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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴247年:グレン・トレヴァー
13/127

煙に巻く*3

 そうして、ドブ浚いが終わって数日後。

 グレンとエルヴィスは、ミミズ達の働きに大いに満足していた。

「やっぱりミミズは働き者だなあ。うん。いい土になった」

「耕してくれるし、肥やしてくれるし。いいことづくめだね」

 花壇の土は、順調に耕されつつある。何せ、グレンとエルヴィスはドブ浚いで出向いた場所の用水路の脇、夏の日差しに温められた石畳の上に這い出てしまって干からびかけていたミミズを大量に見つけては、それらを片っ端から瓶に詰め、水をやって助けてやりつつ、その全てを『密輸入』してきたのである。

「よしよし。石畳の上で命を救われた恩は畑で返せよ」

 丁度、ぴょこり、と顔を出したミミズの内の一匹を指先でつつきつつ、エルヴィスは上機嫌で笑う。ミミズ達にもエルフの言葉が分かるのか、ミミズ達は本当に恩返しをするかのように、よく働いてくれていた。その内、このあたり一帯の荒れ果てた土が全て、柔らかく耕されていくことだろう。


 ミミズの働きに満足した2人は、一通り花壇の手入れを終えると、休憩時間終了の鐘を聞いて、作業室へと戻っていく。

 ……だが。

 ふと、2人が立ち去った後の花壇の方へ向かう囚人が見えて、グレンは振り向く。

「ん?どうした、グレン」

「いや……あいつ、何をしようとしているんだろう」

 もう休憩時間も終わる。わざわざ花壇へ向かおうとする意図はまるで分からない。

 グレンとエルヴィスは顔を見合わせ……小走りに、囚人へと近づいた。休憩時間ギリギリになるが、それでも、愛する花壇を荒らされるようなことがあってはいけない。

「おい。何してるんだ」

 そして鋭くエルヴィスが問えば、花壇の前で屈んでいた囚人が、びくり、と顔を上げた。

「いや……その」

 囚人は立ち上がりつつ、視線を彷徨わせ、花壇の花……丁度昨日咲いたばかりのジニアへ、視線を留めた。

「花が咲いてるな、と思ったんだよ。何だよ、これ、お前らが育ててるのか?」

「ああ、そうだ。さて、話の続きは作業室でやろうか」

「俺達は模範囚だからな。作業時間に遅れるようなことはしないんだよ。ほら、行くぞ」

 2人は囚人の腕を左右両側から掴むと、そのまま彼を連れて作業室へ戻った。模範囚たるもの、トラブル解決のために新たなトラブルを引き起こすようなことはしないのだ。


 そうして花壇の前に居た囚人は、グレンとエルヴィスに挟まれた位置で作業に従事することとなった。

 今日の作業は、木材の加工だ。椅子か机か何かの脚らしい部品のささくれた部分を落として磨いていくだけの作業である。紙やすりを忙しなく動かしていれば仕事をしていることになるので、非常にやりやすい仕事であると言える。

「で。お前は何の目的があってあの花壇に居た?」

「いや、さっき言った通りだって。花が咲いてるから見てたんだよ。何だよ、それが悪いことか?」

 模範囚2人に挟まれつつも、その囚人はあまり模範的ではない働きぶりで、のろのろと紙やすりを動かしている。答えからも、今一つ、誠実さが感じられない。

「花を見るだけなら別に悪いとは言わないさ。だが、俺達が育ててる花壇を荒そうとするような奴が居たら、呪いでも掛けてやるべきだと思ってね」

 エルヴィスがそう言うと、囚人はぎょっとした顔をする。

「の、呪い?」

「ああ、そうだ。ま、いいや。今のところは、お前はただジニアを見てたってだけにしとこう。何か後から分かったら、お前に呪いをかけてやればいいだけだから」

 なんということも無いように、さらり、とエルヴィスが答えれば、囚人はいよいよ、表情を引き攣らせた。

「お、おい。そんなこと、お前にはできねえだろ?知ってるんだぞ。お前の手首の、その手錠。それがあると、エルフは魔法を使えない、ただの人間以下になるってな!」

 囚人の言葉に、グレンは物申したい気持ちになった。エルヴィスは魔法を封じられていないし、封じられていたとしても、人間以下だなんてことはない。

「ま、そうだな。だが、本当にそうだと思うか?」

 エルヴィスは200年以上を生きたエルフの余裕を見せながら笑って、じっと囚人を見つめる。肝の据わり方だけとってみても、やはりただの人間を遥かに凌ぐ。

「……つまらねえハッタリなんざ止せよ」

「ハッタリだと思うか?ならお前はそう振舞ってりゃいいさ。勿論、お前がジニアを見ていただけなら、本当にそれでいいけどな」

 暗に、『違うんだろう?本当は花を見ていたわけではないだろう?』と問いながら、エルヴィスは笑って、そっと囚人の耳元で囁いた。

「話したいことがあるなら、聞くぜ」




 結局、その囚人は何も喋らなかった。というのも、他の囚人がやってきて、話に割り込んできたからだ。

 如何にも親し気に振舞いながらやってきたその囚人を見た途端、今にも話し始めそうだった彼は口を噤み、引き攣った笑みを浮かべながら去っていってしまった。

 エルヴィスもグレンも、それ以上聞き出そうとすることを諦めた。何かがあるなら分かるだろうし、何もないならそれでいい。

「今後はちょっと注意しておいた方がいいなあ。うーん、仕方がない。一応、結界を張っておくかあ……あれ、面倒なんだがなあ。やれやれ」

「結界?どんなものだ、それは」

「ん?まあ、エルフや森、植物に悪意を持って近づいてきた奴に植物の呪いを掛けてやる、ってだけのものだ。呪いの植物には……そうだなあ、丁度、イラクサがあるからあれの力を借りよう」

