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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴271年:アイザック・ブラッドリー
35/127

雷の一撃*3

 それから、看守がわたわたと一連の対応に追われている間に、アイザックとエルヴィスはグレン・トレヴァーに呼ばれて、ティーテーブルを囲んでいた。

 テーブルの上にはハーブティーらしいものが供されて、アイザックは遠慮がちに、それを飲む。風変わりな味だったが、悪くなかった。エルヴィスが馬車の中でくれたものと同じ系統の味がする。もしかするとこの茶はエルヴィスからグレン・トレヴァーへと受け継がれた味なのかもしれない。

「以前から、こういうことは偶にあってね。まあ、僕が稼ぎ過ぎたのが悪かったんだろうが……」

 そうして、グレン・トレヴァーは話し始める。

「エルフの里の植物を扱う花屋っていうことで、まあ、希少価値が高かったんだろう。だから襲って花を奪ってやれ、っていう奴らは、開店当初から時々居た。ついでに、僕のアイリスは綺麗だから、彼女を狙う奴も時々居たね」

 アイリス・トレヴァー夫人はもう中年女性だが、それにしても明るく若々しい魅力を持っている。若い頃はさぞかし、そういった輩に絡まれたことだろう、と伺えた。

「それで今度は、エリカだ!ああ、全く、本当に……どうしたらいいものか」

「ナイフを振り回す奴は初めてか?」

「エリカを人質に取って私に金を請求しようとする奴ってのも、今までには居たよ。全員イラクサの制裁を受けたがね」

 頭を抱えるグレン・トレヴァーを見ながら、アイザックは『まあ、あれだけ綺麗ならなあ』と納得する。エリカが美しいから切り付けたいと思う奴もいるのだろうし、エリカなら人質にとれるだろうと思う奴もいるのだろう。

「イラクサって何だよ」

 ……そして、アイザックはここでようやく、先程の違和感を解消することができそうである。

「さっきの奴、急に丸まったけどよ。あれ、お前が何かしたんだろ、エルヴィス」




「えーとな、まず、イラクサっていうのは、細かい棘がいっぱいの植物だ。茹でると美味いが、生の葉っぱや茎に素肌が触れると、そこが火傷みたいな具合になる。ものすごく痒くてものすごく痛い、ってかんじだな」

 エルヴィスの説明を聞きながら、アイザックはふと、刑務所の庭を思い出す。確か、花壇の一角に『これには触るなよ』と言われている植物があったはずだ。多分、あれがイラクサなのだろう、とアイザックは納得した。

「イラクサは置いておいて……エルフの魔法の中には、結界ってものが存在する。一定の範囲を守るための魔法だ。で、その結界の一種に……『悪意ある者を攻撃する結界』っていうのがあるんだ。それを、この店に掛けてある。柱とか、家の基礎になってる石とかにしっかりエレメントを注ぎ込んで、ガッチリ組み上げてあるから、そうそう消えることは無い」

 どうやら、エルヴィスは中々にとんでもないことをしているらしい。まさか、ポーションを作る以外でも魔法を使えるとは知らなかった。アイザックは大いに驚きつつ、その一方で『やっぱりな』とも思う。このエルフなら、諸々、やりかねない。

「まあ、エルヴィスの結界を今から20年くらい前に設置してもらってね。それ以来、うちはずっと平和だったんだ。金目的の泥棒が入っても彼らは逃げ出していく羽目になったし、アイリスやエリカを狙う奴らもイラクサの制裁の餌食になってくれたし、僕が殺されかけた時も、店に逃げ込んだら途端に相手がやられてくれたからね。本当に助かってる」

 グレン・トレヴァーはそう言ってエルヴィスに笑いかけた。大方、『だから今回結界が発動しなかったことを責めるつもりはない』という意図なのだろう。エルヴィスは少し渋い顔で頷いて返している。

