二年生 夏・派閥への誘い
それは、あまりに異様な光景でした。
男子生徒に囲まれ、蝶よ花よと褒めたたえられる女子学生――女子?少なくとも、女性制服を着ているので、一旦女子学生だと思うことにしましょう。
しかし、円筒形の頭、体、腰。蛇腹のむき出しに担った腕。指は二本しか見えません。
(……なんぞあれ)
呆然と、もう一人の私は呟いたのも、しょうがないことでしょう。
あまりにと言えばあまりに想定外の光景に呆然として、ノアはおろか、ガトーにすら声をかけることを忘れていた私は、危うく始業に遅刻するところでした。
だけど、あれは一体……?
なんとかクラスでのあいさつも終わり、ガトー様の所へ行こうとしたところで、他の女生徒に捕まってしまいました。
なんでも彼女たちが言うには。
「ここに入学したからには、まずあの方に挨拶が必要ですわ」
とのこと。番長でもいるのか、ともう一つの私がぼやいているが、そうではない。元の学園でもそうだが、ここは貴族社会の一部なのです。
学生は身分と切り離して学園生活を送るように言われてはいるが、それは学園の中だけでこと。学園から一歩出れば、卒業すれば、身分制度と切っても切り離せないもの。
つまり、この学園で最も高貴な方に入学のあいさつをしないといけない。これは、貴族社会の伝統と言ってもいいのですわ。
そう言うわけで、連れられるままに入ったのは、この学園の生徒会役員室だったのです。
「ようこそ、転入生の方」
そこで待っていたのは、高貴なオーラを隠そうともしない、真っ赤なドレスの見事なゴールドブロンドをした女生徒。
お父様に言われるとおり、この学園の雰囲気を知るために、私は前もってこの学園の生徒は一通り記録していました。
目の前の女生徒は、確か――。
「お初にお目にかかります。私は、チェリッシュ・クラフィティと申します」
跪き、礼を尽くしてお辞儀をすれば、周りから感嘆の息が漏れた。とりあえず、第一印象はクリア、ですかね。
「ふむ。貴方は私がだれかご存知のようね」
(いや、知らないんだけど)
「もちろんです。ラプンツェル・ラーディッシュ様」
(――……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??)
もう一人の私、煩い。
そう、目の前のこの方は、この共和国内で最も位の高い令嬢。ラーディッシュ公爵子女のラプンツェル様であられます。
「ほう。外国から来たのに、ご存じなのね」
「はい。高貴な方は、一通り存じております」
「よろしい。顔を御上げなさい」
許可が出たので、私は顔を上げ、ラプンツェル様を見た。
(……いや、いやいやいや。誰だよ、この筋肉お化け)
もう一人の私が呆然とした声を上げる。
そう。ラプンツェル様は、私が見た姿見よりも幾分――いや、圧倒的に筋骨隆々のマッシブな体をしていた。袖から伸びる腕は、くっきりと筋肉の筋が見えます。おそらく、スカートの下の足も、カモシカのようにムキムキでしょう。
私がラプンツェル様の二の腕を見ていたことに気付いたのでしょう。彼女はフッ、と笑みを浮かべて。
「あら、この腕が気になるのかしら」
そう言って、サイドチェストのポーズで寂しそうな笑みを浮かべるので、私は慌てて言い繕います。
「も、申し訳ございません。見事な腕でありましたので」
「ふふ、令嬢らしくない?」
「そ、そんなことは……」
ぶっちゃけ、それはそう思う。私の心の声に、もう一人の私も腕を組んで頷くレベルだ。何がどうして、公爵令嬢があんなたくましい体をしているのか。
「おいたわしや……」
「これもあの男爵令嬢風情が……」
そんなラプンツェル様の言葉に、周りの令嬢も怒りを抑えきれないとばかりにぼやきが入る。
――男爵令嬢?それって。
「チェリッシュさん。貴方、ガトー・ショコラーテ様と婚約されているんですって?」
「は、はい」
私の思考が明後日の方向に向きだした時、ラプンツェル様が言葉をおかけになった。
「でも、私の聞いた話によると、今朝の登校ではエスコートされてなかった、と」
「うっ……」
