明るく楽しく変な奴*2
会っていきなり『変なやつ』扱いされたレナードだったが、『その通り!』とばかりに胸を張っておくことにした。すると、美しい人物はそんなレナードを見て『おお、本当に変なやつだ……』とよく分からない感慨に満ちた言葉を漏らしてくれた。
「……えーと、初めまして、だよね?どうもそちらは僕のことを知っているようだけれど」
レナードとしては、目の前の囚人に見覚えが無い。彼のことを一目でも見ていれば、間違いなくその時に気づいただろう。何せ、美しいから。
「ああ、うん。はじめまして、だな。でもさっき、作業室であんたのこと見てたぜ。それで、中々のキチガイが来たって評判になってる」
が、目の前で笑われながらそう言われてしまえば、レナードとしても少々衝撃を受けざるを得ない。
「キチガイ!?心外だな!僕は正気さ!……正気だよね?」
「うーん、そうだといいな」
のほほん、と発せられた言葉に『なんてこった!』と反応を示してから、ころっとレナードは気を取り直す。
「まあ、狂気も正気も、区別なんて無いさ。確かめる方法が無いんだからね」
「成程な。まあ、それはそうか」
狂気も正気もどうでもいい。自分が認識する世界は自分だけのものだし、そこに正しさなんて求める必要は無いのだ。強いて言うならば、他者に危害を加えることが無ければ、それが『正しさ』であろう。そして、それならばレナードはその『正しさ』を守れている自信がある。
「僕はレナード・リリーホワイトだ。是非よろしく頼むよ。刑務所の中じゃ、会える人も限られるからね」
「ああ。俺はエルヴィス・フローレイ。ムショ歴もそろそろ長くなってきたから、何か分からないことがあったら聞いてくれ」
「それは心強いね。ありがとう」
どうやら、エルヴィスというらしい彼も、レナードの狂気や正気に然程興味が無いらしい。これは中々気が合いそうだ、とレナードはにっこり笑った。
「ところで、この素晴らしい庭は、一体何だい?本当に驚いたよ。まさか、刑務所の中にこんな庭があるなんて」
さて、早速だが、レナードはこれを聞かねばならない。この美しい場所、まるで絵画のようなこれを前にして、詳細を聞かずにはいられない。レナードはそういう性分である。
「ああ、この庭は俺が手入れしてる。他にも何人か、庭の手入れをするのが好きな奴らが居るから、そいつらと協力してやってるよ」
「君が!?素晴らしいね!」
エルヴィスの答えを聞いて、レナードはまた感激する。
レナードはすっかりこの庭を気に入っていた。花の咲き誇る庭は、自然なように植物がのびのびと伸びているが、手入れをされていないわけではない。この整え方が実に美しい。咲き誇る花の数々にも心惹かれるが、この庭をひそやかに維持するために掛けられているであろう数々の手間が、また一層美しいのだ。
「この庭、気に入ったか?」
「勿論!……これを見て気に入らない奴って、居るのかい?」
「ははは。まあ、花なんてどうでもいい、っていう奴は、居るよな」
レナードも、そういった手合いを知らないわけではない。むしろ、この世界には『植物を見てもその美しさに一々心を震わせてなどいられない』という類の人間が多いことを、よく知っている。
だが、レナードはそうした類の人間ではない。庭の美しさに、そこに掛けられた時間と努力に、そしてそれらを受けて美しく咲く花に、のびやかな枝に、茂る葉に……それら全てに心を震わせて、レナードはにっこり笑う。やはりこの刑務所に来られたのは幸運だった。
「でもよかったよ。あんたは間違いなく変わり者だけれど、悪い奴じゃなさそうだ。植物が好きな奴は皆、歓迎することにしてるんだ。なあ、よかったら一緒に庭いじりしないか?こんなムショの中じゃ、他に趣味も中々持てないし」
「いいのかい?なら、喜んで参加させてもらうよ!……生憎、力仕事が得意な性分じゃないけれど、まあ、細かい作業は得意だよ」
「あー、そういう見た目してるよなあ」
エルヴィスの悪意の無い一言に、レナードは気分を害することも無く『そうだろう?』と胸を張る。
……レナードは、お世辞にも、がっしりしているとは言い難い。痩せ気味の体は弱弱しく見えるだろうし、見た目以上に、小さい頃から病気がちなものだから力も弱い。重いものを持ち上げたり運んだりするような仕事は、不得意なのだ。