「イラクサの制裁って、結局何だよ」

 そんな2人のやりとりはさておき、茶を飲み終えたアイザックはカップをテーブルへ戻しつつ、尋ねる。

 単なる泥棒程度ならいざ知らず、グレン・トレヴァーを殺そうとするような奴まで撃退できる『結界』とやらの効果が気になったのだ。

 ……だが。

「あー、まあ、悪意ある奴に対して、イラクサの効果が発動するんだ。滅茶苦茶痛くて滅茶苦茶痒いっていう奴が」

「そして、効果は股間に発動するようになっている」

 2人から出てきた説明を聞いて、アイザックはあの時取り押さえていた男がどういう状況になっていたのかを知り……少々の同情を覚えた。

「マジかよ……」

 なんとなく、半ば無意識に、及び腰になる。どう考えても恐ろしい。考えたら恐ろしいので、アイザックは考えるのをやめた。そんなアイザックを労わるように、グレン・トレヴァーが茶のお代わりを注いでくれたので、礼を言ってまた飲む。少し濃く出た茶が、これはこれで美味い。

「まあな。トレヴァー一家に手ぇ出そうとするような奴に容赦は不要だろ。あっ、アイザック、勘違いするなよ?発動する場所は腕でも足でもどこにでもできるんだが、股間がいいって言ったのはグレンだ」

「エルヴィス。人聞きの悪いことは言わないでくれ。初めて結界を作った時は君だって乗り気だったし、この店に結界を作ってくれた時は発動部位も何も聞かずに作っただろう」

「結局、お前が居る間にムショの中で結界が発動すること、なかったからな。お前が股間イラクサの被害者を見たいかと思って気を利かせてやったんだぞ」

「ムショの中にもあるのかよ!」

 エルヴィスとグレンの言い訳の合間にとんでもないことが聞こえた気がして思わず顔を上げれば、きょとん、とした顔のグレン・トレヴァーと、『あー、言ってなかったか』とのんびり言うエルヴィスとが居た。

「あーうん。あるぞ。花壇に」

「花壇に……は?お、おい、それ、どういうことだ?俺、最初、花壇を見た時、花を踏んづけてやろうとしただろうが。あれは……」

 かつての自分の行いに思いを馳せて、アイザックは青ざめる。股間にイラクサは、まずい。どう考えても、まずい。

「あー、アレな?アレは……うーん、まあ、端的に言っちまえば、お前の悪意が花に向いてなかったと、判断されたんだと思うぜ」

 だが、エルヴィスは笑いながら軽やかにそう喋る。どうやら、

「勿論、あのままアイリスを踏み折ってたら、結界は発動したんだろうけどな。でも、結界は……イラクサの意思は、ギリギリまでお前を攻撃しないことを決めたんだ。それを見て俺は、『ああ、こいつは悪い奴じゃないんだな』って分かったって訳さ」

 エルヴィスの話のむず痒さはさておき、ひとまず、アイザックがイラクサ結界の被害に遭わなかったことは幸運である。ひとまずアイザックは安心した。


 否、安心したが、安心できない。何せ、自分のようなろくでなしに作用しない結界だ。そんな結界では、トレヴァー一家を守ることができない。

「欠陥品じゃねえか、その結界」

「そうか?お前みたいな奴がかわいそうな目に遭わずに済んだんだし、よかったと思うけどな。まあ、トレヴァー一家を守るには少々頼りない、ってところかもしれないが……」

 ふむ、と唸って、エルヴィスも茶を飲む。

「今回、結界が作動するまでに時間がかかったのは、アイザックに飛び掛かられて、犯人が混乱したからだろうな。悪意に混乱が勝ってたせいで、結界の作動が遅れたんだろ」

「つまり俺が居なけりゃ、もっと簡単に事が済んだってことか」

 そんなところだろうな、と思ってはいたが、実際にそうだったと分かると、少々落ち込む。

 余計なことをしちまったな、と、アイザックは内心で深く反省した。自分が飛び出していかなければ、もっと簡単に事が済んで、この店の評判に傷がつくような心配も無かっただろうに。

 ……だが、そんなアイザックを見て微笑みながら、グレン・トレヴァーは言う。

「だが、その場合は『簡単に事が済んでしまった』とも言えるだろうね。今回、君が……まあ、言ってしまえば、オオゴトにしてくれたから。おかげで、見せしめとしての効果が期待できる。これでまた当面は、うちに危害を加える奴らが抑制されてくれるだろうから、君がああしてくれたのは、いいことだったよ」

