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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴271年:アイザック・ブラッドリー
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天使の重さ*4

 帰りの馬車の中、アイザックはどうしようもなく空しい気分になっていた。

 エリカは帰り際、『また来てね』と言ってくれた。アイザックも笑って、『また応募する』と答えた。

 だが、こんなのどう考えても空しいだけである。会う度に惹かれていく相手を見ながら、一体どうすればいいというのか。

「アイザック。エリカと話してたの、楽しそうだったな」

「ああ。楽しかった」

 エルヴィスに話しかけられて、どこか達観したような気持ちで素直に頷く。エルヴィスは少し驚いた様子だったが、アイザックはエリカとの会話を思い出して、少しばかり笑う。

 エリカはアイザックの知らない世界の話をしてくれた。法律を学んで弁護士になるための学校は、どうも、アイザックの想像を超えた代物であるらしい。そしてそれと同時に、エリカにとって、アイザックの世界はまた未知の世界であるらしい。『魔導機関の中身が理解できる人が居るのって、分かってはいるけれど、不思議だわ』と笑っていたのを思い出すと、なんとも幸せな気持ちになれた。

「おお……アイザック。お前やっぱりエリカのこと、好きだろ」

 そんなアイザックを見て、エルヴィスはそう、聞いてきたが。

「ああ」

 ……素直に肯定してしまったアイザックを見て、エルヴィスも周りの囚人達も、大層驚いた様子であった。

「俺、エリカに惚れちまったらしい」

「やっと自覚できたんだね!おめでとう、アイザック!」

「おめでとう!おめでとう!」

 そして半ば自棄になって言ってみたら、何故か大いに祝福されてしまった。気が抜ける。つくづく、この囚人達と接していると、気が抜ける。

「だって、あの子、俺のことまともな奴だと思って接してくるんだ。そうしたら、なんだか、俺、まともな奴になったような気分になっちまう。……それが心地いいんだ。馬鹿みたいだろ?」

 これだけ能天気な連中なのだから、彼ら相手に少しくらい諸々を吐き出してもいいだろう、とアイザックはまた半ば自棄になって話す。

「馬鹿みたいだ。実の親父を切り付けてムショにぶち込まれておいて……それなのに、今更、まともになりたい、だなんて」

 変わるなんてできっこない。望んではいけない。許されない。もう真っ当に生きていってはいけない。……そう思う自分と、真っ当に生きて、光の当たる道を胸を張って歩いていたいと思う自分とが居る。諦めたい自分と諦めたくない自分と、2つの間に挟まれて、アイザックはバラバラになってしまいそうだ。




「まあ、変わるのが怖いってのは、分かるぜ。特に人間なんて寿命が短いから、変わろうと思ったら急に変わらなきゃいけないしな」

 エルヴィスはアイザックの隣に腰を下ろすと、ぽふ、とアイザックの頭に手を置いた。ガキ扱いすんな、と手を振り払いたかったが、エルフからしてみれば100歳以下の人間達なんて全員ガキみたいなものなのか、と諦めることにした。

「そもそも変われっこない。俺は根っからまともじゃない。まともな奴は喧嘩だってしないし、人にナイフを向けないもんだろ」

 諦めついでに、この長命なエルフ相手に、また弱音を吐かせてもらうことにした。こんなもの、一々口に出すなんて情けないとは分かっているが、300歳を超えた奴になら、言っても許されるような気がしたのだ。

「そうか?お前の状況なら、刺しても仕方ねえと思うけれどな。元々お前がそう言う環境に居たってこともあるだろうし」

「悪い環境に居たから悪いことした、なんてのは言い訳だろ。どんな状況だろうがクズはクズだ」

「真面目だねえ。俺は、そうは思わないぜ。エリカがお前をまともだと思って接してたらお前がまともな奴になっちまうように、お前をろくでなしだと思って接してる連中の中に居たなら、お前はろくでなしになるってことだ」

 エルヴィスは、大木のようだった。

 アイザックに降る雨を大きな枝葉で遮って、雨宿りさせてくれるような。強い日差しを遮って、優しい木漏れ日へ変えてくれるような。そんな優しい気配を感じながら、どっしりとした幹に凭れ掛かるような気分になる。

「勿論、それで人を刺すかどうかは別の話なんだろうけどな。でも、いいじゃねえか。それこそ、あいつらが言ってた奴だ。『刺しちゃったのはしょうがないから、次は気を付けよう』。それだけだろ?」

 そんなに単純な話でもないだろう、とアイザックは極めて冷静に、そう思う。

 アイザックが暴力を振るってきた相手も、工場長……自分の実の父親であろう、あのクズも。皆、アイザックが『刺しちゃったのはしょうがないから次から気を付ける』などと言いだしたら、間違いなく怒り狂うだろう。

