二年生 秋・聖女ノア
元平民の身の上の筈だったノアさんは、聖女と言う肩書だけで学園に在籍しているようなものではなく、実に大したものでした。
この学園では、貴族の嗜みとして魔術の練習も行います。魔術の存在は、もう一人の私がやけに乗り気であり、非常に興奮しておりました。
「えいっ!【ウォーターバレッド】!」
私が魔力を練り、掛け声とともに右手を的に向ければ、手のひらから生まれた水滴が、すごい勢いで向かっていきます。
それは、バシッ、バシッ、といった破裂音とともに的を揺らします。
「素晴らしい命中力ですわ、チェリッシュ様」
「恐れ入ります」
担任の行使の方からも褒められました。もっとも、私はあくまでこの学園の、一生徒として優れた、程度の評価。本当の才能のある方々には遠く及びません。
遠くの方、男子側に目をやれば、一回のテストごとに的が取り換えられることはザラだったのです。
今はガトー様の番です。私と同じく右の手のひらを的に向け、魔術を発動させます。すると、無数のつぶてが的に向かって発射されるのです。
瞬きの間に、的はぼろぼろの穴だらけになったのでした。
(うわ、こっわ)
もう一人の私が的の惨状を見て呟きます。それは分かりますが、私としては、そんな強力な魔術を発動させてなお、疲れを微塵も見せずに壇上から降りるガトー様の雄姿に、釘付けでした。
こちらでは、続けてラプンツェル様の番です。
「はぁっ!【エア・プレッシャー】!」
ラプンツェル様の突き出した剛腕から、不可視の波動が迸ります。それは、試験の的を根元から折り、吹き飛ばしました。
(……いやあれ魔法?正拳突きの風圧じゃない?)
まさか。公爵令嬢の細腕で、そんなことできるわけがないじゃないですか。
(私の知ってる細腕は、ガトーのウェストよりは細いよ)
もう一人の私は、不思議なことを言うものです。
そうこうしているうちに、男子の方はカモミル王子の番になっています。王子の魔法は、王家の血に代々伝わる、光の属性です。
王子が大きく振りかぶると、その頭上には4本の光の杭が生まれました。それを、投げつけるようにオーバースローの動きで腕を振るいます。
途端に、浮いていた光の杭が、次々と目標の的に突き刺さっていきます。杭の軌跡が、光の粒子となって舞い散る光景に、私以外の生徒も、ほう、とため息を漏らしてしまいました。
そして、次はノアさんの番でした。ノアさんは、その瞳に宿る『虹の祝福』のおかげか、世にも珍しい『虹』という属性の魔術を使うことができるのです。
珍しい光景を期待して生徒たちが見守る中、ノアさんは的に向かい合います。
――瞬間。
ノアさんは魔術の発動となる呪文も唱えず、その瞳を光らせました。ぶわり、と突風が的から巻き起こり――爆音が響きます。
黒煙と風圧が観客である私たちに襲い掛かりますが、先生の張っている障壁のおかげで一定以上の圧力は私たちに影響を及ぼさないので、問題はありませんでした。
「……ふ、いつ見ても素晴らしい虹魔法だ」
「俺たちも精進しないといけませんね、王子」
そんな、カモミル王子と、近衛騎士見習いの、王子付きの生徒であるランド様が話しているのが聞こえました。
(いやいやいやいや、魔法じゃない。あれ絶対魔法じゃない。レーザー出てたよレーザー)
もう一人の私が、恐怖を交えながらそんなことを言っています。れぇざぁ、というのがなんなのかわかりませんが、どうやらあの虹魔法について知っているようでした。
*--
途中から編入したおかげで、ノアさんの学力を知ったのは秋期試験のことでした。
張り出された成績順では学年トップ。天才と名高い、王宮魔術師の直系男子のヤキトーラ=チャウッケン様と僅差で一位を取っていたのです。
(そりゃロボット相手じゃなぁ)
などと、もう一人の私がぼやいています。なんでも、ノアさんのような見た目の生き物を、ロボット、という名前で知っていたのです。もう一人の私は、私の知らない知識が豊富で驚きです。
ちなみに私の順位は、12位でした。計算などは、もう一人の私がやってくれたおかげで、なんと満点近くが取れたのですが、他の科目が足を引っ張ってしまっていたのでした。
(まぁ、ガトーの攻略には成績は絡まないからね。十分十分)
もう一人の私が、そうやって慰めてくれます。しかし、それも私の視線の先にいるガトー様の様子を見ると、どうも、心に響いてはくれないのです。
「1位とはすばらしいな。私も君に追いつきたいものだ」
そうやって、ノアさんをほめちぎるカモミル様。そして、それを見守るガトー様のお姿を見てしまえば。
ちなみにガトー様の順位は10位。せめて、あの方に切迫するまで頑張らねば、私のことなど見向きもしてくれないように感じるのです。
(ダメダメ、そんな気長にしてたら!時間は待ってくれないよ!)
