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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
エルヴィス・フローレイ
110/127

王国歴55年:エリン・オウルツリー

 季節は廻り、月日は過ぎ去り、グレンが死んでから5年が経った。

 その間に、エリンが息子と娘を出産し、レヴィにも子供が1人できた。

 国は代替わりを経て多少荒れていたが、レヴィは立派にブラックストーンの舵取りを行って、それなりに安定した領地経営を行っていた。

 エルフの森の調査は、国王が代わったあたりから『成果の出ない調査に費用をかけ続けるのは愚かしい。先王の時代の悪しき慣習は捨て去るべきだ』と王が主張し始めたため、上手く立ち消えてくれた。

 おかげでエルフとブラックストーンとの交流も、細々とながら、それなりに安定して楽しく、続いている。

 ……そして、エルヴィスは。


「エルヴィス!あそぼ!」

「えるびすー!あそぼ、あそぼ!」

「えうびしゅ!あしょぼー!」

「おーおーおー、チビ共、今日も元気だなあ……あっ、こらこらこら、ローズ、引っ張るな引っ張るな!俺の耳は飾りじゃねえんだってば……あっこらこらこら、アイク!危ないから肩に上るんじゃない!ヴィクター!くすぐったいから膝をこしょこしょするんじゃない!」

 ……エルヴィスは今日も、子供達の遊具にされていた。

 エリンの子、アイクとローズ。そしてレヴィの子であるヴィクター。彼らは非常に好奇心旺盛で、そして、怖いもの知らずである。ここ1週間ほどは、エリンが子供達を連れて帰省していることもあり、子供達は3人揃ってやってくる。そう。子供達は庭に居るエルヴィスを、すっかり『楽しいもの』として認識しているのである!

「えるびすって、お花の匂いがするね」

「そうかあ?……まあ、そうかもなあ。うーん、自分じゃ分からねえけど……あっ、こらこらこら、ヴィクター。どこ行くんだ。こっちに居なさい」

 そしてエルヴィスは、子供達の遊び相手というか遊具というか、そうした立場になってしまったがために、最近は専ら、彼らのことで忙しい。

 ……元々、ブラックストーン城に住んでいるエルヴィスは、現領主であるレヴィの子、ヴィクターの世話を買って出ることも多かった。というのも、何もせずに居たら只々ふさぎ込んでしまうからである。




 エルヴィスは未だ、グレンの死を受け止めきれていない。

 グレンは、あまりにも短く、あっという間の命だった。楽しかったことも嬉しかったことも確かに在ったが、それらはあまりにも速く過ぎ去っていってしまった。あまりに早すぎて、涙すら、上手く出なかった。

 ……そうしてエルヴィスは、半ばぼんやりと、ブラックストーンに居る。ここに居ると決めたし、グレンから貰った永住許可証もある。ここに居て、グレンの一族を助けてやらねば、と思った。……だが同時に、どうも、気力が湧かなかった。

 グレンの死を受け止めきれないまま、どこかにまだグレンが居るような気がして、日々、ぼんやりしていた。仕事はこなし、領地の植物を奮い立たせはしたが、それらも、最高の出来にはならなかった。エルヴィスに『さあ元気に芽吹け』と呼びかけられる植物達も困惑していた。『元気にって言いますけど、そういうあなたは元気が無いですね』と。

 ……エルフが人間の友と付き合うということがどういうことか、ようやく、分かった。

 エルフが人間と共に在ろうとした時、そこに待ち構えているのは数多の死だ。

 誰が悪いわけでもなく、よって改善することもできず……ただ、仕方ないものとして、数多の人間の死を受け入れなければならない。

 それはあまりに残酷なことである。人間は斯様に魅力的で、生き生きとして、見ていて非常に楽しく……だというのに、すぐに死んでいってしまうのだ。

 エルフが人間と付き合うならば、一時の喜びのために、永遠の喪失を味わい続けることになる。仲良くなればなるほど、相手の死が辛い。だが、どうすることもできない。

 だから、エルヴィスは意図的に、レヴィやエリンとの接触を減らした。できるだけ庭で過ごすようにした。一緒に居ると、いずれ来る別れがあまりにも辛いと身を以て学んだので。

 ……だが。

 そんなエルヴィスの心など知ったことか、とばかりに、子供達はやってくるのだ!




