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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴271年:アイザック・ブラッドリー
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第一号*1

 それからというもの、エルヴィスとアイザックは方々に手紙を送り続けた。

 何の手紙かと言えば、『書籍の寄付を乞う手紙』である。

 囚人の社会復帰、そして社会貢献のためだ、などとお題目を掲げて、『まともなふり』をした手紙を送ってやれば、いくらかは、寄付してくれる機関があった。

 すると、学校や図書館、富豪の邸宅などから、古くなった教科書、参考書、ボロボロの図鑑、かつての流行小説……といった類の、元々捨てられる予定だった書籍が集まってきたのである。

 流石に魔導機関の参考書は無かったので、それはグレン・トレヴァーからの寄付を期待しよう、ということになった。きっと、彼なら喜んで寄付してくれるだろう、と、アイザックは思う。あの人はきっと、この刑務所の変化……そしてアイザックの変化を、喜んでくれる人だ。


 次にエルヴィスとアイザックが行ったのは、『図書室』になる予定の部屋の掃除と整頓だ。

 かつて使われていたらしい『文書室』は、すっかり埃にまみれ、物置と化していた。看守達の許可は得つつ、そこを掃除して……そこにあったもので使えそうなものは拝借しつつ、埃を払い、床を綺麗に拭き上げ、本棚を作り、そこへ本を並べていった。

 元々、『囚人達の情操教育の為』に、誰も読まない道徳的な本や経典も積んであったので、それらも併せて、本棚へ納めていく。

 目録を作って、貸出票も整備して……そうして、ブラックストーン刑務所には囚人達のための図書館が生まれたのであった。




 アイザック達は交代で、『図書係』を勤めた。本の貸し出しの手続きをしてやって、囚人に本を渡す。それだけの仕事だ。仕事が無い間は本を読んだり、それを使って勉強したりして過ごした。

 囚人達が自主的に、いつの間にか図書館を作っていたことに看守達は驚きながらも、『まあ、よい取り組みだ』と満足気であったので、アイザックは遠慮なく勉強することができた。

 古い教科書を読んでは、知らないことを沢山知った。アイザックは特に、魔導学の教科書が好きだった。あらゆるものが法則を持って動いている目に見えない世界の話は、なんとなくアイザックに希望を与えてくれた。

 この国の歴史も、ある程度覚えた。計算も随分とできるようになった。本で読んだものを何度も頭の中で繰り返して、作業中もずっと勉強していた。


 そうしている間に、グレン・トレヴァーから魔導機関技師1級の参考書がいくつか寄付された。『ブラックストーン刑務所が国内有数の魔導機関技師輩出校になったらおもしろいね』とのことだったので、やはり彼はこの状況を楽しんでいるらしい。それはそうだろう。エルフと一緒に代用煙草を作って囚人達に流通させるようなことをしていた人なのだから。

 とにかく、グレン・トレヴァーのおかげでアイザックは資格試験の勉強も始めることができ、周囲の『先生』達は『大変だ!このままではアイザックの方が先生になってしまう!』『後から来た奴に追い越される!』と、皆で1級の勉強を始めた。

 皆で前向きに勉強するのは、楽しかった。アイザックはこの時間を大いに楽しんでいた。

 ……不思議なことに、やはり、この刑務所に入ってからの方が、人生が楽しい。不自由なことは多いが、その中で自由にやる方法を教えてくれる者達が居て、一緒に過ごしてくれる者達が居て……何やら、幸せなのだ。妙に。

 そうしてアイザックは、すっかり刺々しさを失って、丸くなる。にこにこのほほん、とした『先生』達に囲まれて過ごしていれば、多少、それが移ってしまうらしい。アイザックはエルヴィスに『お前、よく笑うようになったよなあ』と言われて、少々恥ずかしい思いをさせられた。




「おーい、アイザック!来てたぞー!」

 ……そうして過ごすうちに、もう1つ、アイザックの生活には変化があった。

「今回は何て書いてあるんだ?」

「う、うるせえ。お前らには関係ねえだろ」

 アイザックはエルヴィスの手から手紙を受け取ると、自分の大きな背中で隠すようにしながらそれを読む。

 ……手紙は、エリカからのものだ。

「それにしても文通とはなあ」

「古風だよなあ。いや、いいけど」

 そう。アイザックは今、エリカと文通のようなことをしているのである。


 エリカが書いてくれた『御礼状』に、『こちらこそ、奉仕作業の提供をありがとうございました』とまた礼を返す、という手紙のやりとりが数回あって、それからというものの、2人の手紙のやりとりは文通とでも言うべきものへと変わっていった。