「ちょ。ちょっと」
ガトー様を眺めていると、不意にもう一人の私がそう言いだしました。それだけでなく、私の足が勝手にガトー様へ向かうのです。
もう一人の私は、短時間だけなら、私の体を――全身ではなく一部分だけですが――操作することができたようなのです。
ああ、やめてください!そんな、淑女らしくない歩き方は恥ずかしいですわ!
(言ってる場合か!)
「……ん?ああ、チェリッシュ。どうしたんだ」
きゃあ!言っている間に、ガトー様の近くまで来てしまいました!ガトー様も、私に気が付いてしまっています!
そうですよね、あれだけ足音を響かせれば気づきますよね!
うう、は、恥ずかしいですが、淑女足る者、相応の対応をしなくては……。
「ご、ごきげんようガトー様。10位、おめでとうございます」
「ん?あ、ああ。ありがとう。
でも、私などまだまだだ」
「そんなことございませんわ。私なんて12位ですもの」
ご自分を卑下されるガトー様に、そう言いました。その言葉に、ガトー様は驚いたような表情を見せました。
そして、張り出された成績表を見ます。
「……そうか。君は、昔から勉強が苦手と言っていたのに、ずいぶんと頑張ったんだな」
「――ええ。そ、そうですわね」
何せ、その成績の半分以上は、私の努力ではないところからの点数ですので……。
「……ガトー様に、近づきたくて、がんばりました」
もう一人の私!何を言わせますの!?
今の言葉は、私の物ではありません。もう一人の私が、勝手に口を動かしたのです。
「――チェリッシュ?」
「あ、いえ、今のは」
私が、思いもよらぬ言葉を放ってしまい、頭の中でフォローをぐるぐると考えていると、ガトー様も呆然とした表情で私を見てきます。
ああ、変な女だと思われましたでしょうか。
そこで、聞き覚えのある声が響きました。
「きぃーっ!どうなっていますの!?」
その声に視線を向ければ、張り出された成績表の前で、悲しむでもなく、あきらめるでもなく、声を上げて無念を訴えているのは、ラプンツェル様です。
その順位は、3位。2位のヤキトーラ様、4位のカモミル王子に続く、僅差の争いでございました。
「く、まだ足りない……まだ足りないんですのね!次こそは、必ずやもっと上の順位に立って見せますわ!」
しかし、ノアさんには届きません。不正を疑うでもなく、実力差によるものだろ切り捨てて、なおも努力するラプンツェル様のお姿は、それはそれは見事なダブルバイセップスで輝いていたのです。
しかし男子生徒たちは、どうもカモミル王子よりも高い順位になったことを、不正をした、などと口さがない噂を立てていたのです。
もっとも、そう言う方々には、女子のネットワークで、もれなくご両親に貴族の誇りもない行動をしていると、それとなく伝わることになりましたが。
*--
そうして秋期試験を終えた私たちを待っていたのは、体育祭でした。
「ええい、ノアさんを止めるのは私ですわ!どっせーい!」
王子様の凛々しいご活躍に黄色い声援が飛び、ラプンツェル様の躍動する肉体にエールが飛びます。体当たりを仕掛けてくるノアさんを、真っ向勝負で受け止めるラプンツェル様。
しかし、徐々に騎馬ごと押し返され、ノアさんの圧に負けてズルズルと轍を伸ばしてしまっていました。
今は、女子学生のみの騎馬戦です。私参加せず、応援の方に回っております。
