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格ゲーのキャラ、旅しがち

出したいコマンドが別の入力に化けたので初投稿です。

「もうすぐキルベトを抜けますよ!」


「正直、地名を言われても俺分かんないんで感慨はないんですけど....。」


股下に感じる機械的な駆動音、水色と白のカラーリングのバイク。

風を切る中、横を見ればまるで早送りにしたかのように自然がひっきりなしに移ろう。

そして、前を見ればベールの間から覗く彼女の紡ぎあげたかのような艶やかな金髪。


勿論俺は学生だし、そもそも怠惰でゲーセン通いな人間が二人乗り出来るようなバイクの免許を持っているワケがない。

俺は今、彼女の運転するバイクの後ろに乗っている。


正直、最初は驚いたものだ。

だってマリーさんの感じからしてバイクとか乗るとは思わないし、そもそもこの世界にバイクにあたる物があるとは思わなかった。

それにそもそも徒歩で書庫から礼拝堂へ向かった経験から徒歩で向かう物と思っていたのである。


しかし境界を超える以上は徒歩では二日以上かかるということ、そもそも彼女はこのキルベトなる辺境の土地に赴く際に管理機関から支給されているバイクで来たらしく俺が気づいてなかっただけで建物の後ろに停めてあったことから自ずとバイク移動となったのだ。

第5型魔導エンジン搭載急行用モービル<リヴァイア>

こんなバイクにも態々名称がある辺り、ちゃんとそこら辺の背景も一応は考えられている世界観なんだなと感じた。


「ふふっ、確かにナナイさんは別の世界から来たんですから分からないですよねっ!教会の存在する第六都市アイノンが近づいてきているってことです!」


「はぁ....。」


なんか楽しそうだった。

バイクに乗るの、好きなんだろうか?

俺は正直バイクどころか自転車も乗ったこともないので分からない。

分からないが....よくよく思い出すと友人の一人が自転車に乗るのが好きな奴が居たなとは思う。

なんでも風を切る感覚が爽快らしい。

ちなみにそいつは下り坂でスピード出し過ぎて病院に運ばれる羽目になったのだが。

...スピード狂は碌なもんじゃないな、うん。


まぁその点彼女の運転は今のところは...まぁ許容範囲だ。

なんかはえぇなとは思ったりはするが、危険運転の類はない。

....正直、学生でバイク乗らない奴にその類の判別がつくのかと聞かれればぐうの音も出ないのだが。

...まぁ急行用とか名称にあるし、今は急行するような用がないからスピードを出してないだけかもしれない。


ハザクラさんとかバンバンスピード出してそうだな。

....バイク、乗ってるよね?

俺の今までの経験からあの手のキャラクターは大体走って移動してるとか...いや、礼拝堂に駆けつけた速さからそれはないな!

いくら何でもそれは考え過ぎだ。

うん、いくら出鱈目な性格してるからと言って身体スペックまでその限りじゃないだろう。

一人でさっさと礼拝堂を発っていたが、どこかにバイクとか停めてたんだろうな。

うん、きっとそうだ。


「...バイク、好きなんすね。」


「え?あ、ハイ!なんか...風と馴染めるのが好きっていうか....。私達執行官は普通管理機関から現場に向かう際は飛空艇を使って主要な都市に降りて、そこから各所現場に各々距離によって徒歩やバイクを使って向かうんです。でも、大体書庫がある...用があるところは徒歩で事足りてしまう。...だからこういう場所じゃないと乗る機会ないんです。」


