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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
王国歴247年:グレン・トレヴァー
12/127

煙に巻く*2

「……というわけで、今回は非常に応募が多かったため、奉仕作業の抽選は行わない!よい心がけだ。今後も今回のように、積極的に奉仕作業へ参加し、社会へ貢献する中で自らの罪と向き合うように!」

 奉仕作業の前日。看守の話を聞きながら、グレンとエルヴィスはそれぞれにぼんやりと、『これ、何かあるんじゃないだろうな』と考えていた。


「やっぱり何かあるよな」

「ああ、私もそう思う」

 食事をしながら、2人はひそひそと話す。どうも、おかしい。ここの囚人達が奉仕の心を持っている訳がない。なのに、沢山の囚人が、ドブ浚いの奉仕作業に応募した。

「皆、ドブの素晴らしさに目覚めた、って訳じゃないとしたら……何だろうなあ」

 エルヴィスは唸りつつ考え、スープを飲み、パンを食べる。グレンも同様に食事を進めつつ、小説の中でしか読んだことの無い知識を、そっと披露してみる。

「小説とか演劇とかでよくあるのが、『ブツの受け渡し』だと思う」

 まるで自信の無い推理だが、話のタネとしての価値くらいはあるだろうと思い、グレンは続けた。

「こういう奉仕作業って、依頼が刑務所にあって、それで看守達が囚人を連れて行って働かせる。……なら、囚人に何かを受け渡ししたい奴が、囚人に何かを渡すためにドブ浚いを依頼した、っていうのは、考えられないかな」

 グレンが話すと、エルヴィスは、ほう、と目を瞬かせて、それから、興味深そうにそっと身を乗り出してきた。

「へえ……成程な、それなら、分かる。確かに、この刑務所の中には、色々と看守が禁止してるブツがある訳だが、それらは大抵、食料とかに紛れて届けられてるか、はたまた、奉仕作業中に手に入れてくるかのどっちかだから……刑務所の外、奉仕作業の場所に協力者が居るなら、本当に幾らでも、ブツの受け渡しができるな」

 理論上は、可能である。何せ、エルヴィスもグレンも、花の種や枝を持ち帰ってきているのだ。同じようなことを、他の囚人ができないということはない。

 それこそ、刑務所の外で小銭をたまたま拾って、その拾った小銭で煙草の一箱程度を購入するなら、十分に可能なのではないかと思われる。勿論、看守には賄賂が必要かもしれないが。

「となると、何が渡されるのかが気になるな。考えられるのは、酒とか、煙草とかかな」

「ミミズってことはないだろうなあ……」

 エルヴィスがぼそり、と呟いたのを聞いたグレンは、だろうね、と思った。ミミズを喜ぶ人間は、そう多くない。残念ながら。

「だが、協力者が何故協力するのかが分からないな。ムショの中に居る囚人にものを譲ったって、まるで利点が無い。何か裏があるんだとは思うが……うーん、どんなことをしてくれるなら、囚人に酒や煙草を融通してやりたくなるかな。駄目だ、俺にはよく分からない」

「或いは、どういうものなら、囚人にくれてやってもいいか、かな。別に、受け渡されるものが酒や煙草だって決まったわけでもない」

 2人は唸りながら考えてみたが、まるで答えは出なかった。

 結局のところ、考えるだけ無駄といえば無駄なのだ。可能性は無限にあり、推測できることもまた、無限にある。その中から納得できるようなストーリーが生まれたとして、それが真実であるという保証はどこにも無い。

「ま、明日になりゃ分かるか」

「そうだね。厄介ごとにならなければいいが」

 2人はそう結論付けて、夕食の残りを片付けてしまうことにした。




 そうして翌日、いよいよドブ浚いの奉仕作業が始まった。

 グレンとエルヴィスもスコップを片手に、用水路の底を浚うようにして溜まった泥やゴミを掻き出していく。

「ミミズ……まあ、ドブには居ないか……」

 一応、ミミズを探してはいるのだが、見当たらない。当然である。用水路で見つかる生き物ではない。

「あっ、瓶はあった。持って帰ろう」

 ただし、ドブの中にはそれなりに色々なものが紛れ込んでいる。何かの飲料の瓶だったと思しきものが、中に泥をたっぷり詰めた状態で落ちていたのを見つけて、エルヴィスは嬉々としてそれを拾い上げ、そっと用水路の脇へ置いた。後で上手く洗って持ち帰るつもりだろう。

