王国歴123年:カリスト・オールディス
……ポーレッタは20歳になった。そして、カリスト少年は21歳である。
「ラフェール様!やりました!魔導機関の導入について、父を押し退けて実施が決まりました!」
「君の謎の情熱と行動力だけは、認めてやってもいいな……」
「いえ!領民が理解を示してくれたおかげですので!」
カリスト少年は、もう少年ではない。立派な青年となって、オールディス領を立て直していた。
オールディス領はこの15年で、随分と変わった。最新技術を取り入れた農業の実施、それに対しての助成金制度づくり、子供や青年達のための留学制度……そして此度は、魔導機関の大規模な公的導入が決定したらしい。
それらのほとんどは、カリストが騒ぎ倒した結果である。はじめは『幼い子供の言っていることだ』と取り合わなかった領民達も、カリストがあまりに熱心に行動し続けるものだから、ついに『まあ子供は可愛いので』と協力するようになってしまった。
更に、カリストが青年になるにつれて『まあ次期領主のいうことだし、小さいころから面倒をみてやっていた子の頼みだし……』と態度を変えていき、そうして今は、『立派に次期領主としての風格を身に着けたなあ』『カリスト様はワシらが育てたのじゃ』と満足気になっている。
そう。今や、オールディス領は、古くからの因習に囚われない、先進的な領地になろうとしていた。未だ、古い考え方は根強く残っているものの、それ以上に新しくもたらされたものが多いのだ。
……そしてそれらは、カリストの『領民を幸せにするのが領主の役目だ!』という信念に基づいたものである。だからこそ領民は、不慣れな魔導機関を使い、カリストを助けているのだ。
また、ついでに『今回の訪問ではポーレッタさんとお話しできました!』と元気に浮かれる次期領主の姿は、一種の娯楽として領民に楽しく温かく見守られていたのである。
「なあ、ラフェール。そろそろ結婚を認めてやったらどうだ?」
「まだ早い!まだポーレッタは20歳だぞ!」
「人間の20歳ってもう十分に大人だろうが」
さて。カリストが頑張るにつれ、ブラックストーン領では領主の眉間に皺が寄っていくようになる。ラフェールはすっかり参っていた。
「ポーレッタも悪い気はしてないみたいだぞ。木登りさせてくれる旦那さんは中々見つからないだろうしなあ」
「……カリスト・オールディスに嫁がせるくらいなら、お前に嫁がせるぞ。エルフも木登りは好きだろう」
「そ、そういうこと言うやつ初めて見た!お前、エルフを何だと思ってるんだ!?」
エルヴィスはぎょっとする。まさか、ラフェールがここまで参っているとは思わなかった。まさか、エルフと娘を結婚させる方がマシと言い出すとは!
「ほら、オールディス領も随分よくなっただろ?魔導機関の導入も始まるみたいだし」
「今更始めたところで後れを取っていることには変わりがない。ポーレッタをそんな不便な土地へ嫁がせるわけにはいかないだろう!……それに、ポーレッタは一人娘だ。オールディスのところも一人っ子だろう。二人が結婚しては、どちらかの領地が立ち行かなくなるぞ」
「なら、どっちかを領主代理に任せりゃいいんじゃねえかなあ。或いは、オウルツリーから1人養子を貰ってくるとか。オウルツリーはお前の爺さんの姉さんが嫁いだ先だからな。血は繋がってるぞ」
領主同士の結婚となると、色々と大変である。前例が無いわけではないが、困難が付きまとうことは確かだ。
隣接した領地同士ならまだしも、オールディス領は少々離れた位置にある。合併することも難しく、治めるにも何かと面倒である。
「まあ、結局のところはポーレッタ次第だからな。そうだろ?」
「……そうだなあ」
だが結局、ラフェールもエルヴィスも、大切にしたいのはそれである。
ポーレッタがしたいようにさせてやりたい。そう願う気持ちは、同じであった。
「何故娘は大きくなってしまうのか……」
「それ、エルフが人間に対して常々思ってることなんだよ」
「なるほどな、エルフの気持ちがようやく少しばかり理解できた……」
「俺、人間に理解されるとは思ってなかったなあ」
2人は笑い合いつつ、さて、これからどうなることやら、と考え始める。
……ポーレッタがオールディスに嫁ぎたいと言ってきた時の為にも、対策は早めに打っておくに限るのだ。
そうして、王国歴126年。
ポーレッタ・ブラックストーンとカリスト・オールディスは無事に結婚した。
幸せそうなポーレッタを見ていたら、ラフェールも文句は言えなかったらしい。カリストに『ポーレッタのことは頼んだからな。だが何か駄目そうならすぐこちらへ連絡しなさい』とよくよく言い聞かせては、『はい!義父上のことも幸せにします!』と規模の大きい返事を受け取って唖然としていた。
