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終身刑のエルフ  作者: もちもち物質
エルヴィス・フローレイ
105/127

王国歴19年:グレン・ブラックストーン

 年が明けてすぐ、グレンの父は息を引き取った。

 新年早々であることもあり、また、グレンの父本人がそう望んでいたこともあり、葬儀はごく小規模に、ひっそりと行われた。

 喪主を務めるグレンの横顔をちらりと見たエルヴィスは、そこに、随分と大人びた……否、しっかりと大人になっているグレンの姿を見て、戸惑う。

 これでいよいよ本当に代替わりだ。分かってはいる。分かってはいたが……いつの間にか、置いてけぼりにされていたような、そんな気分になる。

 人間はすぐに死ぬし、人間はすぐに成長していく。


 葬儀が終わった日の夜、グレンとエルヴィスは部屋で静かに献杯していた。酒は口実だ。グレンは話したいことがあるようだったし、エルヴィスも聞きたいことがあった。用意した酒は強めの蒸留酒。そう大量に飲むものでもないそれを、小さなグラスで少しずつ飲みつつ、少しずつ、話す。

「未だ、実感が湧かない部分もあるんだ」

 グレンはそう、切り出した。

「父上亡き今、俺が領主だ。だが、どうにも、その実感が湧かない。……今までも、領主業をほぼ、代行していたからな。余計に、そうかもしれないが」

 グレンの言葉を聞いて、エルヴィスは少しばかり、安心する。『ああ、人間も人間が死ぬのに、慣れてるわけじゃねえよな』と。

 エルヴィスも実感が湧かない。グレンの父の死にも実感が湧かないし、それによってグレンにより重い責任が圧し掛かることにも、まだ実感が湧かない。すぐに気持ちや頭を切り替えられる訳ではない。人間と、同じように。

「だが……覚悟は、ある程度、できていたからな。それは、よかった」

 グレンはそう言って、エルヴィスに疲れた笑みを向ける。

「……あの時、畑に罠を仕掛けておいて本当によかった。お前を捕まえることができたからな」

「うん……俺、見事に生け捕りだったもんなあ」

 2人は少しばかり、笑った。

 あの日、エルヴィスがグレンの畑の罠にかかっていたからこそ、今、2人はここにこうして共に居る。あの時は随分と焦ったものだったが、今思い出してみればいい思い出である。

「お前を捕まえたからこそ、父上とこれだけ長い時間を過ごすことができた。業務の引継ぎもできて、覚悟も徐々に固まった。……父上も、思い残すことを少なくして逝くことができた。ありがとう、エルヴィス」

