第一号*2
雑誌の取材を前に、アイザックは身なりを整えられた。エルヴィスを中心とした囚人達によって。
「お前、もうちょっといい服持ってねえのか!」
「持ってるわけねえだろうが」
「アイザック。服っていうのはね、人間が人間らしく居るための道具だから。うっかりすっぽんぽんで生きていかないためにも、服にはちょっとだけこだわりを持てるといいよ」
「うっかりで全裸にはならねえよ!」
囚人達は、ああでもないこうでもない、とアイザックの服を選んでいた。
ブラックストーン刑務所では、囚人服が無い。服は検査を受けた上で個人のものを持ち込むことになっている。……よって、アイザックの服は、アイザックが入所前に購入していたもの、或いは誰かから貰ったり、良さそうなものをゴミ捨て場で拾って適当に着ていたものが大半となっている。
「せめてジャケットくらいは欲しいよな……」
「私のを貸そうか?あっ、駄目だ。君が着るとつんつるてんになってしまう!」
「アイザックはやっぱデカいなー」
……そして、囚人達が自分達の服を貸そうともしてくれるのだが、残念ながら、大きさが合わない。逆に、アイザックのシャツを羽織ってみた囚人が余る袖と丈をおばけのようにひらひらさせつつ『でっかい!』と笑い出す程度には、彼らの大きさは合わないのである。
「服にこだわりなんか持てねえって。そもそも体に合うもん見つけたら万々歳なんだから」
「ああー、そうかあ、そうだよなあ……」
「せめて襟が付いてるシャツが欲しいねえ。でも襟が付いてる奴、全部頑丈さ優先の分厚い綾織り生地の奴ばっかりだなあ……ああ、アイザックの境遇が見て取れる」
「うるせえ」
囚人達に何故か同情されつつ、アイザックの服選びは続く。『あいつなら大きさが合う服持ってないか?』『煙草5本で貸してくれねえかな』といった相談も交じりつつ、皆でアイザックの少ない服を眺めて『そもそもよく見たらあったかそうな冬服がねえ』『アイザック、お前、これじゃ寒いだろうに!』といった話にまで発展していく。
「そもそもちゃんとしてる服ってなんだよ」
アイザックの服品評会になりかけている場を引き戻すべく、アイザックはそう、聞いてみた。すると。
「あー、グレンが着てるようなやつ」
「うん。トレヴァーさんのはちゃんとした服だねえ」
「私もそれなりにちゃんとした服だと思うが、まあ、こういうかんじだよ」
一部の囚人が腕を広げて見せてくれた他、グレン・トレヴァーの名前が出てきたので、アイザックは概ねの方向を理解できた。
「ああいうのか」
グレン・トレヴァーはまともに見える。それはアイザックにも分かる。ひとまず、出所後はグレン・トレヴァーを目指してみよう、と心の片隅に留め置くことにする。
「まあ、服なんてどうでもいいだろ。どうせ囚人の恰好にまともな期待はされねえよ」
「そうかもしれないけれどね。私達としては、可愛い息子のような存在が折角雑誌の取材なんて受けるんだから、少しでもできることをしたいんだよ」
「それはありがとうな。でもいらねえって」
少々照れつつ、それ故に顰め面をしつつ、アイザックは自分の服を片付け始める。
「俺は現時点でまともじゃねえんだし、恰好繕ったってしょうがねえだろ。こういう恰好してるのが俺なんだから」
「そうかい?まあ、君がそう言うならそれでもいいんだが……」
格好をつけても仕方がない。アイザックはアイザックのままで、現状、ただの犯罪者だ。多少、資格試験の勉強をして資格を取得したというだけで、まだ懲役が終わったわけでもない。恰好ばかり取り繕っても中身が変わるわけではない。見た目を疎かにしていいとは思わないが、不相応な格好をしても仕方がないだろうと思う。
「でも、アイザックがちゃんとした恰好をしているところを一度見てみたいなあ」
「うんうん、それは出所後のお楽しみにとっておこうじゃないか!よし、じゃあ、この中でアイザックに似合うのはどれかな……」
「あっ、でも髪は整えろよ?エルヴィス、整えといてやれよ。アイザックの髪、丁度そろそろ切らなきゃいけない頃だろ?」
それでも楽し気な囚人達に囲まれて、まあ、髪くらいは整えていくか、とアイザックはため息を吐く。この1年半、アイザックの髪が伸びてきたらエルヴィスが切ってくれている。エルヴィスはなんだかんだ器用なので、囚人達の髪を切るのも彼の仕事になっていた。
「よし。じゃ、もう少しばかり男前になるようにしてやろう。そうだな、髪型は流行の奴がいいか?」
「ねえエルヴィス。一応聞くけど、君の言う『流行』って何年前の?200年とか前じゃないだろうね?」
「グレンさんみたいにしといてくれ……」
……ということで、アイザックはアイザックより周りが楽しい準備期間を経て、取材に臨むことになったのであった。
当日。
雑誌の取材は、面会室で行われた。
看守が2人付き添って、アイザックが仕切り板越しに座る。向かい側には雑誌社の人間らしい者が3人、座っていた。彼らは皆、アイザックがやってくると顔を上げて、生き生きとした表情でアイザックを見つめてくる。