答える彼女はどこか生き生きとしている。

そうでありながらも、最後に彼女は力なく笑った。

...普段乗れないんだとしたら、今バイクに乗れてることに嬉しさを覚えているのも頷ける。

俺にもバイクではないが、似たような経験はある。


「.....。」


まぁとはいえ、目の前の彼女が楽しさを感じる一方で俺は気まずさを感じていた。

このバイクに乗ってからずっと。

その理由は二人乗りということに起因している。


まず思い返して欲しいのが彼女の服装だ。

シスター服っぽいデザインであると言えば聞こえは良いが、その実彼女の服装は清楚という範疇に入るのかと問われれば首を傾げる物である...少なくとも俺はそうだ。

背中はガッパー開いていて丸見えだし、限界に挑戦してんのかと勘違いするほどに短いスカートには追い打ちのようにスリットが入ってやがる。

加えて、太ももは黒いガータベルトだ。


癖が服の形を得ればこうなるのではないかと感じるほどの有様。

俺の世界のシスターが見れば泡吹いて倒れるだろう。

そんな服装を着た少女と二人乗りだ。


二人乗りをする都合上、後ろに乗る人間は振り落とされない為にも前の運転している人間にしっかりと掴まって密着する必要がある。

当然俺は後ろで、前で運転しているのはマリーさんだ。


そう!剥き出し素肌の背中を目の前にして自分から密着しに行かなければいけないのである!

しかも腰もとに腕を回さないと安定性を欠く。

髪も目と鼻の先になるわけだし、ぶっちゃけここまでの旅路で汗ばんでいるわけなので風に乗ってなんか良い匂いが流れてくる。

しかも走行中の風で冷えた体に彼女の温かみが腕を通してじんわりと伝わって来ていた。


アケコンガチャガチャお兄さんの俺には正直荷が買ってしまう状況だ。

ぶっちゃけ興奮しないと言えば嘘になる。

俺もまぁ年頃の男の子で、相手が可愛い金髪少女ならそうなる。

つーか、誰だってそうなるんじゃね?俺悪くなくない?

...いや、俺気持ち悪いな。

それだけで悪いわ。


そして今俺は一文無し及びに宿無しで、彼女が守っていた魔書と契約してしまった自称異世界転移者だ。

THE不審者な俺が普通にのうのうとここに居るのは一重に彼女が俺の言うことを現状は信じるという体を取ってくれているに他ならない。

つまりは彼女の温情なのである。

そんな昨日今日会った仲の俺がそういう下卑た視線を向けているとなればどうなるのか?

想像に難くない。


そんなわけで正直嬉しくないと言えば嘘になるが、大手を振るって喜べる状況でもないのだ。

ある意味俺は今追い詰められてる!

バイク移動をする以上はくっつくのは拒むことが出来ず、それでいてこれ幸いとガツガツ行くほどの度胸もなければ余裕もない。

気にしなければ良いと言われればそれまでだが、童貞君にはきつい要求だろう。

正直バチクソ緊張してるし、手汗掻いてないか冷や冷やしているくらいだった。

なんで意図せずこんな所で窮地に立ってるんだよ俺は.....。

オタク君さぁ....自戒しよ?


「それほどまでに、キルベトという場所は田舎なんですか?辺境と呼ばれるくらい?」


「そうですね....確かにそうでもあるんですが....。一番顕著なのはアイノン...管理機関の飛空艇が停まる、この辺りでは主要な都市と境界で隔てられていることが主な理由ですかね。」


そんな自分を誤魔化すように質問をすると、マリーさんはちゃんと答えてくれる。

境界?

そういえばさっきからよく聞く言葉であるが、境界って一体何なんだろうか?


「境界....って一体なんなんです?」


「あぁ、まぁ...貴方は知らないですよね!そうですね....なんというべきか.....。」


彼女は考えながらカーブを曲がる。

俺もそんな彼女の走行に合わせて身体をくっつけて体重を彼女に合わせて移動する。

彼女に教わった後ろに乗る側のやるべきことだ。

これをするとやりやすいらしい。

ただ単にこれ幸いとくっついたわけじゃない、いやマジで。


「人類が魔書を研究する過程で過去に大きな事件があったんです。それによって瘴気っていう人間を蝕むモノがあふれだしていて、そんな場所と人々の暮らす街を仕切っているのが境界です。それから人々の暮らす場所は境界都市と呼ぶようになったんですよ!....噛み砕いて説明するとこんな感じですかね。」


