王国歴337年:ブラックストーン城
「まあ、そういう訳で俺は終身刑のエルフをやってるんだけどな」
そう説明すると、クラークもオリヴィアもアレックスも、何とも言えない顔をした。以前、多少話したことがあったエバニは、ただ笑っているばかりだったが。
「……理由は分かったが、選んだ方法が、あまりにも……」
「まあ、うん。俺もわざわざムショ入りするなんて、すごいことやったなあ、って今は思ってるぜ」
頭を抱えるクラークをよしよし、とやりつつ、エルヴィスは少々遠い目で当時のことを振り返る。
あの当時は、人間達には『謎の生き物』として扱われていたし、エルフ達からも『お前、変なところが好きだなあ!』と言われていた始末である。
「おい、エルヴィス。他のエルフ達は何も言わなかったのかぁ?」
「まあ、最初は言う奴もいたけどさ。でもリリエが『まあ、ダンゴムシは石の下に入りたがるものだし、蜘蛛は風に揺れる家に住みたがるし。エルヴィスもそういうことなのよ。エルヴィスはブラックストーン城が大好きなのよ』って言ってくれたおかげで皆納得してくれた」
当時は『俺、ダンゴムシとかと一緒なのか……』と思ったものだが、今は『俺、ダンゴムシ!』と開き直っている。そう。エルヴィスはダンゴムシのようなものなのだ。ダンゴムシが暗くてじめじめした石の下を好むように、エルヴィスもまた、古くて隙間風の多いブラックストーンを気に入っている。
「……あのね、エルヴィス。私、1つ気になったんだけれど」
そして、オリヴィアが挙手したのを見てエルヴィスが発言を促すと、オリヴィアは少々躊躇いがちに……言った。
「リリエさんのケーキって、当時からそういう……『二番手!』っていう扱いだったの?」
「あ、うん。永遠の二番手リリエって呼ばれてたからな」
「年季入ってるわね……」
エルフは案外、生き方が変わらないものである。リリエの人生哲学は『誰かの一番より皆の二番!』らしいので、エルヴィスもそういうものかと思って応援している。エルヴィスが『ダンゴムシ』であるように、リリエも『皆の二番!』なのだろう。それにしてもすごい奴だとは思うが。
「ところで、君が魔導機関の開発に携わっていたっていう話は初めて聞いたな」
「俺も初めて言ったからな」
エバニがくすくす笑うのに、少々胸を張ってエルヴィスは答える。
そうだ。エルヴィスはかつて、魔導機関の開発を志したグレンと一緒に居たし、そのグレンの思いを残してくれたレヴィと仲が良かったし、そして、彼らの意志を継いで、無事、魔導機関を完成させたヴィクターとアイクと一緒に、完成した魔導機関を見つめていたのだ。
「ええと……人間達には、ヴィクターとアイクの名前は伝わってるのか?」
「歴史や魔導機関学の教科書には小さく載っているよ」
「そっか。なんか嬉しいなあ」
人間にとっては歴史、エルフにとっては思い出だ。だが、どちらにせよ、残っているということは、喜ばしい。
人間はすぐ死んでしまうし、すぐ忘れてしまう。だから、人間の歴史にも2人の名前が遺っているということは、それだけ2人の功績が大きかったということなのだろう。
エルヴィスはかの友人達を、誇らしく思う。
「そうかぁ。エルヴィス、君は教科書に載っているような魔導機関技師と友達だったっていうことだね?道理で君、エルフなのに魔導機関を弄れるわけだ」
エバニがくすくす笑うので、エルヴィスは少々照れる。……エルフなのに魔導機関を弄れる者は、そう多くない。エルフは機械全般に弱いのである。
「父が『ブラックストーンの魔導機関はエルフの魔法混じりの訳わかんねえやつだ』と言っていたよ。当時は何事かと思っていたけれど……まあ、君が手を加えた魔導機関だったから、だね」
「アイザックがそんなこと言ってたのか?あいつなら分かっただろうに」
エルヴィスはアイザックを思い出して、また笑う。
アイザックはエルヴィスの魔法を見て、それを魔導機関にしてくれた。ポーション製造機の作成は、間違いなく人間史に残る所業であり、そして……かつて、エルヴィスの魔法を見て『これを人間にも扱えるようにしたい』と目を輝かせていた、かのグレン・ブラックストーンを思い出させてくれた。
今思えば、アイザックはエルヴィスの魔法を読み解く能力が多少、あったのだろう。だからきっと、エルヴィスが改造した魔導機関も、アイザックなら読み解けたのではないかと思う。
……まあ、彼の『訳わかんねえやつ』はきっと賛辞なのだろうから、エルヴィスは只々、にこにこするしかない。
「魔導機関がエルヴィスの魔法から生まれていた、というのはすごいね。道理で君、ブラックストーンのあちこちを改造できたわけだ」