 実は、囚人が手紙を出すということについて、数十年前はまるで許可されていなかったらしい。それどころか、面会も今より更に厳しく制限されていたらしい。おかげで、出所するまでは弁護士に会うこともできなかった、と。

 ……だが、それがここ二十年ほどで大分緩んだ、とエルヴィスが言っていた。エルヴィスは『検閲はされるが、手紙をやりとりすることは囚人の権利として認められるようになったんだよなあ』とにこにこしながら、グレン・トレヴァーへの『御礼状』をよく書いている。

 どうも、この辺りにもグレン・トレヴァーもといアイリス・トレヴァー夫人が関わっているらしいのだが、まあ、それはそれだ。恐らくあのパワフルなアイリス・トレヴァー夫人が弁護士として色々やった結果なのだろうな、とアイザックは想像している。

「それでお前が文通できるんだから、やっぱり、その辺りが変わってくれてよかったよな」

「まあ、ありがてえことだな」

 アイザックはエリカからの手紙を読んで、思わず表情を綻ばせる。

 エリカからの手紙には、最近の花の様子が書いてある。花屋に暮らす彼女からの手紙には、色々な花の名前が書いてあるのだ。アイザックはそれらをエルヴィスに聞いては、実物が庭に生えていればそれを眺めて、無ければ古い図鑑を見て調べて、エリカが見ている花がどんなものか、逐一確認した。

 花の名前を1つずつ覚えていくにつれ、アイザックは少しずつ、まともになっていけるような気がした。最近では専ら、花を見る度に『ああ、冬の終わりにエリカが手紙に書いてくれたやつだ』と穏やかな、かつ浮足立った気分になる。

「エルフがのんびりしてるのって、花の名前を沢山知ってるからか……?」

「ん?どうした、アイザック」

 ふとそんな気がしてエルヴィスを見てみるものの、エルヴィスはきょとん、として首を傾げているばかりである。

 ……まあ、花の名前を知っているから穏やか、ということは無いのだろうが。だが、もしかすると、花の名前を憶えていけば、アイザックもエルヴィスのようになれるのかもしれない、というような気がしている。

 エルヴィスは、穏やかで、賢くて、案外図太くて、そしてどっしりと落ち着いていて、自分のような奴を凭れ掛からせてくれる奴だ。

 ……もし、なるとしたら、エルヴィスみたいな奴になりたい、と、アイザックは思う。

 まあ、1000年も生きるのは御免だが。




 そうして、それからさらに半年ほど経った頃、アイザックをはじめとした数人の囚人が、魔導機関技師資格1級試験に合格した。これは快挙である。看守達も、『このブラックストーン刑務所はのびのびと囚人が学び、社会復帰を目指している場所です。模範囚が非常に多く、魔導機関技師資格に合格する者も多いんですよ』などと外部機関へ自慢げに説明しているようだった。

 アイザックはついでに高等学校卒業資格も手に入れた。こちらは、やはりアイザックに引きずられるようにして受験した者が何人か居て、その内の何人かは無事、合格していた。刑務所を出た後の生活に少しでも希望が持てるようになるのだから、資格の類もとってみるものである。

 アイザックは無事、目標としていた資格を手に入れることができた。なのでそれを、エリカに手紙で報告する。

 ……今回の資格取得は、トレヴァー一家の援助のおかげでもある。グレン・トレヴァーが参考書の類を寄付してくれたことが、アイザック達の合格に大きく貢献してくれた。彼の援助なくしては、ブラックストーン刑務所の快挙は成し得なかったことだろう。

 そして、エリカも同様に援助してくれた。

 彼女が高等学校に通っていた頃に使っていた教科書を、ブラックストーン刑務所へ寄付してくれたのである。『エリカ・トレヴァー』と名前が書かれた教科書は、大いにアイザックを勇気づけ……アイザックは大人げないことに、それをほとんど1人で独占するようにして勉強していた。周りの囚人達も『まあ、しょうがないな』とアイザックの蛮行を許した。


 ……こうしたアイザックの変化を、喜ばない者も居た。アイザックが入所してすぐ蹴り飛ばした囚人などは、アイザックを『模範囚ぶっているクズ』と吹聴して回っていた。

 だが、アイザックはそれらをまるきり気にしなかった。

 自分がクズなのは事実なので、しょうがない。そして、これからのアイザックに、彼はもう、関係が無い。『刺しちゃったのはしょうがないから次から気を付ければいい』の精神で、アイザックはどんどん成長していった。