「魔書を研究する過程で....なるほど。」


彼女の顔は一切後ろからは見えないが、なんとはなしに微笑んでいるのは分かった。

どうやら異世界から来たと自称している俺に配慮してくれた簡単な説明だった。

まぁ、この手の話は格ゲーだと絶対専門用語とか出かねないからな。

普通に助かる。


しかし、それにしてもありがちな話である。

多分研究する過程で起きた事件とやらがこの格ゲーの世界に置ける主人公や主要キャラにとって大きな意味を持っているのだろう。

じゃないと魔書を収めている管理機関に対して残穢さんが敵対的な姿勢なわけがない。

魔書がこの世界で重要な以上は、その事件は一大事件に違いない。

そもそもこの世界の人類の暮らしを根幹から変えた臭いしな、説明を聞くに。

格ゲーの世界は主要な要素が個人か人間の暮らしを一変させがちだから....。

それでいて話が壮大になりがちだし.....。


俺の格ゲーのプレイング経験。

何作品かアーケードモードとストーリーモードを擦り散らかした経験から来た考察だ。

ただ正直それはお前の妄想だよと言われればぐうの音も出ない。

別に外したところで死ぬわけでもなければ、この推理を話したわけでもない。

ただ当たりを付けていただけだ。

外れても気にしないでおこう。

つーかどっちにしろ俺はこの世界の住人じゃないんだから『な、なんだってー!』みたいな反応にはならざるを得ないだろうし。


「遠くからになっちゃいますけど、もうすぐ境界が見えてきますよ。そしたらどういう物か分かってくると思います....ほら!見えてきましたよ!」


彼女は器用にバイクに乗りながらも指差す。

危ないなとは思えど、なんとはなしに運転に慣れてることや彼女の身の上から考えるに走行しながらも片手を使わないといけない状況もあるのかもしれないと感じた。

ほらマリーさんの得物って銃だし、警察的な身の上なら武器使いながらカーチェイス的な事をするのかもしれない。


そんなことを考えていたが、顔を上げてその指差された方向に目線を向けるとそんな下らない思考は頭のどこか片隅へと追いやられた。

山脈のように聳える大きく白い壁。

真っ白でどこか機械的な見た目をしており、表面に何本か刻まれている溝を緑色の光がゆっくりと上から下へと降りていってるのが遠目で見て分かる。

なんていうか前の世界において動画で見たすげぇデカいダムに似ている。

そして特筆すべきなのがその壁が果てなどないのではないかと思うくらいに横に広がっていた。


「すっげぇ...でっかぁ.....。」


思ったことが思わず口から漏れる。

この位置でこの大きさなら、真下にまでどれほどの大きさなのだろうか。

少なくとも見上げても視界一杯を壁が占めるに違いない。


「境界都市というのはその名前を担う主要な都市とその周辺に集まる集落や村、小都市を一塊をそう呼称しているんです。普通は各境界都市の間に境界があって瘴気の侵入を防いでいるんですけど...キルベトはその立地上、盆地に瘴気が流れ込んでいることで境界都市内の主要都市から隔てられた数少ない土地の一つなんです。昔は村があったらしいんですけど、今ではみんな転居して残ってるのはほとんど聖詠教会が管理機関から管理を引き受けている施設だけなんですよ。」


なるほど、道理で辺境と言われているわけだ。

なんというか....この世界の境界都市の規模とかはよく分からないが、俺の居た世界で言うところの県の中で一つの市だけが山脈に囲まれた場所にポツンとあって周辺からハブにされてるって感じだろうか?

思えば民家らしき物をまったく見かけなかった。

それに礼拝堂も廃墟だったし。

みんなこの境界の向こうの主要な都市とやらの近くに移ったんだろう。


マリーさんの丁寧な説明を聞きながら、風を感じる。

刻一刻と境界とやらへ駆けていく俺達。

...まぁなんだ、こういうのも悪くはない。

前の世界において自転車で事故起こした友達(バカ)の気持ちが今の俺には分かるかもしれない。

なんていうか、風になるって感じか?


服を靡かせる風に心地よさを感じ、周りを見れば自然が忙しなく視界を通り過ぎる。

確かに楽しい。

....この世界もやっぱりバイクとか乗るには免許が居るのだろうか?