 最初は、エリンの子、アイクが遊びに来た時、相手をしてやるだけだった。

 好奇心旺盛な人間の子供は、見ていて何とも可愛らしい。真新しい命がよちよちと歩いているのを見て、エルヴィスは思わず、それを抱き上げてしまったのである。……そしてその結果、懐かれた。

 そう。何故だか、エルヴィスは子供にやたらと懐かれたのである。どうも、大木のようで落ち着くだとか、長い耳が気になるだとか、色々に理由はあるらしいのだが……とにかく、懐かれた。アイクはすっかりエルヴィスに懐き、エルヴィスのことを『自分と遊んでくれるエルフのお兄さん』だと認識してしまったのである。

 丁度、何かにつけて駄々をこね、泣いてはエリン夫妻を困らせていたアイクだったが、エルヴィスが抱き上げてやると何故か落ち着いた。アイク自身もその理由はよく分からないようだったが、ひとまず、エルヴィスに抱き上げられたり、エルヴィスが胡坐をかいて座る脚の中に潜り込んだり、背中をよじ登ったりしている分には非常にご機嫌であった。

 ……そしてその頃、レヴィにも子供ができる。ヴィクター誕生にブラックストーンの領民は大いに喜び、アイクも『弟分ができた!』ときゃいきゃいはしゃぎ……そして半年後には、エルヴィスの背中には赤子のヴィクターが背負われることになっていた。

 何故か、ヴィクターもエルヴィスにくっついていると大人しいのである。となると、レヴィの妻、ヴィクターの母であるフェリスもエルヴィスの横に来るようになり、そして『妻と子供がエルヴィスにとられそうだ!』と冗談めかして笑うレヴィも、そこへやってきた。

 ……一時期、ブラックストーン城では、中庭に居るエルヴィスの元にヴィクターがやってきて、ヴィクターの元にフェリスとレヴィがやってきて、中庭で公務がこなされるようになっていた。これも、ヴィクターがある程度大きくなったところで元に戻ったが。


 そうしている内に、ヴィクターはいとこのアイクと仲良くなり、アイクの妹であるローズとも仲良くなり……気づけば、3人の子供達がエルヴィスによく懐いてしまっていたのである。

『こんなはずじゃなかった』とエルヴィスはどこかぼんやり思うのだが、子供達を相手にしていると、ぼんやりしている訳にもいかない。何か事故でもあったらことである。エルヴィスは仕方なく、自然と、子供達の様子を見るようになり……そうして、今に至る。

 いつの間にか、人間と目いっぱい関わるようになってしまったエルヴィスは、今日も戸惑いながら子供達の遊び相手になっているのだ。




「今日も子供達がごめんなさいね、エルヴィス」

「いや、いいんだ。気が紛れて丁度いい。まあ、ちょっと危なっかしいけどな」

 昼過ぎ、子供達を回収しに来たメイド達とエリンに苦笑いを浮かべつつ、エルヴィスはひらひらと手を振ってみせた。

「ふふ、ありがとうね、エルヴィス。子供達ったら、あなたのことが余程大好きみたいで、あなたの話を寝る前に毎日聞かせてくれるのよ」

「ま、まじかあ……」

 自分の様子が子供達を通してエリンやレヴィに筒抜けかと思うと、どうにも気恥ずかしい。特に、エリンにもレヴィにも、心配をかけているエルヴィスなので。

「……ねえ、エルヴィス」

 エリンはエルヴィスの顔を覗き込むようにして微笑むと、少しばかり気遣うように、それでいてそれを気取られないように明るく、問うてきた。

「まだ、パパのこと、悲しい?」


「ああ。悲しい」

 苦笑しながら、エルヴィスはそう、答える。

 ……グレンの死は、どうも、エルヴィスにとって大きすぎる衝撃であったらしい。受け止めきれず、受け入れられず、漫然と悲しくて、出口が見えない暗闇に迷い込んだような心地だ。

「覚悟は、したつもりだったんだ。ここに永住する、って決めた時に。……でも、実際に親友に死なれちまうと、どうにも、なあ」

 エルヴィスは自分の手に視線を落とす。

 特に、変わりの無い手だ。50年近く、変化の無い手だ。グレンのように皺が刻まれたり筋張ったりするでもなく、ただ、ずっと変わらない形をしている、エルフの手だ。

「今も、エルフと人間の時間の違いが、よく分かってねえんだ」

「……そう」

 エルヴィスが人間の儚さを……グレンの死を受け止められるようになるのは、一体いつのことなのだろう。100年後か、200年後か。或いは、一生、受け入れられないのかもしれない。だからこそ、エルフ達は人間との深い付き合いを避ける。

