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二年生 冬・ガトーとの長期休暇

「あの、お世話になります」

「うん、いらっしゃい」

 

 馬車から降りた私の手を取り、ガトー様がにこやかに笑いかけてくれました。

 

(ここが天国か)


 もう一人の私も、夢身心地でつぶやいております。全くの同意です。

 王立学園は、貴族の学校です。当然ながら、そこに通う子息子女は、将来貴族として、領地を経営することになります。

 そのため、時期ごとに半月の長期休暇が用意され、領地で両親の経営を手伝う課題を出されるのです。

 私は、外国の人間なので、この課題に当てはまりませんでした。丸々お休みに使えるので、その点留学生はうらやましがられるのだとか。

 私は、長期休暇のたびにガトー様をお誘いしたりしていたのですが、この度一足飛びにガトー様のお家へお邪魔させてもらうことに相成りました。

 緊張で倒れそうですが、ガトー様の前でこれ以上みっともない真似はできません。足を踏ん張って緊張に耐えるのみです。

 ガトー様のお家には、昔来たことがありましたが、それもおよそ10年弱前の頃です。この背丈になれば、ずいぶんと違った印象になりました。

 ガトー様に連れられて、屋敷の中へ案内されます。

 

「まぁまぁ、チェリッシュさん、お久しぶりねえ。ようこそ、わが家へ」

「まったく、同じ学園に通っておきながらようやくか。我が子ながら情けない」

 

 扉をくぐった先には、ガトー様のお父様とお母様が出迎えてくださいました。私は、カーテシーをしながら挨拶をします。

 

「ご無沙汰しております。おじさま、おばさま」

「やだもう!おばさまなんて他人行儀な。お義母様(かあさま)、って呼んでもいいのに」

 

 ――()()()

 

「……チェリッシュさん?」

 

 つ――、と。私の頬に、水滴が流れていきました。

 私は。

 

 ……私は、怖かったのです。

 ガトー様に袖にされ、ひょっとしたら、ご家族の方も、そうなのではないか、と。

 それが、ガトー様のお家に呼ばれた理由なのではないか、と。

 そうです。私は緊張していました。ひょっとしたら、幼いころの婚約など、なんの保障にもなっていないのではないかと。

 それが、怖かったのです。

 ガトー様のお母様に、「お義母様」と呼んでいい、などと。

 それはつまり――私の恐怖は、存在しない物におびえていただけだったのだと。

 安心して――つい。ほろり、と安心がこぼれてしまったのでした。

 

(よかったね。チェリッシュ。















 ――まぁ、向こうはそれどころじゃないけど)

 

 もう一人の私からも、優しい言葉をもらい。……そして、彼女の言う通り、私としてはちょっと見たくなかったな、という現実の方に目をやりました。

 

「調べていた通りではないか!ガトー、お前何をしとるんだお前!」

「すみません!これには訳が!」

「訳も何もあったものじゃないでしょう!チェリッシュさんが泣いてらっしゃるのよ!?」

「彼女が理由なく泣くわけがないだろう!吐け!お前何をしていたんだ!」

「説明いたします!説明いたしますから!」

 

 私が一筋、涙を流したことで、ショコラーテの方々は大混乱に陥っていたのです。

 どうやら話の端々によれば、ガトー様が私を袖にしていたのは、ご家族の方々もそれとなく認識していた様子です。

 しかし、それは思春期の流行病のようなもの。人前だからこその対応に違いない、と息子を信じていたようでした。

 しかし、私が涙を流したことで認識は一転。会話の前後から、ガトー様のお母様の言葉が要因なのは間違いないのが丸わかりでした。

 しかし、それを拒否・嫌悪の類だと思ったらしく、「チェリッシュ・クラフィティはショコラーテ家に嫁入りしたくないようだ」「理由は息子が不甲斐ないからに違いない」という思考に至ったようで。

