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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴271年:アイザック・ブラッドリー
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合法ポーション*3

「違法なら教えてくれよアイザック!」

「知らねえよ!ポーションすら知らなかったんだぞ俺は!法律なんざ知る訳ねえだろ!」

「ご尤もだ!」

 気づかないふりをしていたかったのだが、反論しないわけにもいかない。そう。アイザックは本当に、知らなかったのである。

 法律とはアイザックを縛るものであり、守るものではなかった。ついでに、法に多少触れたとしてもアイザックは気にせず生きていた。そして何より、法律など、学ぶ機会は無かった。ということで……アイザックが8歳ほどの頃に制定されたらしい法律のことなど、まるで知らなかったのだ。

「うう、知らなかった……そうか、俺、違法……俺がムショの中に居る間に、法律ができたんだな……ははは、人間の世界はめまぐるしく変わっていくから、時々ついていけない……」

「……まあ、ムショ暮らしならそうだろうな」

 アイザックは『これ以上懲役が延びるのは嫌だ』と切に思いつつ、突っ伏すエルヴィスを眺める。エルヴィスはすっかり落ち込んでいた。まあ、自分の行いが違法だと知ったらこうなるのが真っ当な感性なのだろう。

「アイザックを犯罪者にするわけにはいかねえから……うう」

「もう犯罪者だけどよ……」

 かと思えば、自分の心配ではなくアイザックの心配をしているのだから、つくづくこのエルフはよく分からない。

「看守も言ってくれりゃいいのになあ……しょうがない、当面、ポーションづくりは俺1人でやるか」

「いや、お前も犯罪を重ねるなよ」

 何を言っているんだこいつは、という気持ちでエルヴィスを見つめれば、エルヴィスは少々居心地の悪そうな顔をしつつ、『ほら、俺はもう、どうせ何やったって終身刑のままだし』と開き直り始めた。大したエルフである。


「それにしてもなんだって、ポーション製造が違法なんだ?そもそもポーションを作れる奴はほとんどエルフだけだ。エルフは人間の国にほとんど居ない。わざわざ規制するほどのものじゃないはずだが」

 やがて、開き直って解決策を探し始めたらしいエルヴィスは、早速、例の賢そうな囚人に尋ねる。

 ポーションの製造が違法だ、というのは、少々おかしいように思われたのだろう。エルフを締め出したいなら、ポーションの製造ではなく、流通自体を取り締まるべきなのだから。

「あー、そうか。エルヴィス。君はその事件の時には既にムショ暮らしだったね。ええと……15年くらい前になるかな、ポーションだと偽ってただの水を売る詐欺が一部で流行してね……」

「あ、そういう事情か。成程な、それならまあ、理解できなくはない」

 解説を聞いて、エルヴィスは納得したように頷く。

 要は、ポーションを作れもしない人間達がポーションと偽ってポーションではないものを販売しないように、ポーションの製造自体に制限を掛けたのだろう。

 ポーションではないものをポーションとして売ったら詐欺罪で、これは既存の枠組みの中で処理できる。そして、ポーションの流通自体を禁止してしまうと、エルフから手に入れた貴重なポーションが使えなくなる。だから、『ポーションの製造』についてのみ、規制を新たに設けることになったのだ。それならば、エルフが持ってきたポーションを売る分にも使う分にも、問題が無い。