「この間までいた奴で1人、身長も高くて力も強くて、なんでも持ち上げてなんでも運べる奴が居たよ。アイザックっていう奴だったんだけど……」
「それは羨ましいなあ。全く性に合わないのはまあ承知の上として、そういうのに憧れないわけじゃない」
レナードは自分自身をよく理解しているので、『なんでも持ち上げてなんでも運べる力持ち』にはなれっこないと思う。だが、実現可能かどうかと、憧れるかどうかは別の話だ。もし自分も力持ちだったら、とレナードは少しばかり考えてみた。こういった空想も中々に楽しい。
「ところで、その素晴らしい力持ちは、もう出所してしまったのかい?」
「ああ。えーと、31年前か。アイザックは18の時にここに来たから」
……だが、何気ない会話の中にとても不思議な言葉が聞こえた気がして、レナードの思考は停止した。
「……何年前だって?」
「31年。だったと思うが……あれ?今、何年だ?302年だよな?俺がここに来てから86年だもんなあ」
エルヴィスが指折り何かを数えるのを見ながら、レナードはようやく、状況を理解し……そして、尋ねた。
「……ねえ、エルヴィス。君、もしかして、エルフ?」
「成程!君、エルフだったのか!それなら納得がいくよ。こんなにも植物の中に居るのが似合うっていうのも、エルフだからだったんだね!」
ああすっきりした、とばかり、レナードがそう言えば、エルヴィスは首を傾げつつ、『そうか?まあいいけど』と笑った。
「それにしても、エルフか。初めてお目にかかるなあ。エルフって皆、君みたいに美しいのかい?」
「は?美しい?俺が?おいおい、止してくれよ。俺は男だぞ……?」
「美しさに男も女も関係無いさ。ああ、誤解はしないでほしい。『そっち』の気があるわけじゃあないんだ。ただ美しいものが好きだっていうだけで……咲く花を愛でたり、飛ぶ鳥を見つめたり、そういうのと同じなんだよ」
口説いているわけじゃあないよ、と主張すれば、エルヴィスは、『よく分からない奴だなあ』と首を傾げつつも、一応、納得してくれたらしい。レナードとしては妙な誤解は避けたかったので、ひとまず物分かりのいいエルヴィスには助かった。
「この刑務所には美しいものが沢山あるね。この建物自体が美しいし、この庭は今までに見たどんな花園よりも美しい!……それに、君も居る!いやあ、実にいい!」
そして、レナードはすこぶる上機嫌である。
レナードはすっかり、この刑務所が気に入っていた。食事が酷くて、看守がお堅いところを除けば、実に最高の刑務所だろうと思える程だ。
「ああ、僕は幸運だな。こんな刑務所に来られて、しかも、エルフに出会えた。ねえ、エルヴィス。もしよかったら、君の話を聞かせてくれないか?長生きな君なら、いろんなものを見て、聞いてきただろう?是非、君が知っている美しいものや面白いものの話をしてほしい!」
「本当に変なやつだなあ……。変なやつはよく居るけれど、こういうのは初めてだ」
エルヴィスは少々呆れた様子であったが、レナードはエルヴィスの言葉の中からあることに気づいて、更に表情を明るくする。
「そうかい?長生きなエルフにも、初めてっていうことがまだあるんだね!」
……そして、レナードがそう言うと。
「……そうだなあ」
きょとん、としたエルヴィスは、そう呟いて、それから、にや、と笑うのだ。
「うん。そういう意味では、お前が来てくれてよかったよ」
苦笑気味に笑ってそう言うエルヴィスに、レナードはにっこり笑い返した。エルフに『初めて』の珍しい体験をさせられたのだから、自分も中々捨てたもんじゃないぞ、と大いに自分を賞賛しつつ。
それから花咲く庭で、レナードはエルヴィスの話を聞いた。
彼の話は、実に面白かった。レナードの生まれるずっと前の話を、ついさっき見て来たことのように話す。近代史の教科書に載っていたようなことすら話の中に出てくるものだから、本当に物語を聞いているような感覚だった。
また、エルフの里の話をちらりと話してくれたのだが、それも興味深かった。人間を拒むというエルフの里の様子を思い浮かべて、レナードは『さぞ美しい場所なのだろう』と夢想する。いつか行ってみたいと思うが、まあ、それは叶わない願いだろうな、とも思う。
