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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴247年:グレン・トレヴァー
15/127

煙に巻く*5

 ひとまず、大麻は全て、抜いた。エルヴィスが幾らかを別の場所へ植え替え、隠遁の魔法で隠したが、とにかく花壇からは全ての大麻が除去された。

 そして代わりに、イラクサが植えられる。余っていた種が蒔かれて、エルフの呼びかけに応じてぴょこりと芽を出したイラクサは、なんとも可愛らしく見える。

 ……グレンは、ここの囚人達は自分達以外、皆、大麻とイラクサの区別もつかないだろうと考えている。まあ、つまり、ここに大麻を植えた者は、自分の目論見がバレたとは思わずに計画を進めることになるはずだ。

 勿論、途中で『バレているとバレる』ようなことがあっても問題ない。その頃には既に、エルヴィスとグレンの味方は増えているはずだからだ。




 グレンが提案したのは、味方を増やすことだった。

 味方が多いということは、敵が少ないということにもなる。そして敵が少なければ……連中に囲まれて袋叩きに遭う、というようなことは少なくなる。グレンとエルヴィスへの攻撃に多くの囚人が賛同しない状態を維持できれば、2人の身の安全が守られる。

 また、こちらについては既に成功しているようなものだが……看守達に、エルヴィスの有用性を認めさせ、『大目に見る』ような対応を取らせるよう働きかけておくべきだろう。

 ここの看守達は非常に現金なので、自分達の益になるものは喜び、益にならないものはどうでもいいと思っている。そして現在、既にエルヴィスは『益』なのである。何せ、看守達を暑さ寒さから魔法で守っているのはエルヴィスなのだから。


 ……味方を増やすにあたって、2人が採るべき方法は非常に単純だ。要は、多くの者達にとって益になるようなことを、すればいい。

『エルヴィスが居ないと困る』と多くの囚人達に思わせることができれば、それでいい。グレンについてはエルヴィスのおまけ程度で構わない。とにかく、エルヴィスの価値を、多くの者に認めさせ、そして、多くの者に関わらせることが重要だ。

 そして同時に、花壇の価値を、多くの看守、そして囚人達に認めさせることも必要となる。有用なものは荒らされないのだ。エルヴィスと同様、花壇もまた、多くの者に有用だと感じられるようにしなければならない。

 現状、花壇は誰の目にも留まらないからこそ、維持できている状態だ。この状況を変える必要がある。

 ……そして諸々の状況が変わった時、ようやく、エルヴィスもグレンも、報復を恐れずに大麻栽培を通報することができるのだ。




 まず、グレンが行ったことは……善良そうな囚人の勧誘だ。

「ちょっと、いいかな」

 できるだけ、体の調子が悪そうな者を狙って、声を掛ける。グレンが今話しかけている囚人は、少々齢がかさんでいる男だ。齢のせいもあってか、夏の暑さにやられて、体力が落ちてしまっているらしい。食欲も無いらしく、朝食を前にしながらも食事が進んでいない様子が見えていた。

「何かな」

 相手も、グレンのことはなんとなく知っていたらしい。……この作戦を始めてから気づいたことだが、どうも、グレンは『エルフとつるんでいる変わり者の模範囚』として、知られているらしいのだ。それを知ってグレンは少々複雑な気分になりつつも、『まあ、話が早いのは良いことだ』と思い直すことにした。

「体調が悪そうだね。大丈夫か?」

「ああ……まあ、暑さが苦手でね。ここへ来てからまともな食事を得られていないし、それで体力が落ちているところに、この暑さだろう?」

 相手は如何にも理知的で大人しそうな顔に、疲れを滲ませていた。グレンは彼を見て、素直に同情する。作戦など関係なく、この囚人の助けになってやりたい、と思う。……元々、グレンは善良な性質なのだ。

「なら、ちょっとこっちへ来てくれないか。すぐ終わる。そこの壁際にあと3分くらい、立っているだけだ」

 グレンはその囚人の腕を引いて、半ば強引に、壁際へ連れていく。囚人は首を傾げていたが、抵抗する体力を使うのも厭と見えて、素直に動いてくれた。

 そのまま、グレンは囚人と一緒に、壁際で少しばかり、話す。故郷のことであるとか、好きな食べ物のことであるとか。……そんな話をしている間に、エルフの魔法がそっと広がっていく。