 ガトー様のお父様もお母様も、ありがたいことに私のことを、さぞ気に入っていただけた様子で。恥ずかしながら、試験の成績や母国での活動もご存じでした。

 ガトー様のお母様は、私が母国でガトー様のためにと、いろいろと努力していたことをご存じだったのです。

 

(遠距離恋愛で、ほとんど会えないにもかかわらず、甲斐甲斐しく努力しているって知れば、そりゃお気に入りにもなるよねぇ。

 そしたら、ガトーったら)

 

 もう。あなたまでガトー様のことを悪く言わないでいただけますか。

 ご両親だけでなく、執事やメイドたちからも冷ややかな目線を受けて、ガトー様はうまく喋れる状態ではないようでした。

 ご両親の怒声と勢いに、たじたじとしているガトー様を庇うように、私はガトー様のご両親の前に立ちました。

 

「落ち着いてくださいませ、お二人とも」

「チェリッシュさん……」

「し、しかしな」

「いいのです。私の努力が至らなかったばかりに、私が勝手に悪い方向に考えただけです」

「ああ、チェリッシュさん」

 

 私が説得に入れば、ガトー様のお母様が私に縋り付きました。その目には、既に(うる)みが見えます。

 肩に寄りかかられている関係で、体が動かせなくなってしまいましたので、首だけ背後のガトー様に向けます。

 

「ガトー様。説明、いただけるんのですね」


 ガトー様は、こくり、と頷いた。

 一旦、リビングのソファに全員で座り、仕切り直しを図ることにします。私とガトー様が並び、向かい合ってガトー様のお父様、お母様が並んでいます。もうドキドキです。

 紅茶と茶請けのクッキーも用意され、お互いに一度紅茶で口を湿らせ、気持ちを落ち着かせます。

 

「……きっかけは、去年の春期試験です」

 

 ガトー様が、ゆっくりとノアさんの話を始めました。それは、私の――もう一人の私が知っている流れと、まったく同じでした。

 ゆくゆくは、カモミル王子の側近の一人として鳴り物入りで入学したガトー様は、最初の試験で、ノアさんに順位を抜かされていることを知ります。

 入学時であっても、通常入学式のあいさつが入学試験の首席であること――その年は当然王子であるわけで――から、具体的に成績順などはわかりません。ですので、実際の実力差は、春期試験の時に発覚するのです。

 そして一位に君臨するのが、王子でなければ、稀代の天才と噂されているヤキトーラ様でもなく、平民から上がってきた聖女であることに、非常に驚いたそうでした。

 必然、注目の的になるノアさんでしたが、聖女であるという鳴り物入りの他に、既にカモミル王子を始めとした王家の方々、有力な貴族のご子息とも懇意にされておりました。

 それほどの傑物か、と話してみれば、どうも今まで知り合った令嬢たちとは違う雰囲気に、思わず気になってしょうがなくなってしまったということでした。

 聖女であるという、教会を後ろ盾にした権力を笠に着るでもない、成績や実力を奢るでもない、正に聖女という称号にふさわしい姿に、いつしか王子ではなく、王子と共にあるであろうノアさん、ひいてはノアさんに仕えようとまで思ったそうなのです。

 そして、それは周囲の男性も同じように考えていたとのことでした。

 その話を聞いて、ガトー様のお父様は、「ううむ」と唸りました。

 

「それは……まずいな」

 

 一方で、ガトー様のお母様はガトー様の心配をしています。

 

「ガトー。その話をしたということは、あなたはもうなんともないの?」

「ええ。母様。実は、そのことに気づいたのもつい最近なのですが、それに気づいてからというもの、ノア嬢を見ても……その、なんというか、以前感じていた優しさ、というか、神々しさ、というか。

 そう言った感情を感じなくなっているのです」

「そう……」


 そうして、ガトー様は私の方に振り向きました。

 

「チェリッシュ。本当にすまなかった」

「ふぁっ!?」

 

 ガトー様は、そう一言謝罪を述べて、私の手を取ったのです。思わず、変な声が出てしまったのも、やぶさかではありません。

 

