憎い彼氏と甘いafternoon
私は待っている。軽やかなJazzのながれるおしゃれなカフェで。あいつが来るのを待っている。今日こそは、今日こそは。しっかりと思いを伝えるんだ。
自分の本当の気持ちを。どんな結果になったとしても。きっと大丈夫。そう願うよ。
「っ…」
痛い。いきなりぶつかられた。後ろを振り返るといつもの男子たちが騒いでいる。うるさいなぁと思うけど、ぶつかられたら少し困る。でも結局何も言えなかった。ここは私の通ってる大学の構内。もうすぐ就活を終わりに向かわせなくてはいけない、忙しい時期になるのに緊張感が一切ない。でもそんな男子たちを見ていると少しく「くすっ」となってしまう。顔には出さないが。
「えーみーりんっ」
この弾んだ声は…
「やっほ!何笑ってたの?」
「えっ。顔に出てた?」
「ふふっ。えみりん気づいていないの?結構顔に出てるよ?」
ちょっと恥ずかしい。顔に出さないよう努力していたのだが。ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。意識しよう。頭の中のメモ帳に書き留めた。
「どうしたの?そんな小難しい顔をして」
心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ううん。なんでもない。食堂行こっか。」
「そうだね。今日は何食べようかな〜。」
そう言って私の隣を歩く彼女は時葉さん。コミュ障な私と仲良くしてくれるし、絵美里という名前にえみりんとあだ名をつけたのも彼女だ。理由を聞くと
「そんなの仲良くしたいからに決まってんじゃん!」
仲良くしたいという純粋な気持ちでここまでできるって感心する。
「あっ。木野川だ。」
時葉さんが呟いた。
「知り合い?」
そう言って時葉さんと同じ方向を向くと…
「あ。さっきの。」
そう。あのぶつかってきた騒がしい人だ。
相手も気づいたらしくこっちに歩いてきた。そしていきなり…
「さっきはごめん!ぶつかったくせに誤りもしないで。」
それ今言う?率直にそう思った。けどいい人だなとも思った。そしたら…
「佐藤絵美里さん。僕と付き合ってください。」
「ごめん。ムリ。」
「え…」
私はそう言うと駆け出してしまった。せっかく勇気を出して告白してくれたのに。罪悪感と安心感の入り混じった複雑な気持ちで歩いていると…
「ねぇ。」
ギクリ。とした。
「どうして?俺のこと嫌い?あ。ぶつかったから?」
さっきの…ええと。そう木野川さん。
「別に嫌いじゃないから。でも私はもう恋はしないって決めたの。あの日から。だからムリ。ごめんね。」
今度はちゃんと言えた。
そうして私は彼から逃げるようにその場を離れた。
本当は好きだ。あの太陽のような眩しく、無邪気な笑顔が私にも向くのであれば、その道を選びたい。でももうムリだ。多分一生恋なんかできない。あの日から。
〜高2のとき〜
佐藤さん。佐藤絵美里さん。病院のアナウンスが鳴り響く。殺風景な診療室に入ると神妙な顔をしたお医者さんがいた。
「それで…それで絵美里はどうなんですか?」
「それが…残念ながら…」
私は医者の言葉に絶望した。
「海馬の損傷?」
「そう。幼い頃の事故の後遺症。だから私の記憶は少しずつ薄れていくの。でも私あなたのことは忘れたくないな。」
あぁ。あれは確か前に付き合っていた人に自分の現状を話したときだ。そしたら彼は
「お前が俺のこと忘れるなら俺も忘れる。
覚えていたいなんて甘ったるいこと言ってんじゃねぇ。どうせ忘れんだろ?だったら俺はお前なんかいらねぇ。俺のことずっと覚えてくれている人をパートナーに選ぶ。それじゃあな。」
そう言って彼は去ってしまった。電話はつながらず、メッセージも未読。挙句の果てにブロック。悔しかった。そんなことで彼との糸が切れたこと。楽しかった記憶は薄れていくのに、彼との記憶は鮮明に思い出せる。そして今も私の心を深くえぐっていく。
それでも、恋がしたかった。甘い思い出が欲しかった。いつまでも覚えていられるようなそんな存在の人に出会いたかった。多分その人が木野川さんなんだろうなぁ。そんなことを思いながら河川敷を一人歩く帰り道は少しさびしかった。
翌日、翌々日その次の日もそのまた次も。私は、木野川さんに追いかけられ、交際を断る日々が続いた。
ある日、カフェに誘われた!行こう。自分に素直になろう。そう思えた。
私は待っている。軽やかなJazzのながれるおしゃれなカフェで。あいつが来るのを待っている。今日こそは、今日こそは。しっかりと思いを伝えるんだ。
自分の本当の気持ちを。どんな結果になったとしても。きっと大丈夫。そう信じて。深く行きを吸った瞬間…来た。木野川くんだ。私はその彼の大きな胸に向かって言った。自分の思いを言葉に乗せて。
「木野川くんっ。あのね…」
〜end 〜
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