そう。この学園に来るまではガトー様と一緒であったのだ。久々に会うガトー様はそれはそれは格好よく成長されており、私の制服姿もほめてくださった。
しかし、校門をくぐるや否や、職員室を教えた後はノアさんのところへ駆けて行ってしまったのです。
正直、ショックでした。しかし――。
「ノア・バーヴェル。あの娘の毒牙に、バトー様もとらわれてしまっているのですね」
悲しそうに言葉をかけてくださるラプンツェル様。
ああ、やっぱり彼女……彼女?がノアさんなのですね。
(ノア・バーヴェル男爵子女。このティティ王国のバーヴェル男爵の義理の娘。
元々は平民の娘であったところを、教会の祝福で伝説の聖女である虹色の瞳に目覚めたことから、協会関係者のバーヴェル男爵の元へ引き取られた子。更には、魔術の勉強をするため、平民として初めて国立学園に通うことになったといわれている……)
王国としては、伝説の聖女を国内に取り込みたい意向なのでしょう。しかし、ノア・バーヴェルは今、学校中の有力な貴族の子息を独り占めしているというのです。それも、婚約者がいる貴族子息だとしても。
これに関して、おかしなことに教師陣はだんまりであり、令嬢の親からの苦情も、教会からの横やりでまったく改善の余地がないのだとか。
「あの、ラプンツェル様。毒牙、とは」
「チェリッシュ様もご覧になったでしょう。あの乱痴気騒ぎを」
「乱痴気……」
吐き捨てるように、ラプンツェル様の隣にいた女生徒が口を挟んできました。彼女は、ノアさんを男子生徒たちが囲んでいた光景を言っているのでしょう。
言葉は汚いが、乱痴気騒ぎとはよく言ったものだと思います。
ラプンツェル様が、私をまっすぐ見て口を開きました。
「私たち王立学園の女生徒は、あのような魔女を教会の言う神聖なものとは思っておりません。男をたぶらかす魔女です。
チェリッシュさん。あなたも、私たちに協力してほしいの」
……さて、困った。
気持ちはわかるし、強力もやぶさかではない。でも、問題があります。
(……本当に彼女がラプンツェルなら、協力すると一網打尽にされる可能性はあるわね)
脳内でもう一人の私が独り言ちる。
そう、女生徒のトップがラプンツェル様なら、ノアさんの周りにいる男子たちで最も位の高い第一王子のカモミル・ティティ様は、このラプンツェル様の婚約者なのです。
つまり、カモミル王子シナリオの悪役令嬢役が、このラプンツェル・ラーディッシュ様というわけで、当然その婚約者を奪うわけだから、それなりのイベントが存在します。
エンディング間近、王子とノアさんが結ばれるイベントで、彼女はノアを迫害していたとして断罪される。
問題はその時、協力者も軒並み連帯責任を受けるのです。それでは、ノアさんに構わずに、ガトー様だけにアタックする当初の予定を個人的に決行しても、結局ラプンツェル様の断罪イベントに巻き込まれて、引き離されてしまうのは間違いない。
何より、ノアさんの動向が気になる。
学園中の男子生徒の好感度を上げているということは、最高難易度ではあるものの、ゲームに存在する『ハーレムエンド』を狙っている可能性がある。そうなると、この場の全員が攻略対象者の悪役令嬢という……。
(……いやちょっと待って。多くない?)
もう一人の私が違和感を持ったらしい。そして、私も、先ほどのラプンツェル様の言葉に違和感を覚えた。
「あの、差し出がましいことがと思うのですが一つ気になることが」
「なんでしょう?」
「学園の女生徒、とおっしゃっていましたが、どれほどの数の協力者がいらっしゃるのでしょうか……?」
私がそう聞くと、ラプンツェル様――ではなく、私の隣にいる赤毛のみつあみをした娘が、顔をゆがませながら言いました。
「言葉通りよ。賛同者は、この学園の女生徒全員よ」
「……えっ」
想像以上の規模に、私の喉から声が出ません。
そんな私を見ながら、ラプンツェル様が手に持っていた扇子を畳んで言いました。
「もちろん、チェリッシュ様も協力してくださいますわね」
……これは、もう逃げ道がないのではないでしょうか。
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