 礼を言われて、エルヴィスは曖昧に返事をする。

 ……分かっては、いるのだ。分かってはいるのだが……それでも、妙に、納得がいかなかった。

「……長い時間、かあ」

 エルヴィスが延ばせた時間は本当に、長い時間だったのだろうか。


 エルヴィスは、何か、途方も無い空しさに晒されながら、思う。

 グレンの父が生きた時は、たった50年あまりであった。エルヴィスの助けで延びた命は、たった4年弱。

 エルフにとってはあまりに短い時間だ。未だ、エルフの時の長さを実感しているとは言い難いエルヴィスにとっても、短すぎる時間だった。

「人間は……すぐに死ぬなあ」

 結局、エルヴィスはそう、呟く。どうにも、やりきれない気持ちを抱えて。

「……そうだな」

 グレンもエルヴィスの思うところが分かったらしい。ふ、と微笑んで、それから手の中のグラスに目を落とし、ぽつり、と、それでいてはっきりと、言う。

「私もお前を置いていくことになる」

 エルヴィスはぎょっとした。やめてくれ、と言いたくもなったが、それは既のところで、呑み込んだ。

「……うん」

 代わりに、曖昧に相槌を打つ。そうなることを知ってはいるが、納得はしていない。実感など湧かない。そういう気持ちで。


 エルヴィスがあまりに沈んだ面持ちでいたからだろうか。グレンはふと笑って、続けた。

「だが……まあ、そうだな。その頃には私の伴侶が居て、私の子が居るはずだ。彼らと共に楽しくすごしてくれ」

 グレンは、随分と大人びたことを言う。お前、俺と同い年だろ、とエルヴィスは言ってやりたいような、そんな気持ちになりながら、グレンの話を黙って聞く。

「人は死ぬが、悲しいことばかりではない。止まない雨が無いように、悲しみばかりが降り積もるわけでもないだろう」

 理屈は分かる。それをグレンが今こうして言っているということはきっと、グレンはこのことについて、これまでにも幾らか考えてくれていたのだろうな、と思う。それは少しだけ、嬉しい。

「今日のこともそうだ。父上が亡くなったとはいえ、生きているものは大勢いる。全てが失われたわけじゃない。これから生まれ出でるものもあろう」

「……うん」

 エルヴィスは少しだけ、元気を取り戻す。

 人間とは、ずっとは一緒に居られない。だが、楽しいことはこれからもたくさん、見つかるだろう。人間達は、楽しいことを見つけるのが上手だから。人間達と一緒に居れば、エルヴィスもまた、楽しいことを味わって、悲しみを忘れていくことができるはずだ。きっと。


 ……それでも、ずっとお前がいてくれたらなあ。

 エルヴィスはそう言いたかったが、やめておいた。人間の短い時間を、エルヴィスへの罪悪感や悩みなどで埋めてしまいたくはなかったから。




 そうしてグレンはブラックストーン領主になった。

 今までも代行と名乗っていただけで、実務のほとんどはグレンの手によって行われていたが、やはり実際に父が死んでしまうと、グレンには様々な逆風が吹き寄せてくることになる。

 グレンはすっかり疲弊しながら毎日を送っていた。エルヴィスはそれを気遣って、グレンのために疲労回復によいハーブティーを淹れてやったり、エルヴィスに分かる範囲で書類の整理や処理を手伝ったり、と、できる限り働いた。

 忙しくしていると、人が死んだことを忘れられる。エルヴィスもくるくると働く中で、グレンの父の死の悲しみが徐々に遠く薄れていくのを感じていた。

 ……案外、悲しみを癒すのは、時間なのかもしれない。

 そう思ったエルヴィスは、『なら、エルフは悲しいことが得意な種族かもしれねえなあ』と1人笑う。

 どうか、自分1人だけ生き残って1000年近い時を生きることにはならないように、と願いつつ。




 さて、エルヴィスが人間の国に来て、19回目の夏を迎えた。エルヴィスは里帰りすべく、旅支度を整える。

「お、エルヴィス。そろそろ発つのか」

 エルヴィスは、頻繁な気もするが、1年に1度はエルフの里に帰ることにしている。人間の国の様子をエルフ達に伝えてやると彼らは喜ぶし、エルフ達の話を伝えてやるとグレンが喜ぶものだから、まあ頻繁だけど、これでいいか、とエルヴィスは納得している。