「今、面倒見てる子供達だって、俺より先に死んでいく訳だ。そう考えちまうと、なんか、なあ」

 そう言って、言ってしまってから、『言わなきゃよかったか』と後悔する。子供達の死など、その母親に言うべきことではなかった。

 ……だが。

「……そうね。だったら、未来のことなんて、考えないで頂戴な」

 エリンは気丈にそう言って、エルヴィスに微笑みかけた。

「今。今よ、エルヴィス。今、私は生きているし、子供達だって生きていて……あなたを遊具にして楽しくやってるわ」

 エリンの笑みは、随分と力強かった。その表情は、グレンがかつてこうだったな、と思い起こさせる。

「それを、忘れないで。今、目の前にあるものを、どうか楽しんで。きっとパパだってそう言ったと思うわ」

「……そうだなあ」

 今、かあ。……そう、エルヴィスは呟いて、はあ、と息を吐きつつ天を仰いだ。

 今。今を生きる、ということは、エルフには中々難しい。刹那的に生きられるほど、エルフは短い命ではない。

 だが……人間の中で生きるのだから、きっとこれは、必要なことなのだろう。

「そうだな。とりあえず、チビ共の遊び相手として頑張ることにするよ」

「あら、助かるわ。でも、悪くない選択よ、エルヴィス。あの子達を見ていたら、1日なんてあっという間だもの」

 エリンはくすくすと笑ってそう言うと、それから、ふと、グレンによく似た笑みを浮かべて言った。

「ね、エルヴィス。人間って、悪くないでしょ?」


「ああ、そうだな。最高だ」

 また遠くから『エルヴィスー!あそぼー!』と声が聞こえてくるのに笑みを零しながら、エルヴィスは立ち上がって歩き出した。

 ……悲しくても、空しくても、子供達はやってくる。好奇心に満ちた目で、『楽しいこと』をたっぷりと抱えて。

 そしてエルヴィスは、それが嫌ではないのだ。

 嫌ではないのだと、ようやく、思い出せた。




「……っと」

 途端、エルヴィスは驚く。

 何故なら……足元に、こつん、と小さな結晶が落ちていたからだ。

「エルヴィス?どうしたの?」

「いや……なんでもない」

 エルヴィスは背中越し、心配そうなエリンの声にひらひらと手を振って見せつつ、そっと屈んで、足元に落ちたそれを拾い上げる。

 それは、透明な宝石だった。かつて一度だけ、エルフの里で見たことがあるものと、よく似ている。

「……あー」

 それが何かを理解した途端、また、ぼろり、と涙が零れて、宝石となって、こつ、と落ちる。

 ……ようやく。ようやく、エルヴィスの中にあったものが、流れ出した。そんな気がした。


 だが、そこまでにした。

 三粒目が零れ落ちる前に、エルヴィスはそれを手の平で握り潰すように受け止める。落ち切る前に受け止められた涙は、宝石になることなく、エルヴィスの手の平でじわりと温い水滴となった。

 四粒目以降は、袖で拭ってしまう。落ちた二粒目も拾い上げて、一粒目共々、ポケットの中に放り込む。

 ……泣いている暇は無い。何せ、今、庭の向こうから子供達が、『エルヴィスー!』と駆けてくるところなのだから。

「今行く!」

 エルヴィスは笑顔でそう返すと、子供達を迎えるべく、歩き出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 切ない……。 エリンさんの言葉でやっと大親友だったグレン黒石さんの死を受け入れられたんだ、ようやく泣けたんだね。 涙には自浄作用があるので、思う存分泣いてほしいのに、宝石の秘密がバレちゃうか…
[一言] エルフ視点って、そうかも。 うちも家人がすぐ 次々といろんな鳥や獣を 保護して帰ってくるので 癒えても短命ですから だいぶ見送りました。 今もえっと、4羽に3匹ですか。 遠慮がない奴らで…
[気になる点] 王国歴が45年になってる?
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