「あなたがアイザック・ブラッドリー君?お噂はかねがね」
雑誌社の人間の内、真ん中に座っていた女性がにっこりと微笑んでそう言った。恐らく、彼女が記事を担当する者なのだろう。
「そりゃ、どうも」
『噂』ってどんな噂だ、と少々心配に思いつつ、アイザックは一応、ぺこ、と頭を下げておく。礼儀正しく、模範囚らしく。それでいて、アイザックらしく。
「では早速、インタビューさせてもらってもいいかしら」
「どうぞ。俺相手でよければ」
さて、いよいよだな、とアイザックは身構える。どんな質問が来ても真っ当に、それでいて正直に答えようと。
「ありがとう。じゃあ最初に……あなたは服役中だけれど、魔導技師資格1級に合格しているんだそうね。おめでとう。……それで、資格試験を受験しようとしたきっかけは、何だったのかしら」
「周りの連中が、よくしてくれたんです」
記者の女性を見ながら、アイザックは答える。
当時まだ違法だったポーション作成の話はできない。だが、他のことなら、正直に話してもいいはずだ。
「囚人って言ったって、ずっとチンピラやってた連中ばっかりじゃない。真っ当に働いて、まともな生き方してた奴だって、居る。中には、魔導機関技師として働いていた奴らも、ここには居て……そういう奴らに、随分、よくしてもらって。それで、勉強、見てもらって、試験に合格できました。……あと、きっかけ、っていうなら……」
2級試験を受けた時と、1級試験を受けた時では、動機が違った。
やっぱりそうだな、と自分の中で確かめて、アイザックは、少しばかり表情を綻ばせて、はっきりと、言った。
「……胸を張って生きていたい相手が、できたので」
それからも、アイザックへの取材は続いた。
『出所後どうしたいか』については、『服役中にポーションを魔導機関で作成する方法の特許を取ったから、それを使ってポーション工場を立ち上げて、社会貢献したい。後から出所してくる囚人達の就職口になれたら嬉しい』と答え、『目標とする人は居るか』と問われれば『奉仕作業先でお世話になってる人。あと、うちに服役してる大先輩』と答えた。
……そして。
「ところで、あなたは傷害罪で服役中、とのことだけれど……自分が犯した犯罪について、今、どう思ってる?」
そう聞かれたアイザックは、相手を真っ直ぐ見て、言った。
「後悔はしていません。悪いことだってのは分かってますけど、俺はああすべきだったし、今もそうだって思ってる」
アイザックの後ろで、看守2人が慌てる気配が伝わってきた。模範囚にあるまじき発言に慄き、撤回させようとアイザックの後ろで動き出す。
だが、アイザックは慌てなかった。止められたら止められたで、その時はその時だ。自分の気持ちに嘘を吐きたくはない。そんなこと、アイザックも、アイザックを大切にしてくれる奴らも、望んでいないのだから。
「当時、そうすべきだったから、後悔は無い、ということかしら」
看守が慌てる一方、女性は少しばかり身を乗り出すようにして、興味深げに質問してくる。
「いや……その、どうなんだろうな。やっぱり、後悔してないって言ったら、嘘になる、かもしれねえ」
アイザックはそれに、真摯に答えた。自分に嘘は吐かない。だから、真剣に考える。自分がどう思っているのか、ちゃんと、相手に伝えたかった。
「けど、『もっと上手くやれたんじゃねえか』とか『切り付けるだけじゃなくて殺しときゃよかった』とか、『あんなことしなけりゃ、もうちょっと堂々と胸張って生きてられたのにな』とか、そういうので……切り付けた奴への罪悪感とかじゃ、ねえから」
雑誌社の3人は、興味深げにアイザックの言葉をメモしたり、ほう、と頷いたりしている。彼らからしてみれば、アイザックの物言いが物珍しいのだろう。
「今も罪悪感が無い、ということなら、出所した後、あなたはまた、被害者に危害を加えるかもしれない、と自分で思っているのかしら?」
更に、緊張と好奇心が混ざり合った目と言葉を向けられて、アイザックは苦笑する。
「そりゃ、今でもあいつが憎い。それこそ、殺してやりてえくらいに。でも、俺がまたムショに逆戻りしたら悲しむ奴が、いてくれるんです。それに、どうしても、見栄張りたい子が、居るから……」
エリカのことを思えば、少しばかり、気恥ずかしかった。思い出すだけでこんな気分になるんだから俺もヤキが回ってる、と思いつつ、アイザックはまた、気持ちを新たにした。
「だから、もう二度と、犯罪はやりません。やりてえけど、やりませんよ」
深い深い憎悪も、強い強い衝動も、アイザックはそれら全てを捨て置くことができる。
今までのアイザックを構成していたそれらを捨ててでも、手に入れたいものが見つかってしまったから。
「俺は、出所したらまともに生きるんで」
言い切ってしまえば、少し、清々しい気分になれた。
自分がまた少し、変わったような。そんな気分になれたのだった。