新暦852年
初夏。
2つの人影が、青空の下、さわ、と草を掻き分けて歩く。
黒く古びた石材が立ち並ぶ遺跡群を抜けていくと、ふと、花の咲き乱れる不思議な場所に出た。
野生化した薔薇が自由奔放に伸び、アイリスが何株も咲いては揺れている。風が通ると、ローズマリーの茂みがよい香りをふわりと広げていった。
不思議な花園を進んでいった2人の少年少女は、大きな大きなクヌギの木の枝に、ほやり、とした小さな光を見つけた。
そこには、少々場違いなことに、魔導機関の小さなランプがぶら下がっていた。相当に古いもののはずなのに、未だ、光が灯っている。
ぽかん、としながら光に近づいて行った少年少女は……その足元に、黒い石材でできた石碑を見つける。
「これ、かな……」
少年が手を伸ばし、石碑の表面を覆う蔓草をそっと退けると、刻まれた文字を読むことができた。
『ブラックストーン城と終身刑のエルフ、ここに眠る』
石碑にはそう、刻まれていた。
それを読み解いた少年少女は……大いに喜ぶ。
「父さんに聞いた通りだ!本当に、終身刑のエルフが居たんだ!」
「ブラックストーン城もあったでしょう?ね?本当だったのよ!」
興奮気味に2人は声を上げ、草原に立ち並ぶ黒い石材を眺める。
……かつてここには、城があったという。その城は人間の住処であったとも、刑務所であったとも言われているが……それと同時に、人間とエルフの交流の場であったらしい。
そしてその城には、1人のエルフが住んでいたそうだ。『終身刑のエルフ』と呼ばれるそのエルフは、ずっとこの城に居て、ずっとずっと、人間とエルフと共に過ごしていたという。
人間達の間には、今も、『終身刑のエルフ』という音楽と共に、彼の物語が語り継がれているのだ。
「おとぎ話じゃなくて本当の話だって、これで信じてくれた?」
「うん。信じる。そっか、本当に本当のことだったんだね」
「ええ。変なエルフが居たんだ、って、よくお婆ちゃんが話して聞かせてくれるもの」
「エルフってやっぱり物知りだなあ……」
少年が神妙な顔をしていると、少女は笑って、少年の手を取った。
「さ、帰りましょ。フローレイ祭が始まっちゃう」
「うん。ありがとう、付き合ってくれて」
「いいえ。私も一回、見てみたかったの」
人間の少年とエルフの少女は仲良く手を繋いで、元来た道を帰っていく。
2人の楽し気な笑い声は、草の揺れるさわさわとした音に重なって、まるで未来を祝福するかのように柔らかく響いていた。
完結しました。後書きは活動報告をご覧ください。
また、本日より新連載『出発信仰!』を開始しております。よろしければそちらもどうぞ。