だとしたら残念ながらそもそもそのかなり前の段階である生活自体の目途が立っていないので乗ることは叶わないだろうな。


「...確かに、良いっすねバイク。風が気持ち良いし、それに自然豊かな風景の中で走るのは...悪くない。」


「はいっ!でも、自分で動かすと更に気持ちが良いですよ!....そうですね...今の貴方では境遇上厳しいかもしれないですけど、管理機関で処遇が決まれば色々と援助を受けることも可能ですし、働き口を見つけてバイクを買う...っていうのもいいかもしれないですね。」


「はは...まぁ、そこら辺は前向きに考えておきます。」


言うてそこまでハマりこんだわけではないのだが.....。

まぁ彼女なりに話があって嬉しかったんだろうな。

それ故に心苦しい所だ。

俺は、管理機関にまで律儀についていく気はないのだから。


そんなことを話していると、遂には門のすぐ傍まで辿り着く。

下から見上げれば、天に対して突き立てるかのように壁が高く立っている。

これが...境界か。

何とも言えない圧迫感があるな。


そしてその壁にぽっかりとトンネルが続いていた。

中は暖色色の照明で照らされているが、かなり長いのかもしくは内部でカーブしているからか暗くなっていて見えない。

あそこから境界の向こうへと行くのだろうか?


「ここからかなり長い間トンネルを抜けることになります。多分、ここを抜けたら外は暗くなってるんじゃないかな?なので風景を楽しむ時間とは一旦さよならです。最後に周りを見回して自然を目に収めておきます?。」


「いや、...別に良いですけど....。そんなに長いんすか?」


冗談めかした言い方で提案するマリーさん。

しかし俺からしてみれば気になるのはトンネルを抜けたら暗くなっているという発言である。

今の空模様は晴天で青空がどこまで広がり、陽の光が隔てなく地へと降り注いでる。

トンネルを抜けるだけで暗くなるなるなんて長さどんだけだよという話である。


「えぇ...途中から同じ風景の繰り返しでげんなりすると思います。...私がそうでしたし。」


彼女は力なくそう答える。


そして、俺が答える暇もなく俺たちの乗るバイクはトンネルの中へと段々とスピードを落としながら入っていった。

さっきまでとは違う人工的な光に、周りを見れば人工的な内壁。

風は感じる者の、外とは違って清涼感はない。

なるほど、確かにツーリングの楽しみって奴をトンネルは見事なまでに殺していた。




ずーっと、ずっーーと同じ壁。

等間隔に頭上から光を注ぐ照明を通過して、曲がったりはあるものの代り映えのしない風景。

段々これが永遠に続くのではないかと錯覚する。

正直どれだけ時間が経過したのかよく分からなくなってきてるし、正直ちょっときつくなってきてる。

後ろに乗ってるだけの俺がきつくなってるなら、前で運転しているマリーさんは猶更だろう。


「...大丈夫っすか?」


「あ、はい!大丈夫です...来るときにも経験してるので.....。」


そう彼女が答えると会話が終わる。

運転中に色々話しかけるのは良くないことだ。

しかしそれにしたって外との落差がひどすぎる。

まぁ、正直同じ光景が続いている以上は話すことなんかなくなるのは道理なんだが。


そう思っていると、道の端の人が立てるくらいのスペースに一人立っているのが分かる。

作業用のつなぎを着た男が、イヤホンを取り付けたスマホのような装置のイヤホンのような部分を壁に当てて液晶に浮かぶ魔法陣を眺めていた。

そして帳簿に何かをしきりに書いている。


「...あれ、何してるんすか?」


「あれはトンネルの壁の結界に綻びが出ていないか調べているんです。瘴気に汚染されている土地を突っ切っているので経年劣化とかで結界に綻びが出るとトンネルにまで浸食してしまいますから。ああやって決められた周期で調査して、報告。綻びが出ていたら術式を補強するんです。」


なるほどな...。

確かに壁で仕切っているはずの瘴気を突っ切っているのは大丈夫なんだろうか?とかさっきからちょっと思っていたのだが、結界で対策がされているらしい。

この世界に結界なんて言葉があるということを初めて知った。


まぁ分かってはいたが、格ゲーの世界観らしいといっても格闘家が縦横無尽して殴り合うような感じじゃなくて結構ファンタジー感は強い世界なんだな。

まぁ前者だったらそもそも俺の世界とそんなに世界自体が変わらなかっただろう。

ファンタジー感強くて助かった。


もし前者だったら俺は自分の居た世界とほとんど同じ世界に金銭などの元から持ってたものがない状態で転移、弱くてニューゲーム状態になってただろう。

....転生してるわけではないからニューゲームっていうよりコンテニューの方が合ってんのか?