「瓶はいいぞ。ミミズも入れて持ち運べるし、水も油も、持ち運べるし……上手くやれば、ポーションだって作れるし」

「ポーション?ああ、魔法薬か。そんなものまで作れるのか」

 ポーション、というとグレンには馴染みが無いが、概ね、魔法を使って作る、魔法的な作用のある薬品の総称だということは知っている。そして、それを人間が疑似的に再現したものが、魔法薬である。

 魔法薬は単なる魔導装置とは異なり、人体に直接作用するものが多い分、嫌悪感を示す人間も多い。グレンとしても、然程馴染みがある代物ではない。尤も、グレンはすっかりエルフを気に入ってしまっているので、然程嫌悪感がある訳でもなかったが。

「庭にもっと色々な植物が生えるようになったら、ポーション作りもはかどるだろうなあ。傷を治したり、魔力を回復させたり、冷やしたり温めたり……そういうのが全部、瓶の中の液体1つで誰にでもできるようになる」

「それは便利だな」

 エルヴィスがうきうきしているのを横目に、グレンも瓶を1つ見つけた。早速、それを用水路の脇へ置く。エルヴィスが喜ぶなら、もう少し、瓶を探してみてもいいかもしれない。




 ……そうして2人は、いつの間にか瓶探しを主目的として、黙々とドブ浚いをやるようになっていた。瓶を求めて休むことなく動く姿は、正に模範囚のそれである。

 ただ……他の囚人達の多くは、そうではない。

「そういや、あいつらの目的って何なんだろうなあ」

 昼食休憩の前、ドブから出て手足を洗うのと同時に見つけた瓶も洗いつつ、エルヴィスはふと、そう呟いた。

 グレンもそれは、不思議に思う。未だに、この囚人達の目的が分かっていない。

 自ら立候補した囚人達が多いのだからさぞ気合が入っているのかと思いきや、そんなこともない。皆、だらだらと、怠けながら作業を進めている。ということはやはり、ドブ浚いをやりたくて奉仕作業に応募したわけではなさそうだが……。

「あー……もういいか。よし、直接聞くに限るな」

 グレンが考えていたところ、エルヴィスは颯爽と、そこらの囚人の方へと向かっていった。気の長いエルフも、優柔不断と限らない。即断即決することもあるのである。エルフは人間よりも寿命が長い分、失敗を恐れない。そのため、人間よりも思い切った行動に出やすいのかもしれない。