「まあな」
エルヴィスは胸を張ってエバニに自慢する。エバニはそれに小さく拍手を送ってくれて、その後、ふと首を傾げて笑った。
「そういえばシャワー室の操作盤も、魔法混じりになっていたね」
そういえばそうだったな、と、エルヴィスはシャワー室のことを思い出す。確か、グレン……エルヴィスにとって『2人目のグレン』であった彼と一緒に、シャワーから温水が出るように直したのだったか。
あれも、楽しかった。……一時は、人間と深く関わることはやめようと思っていたエルヴィスだったが、結局、グレン・トレヴァーによって、こちら側へ引き戻されてしまった。人間と長く付き合うことでしか得られない喜びを、彼はエルヴィスに思い出させてくれた。
だから今のエルヴィスがある。『グレン』のおかげで、エルヴィスは今もこうして、人間を大好きなエルフで居られるのだ。
「ところで、トイレ近辺の配管だけが比較的新しいのは、あれもお前の細工か?私は魔導機関のことはよく分からないが……」
「あ、あれか?あれは魔導機関は関係なくて……えーと、レナードと一緒に色々やってた頃に、まあ、ちょっと水漏れさせたくて、あそこ一帯全部のパイプを錆びさせておいたんだよ」
「な、なんてことを……」
それから、また記憶を1つ思い出して、エルヴィスはにっこり笑う。あの時も楽しかった。あの時は囚人全員で仮病を使ってやったのだったか。レナードは仮病ではなく本当の病だったわけだが……それにしてもあいつは、すごい奴であった。そして、右に出る者が中々居ないほどに、楽しい奴だった。
……遠くの方で、しゃんぱらしゃんぱらしゃらしゃらぱん、とタンバリンの音が元気に鳴り響いているが、まあ、アレも含めて、楽しかった。
それからオリヴィアが一度席を立ち、お茶を淹れて戻ってきた。エルヴィスは特に、沢山喋ったものだから喉が渇いていた。ありがたい。
ついでに茶菓子として、エルフの里土産らしいリリエのケーキも供される。きっと、美味しい二番手の味がすることだろう。
「エルヴィス、あなた楽しそうね」
丁度、茶を淹れ終わったオリヴィアはそう言って笑いながら、エルヴィスに茶のカップを渡してきた。エルヴィスがきょとんとしながらカップを受け取ると、オリヴィアはクラークの分の茶にミルクを入れてやりながら、なんとも余裕たっぷりに言う。
「話してる間、ずっとあなた、楽しそうだったからさ」
楽しそうだったのか、とエルヴィスは少々驚く。
……話してきたエルヴィスの歴史には、楽しいことばかりではなかった。辛いことも悲しいことも、腹立たしいことも憎らしいこともあった。
だが……。
「……そうだな。楽しかった」
総合してしまえば、それに尽きる。煌めく楽しい思い出が降り積もって、怒りも悲しみも今やすっかり、埋もれてしまった。そんな気がする。
「それはよかったわ。それにひとまず、エルヴィスがここを出たくない理由は分かったし。聞けてよかった」
オリヴィアの茶のカップには、横からクラークの手が伸びてきて、そっと角砂糖を2つ落としていった。オリヴィアは案外、甘党なのである。
「ここはあなたの友達の家、なのね」
そして、オリヴィアの言葉の甘くまろやかな語感を味わって、エルヴィスはじんわり笑う。
「……ああ。俺の、友達の家だ。ずっと住んでいい、って言われた場所で、俺が服役してた場所でもあって、刑務所の連中と楽しくやった場所でもあって……まあ、つまり、俺が生涯を過ごそうと思ってる場所なんだ」
思い出せば今も鮮やかに脳裏に蘇る、ブラックストーン家の人々の様子。そして、変わっていく刑務所の中の様子。刑務所の中で出会った人々もまた、エルヴィスにとってはもう、大切なものになっている。
……そしてグレン・ブラックストーンとの約束は、今もエルヴィスを支えている。ずっと人間を見守ること。助けること。そして一緒に楽しむこと。それら全部ひっくるめて、彼との約束をずっとずっと、果たしていきたいと思っている。
「だから俺、出所はしたくねえんだよな。恩赦が出たって言われても、困るっていうか……」
「まあ、私は居候のエルフが居ても構わないが……」
有難いことに、クラークも他の者達も、エルヴィスが『終身刑のエルフ』でなくなった後も『居候のエルフ』としてブラックストーン刑務所に居座ることを許可してくれるらしい。
なのでエルヴィスは遠慮なく、ブラックストーンに住み着く居候のエルフになってやろうと思っている、のだが……。
「だが、国営の刑務所に居候のエルフが居るのは、正しくないな」
……まあ、クラークの言う通り、正しくは、ない。正しくはないのである!