なぜか、ノアさんは単独で駆け回っておりますが、それに関して誰も物言いはかかりません。一人、縦横無尽に駆け回っているのです。その動きは、まさしく暴れ馬と言いましょうか。
(いや、というかキャタピラであの機動力はどうなんだ)
私の疑問に、もう一人の私も疑問を呈します。
残像を残すほどに速いノアさんは、次々と時期場を体当たりで崩しては、鉢巻を奪い取っていきます。そしてそれを止めるのは、女子の中でも随一の膂力を誇るラプンツェル様です。
「ウイィン……――想定ノ115%ノ圧力ヲ感知。ブースター、オン」
「ぐうぅッ!?まだ、足りませんの……?」
しかし、鉄壁の陣形で迎え撃つラプンツェル様ですらも、鎧袖一触で弾き飛ばされてしまいました。
(いや、ブースターはずるい)
ふと、視界の端に見知った姿を見つけました。ガトー様です。
「ガトー様」
「ん……?ああ、チェリッシュか」
話しかけると、ガトー様はにこやかな――それでいて、私に何の興味もないような声で、答えてくださいました。今は、ただそれが苦しくて。
私は思わずつぶやいてしまいました。
「やはり、私も鋼となる筋肉がいるのでしょうか」
「ち、チェリッシュ。随分アグレッシブなことを言うんだね」
ガトー様は、私が本気で言っているのが分かったのでしょう。ため息をつきながら言った言葉に、冷や汗を流しながら答えました。
(ん?あれは)
ふと、視線が逸れるのをもうひとりの私が気づきます。彼女の疑問に乗っ取り、ガトー様の視線を辿れば、そこには王子様達と戯れるノアさんの姿があったのです。ラプンツェル様すら蹴散らしたノアさんには、誰も勝てなかったのでしょう。
騎馬戦に勝ち、手を上げて喜ぶノアさんを、熱い視線で見つめるガトー様。
……やはり、勝てないのでしょうか。運命は変えられないのか。悲しくて、悲しくて――考えていたことが、あっさりと口から洩れていきます。
「せめて、私も胴体と同じくらい、頭が大きければ」
「……いや、それはおかしいだろう」
私のつぶやきは、ガトー様に聞こえていたようです。ガトー様は、訝しげな眼で私を見てくださっておりました。
「ですが、ノアさんのような姿であれば、ガトー様も私を見てくださるでしょう?」
「何を馬鹿な」
ガトー様は、ノア様を見て、ふと何かを考えるようなそぶりを見せて。その後私に、はは、と乾いた笑い声を上げながらそう言いました。
「……チェリッシュ。僕たちは、婚約者じゃないか」
ガトー様の言葉に、私は思わずガトー様の方を向きました。そうすると、ガトー様は――私の方を見てくれていたのです。
「チェリッシュ。僕は――僕はね。君の、そのままの君が好きなんだ」
「は……はひっ!?」
どどどっどおどどどどどどどおしたら!?
(落ち着いて!落ち着いてチェリッシュ!気持ちはわかる!気持ちはわかるけど、今は落ち着いて慌てなあわてあわわわ)
もう一人の私も興奮でろれつが回らなくなっております。
なぜでしょう。ガトー様は、何故急に、そんな、あ、愛の言葉をささやいてくださるのですか。
「チェリッシュ?」
「ひゃい!」
ついには手を握って話しかけてくるガトー様。あどけない瞳に、私は、私はもう。
――きゅう。
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