「あ、もしかして、このムショの中にポーション詐欺で捕まった奴、居ないか?居たらもうちょっと詳しい話、聞けるんじゃないか?」

「彼ら、流石にもう出所してると思うよ。もう15年前のことだし」

「そうかぁ……人間は出所するのも早いな……」

 またも机に突っ伏してしまったエルヴィスを見て、アイザックは呆れる。300歳を超えていても、机に突っ伏す奴は居るのだ。


「ああ、でもね、エルヴィス。君に朗報があるよ」

 そんなエルヴィスを見て哀れに思ったか、囚人が笑って話す。

「ポーション製造は違法だが……確か、許可を得れば、合法だったはずだ」

「本当か!」

「ああ。そういうわけで、法律に則った手続きを踏めばいいのさ」

 話を聞いて、エルヴィスの表情が一気に明るくなる。アイザックとしては、『法律に則った手続き』の類が心底嫌いなので、これで喜べるエルヴィスの気が知れないのだが。

「……と、なると……」

「あの女神様頼みだな……」

 ……だが、にやりと笑い合う囚人達を見て、新入りのアイザックも察する。

 どうやら、こいつらには何かの手段があるらしい。




「ま、ポーション製造の許可については、もうちょっと掛かりそうだから……その間に瓶の製造はしておかないとな」

 さて。そうして翌日から、アイザックは粘土の掘削作業を手伝わされることになった。

 当然、スコップなどが囚人に与えられるはずはないので、アイザックが使える道具は、空き缶を斜めに切り落とした代用品と、そこらにあった石程度なものである。

「掘り起こせたら粘土の塊はこっちにくれ。穴には生ごみを入れて埋め戻しておこう」

「生ごみ?なんでだよ」

「そうしておくと肥料ができるんだ」

 うきうきと楽しそうなエルヴィスを見て、そういうものか、とアイザックは一応納得した。生ごみを腐らせると肥料になる、という話は、確かに昔どこかで聞いたことがあったかもしれない。

 アイザックが黙々と手を動かしていると、エルヴィス達がやるよりずっと早く、地面に穴が生まれた。そして、その穴に元々詰まっていた粘土の類が、たちまちの内に他の囚人達の手で運ばれていく。運ばれた粘土は、水の桶の中に入れられて、泥水になっていった。

「……何してんだ、そりゃ」

「ああ、こうすると、砂利は早く沈んで、後から細かい粘土が沈むだろ?粘土とそれ以外を分けることができるんだよ。枯草とかは水面に浮くから、これも除去できるし」

 エルヴィスがうきうきと楽しそうに作業しているのを見て、アイザックは、そういうものか、とまた学んだ。どうも、このエルフと一緒に居ると、今後使わないであろう知識ばかりが増えていく。


 そうして翌日。アイザックが覗き込んでみると、桶の水はすっかり澄んでおり、桶の底に粘土が溜まっているのが見えた。これを見てまた成程と思いながら、アイザックはまたエルヴィスに手伝わされて、その粘土を掻き出して集める作業を始める。

 集めた粘土は浅い木箱の中に入れられて、そこで干して水を抜く。程よい硬さになったところで捏ねて焼き上げて、素焼きの瓶にするらしい。

「本当は、このまま粘土を半年くらいはほっといてやるといいんだがなあ」

「は?」

「そうすると粘土の伸びがよくなるんだ。釉薬の材料はまあ、じきに手に入るかもしれないが、それも一月は先だろうし」

 明日にでも瓶が出来上がるのかと思っていたアイザックとしては、少々落胆させられる話である。エルフにとっては半年程度何ともないのだろうが、アイザックからしてみれば、結構な期間なのだ。

「随分と時間がかかるんだな」

「ま、のんびりやろう。どうせお前もまだまだムショに居なきゃいけないだろ?」

 言われてしまえば、まあそうか、と頷かざるを得ない。懲役はまだあと5年弱あるのだ。焦ることも、無い。

 ……エルフと一緒に居ると、どうにものんびりさせられる。




 次にエルヴィスが取り掛かったのは、古い厨房の改造だった。

「いいね。ここに制御盤があるってことは、ここを触ればいくらでも改造ができるってことだ」

 かぱ、とエルヴィスが蓋を外したそれは、魔導機関の制御盤だ。やはり古い物らしく、中には剥き出しの回路や部品が見えていた。

 それらを見て、アイザックは少しばかり、懐かしさと厭な記憶とを思い出す。アイザックが働いていた魔導機関の工場のことを、思い出したのだ。

 工場ではこういった回路がいくつも置いてあった。出来上がった部品が不良品で無いかどうかの試験のためのものだった。アイザックは日がな一日、部品を回路に入れて組み立てては魔力を流して動作を確認し、また部品を外して次の部品を取り付け……と繰り返し続けたことが何度もある。

 あれはとにかく、つまらなかった。それでいて不良品があればアイザックの首が飛ぶものだから、適当に誤魔化すわけにもいかなかった。あの鬱屈とした日々を思い出すと、どうにも、眉間に皺が寄る。

