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三年生 春・崩壊の序曲

 何とも恥ずかしいことをしてしまったものでしたが、この冬の長期休暇で、ショコラーテ家との婚約も改めて強固なものとなり――と言うかなりすぎて。

 お義母様はもう、張り切ってらっしゃいまして。学園の卒業後にはすぐに結婚式を挙げると方々に手を尽くしてらっしゃいました。ショコラーテ家から帰った時には、お父様から「何したんだ」と問い詰められる始末でした。

 でも、婚前交渉があったかを聞くのはデリカシーがありませんわね。その日、お父様は頬っぺたのもみじについて、同僚にからかわれることになったらしいですわ。

 さて。それはともかく。

 本日を以って、私は学園三年生。学生最後の年の始まりと相成りました。

 

(エンディングまであと一年。だけど、私たちのエンディングまではあと……)

 

 もう一人の私のつぶやきに、人知れず頷きます。というのも、夏のイベントで、学園の環境が大きく変わるのです。

 それは、『断罪』イベント。

 夏の長期休暇の直前、夏季授業終業式の日。この時、三年生は卒業式の予行演習としてダンスパーティが開かれます。

 ここで、ノアさんとエンディングを迎える攻略対象と、その婚約者間で、婚約破棄のイベントが発生するのです。

 ガトー様がいくら正気に戻られたとて、『シナリオ』の強制力がどれほど働くのかが未知数です。

 ――今も、ガトー様はノアさんの()取り巻きさん()達と行動しております。

 しかし、以前と違ってガトー様がノアさんに懸想しているわけではありません。ガトー様は、元々、王家に仕える事を目的としてお勉強されてきました。

 現在、第一王位継承者であるカモミル王子がノアさんと行動している以上、ガトー様はその派閥から抜けることができないのです。

 そのため、今でも私の『断罪』イベントの道筋は、残ってしまっている可能性がある。というのはもう一人の私の警告でした。

 しかし、気になるのはノアさんの攻略状況です。

 ノアさんが、ゲームの中であるところの『ハーレムルート』を目指しているらしいのは、間違いありません。

 しかし、問題は攻略対象ではない男子生徒をも取り込んでいる事です。

 このため、ノアさんと対立しているのは、一部の高位貴族だけではなく、学園の女性と全員、という一大派閥となっています。

 本来のシナリオでは、対立している悪役令嬢同士ですらタッグを組み、一部の令嬢たちのご両親様達が、教会への抗議を入れている始末です。

 ゲームの内容溶離も、範囲が大幅に広がってしまい、王国はこの醜聞を国外に出さない様に苦心しているとのことでした。

 

「王家としては、聖女を王家に取り込みたいからか、王子の手綱を取られていることに対しては放置の考えのようだ。

 ……正直、少しがっかりしたよ」

 

 はは、と力なく笑うガトー様。今は、週末のお休みを、ガトー様と二人で過ごしています。

 話の内容はともかく、去年までは夢に見ていた状況で、とても幸せでございます。

 

「おっと、せっかくの観劇に無粋な話をしてごめんね」

 

 劇の開始のアナウンスが流れたことで、ガトー様がそんなことをおっしゃいました。

 

「いいんですのよ。学園の外でしか話せないことはありますもの。

 楽しい時間は楽しい時間。メリハリをつけてくださるのであれば、私は一緒に居る事ができるだけでも、楽しいんですもの」

 

 もう一人の私のアドバイス。良い恰好だけ見せ続けるのはストレスが溜まります。本当に一緒にいるのであれば、ストレスを共有し、ガス抜きができる相手だと思わせる事、だそうです。

 弱みを見せれるだけの、そして弱みを許容できる関係こそ、長続きできるのだそうです。

 もう一人の私は、そうやって男が折れるもの、と我慢してきては破局するカップルを数多く見てきたとのことでした。

 ガトー様が我慢して、私だけが伸び伸びとする。破滅の未来を見た身としては、たとえ学園生活を乗り越えたとしても、いずれは同じような未来が来てしまいそうな気がして。

 それに、あの凛々しいガトー様が、私にだけ弱いところを見せてくれるというのは……なんかこう。特別感があっていいものですしね!

 思考が明後日の方に向かってしまいましたが、せっかく一緒に見ているのです。観劇の方に集中するといたしましょう。

 劇の内容は……、正直、思っていたものとは違いました。

 事前情報では、かつて簒奪に合った王家の血筋が平民に落ち、その末裔である少女が仲間と共に王家を復興する――という話でした。これは、現在の王家にも通じる話で、有名な逸話であります。

 当然、私も歴史の一部として似たような話は履修済みであり、他の劇団による演劇や、小説なども読んでおります。私たちが見ているのは、その復興劇の一部、仲間を集める所の逸話の一つ――のはずでした。

 しかし、内容が随分違うのです。

 仲間を集めるために諸国を回る話が、何故か留学生塗れの国立学園、と言う訳の分からない場所で仲間を集めているのです。

 当時の王朝は独裁政治。人質ならまだしも、そんな国の国立学園に諸外国の王家の人間を集めたなどと、将来の国際紛争の火種にしかなりそうにありません。

 主人公のいきさつも違っておりました。

 主人公の少女は、何故か王家の血筋であることを初めて知る場面がありました。本来であれば、この話の前、当時の王朝の騎士が彼女をさらおうとしたところ、雌伏の時を待っていた近衛騎士団の手助けを借りた所で、その血筋を知るはずです。

 しかも、その手段は神のお告げ、というものでした。

 

「バカバカしい」

 

 劇が終わり、まばらな拍手の中、ガトー様は憤慨の声を上げながら立ち上がりました。

 