 エルヴィスはふんふん、と何か考え事をしながら楽し気にし始めた。グレンには何が何やらさっぱり分からないのだが、ひとまず、周囲の囚人達には気をつけておいた方が良さそうだ、と考える。

 ……そう。気を付けておくべきだ。今後、ずっと。

 何せ、グレンはあと9年と少し、ここに居るのだから。

 そして、エルヴィスは更に長い時を、ここで過ごすのだ。悪意に花壇が荒らされるようなことは、未然に防ぐべきだろう。

 ……エルヴィスが『結界』について考える間、グレンもずっと、ある方策について考えることになった。




 そうして、翌日。

「よろしく頼むぜ、イラクサ」

 エルヴィスはにこにこと楽し気に、イラクサの葉に触れる。

 ……イラクサの葉や茎には、細かな棘がびっしりと生えている。それらに素肌で触れてしまえば、ヒリヒリと酷く痛み、そして、嫌な痒みを齎すのだ。グレンにも多少、経験がある。その一方、エルヴィスにはイラクサの棘が効かないようであるので、やはりエルフは植物の友なんだな、とグレンは思う。

「イラクサの呪い、か……つまり、えーと、この結界、とやらを通った悪意ある者は、イラクサに触れたのと同じようになる、っていうことかな」

「まあそんなところだな。実際は、イラクサが持つ魔力を変換して与える呪い、ってことになる。それくらいにしておいてやれば、看守が俺の魔法を疑うことも無いだろう。『あいつが勝手にイラクサに触っただけですよ』って言えば済む話だ」

 エルヴィスはにこにこと笑いながら、早速、花壇の隅の石に模様を書き込んでいく。

「えーと、ここを通った、悪意ある者……植物と、森と、エルフと、グレン・トレヴァーに対して、っと……」

 どうやら、結界は非常に高性能なものになる予定のようだ。なんと、グレンは結界を通り抜けられるだけでなく、守られる対象になるらしい。光栄なことだな、とグレンは思う。

「悪意がある者、は、イラクサの呪いを、受ける……ええと、どこに。うーん……おーい、グレン。どこにイラクサの棘が刺さったら嫌かな」

「そうだな……まあ、男なら答えは1つだと思う」

「だな。よし。それで決まりだ。……っふふ」

 エルヴィスは楽し気に肩を震わせて、魔法の模様を書き終えた。

 グレンは自分が焚きつけたことながら、内心で被害者に同情した。

「あの連中が近づいて来た時、悪意があったらこの結界が反応するからな。何かあったらすぐ分かるだろう」

 これで対策はできた。後は、何かあった時に対応すれば、まあ間に合うだろう。……というよりはこれ以上打てる手が無い、という状況なわけだが。

「他にできることは……うーん、無いかあ」

「まあ、当面はこのままいくしかないだろうね」

 グレンは一つ心当たりを持ちつつ、それはそっと隠しておくことにした。




 それから数日。

 結界は特に何にも作用せず、そのままだ。花壇も荒らされた形跡はなく、実に平和なものだった。

「何だったんだろうね。まさか本当に、ジニアを見に来ただけとも思えないが」

「結界が働くところを見たかったんだがなあ。まあ、何も無いのが一番か」

 エルヴィスは結界の魔法を書き込んだ石をつついて、残念そうにしている。だが、何にせよ、植物達に何も異常が無いのが一番だ。

「ただ何もなく荒らすってのも、考えにくい話だしなあ」

「その場合、目的は花壇じゃなくて君ってことになると思うけれど」

「俺?なんでまた」

 グレンは考えていたことの1つを、端的に伝えるべく試みる。

「あー、まあ……エルフだからね。何か不思議な力を持っていると思われてるのかもしれないし、そんな君を利用して、何かしたいのかもしれない」

「そうは言っても、魔法を見せたことは無いんだがなあ。あ、看守が漏らしたか?」

「いや、魔法について一切知らなくても関係ないんだ。この花壇を見れば魔法だと思われてもしょうがないんじゃないかな」

 この小さな花壇は、一年足らずで随分と賑やかになった。看守達の支援一切無しにこうまでなったのだから、他の囚人達から見ればまるで魔法のようなものだろう。

「成程なあ……えーと、つまり、連中は何か、植物を育てたい、ってことか?」

「まあ……そうだと平和でいいね」

 尤も、この花壇に使われている力が欲しいとは限らない。エルヴィスが何かしらかの魔法を使えると期待して、エルヴィスに手を出そうとしているのかもしれないし、これ以上のことは分からないのだ。


 ……だが、その休憩時間の終わり間際。

「……あっ、またあいつ、花壇に向かってるな!」

 エルヴィスは、この間の囚人がまたも花壇へ向かって行くのを見て、嬉々としてそちらへと向かった。

「よし、イラクサ結界の出番か!」

「エルヴィス。君、楽しそうだな……」

「そりゃあな。ムショの中じゃ、娯楽も少ないことだし……」

 まあ、気持ちは分かる。グレンは何とも言えない気分になりつつ、そっと、哀れな犠牲者の元へと駆け付けるのだった。

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