「ん?どうした、アイザック。具合、悪いか?」

「なんでもねえよ」

 だが、思い出したものをわざわざ話す気にもなれない。エルヴィスが制御盤の前に陣取るのを横から眺めるようにしていれば、エルヴィスはそれ以上何も言わなかった。


「よし。じゃ、早速火のエレメントを足すぞ」

 エルヴィスが取り出したのは、茶色い粉だった。少々刺激的な、甘ったるい香りがする。これが何かはアイザックにも分かる。シナモンだ。アイザックはシナモンがあまり好きではない。

「シナモンの粉をイラクサの汁で練って、と……よし、いいかんじだ。アイザック。お前が水をやったイラクサがここで役に立つぜ」

「イラクサって何だよ」

「植物だよ。こう、細かい棘が沢山あって、素肌で触るとそこが火傷みたいになるやつ……え?知らないか?」

「草の名前なんて一々知るわけねえだろ」

 アイザックが答えると、エルヴィスは、ふむ、と首を傾げながら『やっぱりグレンは特殊だったんだなあ』などと言う。グレンって誰だよ、と聞きたい気もしたが、アイザックは口を噤んだ。下手に聞くと話が長くなりそうだ。

「ま、そういう訳でシナモンとイラクサはどっちも火のエレメントを持つものだからな。それを使ってエレメントを足して、魔法を流してやれば……と」

 やがて、エルヴィスの手は制御盤に繊細な模様を描き加えていく。模様は実に細かく繊細で、そして狂いが無い。アイザックには真似できない芸当だ。真似する気も無いが。

「よし。これでいいだろう」

 エルヴィスは何か唱えた後で、そう言って笑った。そして厨房の調理台の方へ向かっていくと、そこでコンロに点火して……。

「……ん?上手くいかないな。もっと一気に火力が上がるはずだったんだが」

 強火ではあるが然程強くない火が燃えるのを見て、首を傾げた。


 エルヴィスは何度か、消火と点火を繰り返したが、火の大きさは変わらない。然程、火力が上がったようには見えない状態だ。

「うーん、おかしいな。エレメントが上手く伝わってないのか……?」

 おかしいなあ、おかしいなあ、とエルヴィスは困り果てた様子で、制御盤とコンロとを代わる代わる眺める。

 ……そしてそのまま、まるきり進展しない。なのでアイザックも、苛々してきた。

「おい。リミッター回路組んであるんだから火力が上がる訳ねえだろ。気づけよ、そのくらい」

 なので、苛立ちに任せて、そう、言ってしまったのである。




「えっ、アイザック、お前、魔導機関が分かるのか?」

 きらきら、と輝くようなエルヴィスの目を見て、アイザックはただ『やっちまった』と天を仰ぎたい気分になる。

「……工場で部品作らされてただけだ。学校行ってたわけでもねえし、詳しくはねえよ」

「いやいやいや、それでも、少しは分かる、ってことだろ?なあ、折角だ。これ、直してくれよ!火力が上がるようにしてくれりゃいいんだ。細かい制御はコンロの方に魔法を施せばいいから!確か、停止してる魔導機関を弄るだけなら資格とか必要無かったよな?俺が知らない間に法律が変わってたりしないよな?そうだろ?」

 いよいよ面倒なことになった。アイザックは自分の軽率さに非常に腹が立ったのだが、口にしてしまった言葉はもう引っ込められない。

「……退け」

 仕方なく、アイザックは制御盤の前に陣取って、見覚えのある部品に似たものを探し、それらの意味を大雑把に推測しながら、魔導機関の調整を始めるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アイザックは エルヴィスのエンジンを つけた!
[気になる点] そういえばグレンに罪をなすりつけた奴はどうなったんでしたっけ? [一言] 冤罪人とエルフの女神様?
2023/03/22 22:24 退会済み
管理
[気になる点] あぁ、アイザックさんにもエルヴィスさんにやりたい放題を加速させるスキルがあったのね……。 花畑、魔導具、次は何かしら?詐欺師さんとつるんで賭博かしら?
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