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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴271年:アイザック・ブラッドリー
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仲間入り*4

 それから2週間ほど、アイザックはエルヴィスに引きずり回される日々を過ごした。

 エルヴィスは次から次へと、アイザックへ仕事を頼む。重い腐葉土を運ぶのを手伝ってくれだの、塀の上の有刺鉄線に絡まっている植物の葉が欲しいだの、こっそりパイプの補修をしたいから、高い位置のパイプを押さえておいてくれだの。アイザックの手伝いは多岐に渡った。

 つまりそれだけ、エルヴィスが様々なことをしているということでもあった。一度アイザックは『囚人がパイプの補修まですんのか』と聞いてみたのだが、それにエルヴィスは『俺達が直さないと永遠に直らないからな。今は温水が出てるシャワーだが、冬の初めの時期に冷水しか出なくなって放置されてたこともあったぞ』などと返してきた。

 温かいシャワーはアイザックも気に入っているところであるので、あれすら消えることがあるのか、とアイザックは少々危機感を抱いた。ついでに、あれを直したのがエルヴィスだと知って、多少、エルヴィスの評価を引き上げることにもした。

 ……そうしてエルヴィスに仕事を手伝わされている間にも蜂が働き、養蜂箱には次第に蜂の巣と蜂蜜とが増えていく。蜂の様子を見ながら、エルヴィスは『これなら秋には酒が造れるな!』と喜んでいた。

 それらを見ながら、アイザックは相変わらず、混乱していた。エルヴィスをはじめとして、庭づくりに携わっている囚人達は皆、妙にアイザックを構いたがる。その理由にどうも納得がいかなかったし、何よりも、アイザックはアイザック自身に納得がいかない。

 どうも最近は、エルヴィスを手伝い慣れてきてしまっている。あんな奴の手伝いなんてしてやる義理は無いだろうに、どうしてか、エルヴィスに笑顔で引っ張られると、そちらへ行ってしまうのだ。

 そんなことをして何になるんだ、と自問しても、答えはない。腕や服の裾を引っ張ってくるエルヴィスの手を振り払って逃げれば済む話だろう、と自問しても、答えはない。

 元より考えることが然程得意ではないアイザックは、ただ考えを打ち切るしかなかった。

 深く考えたらいけない気がした。どうにも、自分が消えてしまうような、そんな心地にさえなったのである。




 そうしている間に、次の奉仕作業の応募が始まった。エルヴィス達は嬉々として真っ先に応募したらしい。流石の模範囚達である。

 そしてアイザックはというと、応募するのも馬鹿らしく、そのまま何もせず放ってある。

 エルヴィスには『お前が来てくれたら嬉しいなあ』と言われたのだが、ここで従ったらますます自分が自分らしくなくなるような気がして、無視することに決めた。

 ……だが。

「それでは、発表する。名前を呼ばれた者は前に出るように。……アイザック・ブラッドリー」

 またしても、アイザックは当選してしまった。

 エルヴィス達、一部の囚人らがにこにこと満面の笑みでアイザックを迎え入れてくれた。まるで嬉しくない。




 そうして奉仕作業当日。

「よーし、アイザック。よく来たな」

「来たくて来たわけじゃねえ」

 馬車の前、集合場所でエルヴィス達に迎え入れられつつ憎まれ口を叩けば、エルヴィスはそれを気にする様子もなく、にやりと笑う。

「だろうな。俺がくじを弄らせてもらってお前が当選した訳だし」

「……んだと?」

「あのくじびき係の看守とはそれなりに仲がいいんだ。あいつの娘が小さい頃、難病を患ってな。だが、俺はその病に効く薬を処方できた。それ以来、ちょっとばかりお目溢ししてもらってる」

 アイザックは只々、唖然とした。くじ引きに不正を働きかけることができるとは。それに、病に効く薬、とは……。

「ごめんな。どうしてもお前を連れていきたかったんだよ」

「……なんでだよ。他の奴でいいだろ」

「そう言われても、なんとなくもう気に入っちまったからなあ。このムショの中で、花を好きでいてくれる奴ってそう多くはねえし、お前が居ると助かることが多いし……」

 別に花が好きなわけじゃない、とアイザックは言いたかったのだが、最早反論するのも面倒だ。このエルフに絡まれてしまったのが運の尽きだったのだろう、と思って諦めることにする。

 そうこうしている内に馬車に乗り込むよう指示が出され、アイザックは他の囚人達と一緒に馬車の中へと進んでいった。




 奉仕作業は先日のゴミ拾いとは大きく異なり、橋の材料となる石の塊を運ぶ作業だった。要は、肉体労働だ。

「今回の最優秀囚人賞はお前だな、アイザック」

「んなもん誰が要るか」

 エルヴィスにはにこにこしている。アイザックはそれに舌打ちして返す。それでもエルヴィスはまるで気にした様子もなくにこにこしていたが。

「だが得意分野だろ?」

 続く言葉に答えはしなかったが、その通りだな、と思う。

 普段、刑務所の中で行う軽作業は、アイザックの得意とするところではない。細かな作業は元々、得意ではないのだ。大きな体を丸めるようにして、アイザックには少々低い机に向かうのも苦痛である。