まぁ、そんなことはどうでも良いんだが。


「ふわぁぁ....はっ、すみません....。」


「いや、分かりますよ...長すぎですわコレ。永遠に続くんじゃないかなって俺錯覚してますもん今。」


「だとしたら運転してる側からすれば悪夢のようですね.....。ん、...どうやら悪夢も終わりみたいです。見えてきましたよ、外が!」


マリーさんに促されるままに前へと視線を向けると、遠くの方でぽっかりと開いた半円から薄暗い中で木々や道路がオレンジ色の光に照らされているのが見えた。

未だ遠くではあるものの、さっきまでは見えてすらいなかったのだ。

やっと終わりか...と思うと、疲れを吐き出すように息を吐く。


「うまいこと言うじゃないっすか。もしかして...ずっと考えてました?」


「そ、そうじゃないです!咄嗟に思いついただけで....もぉ!茶化さないで下さい!!」


「ははっ、すんませんっ!」


さっきまでどん底に落ちていたテンションが上昇する。

それ故にだろうか、自分の口を言葉が衝いて出た。

マリーさんの返答にも活気が感じられた。

俺と同じくテンションが上がっているのだろう。


出口の半円が刻一刻と近づいてくる。

そしてその半円を通過した瞬間、眼前に広がるのは薄暗く茜色に輝く空。

夕暮れ時。

烏らしき黒い鳥が遠くで編隊を組みながらも空を横切る。


木々もどこかそよそよと控えめに風に揺らぐ。

キルベトから境界までの道路とは違って結構しっかりと舗装されている。

あそこ...そういう所も遅れているんだな....。

なんていうか初めて自分が降り立った地の境遇に、何とも言えない気持ちになった。


「はぁぁ...これで後はアイノンに道なりに行くだけですね。」


俺が言うと彼女はゆっくりと首を振るう。

なんだ....?


「確かに後は道なりに進むだけですけど、時間ももう遅いことだし...まだまだアイノンまで時間がかかりますから一度途中の集落であるゲルセマネで宿泊することになりますね。」