続いて、エルヴィスはこの刑務所での出来事も話してくれるのだが、それがまた、中々に面白い。先程ちらりと聞いた『アイザック』なる人物の話も出てきたが、彼の話は丸ごとそのまま小説にでもできそうなものに感じられた。人間が努力した末、それが報われるという話は、やはり良い。レナードは大いにそれらを楽しんだ。
「いやあ、いいね!実にいい!刑務所の中だっていうのに、君はその中で楽しくやっているように聞こえるよ!」
「実際、それなりに楽しいぜ。まあ、俺は終身刑だからな。ここはもうすっかり自宅みたいなものだし、『自宅』で過ごしているとお前みたいな奴も時々来ることだし……」
レナードは笑顔で『それは何より!』と答えつつ、それから、ふと、周囲を見回す。
「……それにしても、君の話だと、この庭を世話する囚人は結構多いように聞こえたのだけれど、他のお仲間はどちらに?」
エルヴィスの話には、『アイザック』なる人物以外にも、沢山の囚人が出てきた。彼らと共に庭を手入れしたり、ポーションを作ったり、酒を密造したり、煙草までもを作ってしまったり……。
だが、今、庭に居るのはエルヴィスとレナードの2人だけだ。これは少々、寂しいように思えるが。
「そうだな。今は庭いじりの仲間もすっかり少ない。その少ない仲間達も、今日は洗濯当番か料理当番で皆居ないんだ。……ほら、大体皆、出所しちまうからなあ。庭の整備なんかするような囚人は大抵模範囚で、仮釈放制度の対象になりやすいから。皆、刑期を終える前に出ていっちまうんだ」
エルヴィスはそう言うと苦笑した。レナードはそれを聞いて、なんとも言えない気分になる。
「……それは、寂しいね」
寂しい。どう考えても、寂しい。
エルフではないレナードには、1人取り残されていくことの寂しさを真に理解することはできないのかもしれない。だが、想像することはできる。
仲良くなって、共に活動して、そして、置いて行かれる。
……エルフが人間と付き合う以上、必ず『寿命』という点で置いていかれる者と置いていく者になってしまうことは仕方のないことだろうが、それでも、周囲の者達が数年でここを出ていく中、何百年もここに居ることになるエルヴィスは、只々寂しいだろう。
そう、思ってレナードは少々落ち込む。美しくも寂しいエルフは、まさにこの朽ちていく古城と、古城の庭に咲き誇る花にぴったりだ。その美しさが、また何とも寂しい。
「まあ……俺は終身刑だからな。そうじゃなくても、まず釈放されることはないだろう。だが、他のやつらはそうじゃない。皆さっさと出ていって、外で幸せになるべきだし、まあ、しょうがないんだが」
エルヴィスは優しく苦笑しつつそう言って、それから、『でも確かに、少し寂しい』と言って照れたように笑った。
「そうか……僕もそう長くいられるとは思えないしな。君には寂しい思いをさせることになりそうだよ、エルヴィス」
レナードがため息交じりにそう伝えると、エルヴィスはなんとも気の抜けた顔をしつつ、まじまじと、レナードを見つめてきた。
「お前、出会って初日にそれ言うか?つくづく変なやつだなあ……あっ、まずい。お前が釈放されるのが早速惜しくなってきた。うーん……レナード、お前、終身刑にならないか?」
「ええーっ、僕がお気に召したっていうなら光栄だが、終身刑は流石にちょっと……」
「だよなあ。はー、どっかにいねえかな、エルフ並みに生きる、終身刑の人間」
「エルフ並みに生きる時点でそれは人間ではないと思うよ、エルヴィス」
全く人見知りしないレナードと、やはり人見知りしない程度に長生きしてきたエルヴィスとの間には、早速、親しみが芽生えていた。気安く会話しながら、レナードは早速友達ができたことを喜ぶ。
……それと同時に、自分と知り合ってしまったことで、このエルフに寂しい思いをさせてしまうな、とも思う。
そこで、レナードは考えた。
これもまた、何かの縁だ。幸か不幸か、レナードはエルヴィスと出会い、エルヴィスはレナードと出会ってしまった。
ならば、それを無意味なものにはしたくない。自分がここに来た意味があったと、思えるようにしたい。
……つまり、エルヴィスに寂しい思いをさせないことだ。
よって、楽しいことをする。
レナードはそう決めて……早速、エルヴィスに聞いてみた。
「ところでエルヴィス。この刑務所って、楽器はあるかな?」