帰する上でも大いに役立つことだと、私は確信しております」
舞台袖ではエルヴィスがまた『その割には取り締まってたよなあ』とぼやいていたが、所長の話には舞台袖のぼやきなどまるで影響しない。
「そこで皆様、お帰りの際には是非、ご寄付をお願いします。少額で構いません。囚人達の未来、ひいてはこの国の未来を明るくするために、どうか、皆様のお力添えを頂きたいのです」
所長の挨拶は観客達に受け入れられ、『あのような素晴らしい音楽が聞けたのだから』と、寄付を決めた者も多くいた。
言ってしまえば、所長が、レナードの音楽の才能や囚人達の音楽への努力を上手く金儲けに利用した、ということになるだろう。だが、観客達はそんなことに気づくわけもない。彼らはただ音楽への賛同、囚人への応援として、実質所長への贈り物にしかならない寄付をしていったのであった。
そうしてホールの出口に置かれた募金箱には中々に多くの金銭が集まった上、別口で寄付を申し出る者も現れ、所長は上機嫌であった。
どうせ囚人達には還元されない寄付である。レナード達は『やれやれ』と思いつつ、会場の清掃を行い、後片付けを進めていった。
……と、そんな時である。
「あのぅ、すみません」
すっかり観客もいなくなった会場に、観客が一塊、戻ってきた。そして、寄付額を数えてほくほくしていた所長へと話しかけに行く。
「ああ、はい。なんでしょうか?」
所長は慌てて、それでいて自然に見えるように寄付金や小切手を隠すと、戻ってきた観客達へにっこりと笑いかける。……すると。
「ブラックストーン刑務所では、施設の見学を行っていると聞きました。それはどこで申し込みができますか?」
「え?」
わくわくとした顔で訪ねてきた観客達に、所長はぽかん、とする。
……ブラックストーン刑務所では、確かに、施設見学を行っている。主に、施設の監査に来た役人相手であることが多いが、その他にも慈善団体や企業などから見学の申し入れがあることは、あった。
そしてそうした時には大抵、刑務所の美しい場所……エルヴィス達が作り上げた庭を見せて、『この刑務所はこのように美しく恵まれた環境で運営しております』と見せつけるのが常であったのだが。
「音楽があんまりにも素晴らしくて、刑務所にも興味が湧いたんです。彼らがどういう環境で音楽を学び、練習しているか、是非見学させて頂きたい!」
だが、このように、一般市民が見学を申し込んでくることは珍しい。当然である。目的があるでもなしに刑務所の中を見学してみたいなどと言う者は然程多くないのだ。
「ああ、見学。見学です、か……ええ、勿論、可能ですとも!」
所長は少し戸惑った様子であったが、今日集まった寄付金の額や、その寄付金を齎したのが目の前の客達なのだということを思いだしたのだろう。すぐに笑みを浮かべて了承した。
「本当ですか?ありがとうございます。許可に感謝します!」
客達はこれを大いに喜び……そして、笑って、続けた。
「ブラックストーンの庭はとても美しいと聞いたものですから、是非一度、見てみたかったんですよ!」
そう。今回の演奏会で、レナードとエルヴィスは、『刑務所の見学者の増加』を目標にしていた。だからこそ音楽に手を抜かず、そして……花を売ったのだ。
ブラックストーン刑務所の庭のことを知る者は、然程多くない。今までの見学者には大抵見せていたが、それだけだ。外部にそうそう漏れるような話でもない。
だからこそ、花を売って、今日の客達に、刑務所の庭へ興味を持ってもらうことにした。音楽なら演奏会で聞けるが、庭を見るには実際に刑務所を見学する以外に方法がないのだから。
そうして、エルフが手入れした庭見たさに見学を申し込む者が増えれば、こちらのものである。刑務所を実際に見る者が多ければ、彼らに『寄付金が施設の修繕や囚人の食事の改善に使われていない』という実体を見せる機会がどこかで得られるだろうし、それらを隠そうとして所長が寄付金を本来あるべき用途で使ってくれたなら、それもまた、囚人達にとってよいことである。
見学申し込みの客達が日取りなどを決めて去っていった後、所長は『何故急に見学を……?』と不思議がっていたが、それもそのはず、所長は今日、素晴らしい花の屋台が生まれていたことを知らないのだ。賄賂のやりとりがある者達との挨拶に忙しくて、実際の屋台がどうなっていたかなど、彼は碌に見ていなかった。
……だからこそ、所長はいよいよ、驚くことになる。
「あの、すみません!刑務所の見学ができると聞いたのですが!」
次の客がまた、そう言ってやってきたのを見て、所長は只々、ぽかん、としていた。
「やったぜ」
「やったね!」
そうして、ブラックストーン刑務所には、史上最多となる見学客が訪れることが決まった。エルヴィスとレナードの計画通りである。
この快挙および厄介ごとは所長を大いに苛立たせたが、彼は集まった寄付金を見て気を取り直したらしい。ブラックストーン刑務所に戻るや否や、すぐに『所内の見学客を出迎える準備を』と通達を出し、刑務所の中は早速、活気溢れる様子になった。
とはいえ、あくまでも、客が望んでいるのは『見学』であって『歓待』ではない。何かもてなすのもわざとらしいが、囚人達の様子を不用意に見せて何かあったら困る。そう、所長は考えたらしい。
「まあ……中々面白そうなことになるなあ、これは」
「僕もそう思うよ」
エルヴィスとレナードが見上げる先、食堂の壁には、張り紙がある。
それは、囚人達の作業部屋を変更する、というものだった。どうも所長は、比較的大人しい囚人達だけ集めた作業室を作り、そこだけを見学の対象にしたいらしい。尚、エルヴィスは大人しい囚人の群に入れられているが、レナードはそこから外されている。『なんでだろうなあ』とぼやくレナードにエルヴィスは『脱糞しそうだって思われたのかもなあ』とのんびり返した。
「気を付けるべきは囚人の粗相じゃあねえと思うけどなあ」
「ああ、その通り!」
そして2人は、にこやかに笑い合い……そして、食堂に居る他の囚人達へ、呼びかけ始めるのだ。
「ということで……おーい、皆ー!」
レナードが呼びかければ、囚人達は皆、『なんだなんだ』『音楽の相談かな?』『丸出しピアニストが何か言うみたいだぞ。聞いてやろう』とそれぞれにわらわら集まってくる。
これには看守が警戒を露わにした。数人いた看守は皆、気色ばんで、つかつかとレナードへ近寄ってくる。
……だが。
「僕は提案する!見学者が来る日、僕らは模範囚らしく、いい子で居ようじゃないか!」
レナードがそう言い出したので、看守達は大変に驚かされたのである。
「ああ?いい子に、だあ?お前、頭おかしくなったのかよ」
勿論、囚人達からは反発の声が上がった。『いい子になんかしてたまるか!』『頭おかしいんじゃねえのか?』『いや、こいつは元々頭がおかしい……』といったざわめきの中、囚人達と看守達から見守られて、レナードはにっこり笑う。
そしてさながら、革命軍を率いる旗手の如く堂々と、続けた。
「これは革命なんだよ、諸君!」
結局、レナードはその場では事の詳細を語らなかった。ただ囚人達に不思議がられ、看守達に警戒されただけである。
……だが、これでいいのだ。看守を警戒させればさせるほど、この後のことがやりやすくなる。