...そう言えば二日かかるって言ってたな。

なるほどね、境界抜けるまでで一日ってことか。

しかし、それならそれで気がかりな点が一つある。


「...今回は、その...礼拝堂みたいな所じゃなくて寝る時とかちゃんと片付ける必要がないくらい......。」


「当然です!ちゃんとゲルセマネの宿泊所に止まることにします!...トンネルから一番近い集落だけあって、トンネル利用者を対象にした宿があるんです!」


主要都市に近いだけあって、そこら辺はちゃんとしてるんだな。

まぁ、そりゃそうか。

キルベトからアイノンは二日かかる。

宿を構えておけば、主要都市を目指した人間が泊るに決まっている。


しかもキルベトにあるのは下請けとはいえ、管理機関の施設。

必ず誰かそのトンネルを利用することになるのは想像に難くない。

なんならトンネルの業者の人だって使うかもしれないしな。

合理的な判断だ。


「...だったら一安心っすね。」


「ハザクラにも諫められましたからね....。行きに利用したので、宿としてはちゃんとしているのは保障しますよ。」


気まずそうに笑うと、彼女は少しだけこちらに視線を向けてウインクをする。

ちょこっとだけドキッとしたけど、まぁ...彼女からしてみればようやく運転から解放されるのだから嬉しいのだろう。

普段は一人なのに、俺と言う同乗者が居るから疲労感はひとしおなはず。

降りたらちゃんとお礼を言わないとな。


「.....。」


そう心に決めながらも、ふと背後に聳える教会へと視線を移す。

白亜の如き境界の壁が茜色の光に照らされて、橙色に染められている。

あの向こうに、キルベト....俺がこの世界に来て初めて地に足付けた土地がある。


もう、戻る機会はほとんどないだろうな。

どことなくそういう確信を抱く。

しかし、そんな境界の壁を見ているとふと既視感に襲われた。


俺は、あの壁に似た風景をここ最近見た覚えがある。

完全に同一ではない、寧ろ頭の中を掠めた光景はかなり血なまぐさい物だった気がする。

目の前に屹立しているのは茜色に染められた壁であるが、寧ろ壁前の地面が赤く、黒く染められていたような....。


そこまで考えてようやくその既視感の理由に気づく。

そうだ、夢だ。

昨日の夜から今日の朝に見たあの夢。


残穢さんが一人、門の前でその力を振るう光景。

そんな夢で見た中で、彼女が守るように背を向けていた門。

それが境界の形となんだか似ていた。



あくまで似ているだけであって、向こうは門だったがこっちはトンネルで穴がほげてやがる。

でも、俺にはどうも無関係には思えなかった。

あれは...一体.....?


「前回行った時にはそこの宿、店主の趣味で窯があってピザを焼いて頂いて...ナナイさん?」


「え...あ、あぁ。それならめちゃ楽しみっすね....。」


マリーさんの話に生返事を返す。

...まぁ、とにかく今はそんなことを考えても仕方のないことだ。

俺はそもそも境界が隔てている瘴気とやらも含めてこの世界を知らない。

結局は誰かに聞かなきゃいけないのである。

そんな考えても分からないことにいつまでも囚われているのは、時間の無駄だろう。


時間がある時...マリーさんが居ない時なんかに残穢さんに聞くとしよう。

...いや、まぁ聞く都合上は彼女の過去を覗き見てしまったことを白状しないといけないわけだが。

正直、言いにくい。

だって明らかにヤバげな光景だったし、そもそもなぜ見れたのか理屈が説明できないからだ。

どうするかなぁ....境界についてそれとなく聞けば俺が彼女の過去を夢で見たことに触れなくて済むだろうか?


これからのことを考えると、溜息を吐いてしまいそうだ。

前のマリーさんはそんな俺に気づくことはなく、斜陽照らす道をひたすらに進んでいた。









木張りの床に白い壁。

部屋にあるのは木製の机にランプ。

そんな部屋の中で、一人ベッドに腰掛ける。


「はぁ.....。」


寝泊まりする場所としては悪くない。

寧ろ良いと言える。

まぁ比較対象があの廃墟であるとすると、普通の宿であればどんな物でも合格になるのだろうけど。


しかし、正直俺の気分は複雑その物だ。

それは今俺が腰かけているベッドの隣に照明を挟んでもう一つベッドがあることに起因している。


簡潔に言えば、俺はマリーさんと一つの部屋で寝泊まりすることになった。

その本人が居ないのは...まぁ、今はその...比喩的な言い方をすればお花を摘みに行ってらっしゃるからである。


「どうしてこうなった...いや、理由は分かってるんだけどさぁ....。」


思わず肩を落として項垂れる。

なんだろう...疲れを取る為の休息の場がホテルの筈じゃない?

なんだか...ここ、居づらいんだけど。


一つの部屋に男女が二人。

これが恋人とか長い友人同士とかそういう親しい関係なら頷ける話だ。

しかし、俺とマリーさんは昨日今日出会ったばかりである。

明らかにこの状況には問題があると言える。


まぁこの状況に関して思う所がないと言うのは噓になるが、けれどもこの状況以外にあり得ないと言えばそうなのである。

納得するしかないというか...なんというか....。


そりゃ最初に部屋を取る段階になった時は滅茶苦茶驚いて、マリーさんに詰め寄ったさ。

良い歳の、それでいて親しくもない仲の男女二人が同じ部屋に寝泊まりするってことはあまりよくないんじゃないか?

