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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴302年:レナード・リリーホワイト
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果てしない音楽*2

 ……そうして、二週間ほどが過ぎた頃。

「いやあ、今日も楽しかったな!」

「お前が楽しそうで何よりだよ」

 レナード達は、今日も休憩時間中の演奏を楽しんで、休憩時間を終えた。

 庭の手入れに楽器の練習、そして演奏を楽しむところまで。休憩時間は盛り沢山だ。もうちょっと時間が長ければいいのに、とレナードは思う。

 だが、この忙しなさが充実感につながっているのかもしれない。何せ、今、レナードはとても楽しいのである。


 元々庭の手入れを手伝っていた囚人3人ほどが、楽器の奏者となった。

 1人は、大きな空き缶や糸で作った簡易的なギターを鳴らし、1人は、やはり大きな空き缶や空き箱に麻布を貼ったドラムを鳴らし、そしてもう1人は、今のところレナードの最高傑作であるタンバリンを、実に多様な鳴らし方で鳴らして音楽に彩りを加えてくれている。

 そう。今や、レナードとエルヴィス、それに囚人3人の合計5人は、小さな音楽隊になっていたのである。

「楽器って楽しいね。まあ、こういう趣味を持つのも悪くない」

 囚人の1人、ギターを担当する者がそう笑えば、隣でドラム担当の囚人が頷き合った。そしてその横では、すっかりタンバリン狂となった囚人がにこにこしているのである。これはレナードにとっても嬉しい。

「ところであいつ、滅茶苦茶にタンバリン上手くなったな……」

「うーん、彼は刑務所の外に出てもタンバリン奏者としてやっていける気がする」

 尚、この中で最も見込みがあるのはタンバリン奏者にしてしまった囚人である。単純ながら奥深いタンバリンという楽器を、彼は実に巧みに演奏した。ドラムの係が霞むほどである。レナードは『これはとんでもない才能を発掘してしまった!』とにっこりするしかない。


 また、彼らが音楽を演奏するようになってから、観客が少しばかり、増えた。

 他にやることも無い暇な囚人達は、中庭で雑談するのにも飽きて、庭を訪れては気まぐれにレナード達の音楽を聴いていくのである。

 観客が居るのは良いことだ。音楽は自分1人でも成り立つ娯楽だが、誰かと楽しみを分け合うことができたなら、それはそれで喜ばしいことである。

 ……刑務所の中に音楽など、今までどこにも無かったと彼らは言う。レナードは、『それは違うよ』と思う。音楽は何時だって、どこにでもあるものだ。だが……それらを拾い上げて、演奏して、気づかせることができたということなら、レナードが演奏した甲斐があったというものだろう。