「行こう、チェリッシュ。ここは気分が悪い」

「はい……」

 

 正直。

 私としては多少の改変はいいと思うのです。娯楽作品であれば、演劇を監修される方の世界観が入っても、拡大解釈があっても、歴史に矛盾がおこるような改変があったとしても。

 話につじつまが合っていたり、新鮮な解釈があったり、それはそれで別の世界観だと楽しむことができると思うのです。

 ただ、今回の演劇は何か、歯車がかみ合っていません。

 話の流れも無理やりだし、ご都合主義が蔓延しております。何か困ったことがあれば神のお告げで何とかなり、生徒たちが主人公に賛同するシーンも、訥々にやってきては何故か愛をささやく始末。

 それでいて役者の質も悪く、台詞と表情、演技がちぐはぐで、没入感よりも疑問が先に湧き上がってしまいました。

 私は、ガトー様と共に少し遠くのカフェテリアへと入りました。しばらくして、机に着いた私の前には果物のお茶とクリームのケーキ、ガトー様には黒豆茶(コーヒー)が並びます。

 

「……正直済まなかった。人気の劇と言うので来て見てたが、下見もなく来たのは失敗だったね」

 

 お茶が揃ってまず、ガトー様は突然頭を下げました。私はそれに驚きました。

 

「そんな、ガトー様が謝る必要なんて」

「いや、必要がある。君に、あんなひどい劇を見せることになるなんて。一体、どこが人気なのか理解に苦しむ。

 一体だれが、あんな当てつけのような内容を」

()()()()?」

 

 私が、ガトー様の零す言葉に疑問を返せば、ガトー様は目を丸くして私を見ました。なんでしょう?

 誰か知り合いでもいたのかと、私は後ろを振り返りますが、特にめぼしい方は見当たりません。

 

「あ、いや、気付いてなかったのか?劇の内容が、まるでチェリッシュのことを指していたじゃないか。

 それに、チェリッシュだけじゃない。例えば、ラプンツェル嬢だとか」

「えっ?」

 

 私のことが劇に?ラプンツェル様も?

 私は劇の内容を――もう朧げにしか覚えてません。それほど内容も印象が薄かったのですが――なんとか思い出そうとしました。

 

(異国から来た王子、それを追ってきた外交官の親を持つ貴族の娘がいたよね。彼女の行動、演技の質はともかく、ゲームの中のチェリッシュそっくりだったよ。

 ヒロインの行動が、異国の王子の邪魔をしてる、って難癖つけてたでしょ)

 

 そう……でしたっけ?もう一人の私の力も借りて、なんとなくガトー様の行っている事と当てはめていきます。

 

(ヒロインを攻撃する令嬢のリーダーの衣装もね。

 服の色合いとかは、ラーディッシュ家の家紋に照らし合わせてるようだったよ。高笑いだけは評価するけど、普通の台詞がボロボロで、高貴さなんて欠片もなかったけど)

 

 うーん。言われてみればそうだった気がします。

 ただ、段々と思い出してきました。確かに、どこかデジャビュはあったのです。ただ、覚えている内容と目の前で繰り広げられている物のクオリティが違いすぎて、一致せず、余計に「違うものである」と言う認識になっているだけで。

 

「ちょっと気になるな。あの劇団のスポンサーも調べておこう。

 それに最後の流れも」

 

 話の最後は、ヒロインを攻撃していた令嬢たちが、その婚約者たちに婚約破棄を次々と突きつけられて終わりました。

 そのテンポの良さは、無駄にクオリティの高い効果音と合わさって、まるで喜劇のようにすら移り、恥ずかしながら笑いがこみ上げてしまったので覚えております。

 

「実は、カモミル王子たちも、夏の終業式の予行パーティで何かを計画してると言うんだ」

 

 ガトー様の話に、ドキリ、としました。それは、間違いなく『断罪』イベントの香りです。

 

「僕は付き合うつもりはないけど、何をするかだけでも把握しておかないと、とんでもないことになりそうだ」


 ガトー様の言葉に、内心ホッとしました。ガトー様は、その一連の流れに加わることはない、と仰ってくれたのですから。

 しかし、そうなるとカモミル王子はラプンツェル様と婚約破棄をするのでしょうか。

 話を聞いている限りだと、王家はノアさんを取り込みたい、と思っているのはわかります。しかし、ノアさんは聖女の二つ名こそ持っていますが男爵家であります。

 諸外国との位置づけを考えれば、ノアさんだけの爵位を上げなければ正室には無理です。爵位と釣り合いの取れているのはラプンツェル様を置いて他にはいないでしょう。別に、ノアさんの保護者の方は、ノアさんを保護しただけで爵位が上がる実績があるわけでもないのですし。

 それに、既に王妃としての修練を納めておいでです。今からノアさんに仕込むにしても、その完了は早くても5年はかかるのではないでしょうか。

 現実的な策としては、ラプンツェル様を正室に、ノアさんを側室に、というのがいい塩梅です。

 

「それにしても気付かなかったとは思わなかった。まぁ、チェリッシュに当てはまりそうな役どころの娘は、チェリッシュとは全然違うことをやってたしね」

「想像もつきませんでした。ラプンツェル様も、腕が細すぎて」

「いやまぁ……彼女は確かに体型から違うけど」

「ええ。私、見たままでしかわからないところがありまして。想像力が足りないのかしら」

「いや、見たままを見たまま捉えることができるのも、立派な才能さ。僕なんか、穿った見た目しかできなくて、こんな邪推しかできない」


 ガトー様は、そうやって微笑みました。


 ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。

 結末は近いです。

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