「……ん?あれ?」

 グレンと一緒に、エルフの魔法の範囲内に収まっていたその囚人は、目を瞬かせた。

「涼しくなった……?な、何が起きたんだね?」

「詳しくは言えないんだけれど、まあ、エルヴィスのおかげなんだ。ああ、内緒で頼むよ」

 驚いた様子の囚人にそう告げて、グレンは朝食の席へ戻る。

「これで、あなたの体調がマシになるといいんだけれど」

 本心からそう言って席へ戻れば、その囚人はぽかんとしつつグレンを見送った。


「あー、グレン・トレヴァーといったかな、君は」

 その日の夕食時。グレンがエルヴィスと一緒に食事を摂っていると、朝の囚人が話しかけてきた。

「それから、エルヴィス・フローレイ、君も。どうもありがとう。今日一日、久しぶりに元気に過ごせたよ」

 にこにこと、嬉しそうにそう話す囚人を見て、グレンは『それはよかった』と答えた。……周囲の人々が少しでも元気に過ごせるのであれば、それに越したことは無い。グレンが笑い返すと、彼は『礼だけ言いたかったんだ』と言って、立ち去って行こうとする。

「なあ、明日も壁際に居るといい。あのくらいの時間だ」

 そこへ、エルヴィスが声を掛けた。

「そうすりゃ、明日も多少楽になるだろうから。もし、他に連れてきたい奴が居たら、連れてきて一緒に壁際に居てくれ」

 エルヴィスが大木のようにどっしりと落ち着いた笑みを浮かべていると、囚人はまたにっこり笑って礼を言い、今度こそ、そっと立ち去って行った。

「こんなんでいいのかね」

「ああ。いいと思うよ。少しずつ人が増えてるからね。まあ、草の根運動っていうことで……」

 グレンは既に、数名の囚人をエルヴィスの魔法に巻き込んでいる。そして彼らはエルヴィスの魔法に触れて、すっかりその有用性に感心しているところなのだ。少々具合の悪そうな囚人を狙ったのは、そういった者の方がより、魔法のありがたみを感じてくれるだろうと考えたからである。

「ちなみに、そっちはどうだい?」

「ん?よく分からん。……どうなんだろうなあ。お前の言う通り、看守といくらか、ポーションの話をしてきたけれど。特に注文されるようなことは無かったぞ」

「まあ、すぐにとはいかないだろうから。いずれ、惚れ薬とか傷薬とかの注文が来るようになったら、安泰だけれどね。今は、君の能力が分かればそれでいいと思うよ」

 これから先、ずっとずっと長く、エルヴィスはここに居る。ならば、看守との関係は、いいに越したことは無いだろう。今の内からそうなるよう働きかけておくべきだ。

「それから、次の奉仕活動にも参加しよう。私達は模範囚であることが一つの武器だからね」

「だなあ。優等生で居れば、大抵のことは見逃してもらえる」

「なら折角だ。壁際で君の魔法を待つようになった連中に、一緒に参加しないか声を掛けてみてもいいかもね」

 2人は笑いながら話し合って、着々と、この刑務所の中に味方を増やしていく。

 大麻栽培の疑いを掛けられたとしても崩れない程の、強固な信頼を得なければならない。そしてできる限り早く、『敵を寝返らせる』方向にも動き始めなければ。そのために……いよいよ、『正しくないこと』もすることになる。




「よお。ちょっといいか?」

 2人が声を掛けたのは、この間、一緒に奉仕作業へ出ていた囚人だ。

 この囚人が、単なる煙草好きなのか、はたまた大麻栽培を試みる者側の人間なのかは分からないが、ひとまず声を掛けてみる価値はあるだろう。敵でないならば寝返らせるのは簡単だろうし、敵だとしたら、寝返らせた時に大きな利がある。