 看守達も、アイザックへの覚えが良いらしかった。何せ、アイザックはどんな奉仕作業に連れていっても一際目立ち、そして、目立つ以上によく働いた。黙々と働くアイザックを見せびらかすことは、ブラックストーン刑務所の評判を上げることに繋がる。

 最近ではすっかり、ブラックストーン刑務所の評判が良くなっていて、看守達はそれで美味しい思いをしているらしい。つまり、看守達にとって、アイザックはさしずめ、金の卵を産む鶏だ。『彼のように更生する例もある!』と紹介されると、アイザックとしてはなんとも複雑な気分になったが。

 ……だが、ブラックストーンの評判が良くなれば、ブラックストーンへの寄付も増える。そうすれば刑務所内の設備が多少マシになったし、食事が多少、マシになった。無論、寄付された金の多くは、囚人達の更生や社会復帰へと還元されるより、看守達へと還元されていたのだが、それでも、よくなるものがあるならそれに越したことは無い。アイザックは自分が目立てば他の囚人達の居心地が多少よくなる、と割り切ることにしている。

 その点、エルヴィスとアイザックが2人で居ると、非常に効率が良かった。

 アイザックは黙々とよく働くし、資格試験にも合格する文句の付け所の無い『模範囚』だが、奉仕作業先で市井の人々に話しかけられた時、愛想の良い返事をするのは苦手である。だが、隣にエルヴィスがいれば、代わりに返事をして、多少愛想よくやりとりすることができた。

 アイザックはエルヴィスについて『まあ、こいつは顔がいいし話すのも上手いから、人受けもいいよな』と納得して、専らその役割はエルヴィスに任せることにしている。


 ……そうして更に半年が経った頃。アイザックはブラックストーン刑務所で2度目の冬を迎え……そして、雑誌の取材を受けることになった。




「……は?雑誌?」

 その話を看守から聞かされた時、アイザックはぽかん、とした。

 当然である。一体何のことなのか、さっぱり分からない。雑誌とは。取材とは。そして何故、その対象が自分なのか。

 ……アイザックが説明を求めると、看守達は一応、説明してくれた。

 アイザックがこの刑務所の中で最も大きく変わった者であること。資格をいくつも取得して、刑務所内の風紀の維持に貢献していること。まだ若いアイザックは社会復帰に相応しい人物であり、雑誌の取材には丁度いいだろう、ということ。そんなことを説明されて、アイザックは一応、納得する。

 刑務所の中で、アイザックは最年少の部類に入るし、その中では一番資格試験に合格している。風紀の維持に貢献した覚えは無いが、アイザックは体が大きいから、喧嘩しそうな囚人達の前に、ぬっ、と現れるだけでも喧嘩を収める効果がある。それで何度か喧嘩を有耶無耶に止めたこともあったので、確かに風紀の維持に貢献している、のかもしれない。

 ……そしてこれは言われなかったが、恐らく、雑誌の取材を受ければ、取材料が支払われるのだろう。看守達の目的は主に、それであるはずだ。或いは、ブラックストーン刑務所が雑誌に載って有名になれば、より一層の寄付金が見込める、ということなのかもしれない。

 そういった部分まで鑑みて、アイザックは、雑誌の取材を受けることにした。

 まあ、取材を受ける程度なら自分にもこなせるだろうと思ったし、自分がそうすることでこの刑務所、ないしはここの気のいい囚人達に良いことが起こるなら、是非そうしたいと思ったのだ。


 ……これが、世間を巻き込んでアイザックとブラックストーン刑務所の運命を少々変える騒動の発端になるとは、アイザックはまだ、思っていなかった。

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― 新着の感想 ―
前まで「1000年生きれたらなぁ」って言ってたのに「1000年も生きるのはごめんだ」って考えが変わってるところ好き
[良い点] 甘酸っぺぇーー!! 季節は冬でも春爛漫やな!! 騒動か…第一号という題名と関係あるのかな? 小型魔導機関の特許第一号とかだと良いなぁ。
[良い点] 取材となればとりあえず使うかはともかくなんで収監されたかは聞かれるよね、 ちょっとしたこと口走ったら記者は全力で盛るし、興味を持ったら走り回るよね…… [一言] 刑務所のマッドどもがとって…
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