 ……だが。

「お前の不幸を望む奴が居るのはそうなんだろうが、お前に幸せでいてほしい奴だって、ほら、ここにこんなに居るんだぞ」

 同時に、そう思わない奴もいるのだ、と、アイザックは知った。

 だって、囚人達が皆にこにこと、アイザックを見ている。

「いいじゃないか!まともになれば!その方が喜ぶ人、多いよ!更生おめでとうアイザック!」

「おめでとう!」

 またもにこにこのほほんと祝福されて、アイザックは只々気が抜ける。気が抜けて、自分の中で何かが溶けてしまいそうだった。

「おいおい、アイザック、泣くな泣くな。ほらほら、拭くものやるから」

「泣いてねえよ!」

 アイザックの頭をくしゃくしゃと撫でるエルヴィスの手が、妙に心地よかった。




「さあ、アイザック、元気を出して!エリカのことはさておき、出所後の君の生活については少し、考えてみようじゃないか。これまでは変えられないが、これからは変えられる。何も、過去に引きずられてやる必要も無いだろう。何せ君には、ポーションの特許がある!」

 それからアイザックが大分落ち着いてきた頃、囚人の1人がにこにこと嬉しそうにそう言う。その言葉と笑顔に引きずられるように、アイザックも少しばかり、前向きになってしまう。この囚人達と一緒に居ると、どうも、こうなってしまうらしい。『前向きでのほほんとした連中と一緒に居ると、前向きになってしまう』。実にその通りだ、と、先程のエルヴィスの言葉を思い出す。

「君には私達全員、それぞれの特許の利用を許可するさ。だから君、ポーション工場でも始めればいいよ。元手が無くて工場を始められないっていうことなら、私の出所を待っていてくれ。えーと、君が出所してから2年くらいで出所できるはずだ。確か」

 随分と具体的な計画が始まってしまった。アイザックが戸惑っている間にも、『僕も出所したら自前の機材を寄付していいよ!』『機材は無いが、技術ならいくらでも貸してやれる!』『販路確保には俺の知り合いが協力してくれるはず!』と囚人達が次々に意見を出していって、いよいよ、『現実』が見えてきた。

「それで……もし、アイザックが工場を始めててくれれば、俺達が出所後に働く場所ができていいなあ……えへへ」

 ……アイザックは、笑う囚人達を見て、思った。

 俺も、誰かを幸せにすることができるかもしれない、と。


 その考えは、希望の光だった。アイザックの胸の内に、すっ、と差し込んできて、明るく照らす。

 壊し、傷つけて生きていくのではなく、守り、生み出して……誰かを幸せにして、生きていけるようになったなら……エリカの前で、胸を張っていられるように、なるだろうか。


「ねえ、アイザック。もし君が、真っ当に生きることに躊躇いがあるって言うなら、僕達のために、そうしてくれないかな」

「私達もいい加減いい歳だからね。今から再就職っていう訳には、中々いかないだろう。だが、技術はこれでも一流のものを持っているつもりだ。安月給でも働くから、是非、君のところで雇ってくれ」

 囚人達の声を聞いて、彼らの嬉しそうな顔を見て、アイザックはようやく、『自分にはまだ未来がある』と思うことができた。そんなものはドブに捨てたと思っていたが、どうやら、まだ、沈み切ってはいないらしい。まだ、間に合うらしい。

 ……が、油断はできない。

「あっ!いいこと考えた!アイザックの父親に認知させてから殺せば工場がアイザックのものになる!」

「ここぞとばかりに犯罪者の本領を発揮するな馬鹿!倫理観がねえ奴は雇わねえぞ!」

 のほほんとして殺伐としている囚人が物騒なことを言うので、アイザックは慌ててそう言い返す。大声に馬車が揺れて……そして、囚人達は表情を輝かせた。

「えっ!?じゃあ、倫理観があるふりができれば雇ってくれるのかい、アイザック!」

 失言だったか、と思いつつも、だが、今更誤魔化したって恰好は付かない。

「……お前らの居場所がムショの外に無いのは、その、悲しいから」

 渋々とそう言えば、囚人達はまたなんとも嬉しそうにして……そして、アイザックの肩を叩いたり、背中を叩いたり、手を握ったり、頭を撫でたり、鬱陶しくやってきたのである。

「ありがとう、アイザック!前科持ち同士、傷を舐め合って前向きに生きていこう!」

「今日はいい日だ!アイザックが元気になったし、私の出所後が明るくなった!」

「アイザックの工場は爆発させられねえからな!気を付けて働くぞ!爆発させたらごめんな!」

「なんで俺はお前らみたいな奴とつるんでるんだったかな……」

 やはり失言だっただろうか、と思いながらも、アイザックは、へらり、と笑った。

 どうにも、明るい気分なのだ。随分と間が抜けたものだと思いながら、それでも不快ではないのだからしょうがない。




 そうして、年末。

 祝祭の日、またも奉仕作業でグレン・トレヴァーの店へ向かう。今日は雪掻きの仕事があるらしい。この辺りの雪は湿っぽく、少し重い。積もってしまうと、退けるのが大変なのである。