そもそも貴方は、そんなよく分からない男が居る環境下で安心して寝ることが出来るのか?と伝えたものだ。


正直心苦しくはあるが、部屋を二つ取るべきだとも進言した。

まぁ?金出してもらう立場でもう一つ部屋取れなんて傲慢だなとも思うが....それでもこう、知らない男と一緒に居る状況よりはマシなんじゃないかと伝えたものだ。


しかし、なんというか...俺の言葉は所謂暖簾に腕押しという物だったようで...。

伝えた二つの事項にきちんと二つの答えが返ってきた。


寝泊まりの是非については勘違いをしてもらいたくないのは、まだ俺自身は参考人であるといえ連行の身であって逃げ出したりなどしないように一応監視する必要があるということ。

そしてそれを踏まえると、自分のすぐ近く....同じ部屋に泊まることでそんな隙はなくなるというもの。


なるほど、これは確かにぐうの音も出ない。

そりゃ違う部屋に泊まるよりも同じ部屋でいつもすぐ近くで見ている方が監視としては完璧だ。

異論を返せない。

別の部屋にしても大丈夫、俺は逃げないと言ったところでそれはそれでこれはこれと言うだろう。

俺がどんな人間であるかは別として、連行する身として万が一を考えていると言われてしまうことは目に見えている。

彼女が言っているのはそういう話だ。


そしてもう一方....よく分からない男が一緒に居る部屋で寝れるのか?といった問いだ。

これに関しては彼女は私強いですから!と胸を張った後に、こちらの様子を窺うような目つきで俺に尋ねてきた。


それに...貴方は、そんなことをする人じゃない。...そうですよね?


もうこれに関しては理屈ではなく、感情に働きかけてる。

昨日今日出会った彼女がなぜそう断言するのか分からなかった。

ただ確かなことはその問いに俺はただ頷くこと以外の手段を持ち合わせていなかったのだ。

だってここでそれを否定してしまえば、俺は女と二人きりの部屋になれば即襲うような性犯罪者予備軍の色情魔ですと言っているようなものだ。


まぁ、なんにせよそう言うわけでこの部屋に居るわけだが....彼女の根拠の不明な俺への信頼がこの事態を招いたとしてもやっぱり居づらいのは変わらない。

そりゃアケコンガチャガチャお兄さんには今の状況は荷が勝っているというもの。

画面端に追いやられた時並みに手には汗が出てるし、無意味に下を見ている。


まぁ、彼女にも見る目が合ったと言えば確かだろう。

俺に同じ部屋になった女の子を襲うなんて度胸、ないもんな!

バキバキ童貞君だからね。

なんなら視線を向けられるかすら怪しいものである。

そういう意味では今の俺は最も人畜無害な存在でありながら、最も情けない存在にも成り下がっていた。

取るに足りないというのはまさにこのことだ。


変に意識しちゃってんな、俺。

バイクで二輪したし、しっかりさっきまで話せてたのになんなんだろうこのざまは。

まぁ、でも仕方ないと言えば仕方ないのか?


未だかつて俺の人生の中で女の事寝泊まりなんて経験したことはない。

...いやそもそも女の子と二輪の時点でないんだけどさ。

でも同じ部屋で寝泊まりするってなんか今までとは違う次元の話じゃん!!

二人きりで密室とか.....普通に緊張するに決まってる。


「はぁ~~~、一人で何考えてんだ...俺。」


脳内で繰り広げられる独り相撲に辟易する俺。

緊張する必要は元来ない。

向こうは監視のつもりなのが主な理由だ。

一重に俺がこの状況に邪な事を想起して、騒いでるに過ぎない。

なんていうか、自意識過剰っていうかなんというか.....。

自分のことながら、恥ずかしい。


せっかく彼女がハザクラさんに言われた通り、俺がまともな就寝環境で寝られるように宿を取ってくれたというのに肝心の俺がこんな調子で緊張からやすらげなかったら本末転倒だ。