 が、そんな日々は、唐突に変化する。


 ある日、いつものように楽器の準備をし、練習を終え、楽器を箱の中に片付けていた囚人達のもとへ、看守達が近づいてくる。

 物々しい雰囲気に、囚人達は竦み、怯える。だが、その中でエルヴィスとレナードは顔を見合わせると、ただ堂々としていた。

「何をしていた」

 他の囚人達がそっと逃げていく間も2人は堂々としていたからか、看守はレナードへ近づいてきて、そう威圧的に尋ねてきた。

「音楽をやっていました!」

 そしてレナードは、明るくはきはきと、そう答える。

 臆することなど何もない。自分達は禁じられたことをしている訳ではない。そして何より、相手は看守で自分は囚人だろうが、同じ人間である。何も怖くなどない。

 堂々としたレナードから目を逸らした看守は、そのまま視線を彷徨わせ、やがて、レナード達が使っている楽器をしまっている箱へと視線を向けた。

「……この中にあるものは何だ」

「楽器です。この庭にあるものや廃材で作りました」

 レナードは尚も堂々と、看守達の前に立っていた。臆することも、恥じることも無い。そういう気持ちで。

「聞いて行かれますか?我々は中々、よい演奏をするようになりましたよ」

 そして何より、自分達の演奏に誇りを持っている。そういう態度で、レナードは真っ直ぐ、看守の目を見上げた。

 ……だが。

「そうか。そんなものはどうでもいい」

 看守はふい、と目を背けると、レナード以外の囚人達をぎろりと睨みつけた。

「これらは没収する。お前達の服役に必要のないものだ」




「お待ちください。私達の服役にはこれが必要です」

 即座に、レナードは動いた。楽器に向けて手を伸ばした看守の前に割り込んで、楽器を守るように。

「怒りも悲しみも、私達が消化しなければならないものは全て、音楽に変えていける。これが服役中の囚人に有効でないとしたら、一体何が有効なのですか?」

 レナードは堂々としていた。いっそのこと威厳すら感じさせるような、そんな様子で、レナードは言葉を続ける。

「囚人達からキャッチボールを奪わないのと同じように、音楽もどうか、奪わないでいただきたい。もしこれが服役に必要なかったとしても、服役の邪魔になるものでもないでしょうから」

 だが、看守はレナードへ詰め寄ると、ぎろり、と睨みつけてきた。

「いいか?俺は言ったぞ。『貴様がキチガイだろうがどうでもいいが、風紀は乱すな』と」

「風紀が乱れているのですか?これで?」

 レナードは怯まず、じっと看守を見つめ返す。……すると、看守はわずかに表情を歪めてレナードから目を逸らすと、そのベルトに吊るしてある警棒へと、手を伸ばした。

「御託を聞いている暇は無い」

 そしてその警棒はレナードに向けて、振り下ろされ……。


 ばしり、と音を聞いて、目を瞑って衝撃に耐えていたレナードは、そっと、目を開く。何故か、衝撃を感じなかったので。

 だが、目を開いたレナードは、すぐさま、開いた目をより一層見開いて、驚くことになった。

「……てて。これ、結構効くなあ」

 のんびりと、それでいて少々苦しそうな声を漏らしているのは、エルヴィスだ。咄嗟にレナードと看守との間に割り込んだらしいエルヴィスが、レナードの代わりに警棒の一撃を受けていた。


 レナードは只々驚き、衝撃的な光景を見つめていた。驚いていたのは看守も同様で、咄嗟に割り込んできたエルヴィスにも、それに対処できなかった自分にも、驚いている様子であった。

 そんな中、エルヴィスは『いてて』と小さく呻きながら、そっとレナードを看守から引き離した。

 二歩、三歩、と看守から離れたところまで連れていかれて、レナードはそこでようやく、言葉を発する。

「君……ど、どうしたんだ!?」

「ん?アイザックの真似してみた。俺もあいつに庇われたことがあったからな」

 エルヴィスは落ち着いたものだが、レナードはそういう訳にもいかない。動転してしまっている自覚はあったが、そのまま、エルヴィスが看守に向かうのを止めることもできずに居るしかなかった。

「楽器、見逃してもらう訳には、いきませんかね」

 エルヴィスはそう言って、看守の前に立つ。看守は少々怯みつつも、エルヴィスの言葉に頷くことはしない。

「煩かったっていうことなら、もうちょっと静かにやりますから」

「……煩かろうが、煩くなかろうが、そんなものは関係ない。判断は覆さない。これは没収だ」

 看守はエルヴィスを少々乱暴に突き飛ばすようにして、ぞろぞろとやってきて、そのまま、楽器の箱を持って、去っていってしまった。




「あー、悪いな。駄目だった。くそ、もうちょっと話の分かる奴が来てくれりゃあ、やりようがあったんだが」

 エルヴィスは苦い顔で座り込むと、そう言ってため息を吐いた。

 だが、レナードは楽器を失った悲しみに暮れる余裕すらない。何故なら、エルヴィスが警棒で殴られたことが、あまりにも心配だったので。

「それは……それは、いいんだ。楽器はまた、作ればいい。材料を集めるのが大変かもしれないけれど、取り返しが効く。けれど君の怪我は……」

「ああ、大したもんじゃない。……ちょっとはアイザックっぽかったかもなあ、俺」

「エルヴィス。そのアイザックという人はさぞかし勇敢で素晴らしい人物だったのだろうが……どうか、どうか、二度とこんなことはしないでくれ、エルヴィス!ほら、すぐ医務室へ行こう!」