 尚、この日は別の場所でも奉仕作業の募集があった。神殿での仕事だ。そちらでは焼き菓子やホットワインが振舞われるらしいと聞いた者の多くはそちらに応募していたが、エルヴィスやアイザック達、いつもの面子は皆でグレン・トレヴァーの店へやってきている。

 そうして皆で元気に雪掻きをして、それから、トレヴァー一家のもてなしを受ける。

 ローストチキンに、豆のスープ。素朴な焼き菓子。そして、ローズマリーポテトだ。

 ……いつもより美味いローズマリーポテトを口に運んで、アイザックは口元を綻ばせる。ああ、これは中々悪くないな、と思って、ふと、顔を上げて……そこで、にこにことアイザックを見つめているエリカを見つけた。

「ふふ、美味しい?」

「……ああ、美味い」

「よかった!そのローズマリーポテト、今日は私が作ったのよ!」

 嬉しそうに笑うエリカを見ていると、元々美味かった食事が、更に余計に美味い。

「親父さんが作った奴より美味いよ」

「わあ、やった!ねえ、聞いた!?パパ!私、パパを超えたわよ!」

 明るく笑うエリカを見て、アイザックは自分の中の天秤が、ごん、と一気に傾くのを感じた。

 天使は、重い。アイザックの天秤の反対側に乗っていた、罪悪感や諦めを全て吹き飛ばす程に。

 ……これから先、アイザックが何かを成し遂げたとして、過去に行ってきたことは変わらない。だから、エリカに振り向いてもらえるなんて期待はしない。諦めもできないだろうが、それはもう仕方がない。

 ただ、胸を張って彼女の前に居られるような人であれたら、と思う。今とこれからのアイザックしか知らないエリカには、せめて、胸を張っていられるように。そうあれるように、アイザックは再び、意思に火を灯す。

 資格試験の勉強をしていた時と同じように、それでいてもっと強く、胸の中で燃えるものが、確かに感じられた。




 翌日から、アイザックは一段と熱心に勉強を始めた。

 まず、魔導機関技師1級資格を目指した勉強を始めた。この刑務所の中に居る囚人達は、最も高くて準1級までしか資格を持っていない。だがアイザックは、あと4年もあればなんとかなるだろう、と思い切って勉強を始めた。

 すると、他の囚人達もアイザックにつられて、また資格試験の勉強を始めたのである。……看守達が『ここは魔導機関技師養成所ではないんだが……』と呆れるほどに、熱心に勉強していた。

 それに加えて、高等学校の卒業資格も得られるように勉強を始めた。

 アイザックは進学できなかったが、勉強して、卒業に見合うだけの学力を有すると認められれば資格が得られるのである。それは高等学校に通って卒業したのと同等の資格として扱われるのだ。

 今後の人生を、より胸を張って生きていくためには必要だろう、と……何より、弁護士としての勉強をしている、賢いエリカに胸を張って向かい合うためには最低限それくらいは必要だろう、と、アイザックは勉強している。


 ……だが、それにも限界がある。

 何せ、『先生』達が教えてくれるものは、限られる。魔導機関技師資格については準1級までの内容と、その発展形くらいまでだし、法律については全員が『まあそんなものもあったね』という程度である。学びたいアイザックには、少々物足りない。

 そして、高等学校卒業資格については、もっとだ。もっと足りない。

「……本が欲しい」

 アイザックは、切にそう思った。……そして。

「ん?なら、ムショの中に図書館、作るか」

 エルヴィスがまた随分と間を飛ばしたことを言ってきたものだから、『それは流石にぶっ飛ばしすぎじゃねえのか』と思い……。

「よし、やろうぜ」

『まあ、ぶっ飛んでもいいか』と、思い直したのだった。

 何せ、躊躇いも不安も、それらが載っていた天秤の皿ごと、吹っ飛んだ後なのだ。

 もう、アイザックは突き進むしかないのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人に認められるってことは原動力になるんだなぁと。 みんなの入所前の環境が、こんなに穏やかだったらなぁと
[一言] ちゃんと試験を実施してくれたり、合否通知を「おめでとう」と言って渡してくれたり、囚人の資格勉強を呆れながらも見守ってくれたり…。 看守達っていいやつだなぁと思います。かわいい。
[一言] 皿が全部吹っ飛ぶほどの重み。ぜひ翻弄されまくってほしいですね。
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