尤も、この2人の結婚に、オールディス領主は少々、難を示していた。『古き善きものを捨て去った恥知らずのブラックストーンめ』ということであったが、彼は何よりも、息子のカリストが自分とはまるで異なる生き物に育ってしまったことが許せなかったらしい。
エルヴィスは『カリストみたいな奴のことを突然変異って言うんだよなあ』と思い出して頷いていた。オールディス領主とは似ても似つかないカリストは、紛うことなき突然変異である。あの行動力と情熱がどこから来るのか、サッパリ分からない。
「ま、幸せそうで何よりじゃねえか」
「……そうだな。色々と、釈然としないものはあるのだが……まあ、ポーレッタが幸せなら、それでいいか」
ラフェールは苦笑しつつ、ポーレッタとカリストを見守った。
つくづく、不思議な夫婦であるなあ、と。
さて。
いよいよカリストとポーレッタが結婚してしまうと、オールディス領とブラックストーン領はそれぞれに形を変えることになった。
まず、結婚した夫婦2人は、オールディス領に住むことになった。姓も、『ポーレッタ・オールディス』へと変わり、ポーレッタはそれを少々寂しがっていたが、そうするのがよいだろう、ということには納得していた。
……というのも、ブラックストーンは少々、安全ではなかったのだ。
「ブラックストーンやオウルツリーは、急進しすぎた、というのが国王の見解でな」
ラフェールはため息を吐きつつ、そう言って酒のグラスを傾ける。ブラックストーンの一族は大抵そうだが、エルヴィスと2人で話すときは、なんとなく、酒を持ってくることが多い。
「一人娘が嫁いでいってしまったブラックストーンは力を失う。そう奴らに思わせておけば、警戒も和らぐだろう」
「あー……今、こっちもオウルツリーとかもやっかまれて大変だもんなあ」
そう。今、国は大きく傾き始めている。
魔導機関によって急激に発展を遂げた領地と、乗り遅れた領地。それらの差は今や、埋めようもないほどに広がってしまっている。
辺境も辺境、『信用していないからここ』とでもいうように初代国王から下げ渡されたこの領地は、辺境だというのにすっかり賑わっているのだ。
魔導機関によって発展した領地では、当然ながら税収も高い。あらゆる仕事の効率が良いのだから当然である。更に、衛生環境も整って病人も死者も少ないとなれば、いよいよ、賑わいも当然といったところだろう。
だが……やはり、それが気に食わない者達が、大勢いたのである。
「嘆かわしいことに、魔導機関を取り入れた領地からも、ブラックストーンの急進を非難する声が上がっている。そうすることで自分達こそが国一番の栄華を手にすることができる、とでも思っているようだが……」
今や、ブラックストーンの敵は、『古き善き』ものに執着する者達ばかりではない。彼らにすり寄り、取り入ることで自らの地位を高めようと考える者達が最近とみに増えており、それによってブラックストーンは少々、不安定な立ち位置にされているのである。
「だからこそ、ここでブラックストーンが一歩引いてやることには意味がある。所詮、一つの領のみで起こる発展など、空しいものだ。折角ならこの機会に国中で競い合い、国中が繁栄していけばよい。そのためにも、ポーレッタがオールディスへ嫁いだのは、悪くない選択だった」
ラフェールは笑ってそう言うと……グラスを一気に空にした。
そして。
「……だが!それでも寂しい!」
酒を飲み干し、空になったグラスをテーブルへ叩きつけるように置いて、ラフェールは大いに嘆き始めた。
「ポーレッタ!どうしてお嫁に行ってしまったんだ!」
「まあ、人間の……いや、人間に限らず、生き物ってそういうもんだろ」
「エルフじゃないからそんな達観した理屈は分からん!分からん!」
「あーあーあーあー、人間の大人が駄々捏ねてる……」
大人気ない人間の大人を見て、エルヴィスはけらけら笑いつつ、ラフェールが嘆くのに一晩付き合ってやることにした。
まあ、こういう夜があってもいいだろう。人間の時間は短い。人間自身にとっても短いが、共に過ごすエルフにとっても、とても短いものなのだから。
そうしてブラックストーン領は傍系……オウルツリーから養子を貰ってきて、次期領主に据えた。オウルツリーからやってきた青年は、ユースタス・オウルツリーといって、ラフェールも納得の好青年であった。
ユースタスが治めていく中で、その内ブラックストーン領がオウルツリー領に合併吸収されることもあるかもしれないが、それはそれでよい、とラフェールは笑った。
……ブラックストーンは、一人娘の結婚を機に、領内のみならず国内全てに目を向けるようになっていったのである。