「チェリッシュの気持ちに気づいてなお、あんな態度をとっていた、あの頃の僕は本当にどうかしていた。許してほしい。

 もし、許せないのであれば、婚約を破棄してもらってもいい」

 

 ……ガトー様の言葉に、興奮していた頭が、スッ、と見えるのがわかりました。

 

「ガトー!お前――」


 思わず声を荒げ、立ち上がったガトー様のお父様でしたが、それを制したのはお母様でした。ガトー様のお母様は、私をじっ、と見つめています。

 私に、委ねるというのですか。……そう、ですね。

 きっと、これが私の、初めてのお義母様への親孝行となるのでしょう。

 私は、ガトー様の方を、じっと見つめなおしました。

 

「――ガトー様」


 ……自分が思っているよりも、低い声が出てしまいました。そのせいか、ガトー様は、私のが話し始めると、眉を下げて、目を閉じました。

 まるで、死刑の執行を待つ罪人の様。

 

「――……見くびらないでくださいませ」

 

 私の言葉に、ガトー様はきょとんとした表情をしました。――ああ、そのようなお顔、初めて見ました。

 

「私が、何故、努力してきたとお思いですか。

 私が、何故、ガトー様の御傍にいたとお思いですか。

 私が、今更そのようなことを告白されたとして――見捨てると、お思いですか」

 

 私は、ふとこの半年を思い返していました。

 この国に来て、学園に向かい、初登校でお迎えに来て下さったガトー様に嬉しく思い。

 それでいて、校舎に入ってすぐにノアさんの所へ向かったガトー様に悲しく思い。

 成績を上げても、お昼をお誘いしても、そっけなく扱うガトー様に怒りを覚え。


 ――それでも、私は。何故、ガトー様を?


(チェリッシュの夢だもんね。ガトーと一緒に過ごすこと)

 

 そうなのです。もう一人の私の言う通りなのです。

 今でも、幼い日の、エスコートをしてくれた頼もしいガトー様の御姿が、心に残っているのです。将来、国のために、とお勉強を頑張るガトー様の御姿が、輝いているのです。

 たとえ相手がノアさんだったとしても、その丁寧さも、努力も、何も変わっていなかった。

 もし、もう一人の私がいなければ、それが『シナリオ(シュガーアワーズ)』の強制力であると思わなければ。私は――きっと、夢破れたと。怒り、狂い、暴挙と呼べる行動に走っていたでしょう。

 それでも、『シナリオ』の私はガトー様を恨まなかった。すべての元凶はノアさんであると、凶行に走った。

 気持ちはわかります。きっと私もそうしていたから。

 どんなに怒っても、悲しんでも、それをガトー様が悪いと、私は銅にも思えなかったのです。

 

「ガトー様。私は、貴方を今も、お慕いしております」

「……チェリッシュ……ありがとう」


 珍しく、涙を潤ませるガトー様。なんと美しいのでしょうか。

 そう、過去の自分を苛み、反省することができたのは、やはりガトー様だからだと、私は思うのです。

 

「……孫の顔は、卒業すれば見れそうねぇ」

 

 その言葉――お義母様の言葉に、は、と。この場に二人きりではないことを思い出して、私はお二人に顔を向けましたところ。

 お義父様は、なんだか顔を背けてらっしゃるし、お義母様の方は頬に手を当てて、それはそれはにっこりしておりました。

 ああ、なんて恥ずかしい。とんでもないことを言ってしまった気がしますわ。

 

「あの……チェリッシュ。手、を」

 

 ――手?

 ガトー様に言われて、私は自分の手を見ました。

 その手は、しっかりとガトー様の御手を、両手で包んで握りこんで……え?

 

(いや。そういうノリだと思って)

 

 ――もう一人の私ィーーーーーーっっ!!

 ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。

 ショコラーテ伯爵は、王家の人材が一人の女性の手の中にいることを危惧しております。まぁ、そのあたりは話を聞いた内容でうっすらわかっていただければ。

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