 だが、今回のように重いものを運んだり持ち上げたりするなら、アイザックの体躯が役に立つ。久しぶりに、自分の得意分野の作業だ。そう考えれば幾分マシかもしれない。

「ちなみに俺達は今日、雲母とメノウを探しに来た」

 ……その一方、エルヴィスはエルヴィスで、やはり何か、目的があるらしい。

「橋を架けるとなれば川での作業だ。川岸に流れ着いてる石の中にあったら拾っておいてくれ」

「わかんねえよ、どれが何の石かなんざ」

「ああー、それもそうか。えーと、なんか綺麗な、キラキラした薄っぺらい層が重なった、パイみたいな石が雲母。ちょっと透き通ってる白から茶色、オレンジくらいの色をしてることが多いのがメノウだ」

 石の特徴を教えられたが、今一つよく分からない。だが雲母の方は、小さい頃に通っていた学校で習ったことを思いだした。当時、アイザックや他の子供達を受け持っていた若い女の教師が、『これが雲母よ』と見せてくれたのを微かに覚えている。一緒に大理石だか黒曜石だかも見せてもらった。

「なんで俺が拾わなきゃならねえんだそんなもん」

「風のエレメントを持ってる石が欲しくてな……まあ、雲母があると、蜂の使役が捗るってことだ。つまり、酒造りに役立つ。メノウの方は、水のエレメントを持ってる石なんだ。川で拾うとより多く水のエレメントを蓄えてる。それがあると来年の夏に向けて、ちょっとばかり役立つもんだから」

 エルヴィスの言っていることの半分も理解できなかったが、アイザックはひとまず、『つまりどうでもいい』と内心で切り捨てた。

 そう。別に、わざわざエルヴィスを助けてやる必要は無いのだ。むしろ、このまま関わらないでいた方がきっと、アイザックの為にはいい。

「ま、そういうわけで頼むぜ、アイザック」

 エルヴィスはにこにこしていたが、アイザックはエルヴィスを手伝わないことをそっと心の中で決めた。




 そうして奉仕作業が始まった。

 作業は中々に過酷なものだった。一抱えもある石材ともなれば、重い。それを荷馬車から下ろして指示された地点まで運ぶのだが、大して長くもない距離が長く感じる程、石材が重いのだ。

 重い石材を運ぶ仕事など、誰もやりたがらない。だからこそ、こういうところにこそ囚人を、とあてがったのだろう。石材を運ぶのはもっぱら囚人達で、それの調整をしたり、指示を出したりする部分だけ、囚人ではない者が働いていた。

 囚人達は一時間もしない内に疲弊し、へばって死にそうな顔で石材を運ぶようになる。……だが、その中でもアイザックはマシな方だった。

 他の囚人達は2人で1つの石材をなんとか運んでいたが、アイザックは石材を持ち上げて、1人で運ぶことができた。こうしたものは、1人で運んだ方が運びやすい。自分の重心に石材を添わせて運べば、然程苦労せずに運ぶことができるのだ。

「いや、大したもんだよ、あいつ。1人で運んでやがる」

「やっぱりアイザックはすげえな」

 他の囚人達はひそやかにアイザックを褒め称えていた。アイザックはそれらに居心地の悪い思いをする。褒められたくてやっているわけじゃない。こんなことができたところで何だっていうんだ、とも思う。

 アイザックは囚人達に対しては無視を決め込んで、指示された場所へ石材をまた1つ、どすん、と下ろした。額に浮かんだ汗を手の甲で拭って、次の石材を運ぶため、また荷馬車の方へと足を向けた。

「アイザック・ブラッドリー。今日は真面目だな」

 そこへ、看守がそう声を掛けてきたので、少々げんなりする。

 褒められたくてやっている訳では、無いのだ。ただ、動いていれば考えをかき消すことができて丁度いいというだけのことで、誰かの役に立ちたいだとか、褒められたいだとか、そういう殊勝な心掛けをしている訳ではないのに。

 ……そうして昼食休憩中に入ると、アイザックは囚人達から『やっぱりお前が居ると捗る!今日の看守はお前の働きぶりに目が行ってて、俺達の方は見ちゃいねえ!』と喜びの声を聞かされた。

 それに返事はせず、アイザックはただ、パンとリンゴとチーズの昼食を黙々と片付ける。

 ……午後は働かないようにしよう、と思いつつ。




 午後は、運んだ石材で橋の土台作りをする作業だった。

 土台となる石材を積み上げて、柱のようにしていくのだが、これには滑車を使う。滑車は魔導機関らしく、少ない力でも動かせるものだ。これなら、あの石材を積み上げる、という作業も十分に可能だろう。