 レナードは早速、エルヴィスの手を引いて医務室へ向かおうとする。

 だが。

「いや、要らねえ。ほら」

 エルヴィスはそう言うと、服の内側をごそごそとやり……陶器の小瓶を取り出した。

「ポーションがあるから」




 ぽかん、としてレナードが見守る中、エルヴィスはポーションを飲み干して『美味くはないなあ』と感想を零し、そして、直ちに完治した。

 殴られた箇所を触らせてもらってみると、腫れもなく、すっかり治っている。まるで魔法のようだが、これがポーションというものの効果なのだ。

「……君のポケットって、その、魔法のポケットか何かかい?」

「いや、普通のポケットだぞ……?」

 ポーションが当たり前に入っている囚人のポケットとは一体何なのか。レナードはぽかんとしながらエルヴィスのポケットをつつく。もしかしたらこれをぽふぽふ叩くとビスケットが沢山出てきたりするかもね、などと思いつつ。


「けれど……そうだな。うん。俺のポケットは別に魔法のポケットじゃないが、お前が欲しいもんを出すことは、できるかもしれない」

 そんなレナードを見て苦笑しつつ、エルヴィスはそう、尋ねてくる。

「何か無いか?楽器はまた作るにしても、それ以外でも、何でも」

「欲しいもの……そうだな」

 楽器はまた作る。それは当然、そうだ。それはもう、決めている。

 なのでそれ以外で何か、と考えて……レナードはすぐに思いついた。

「紙とペンが欲しい。楽譜を書きたいんだ」

「お前、本当に音楽が好きなんだなあ」

 けらけらと笑うエルヴィスを前に、少しばかり元気を取り戻してきたレナードは、続けて言う。

「それから、奏者と観客は欲しいね!」

「それは俺のポケットからは絶対に出せない奴だなあ。まあ、声を掛けるくらいはできるし、自然と集まってくる気もするけど。他は?何か無いか?」

 レナードを元気づけようとしてくれるエルヴィスをありがたく思いながら、そうだな、とレナードは考える。

 考えて……苦笑混じりに、要望を1つ、出してみることにした。

「後は……あー、そうだな。水が欲しい。いや、実は、寝る前には水を一杯飲みたいんだ。けれど、独房の中に水道は無いからね。少々不自由しているんだよ」




 レナードはその日の夜、水を飲んでから眠った。

 エルヴィスに貰った瓶に水を入れて独房へ持ち込むことに成功したのだ。これからは毎日、こうして水を持ち帰ることができる。

「快適になったなあ」

 ベッドにそっと横になったレナードは、いつものように丁度いい姿勢を探してもそもそもそもそ動き回り、そしてようやく、眠りに就く。

 明日から、楽器を作り直そう。だが、また没収されたらどうしようか。

 ……眠る直前までそんなことを考えていたが、結論は出ない。結局は、看守の匙加減、ということになるのだろうが……。




 翌日。レナードは、ぼんやりと庭いじりをしていた。

 楽器を作りたいが、材料がまだまだ集まらない。笛は今日作ってもいいのだが、また没収されるかもしれないと考えると、どうにも、ぼんやりとしてしまう。

「レナード、レナード。今日は練習、しないのかい?」

 そんなレナードに、ギター係の囚人が声を掛けてくる。

「練習も何も、楽器は没収されてしまったし……」

 だが、レナードが苦笑しながらそう答えると……。

「ん?」

 しゃんしゃんしゃん、とタンバリンを鳴らして、囚人がもう1人、やってきた。


「シャツの中に隠しておいたんだよ!」

 尚もしゃんしゃんしゃんしゃん、と鳴らされるタンバリンの音が、レナードには勝利のファンファーレのように聞こえる。

「箱に楽器をしまう前に、看守が近づいてくるのが見えたからね。色々と避難させておいたんだ。ついでに君の笛。はい、どうぞ。僕のシャツの中で暖めてしまったけれど」

「……成程」

 笛を受け取って、レナードは目を輝かせる。それはそれは、希望に満ち満ちた、明るい表情で。

「見つかったら没収されるっていうなら、見つからなければいいのか!素晴らしい!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 第3章開始現在では奉仕作業が行われていない? それとも、かなり制限をかけている? エリカがこの惨状にはっきり気付いていたら、既に裁判によってかいけつしてそうな気がしますが [一言] …
[気になる点] タンバリン狂と言うと色々なものを彷彿とさせますな [一言] 代替わりした所長さんは厄介そうだなぁ……
[良い点] タンバリン担当は色々と才覚がありますなw まあ囚人ですもの、利益のために看守を騙すくらい何ともないよねw
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