「うん。ちょっと行ってくる。土産、何がいい?」

「そ、そうだな。なら、この間持ち帰ってきてくれた、木の実のケーキをもう一度食べたい。あれは人生で5本の指に入る美味さだった」

「あー、リリエが作ってくれたやつか。うん。分かった。また頼んでみる。他は?」

「土産話をたっぷりと!」

 グレンが頼んでくるものは、毎回毎回、大抵同じだ。食べ物や珍しい植物などの他に、必ず『土産話』を注文してくるのだ。

 これを、エルヴィスは嬉しく思う。グレンは出会ってから変わらずずっと、好奇心旺盛であった。新しいことを吸収しては楽しんでくれる、善きエルフの友なのだ。

「ははは、お前はいつもそれだなあ。分かった。そっちも期待しててくれよ」

「ああ!楽しみにしているからな!」

 グレンの笑顔に応えて、エルヴィスは荷物を背負い、城を出る。馬を一頭借りて、エルフの森の方に向かっていく。

 少しぶりの里帰りだ。




 馬を飛ばせば、エルフの里までは2日かからずに到着する。エルヴィスはつい1年前にも戻ってきたばかりのエルフの里に到着して、そこで大きく息を吸う。

 エルフの森には、植物の生命力と魔力が大いに溢れている。魔法の気配が微かに漂うところも、なんとも懐かしく落ち着く。

「おー、今年は硝子百合が良く咲いてるなあ」

 ガラス細工のように透明な花弁を持つ百合の花をつついて笑えば、硝子百合もどことなく自慢げにしているように見える。花というものは、褒められるのが好きなのだ。褒めてやると上機嫌で、より一層美しくなる。それがまたなんとも可愛らしいので、エルフ達は花を見つけたら褒めてやるのである。

「あれっ、エルヴィス!帰ってきたのか!」

 そこへ、聞き覚えのある声が聞こえてくる。エルヴィスが木の上を見ると、案の定、そこには里のエルフが居た。どうやら、ポーションに使う薬草を採っていたと見えて、腰に吊るした籠の中には様々な植物の葉や根や花がたっぷりと詰まっている。

「ああ。ただいま」

「おかえり!いやあ、今日はいい日だ!お前が帰ってきたってことは、人間の国の話を聞ける!早速帰って、酒の準備をしなきゃ!」

 馴染みのエルフはうきうきとそう言うと、早速、エルヴィスの手を引いて里の方へと歩き出す。手を引かれなくたって歩けるんだけどなあ、と思いつつ、抵抗せずにのんびり歩く。

「エルヴィス。今回は3か月ぐらいこっちに居るのか?」

「まさか!1週間で向こうに戻るよ」

「ええー、忙しないなあ……まあ、人間と付き合ってたらそうもなるか」

 エルフはのんびり屋なのである。一度の帰省で3か月4か月の滞在は当たり前であった。だが、エルヴィスはそんなにのんびりしている訳にはいかない。グレンがエルヴィスの帰りを待っているのだから。

「でも、その分人間の国の話、沢山してやるからさ」

「よーし、言ったな?ならたっぷり話してもらおうじゃないか!」

 エルヴィスは笑い合いながら、エルフの里へと向かっていく。さて、何から話してやるかな、などと考えつつ。




 里では、エルヴィスの帰還を大いに喜ばれた。それはそうである。何せ、エルフ達の間には新鮮な娯楽などあまり無い。それはそれで楽しくやれるのがエルフの特徴でもあるのだが、やはり、新鮮な面白い話などは持ち帰れば確実に喜ばれるのだ。

 エルヴィスは人間の国でのあれこれを話して聞かせる。いかにしてグレンが増税を免れたか。最近の人間の国の様子はどうか。人間の国の植物はどんな奴らか。そんなことを話していけば、エルフ達はエルヴィスを囲んで、頷いたり、目を輝かせたり、驚いたり。新鮮な反応を返してくれる。

 尚、ブラックストーン城の庭師とメイドの密かな恋を応援した話が一番人気だった。エルフは人間の色恋沙汰の話が好きである。何せ、エルフの間に色恋沙汰など滅多に起こらないので、貴重なのだ。


「なあ、エルヴィス。ちょっといいかな」

 そうしてエルヴィスが話していると、ふと、声を上げるエルフが居た。

 彼は齢900を超える老エルフである。里の中核となっている者で、エルフ達は皆、この老エルフを慕っていた。

「お前が付き合ってる人間は、いい奴なんだろう?」

「ああ!グレンはいい奴だ。胸を張って自慢できる!」

「ははは。話を聞いているとよく分かるよ」

 老エルフはにこやかに頷くと、ふと、エルヴィスを見て、真剣な表情を浮かべた。

「なら……そのグレンって奴が治めてる土地とだけ、エルフの里が交流することってできないかね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・・・まさかのエルフとの交流!?グレンだったら喜んで引き受けそうだけど、王国側からしてみたら色々追求できそうな・・・
[一言] リリエさん…何故にてっぺんが取れないのか…?
2023/06/29 21:59 退会済み
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