 そしてこれらは川の中に半分入りながらの作業だったので、エルヴィスはきっと雲母だのメノウだのを探すのが捗っていることだろう。

 アイザックは自分で決めた通り、働かないことを決めた。どっしりと川辺に腰を下ろして、看守達が『何をしている』とやってきたら『体調が悪いので休んでいます』と実にやる気のない返事をして、座り込み続けてやった。

 看守達は大いに苛立ち、アイザックに働くよう促したが、『午前中の働きだけで、俺の分は足りたでしょう』と言ってやれば、看守達も少々困ったらしかった。

 どうやら看守達は、刑務所の外では囚人に暴力を振るわないようにしているらしい。確かに最近はそういうのうるせえもんな、とアイザックは納得しつつ、それを盾に、もう一歩も動かず、少しも働かないでいることを決める。嫌がる囚人を抽選で決めて無理矢理働かせるからこうなるんだ、ざまあみろ、という気持ちだ。

 看守達はアイザックの様子を警戒しながら、他の囚人達の監視も始めた。とはいえ、アイザックが存分に目立つことをしているせいか、やはり、彼らの目はアイザックへ向いている。ちらちらとこちらを見ながら、看守達が『後で覚えていろよ』と囁いていくのを、アイザックは表情を変えずに受け止めた。

 殴りたいなら殴ればいい。暴力沙汰には慣れっこだ。また懲罰房へ入れたいというならそうすればいい。狭く光の無い独房の中は、ずっと入っていると気が狂いそうになるが、それだけだ。

 アイザックはすっかり開き直って、他の囚人達が働いているのをぼんやり眺める。

 ……やはりと言うべきか、エルヴィスやエルヴィスを慕う囚人達は、川の石を眺めながら歩いている。雲母だのメノウだのを探しているのだろう。

 そして囚人達は時折、看守達の目を盗んで小石を拾い上げてはポケットへ入れていた。見つかったんならよかったな、とアイザックはそう思い、それからすぐ、いや、あいつらの探し物が見つかったところで俺には関係が無い、と思い直す。

 だが……どうにも、嬉しそうな囚人達を見ていると、妙な気分になる。

 小さなことに喜び、わざわざこんな奉仕作業で疲労して……アイザックをやたらと褒め、アイザックにやたらと構う。彼らが何故、こんな行動に出ているのか、アイザックにはよく分からない。

『何故、自分なんかを』と、また、思考が溢れ始める。

 ……アイザックは思考の海に沈みかけていることに気づき、慌てて考えを振り払う。

 何も考えないために、アイザックはまたぼんやりと、囚人達の姿へ目を向ける。何かをただぼんやり眺めていれば、あまり物を考えずに済むのだ。


 だが。

 ふと、不穏なものが見えた気がして、アイザックの意識はすぐ切り替わる。

 視界の端で、積み上げられた石材が揺れたように見えたのだ。注意して見てみると……積まれた石が、僅かに浮いているのが見えた。

 そして、その傍には屈んでいるエルヴィスの姿がある。


「おい、危ねえぞ!」

 アイザックは思わず立ち上がって声を上げる。だが、エルヴィスはきょとん、とした顔で振り返っただけだ。危機が迫っているのが自分だと、理解できていない。

 そして、そうこうしている間に、ぐらり、と大きく石が動く。

「おい……エルヴィス!」

 咄嗟に、体が動いた。

 アイザックの足は川原の小石を蹴り散らしながら勢いよく前へ進み、すぐエルヴィスの眼前へと迫る。

 走った勢いのままにエルヴィスを突き飛ばして……その直後、アイザックは強く鈍い衝撃を頭に感じた。

 そのまま石材の重みと衝撃に体勢を崩されて、アイザックは倒れる。その上へ、アイザックを押し潰すように石材が降ってきた。




 目を開けてみると、どうも、視界が赤く霞んで碌に何も見えなかった。

「アイザック!アイザック!しっかりしろ!」

 エルヴィスの声が遠く聞こえる。

 それを聞きながら、眠気にも似たものに意識を引きずられて、アイザックは目を閉じた。

 こんな自分にも、花を踏まないことはできる。自分より価値あるものを、守ってやることが。

 馬鹿馬鹿しくもあるが……それだけは少しばかり、誇らしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ウンモやメノウを 実際に拾ったことが ある人でないど なかなか書けない感じの リアリティがとてもよかったです! [気になる点] 花壇派の囚人たちがアイザックに 好意的な積極的理由が 塀そう…
[一言] 二人の仲が近づくとしたらどちらかが他方の危機とか命を助けることがきっかけになるのかなと前話から考えて、なんとなくエルヴィスがアイザックを助けるのかと思ってましたが逆でしたかー(´・ω・`) …
2023/03/18 22:35 退会済み
管理
[一言] 密造酒計画が着々と… エルヴィス相変わらず好き放題やってますね アイザック、グレンとはまた違ったいいやつ…!
感想一覧
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