 アイザックは、自分が居ない方が良かったと思う。それは、グレン・トレヴァーが言葉を掛けてくれても変わらない。

 だが、グレン・トレヴァーがそう思ってくれているなら、それはアイザックにとって、申し訳なくも嬉しいことである。

「それに何より、君はうちの娘を守ってくれた。ありがとう、アイザック」

 ましてや、もし、それがエリカのためになるというのならば、やはり、アイザックにとって嬉しいことなのだ。




「さて、じゃ、帰るまでに結界を張り直していくか。看守達が戻ってくる前に片付けた方がいいな」

 茶を飲み干したエルヴィスが、よっこいしょ、と立ち上がって、早速、部屋の片隅へ歩いていく。

「この辺りに……よしよし、あった」

 部屋の片隅、柱の根元には、何か複雑な模様が描いてあった。恐らく、エルヴィスが使う魔法の模様なのだろうな、とアイザックは理解する。

「じゃあ、もうちょっとばかり、イラクサに警戒を呼び掛けて……強めに力を貸してもらうか。えーと……」

「……おい、エルヴィス」

 そうしてエルヴィスが何か考え始めたところで、アイザックはエルヴィスをつつく。

「それで大丈夫なんだろうな?今回みたいなことがあってからじゃ遅いって分かってんのか?」

 アイザックとしては、心配である。

 今回、自分が止めに入らずともエリカに危害が加えられる前に結界が発動したのだろうが、それも全く手放しに信用することはできない。

「悪意に反応して発動するっつっても、例えば、ナイフを投げるとか、そういうのはどうなんだよ。投げた瞬間に犯人が止まったって、ナイフは飛んでくんだぞ」

 アイザックは、人間の悪意を嫌という程見てきている。それがどれくらい悪辣で、どれほど醜いものなのか、よく知っている。アイザック自身も、その中に浸って生きてきたのだ。最近は、少々真っ当なツラをしているが、根本はきっと変わっていない。

 だから、分かる。悪人であるアイザックには、分かる。これでは足りないのだ、と。

「お前の発想は生温いんだよ。そんなことで犯罪者どもが止まると思ってんのか?本当にこの店を憎む奴が居たら、痛みと痒み程度じゃ止まらねえぞ」

 ……アイザック自身、そうだった。

 工場長を切り付けた時も、自分などどうなってもいいから、と思っていた。周囲の人間達に取り押さえられても暴れて、尚、工場長を殺そうと動いていた。あの時の自分の中の衝動を、アイザックは生涯忘れない。

「この店が憎まれるようなことはしてねえってのは、知ってる。だが、それでも憎む奴はいくらでも憎む。分かってんのか、エルヴィス」

 エルヴィスは、少々戸惑っているように見えた。アイザックの言葉に戸惑っている様子であったし、それがアイザックから発せられていることに何か思うところがあったのかもしれない。

 だが、それはそれだ。アイザックの結論は変わらない。

「……こういうのは犯罪者に任せとけ。俺の方が向いてる」

 アイザックがろくでなしの犯罪者であった意味が、きっと、ここにあるのだ。

 アイザックのろくでもない経験が、ろくでもない感情が、真っ当な誰かを守る役に立つというのなら、喜ばしいことだ。ましてや、アイザックが、彼らの役に立ちたいと思っているのだから。




 ポーションづくりの時に、ある程度、エルフの魔法の仕組みは分かっている。魔導機関との大きな違いは、媒体が何であるかというただその一点においてのみ。他にも多少は、命令の曖昧さや植物との相性などが変わるようなのだが、それらは組む回路によって大分差異を埋められるようなものである。

 つまり、アイザックは今、魔導機関によって結界を生み出そうとしているのだ。

 きっと、可能だ。回路を組むのに、多少、頭は使うだろうが。それでも可能だ。アイザックの知識だけでも、きっと、それらしいものが作れる。


 ……だが。

 アイザックは、同時に、思うのだ。

 きっと、自分だけでやるよりもいい方法がある、と。

「……ついでに、俺の『先生』達はもっと向いてると思うぜ。あいつら、ヤバい奴らだけど賢いだろ」

 アイザックが背後を振り返らず指差すと、そこに居た囚人達が、『え?何?出番?』とばかり、そわそわうきうきとした顔で、窓からこちらを窺っているのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 蛇の道は蛇、って感じですね。 アイザックくんをこうも変えてくれた感情の名前はまだ知らないのかしら、うふふふふふ。
2023/03/30 07:32 退会済み
管理
[一言] ヤバい店が出来てしまう……ww(笑)
[一言] アイザックの先生呼びにそわうき囚人たちめちゃくちゃ喜んでそう
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