「よお。お前、なんでこれに応募したんだ?」

 そして、随分と思い切った聞き方をする。グレンは少々ひやりとさせられたが、聞かれた囚人は、然程気にした様子もない。

「さてね。まあ、偶には奉仕作業に応募してみたっていいかと思っただけだよ。それとも、何かあんのかよ」

 尤も、気にした様子も無いが、協力的ではなかった。囚人はこちらを探るような目で睨むように見つめてくる。

「いや、とてもそういう性質には見えなかったもんで、不思議に思ったんだ。何か別の目的があるんじゃないかと思ったんだが……」

「で?それを知って、看守様に告げ口でもするってか?」

 エルヴィスが尚も食い下がると、囚人はそれを鼻で笑った。

 ……だが、長年を生きたエルフは、この程度の脅しに怯まない。

「えっ?告げ口されたら不味いようなことをするつもりなのか!それはいいな!」

 長い年月を経てきたエルフの面の皮の厚さは、人間を遥かに凌ぐ。エルヴィスはにこやかに囚人の肩に腕を回して、そして、ひそやかに、囁いた。

「一枚噛ませろって言ってるんだよ」

 ……今度は、囚人が怯み、困惑する番である。




 そうして昼食休憩となった。食事はいつもの如く、パンに薄いハムを挟んだだけ、というようなものである。だが、それを気にする余裕は、グレンには無い。

「エルヴィス。なんであんなことを言ったんだ?」

「何をするつもりなのか気になったからな。なら、中に飛び込んじまうのが一番早い」

 エルヴィスは『一枚噛む』ことになってしまった。つまり、余計に罪を重ねるようなことがこれから起こるかもしれないのだ。

「ああ、大丈夫だ。俺は終身刑だからな。何をやらかしたって、これ以上罪は重くならない」

「死刑は?」

「なったらなったで、まあいいかってかんじだな。まあ、ならないだろうがなあ……」

 グレンとしてはエルヴィスが心配でしかたがないのだが、当のエルヴィスはのんびりしたものである。

「エルフは終身刑にしておくに限るんだ。エルフの里と何かあった時の交渉材料として使えるからな。だから俺はほぼほぼ、処刑されないと見ていい。その代わり、終身刑にはなるが、まあ、それだけだ。これ以上刑期は延びないことだし……」

「あああ……なんてこった」

 だからといって危険なことはしないでほしいのだが、最早仕方がない。乗ってしまった船から降りることはできないのだ。安全に着岸するまでは。


 午後の作業が始まってすぐ、囚人達はそわそわと動き出す。それとない様子ではあるが、ドブではない遠くへ視線を彷徨わせ、何かを探し始めるのだ。

 グレンが極力気にしないようにしていると、彼らはグレンの視界の端で行ったり来たりして、そして、ある時から、何かをポケットに収め始めた。

 こうなってくると、いよいよグレンも何が起きているのか、理解した。……これはどうやら、物品を刑務所に持ち込むための作業であるらしい。

 ポケットに入るくらいの大きさ、それでいて、これだけの人数を要する程度に数が多い。となると……概ね、予想が付く。

「あー、グレン。やっぱりこれだったみたいだ」

 そこへエルヴィスが戻ってきて、ほら、と、グレンに手の中の箱を見せる。

「グレン。お前、吸うか?俺は吸わない」

「私もだ。どちらかというと、煙草は苦手でね」

 それは、紙巻き煙草の紙箱だった。安物だが、刑務所の中では決して手に入らない高級品である。看守に見つかった場合、即座に没収された後、懲罰の対象となる物品でもある。

「まあ、煙草は火のエレメントが含まれるものだし、多少、使いようはあるかな」

 エルヴィスはそんなことを言いつつ、よいしょ、と、ポケットの中に煙草の箱をしまい込んだ。

「それ、看守に見つかるんじゃないか?」

「ああ、賄賂はもう渡ってるらしいぞ。上手くやったもんだなあ」

 いよいよ、なんてこった、といったところである。グレンは頭が痛くなるような思いで空を仰いだ。

「ま、看守が黙っててくれるっていうなら、俺達にとっても嬉しいことだよな」

 エルヴィスはそう言って笑うと、ほら、と、別のポケットから出した瓶を見せてくる。

「ミミズの密輸入もできる」

 瓶の中には、ミミズが入っていた。うにょ、と動くそれを見て、グレンはもう、笑うしかない。

「……私ももう少し色々と探してみることにするかな」

「ああ、そうするといい。案外、ドブ浚いってのは色々手に入るモンだなあ」

 嬉々としてドブ浚いを再開するエルヴィスと一緒に、グレンもスコップを握り直す。

 ……それと同時に、思うのだ。

 ここの囚人達が煙草を受け取っていることは分かったが、では、『どうして』協力者は囚人に煙草をくれてやる気になったのだろうか、と。


 まだ、何かある気がして仕方がない。それも、何か、自分達が巻き込まれるような、嫌な予感と共に。

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― 新着の感想 ―
[一言] ニコチン中毒の人にとっては嬉しいんでしょうけど、奉仕作業で持ち込める分くらいじゃあすぐに無くなってまた禁断症状になって返って辛いんじゃ…とかは中毒症状の人は思わないから中毒なんでしょうね。
2023/03/02 09:17 退会済み
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