それになんか信用してもらっているんだ。

喜んでそれを裏切らないようにすれど、信頼されたことに重圧を感じるのは...なんか彼女に失礼な気がする。

なんとか...なんとか気まずさを取り払わないとな.....。


「お待たせしました、それじゃ行きましょうか。」


そう思っていると、しばらくしてマリーさんが扉を開けて出てきた。

張り詰める糸の如く俺とは違って、彼女はどことなく爽やかな面持ちに見えた。

言い方悪いが、腹ん中に溜まってたものを排出したんだがそりゃすっきりしてるわな。


「いや、大丈夫っすよ別に待ってな.....。」


社交辞令としてそう言おうとした瞬間、俺の腹が間抜けにも空腹を訴えて鳴く。

これじゃ、お腹空かせてマリーさんが戻ってくるのを今か今かと待っていたようじゃないか。

普通に恥ずかしいんだけど。


「フフッ...ナナイさんも待ちきれないご様子ですし、早くご飯を食べに行きましょうか。」


「いや...その、うっす。そうっすね....。」


案の定笑われてしまった。

デリカシーのないことを考えた罰なのか、これが。

テンプレみたいな腹の音を鳴らしてしまったことへの恥ずかしさから、目を合わせることも出来ない。

されど、彼女が待っているということも事実であるので俺はベッドから立ち上がる。


生暖かい視線を感じながらも部屋を出る。

ぶっちゃけそんな目で見ないでほしい。

窓の外は真っ暗であるが、薄く庭園とかに生えてそうな類の木や花壇が見える。

下に庭でも作ろうとしているのだろうか。


『なんじゃ楽しそうじゃのう?そりゃめんこい女子と二人旅じゃ、そうもなるか。....終わらせるのが惜しくなったか?』


「....。」


逸らした目線の先から入る情報に意識を逃がしつつ歩いていると、足元から小声で残穢さんが囁きかけてくる。

今まで何も言わなかったのに、こういう時に限って囁きで揶揄ってくるなんて良い性格している。

ただ...言ってる内容としては、俺がこの状況に辱められたことへの揶揄以外にも俺へ釘を刺しているようにも感じられた。


終わらせるのが惜しくなったか?

問いかけの形だが、要はいずれマリーさんを撒いて行方を眩ませなければいけないのにそんな調子で大丈夫か?という意味だろう。

終わらせるのは自分なのだから。

それか俺の考えがマリーさんに絆されて変わったのかもしれないと思ったのか...。

そう考えると、釘刺し以外にも俺の考えが変わってないか確認の意味合いもあったのかもしれない。


だとすればそれは杞憂というものだ。

俺の考えはまったく変わっちゃいない。

残穢さんとは契約を結んでるわけだし、聞いた話的にも俺の経験的にも権威組織に関わるのはまずそうだ。

そこら辺は分かってる。

唯一感じたのは...こう、なんか行方を眩ませるにしてもマリーさん自身にそれを察されたくはないなと感じた。


ほら、もしマリーさんがそれを知ったら俺悪い人って思われるじゃん。

自分の連行から逃げ出したから~みたいな感じで。

ここまで良くしてくれた人...しかも可愛い女の子に悪人だと思われるのはこう..なんか嫌だな。


...そう言えばよくよく考えてみれば残穢さんは俺がバイクに乗ってキルベトを発ってからはまったく一言たりとも発してないな。

人生初めての女の子との二人乗りだったりで気が回らなかったのもあるし、なんなら境界を見て俺が昨日見た夢を想起してどこか残穢さんに話しかけづらさを感じたのかもしれない。

しかし、それは残穢さん自身が黙っていたことの理由にはなってはいない。

あの人、見た目とは違って結構喋る人だと俺は思ってるんだが....何か思う所でもあったのだろうか?


境界の事や今日何故ずっと黙っていたのかなど聞きたい事は沢山あるし、なんなら揶揄われたままなのはなんか癪なので意趣返し出来るならしたいものだ。

されど、目の前で意気揚々と歩く少女が居る状況がそれを許さなかった。

部屋に帰っても彼女は距離感を保っているだろうが同室に居る。

果たしてこの後、残穢さんと話す機会はあるのかどうか....。


宿泊する所の隣、木組みのログハウスのような場所が食堂らしい。

外を出れば目の前に広がるのは夜の闇。

まるで今の自分を取り巻く状況のように先が見通せない。

そんな暗がりを俺達は空腹を満たす為に行軍していった。

背中が見えるような服装の可愛い女の子とバイク二人乗りしたい...したくない?

そんな気持ちで書きました。

こいつ小説書く時、性癖入れないと書けねぇのか....(呆れ)

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