「煙草、要らないか?譲ってもいい」

 グレンは早速、紙巻き煙草を数本、差し出した。

「煙草?こんなもん、どこから……」

 囚人は驚き、困惑していた。それもそのはず、煙草など、この刑務所の中では本来、お目にかかれない代物なのだから。

「俺のエルフならではの技術とグレンの知識があれば、煙草くらい、作れちまうのさ。あ、普通に咥えて吸えば勝手に火が付くから燐寸は要らないぞ」

 エルヴィスとグレンはそう言って意味深に笑い、囚人へと迫った。

「で、要るか?要るならタダでやるよ。試してみて気に入ったら、その時はまた取りに来てくれ」




 煙草の代用品は、ニガヨモギの葉で作った。

 中庭の荒れた土地を、更に端の方まで進んでいくと、ヒースばかりの土地から、様々な雑草が伸びる場所へと続いているのである。その中にある雑草の内の1つが、ニガヨモギだ。

 エルヴィスとグレンはニガヨモギの葉を摘んでくると、瓶の中に葉を詰め込んで、夏の日差しが眩しい屋上へと置いておいたのである。そうすれば、自然と葉が蒸らされ、やがて発酵していき……数日もすれば、茶褐色に発酵しきった状態になるのだ。

 それを乾燥させて揉み解したら、作業室での作業中に手に入る諸々の紙でニガヨモギの葉を巻いて、煙草として仕立てればいいのである。紙の内側にシナモンやローズマリーの粉を使ってそうした魔法の模様を書き込んでおいてやれば、『吸ったら火が付く』という仕組みも作ることができる。尤も、こちらには多少の不良品が発生しがちだったが。

 ……当然だが、看守に見つかったらただでは済まないだろう。2人で作って2人で消費している分には目溢しされることもあり得るが、他の囚人にばら撒いていたら、まず間違いなく、見咎められる。

 だが、それでも2人は代用煙草の密造に至った。

 グレンが思うに、大麻栽培に味方しようとするような愚かな囚人を寝返らせるには、分かりやすく、目の前に餌を出してやる必要がある。そして、煙草は餌とするのに丁度いい。

 大麻栽培に味方する者の多くは、『なんとなく』または『煙草一箱で買収されて』、そして、『大麻栽培側についていた方が美味しい思いができそうだから』という理由で、そちらについているはずだ。ならば、それを上回る『美味しい思い』を予感させてやれば、連中はこちらに寝返るのだ。


 ……そしてグレンの目論見通り、囚人はニガヨモギの煙草を嬉々として持ち帰った。

 そして、それから数日経つと、なんと、その囚人はグレンのところへ、煙草を欲してやってきたのである。

 計画通り、上手くいっていることに笑みを漏らしながら、グレンは煙草をまた数本だけ、その囚人へ持たせてやる。……そして。

「これの代金として、私達の味方で居てほしい。何かあった時、こちらについてくれ」

 グレンはそう言って、囚人の目を覗き込んだ。

「私達の味方で居てくれるなら、これからも煙草を融通できる。……或いは、もっと別のものも、もしかしたら」




 ……そうして、夏が終わりかける頃。

 囚人達はすっかり、グレンとエルヴィスに対して『与していれば利益をもたらしてくれる奴ら』と認識したのである。

 こうなっては最早、そうそう2人に手出しはできない。グレンもエルヴィスも、以前よりずっと多くの人間達と会話するようになり、少々忙しくなりつつも、概ね穏やかに、花壇の手入れをして過ごした。


 ……そんな、ある日。

「あー……エルヴィス・フローレイ。お前が、大麻栽培をしていると、通報があったのだが……」

『そんなわけは無いだろうなあ』という顔で、看守がやってきたのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] ニコチンの入っていないものじゃ禁断症状は緩和できないと思うけど、異世界だからニガヨモギでもいいのかもしれないし人間の体質も違うのかもしれない。
[良い点] 動いた時にはもう勝負は付いてるって奴かぁ。
[良い点] 『そんなわけは無いだろうなあ』という顔 [一言] 優良優等模範囚という下地の大切さが分かるな!
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