「おおお、クラークお前、ブレねえなあ、おい……!いいんじゃねえのか?エルヴィスが居たとしても何かがデカく変わる訳じゃあねえだろうがよ!」
「アレックス。そうは言っても、エルヴィスが居るとなると、1人分多く、食料品も生活用品も必要になる。そしてそれらは国税から支出されることになるのだが」
「固ぇよ!おいおいクラーク!お前、オリヴィアと結婚して少しは柔らかくなったと思ったらやっぱりまだこの固さなのかよ!」
「まあ、一周回って安心するわよねえ」
エルヴィスがこのままここに居座るとなると、エルヴィスが生活した分だけ余分に、消耗品の類を消耗していく。それが新しい国の税金で賄われるのだから、まあ、正しい行いではない、だろう。
エルヴィス1人分程度、微々たるものだと言うこともできるかもしれない。だが、エルヴィスはクラークの言う通り、『正しくねえよなあ』と思うのだ。……まあ、多分、ここ何年かで、クラークの考え方がエルヴィスに伝染してしまったのだろう。
「うーん……やっぱり俺、一回エルフの里に帰った方がいいかなあ」
エルヴィスは悩む。
ここには居たいが、正しくない行いを貫き通したいわけでもない。クラークの言う『正しさ』にはきちんと価値があることを知っているし、クラークが大切にするそれを、エルヴィスもまた、大切にしたいと思う。
だからこそ、一度エルフの里に帰るべきか、と考えた。それで人間の国がもう少し落ち着いてきたところで、改めて、ブラックストーン城への居住許可をもらうのだ。
……だが。
「まあ、里帰りは必要だろうが……必要以上に里に居ることはない、と思う」
クラークは首を傾げつつ、そう言った。
「……へ?」
エルヴィスがぽかんとしていると、クラークは『言葉が足りなかったな』というような、ばつの悪そうな顔をして、言った。
「私は、お前をブラックストーン刑務所の所員として雇用すればいいのではないか、と思ったのだが」
「つまり、俺、看守?」
「そうだな」
「看守……看守!?」
「嫌なら司書か事務員として雇うが」
かんしゅ、かんしゅ、と数度口の中で呟いて、エルヴィスは『ほわあー』と感嘆と困惑のため息を吐いた。
「俺が看守……?え?本当にか?」
「いけないか?」
クラークは『そこまで戸惑うことも無いだろうに』というような顔をしているが、エルヴィスからしてみると、中々の大問題である。
何せ、今まで、エルヴィスはずっと、囚人だったのだから。100年近く囚人で居たものがいきなり看守になるなど、中々どうして気持ちの整理がつかない。
「そっか、看守、かあ……うん、考えておく」
「嫌なら事務員でもいいからな。司書でも、あるいは用務員を雇ってもいいだろうし……」
クラークは色々と案を出してくれるのだが、エルヴィスは何よりもまず、気持ちが追い付かない。
ひとまず、自分の部屋……つまり牢獄に戻って、じっくり考えてみることにした。
独房に戻るエルヴィスに、オリヴィアは『ちょっと!あなたもう囚人じゃないんだけど!』と声をかけてきたが、やっぱり、エルヴィスは100年近く棲み付いてきた独房が一番落ち着くのである。
エルヴィスの独房は、エルヴィスが住みやすいように多少、改造してある。
草編みのタペストリーや敷物に隠して、壁や床をくり抜いて棚を作り、そこに今までに集めてきた諸々の品を収めてあるのだ。干したローズマリーの枝、ずいぶん昔に作ったポーション、蜂蜜の瓶、鳥の羽、葦笛、タンバリン……。
様々なものを1つ1つ大切に収めた、それらの更に底。魔法で封じてある、人間には開くことのできないそこを開くと、グレン・トレヴァーがかつて腐葉土の袋に紛れさせて送ってくれた手紙の束と、黒い石板が入っている。
「どうしよっかなあ」
黒い石板を手に取って、考える。これはブラックストーン城の永住許可証。かつてグレン・ブラックストーンがくれたそれを、エルヴィスは未だ大切に持っている。少々傷つき、削れた部分はあっても、未だ、黒い石板はそこに刻まれた文字をはっきりと残したままであった。
「看守、ねえ……うーん」
石板を見つめながら、エルヴィスは首を傾げる。
どうも、今一つ、看守になる、という案がピンと来ないのだ。
今まで随分、囚人をやってきた。だから余計にだろうが、看守になった自分の想像がつかない。
囚人になった時だって突然だったし、10年も囚人をやっていれば、生まれた時から囚人だったかのようにすっかり慣れていた。看守になっても、20年もやっていればすっかり慣れて馴染むのだろうが……どうも、それも違う気がする。
人間は、好きだ。
人間を見ているのは楽しい。共に暮らしていたい。
だが、監視していたいわけではないし、教え導きたいわけでもない。だからきっと、エルヴィスは看守には向いていない。
それに……どうも、やはり、何か違う気がするのだ。『向いていないから』看守になりたくないのではなく、もっと……。
「……リリエにでも聞いてみるかあ」
エルヴィスは毛布をすっぽりと被りつつ、里帰りを決めた。
そして、仲間のエルフに聞いてみようと思う。『俺、どうしたいんだろう』と。
……リリエあたりは案外鋭いことを言ってくれるような気がする。それを想像してくすくす笑って、エルヴィスは眠りに就いた。
今後の悩みはさておき、久しぶりの……約100年ぶりの、里帰りになる。