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虹の瞳のノア

 視界が、自分の体を映します。服は、変わりません。当然です。肌の色。変わりません。

 しかし、髪の毛は私の自慢の金髪から、光を反射するような白に近い()()になっているではないですか。

 まさか。いえ、おそらく間違いないでしょう。

 今、彼女の瞳は()()に輝いているのではないでしょうか。

 

「……いや待って。それは予想外だわ」

 

 私――いえ、この声は私ではありません。もう一人の私の声。脳内に響いていた、聞きなれた声です。

 どうやら、彼女に体の主導権を渡すと、体に変化が起きてしまうようです。予想外の状況に、彼女も頭を抱えているようです。

 

「貴様、何者だ!娘をどこにやった!」

 

 お父様から怒声が響きます。怒りの声と表情は、確かに私を心配している気持ちをひしひしと感じます。……しかし同時に、"彼女"の悲しみに胸が痛みます。

 彼女は私ではないですが、記憶を共有し、彼女もまた、お父様を『自分の親』だと認識しているのですから。もし、お父様からこんなことを言われたら――私は泣いてしまうでしょう。

 私がわからないの?と。

 

「……ごめんなさい。ちょっと、話が長くなります。ですから、怒らないで聞いてください。

 ()()()の、その目は、きつい」

 

 もう一人の私の震えるような声に、お父様はひるんだように表情を歪めました。それは、「お父様」と呼ばれたから……なのでしょうか。

 

「私も、チェリッシュ・クラフィティなんです。正直、こうやって外に出た、というか。人前に出るのは初めてなので、まさか姿が変わると思ってなかったので」


「チェリッシュ、なのか」

 

 少し距離の離されてしまったガトー様が、驚いたように尋ねてきました。

 

「そうなんです。私と、あなたたちの知るチェリッシュは、ほんの1年前からだけど、同じ体に共存していました」

 

 そうして、もう一人の私は話をします。

 彼女が、異世界の住人であること。向こうの世界から、この世界に転生してきたこと。そしてなぜか、気が付いたときには私と同じ体に入っていたこと。

 

「私は、ガトーがチェリッシュをないがしろにしていたことを知ったことで、二重人格にでもなったのかと思ってたんですけどね」


 もう一人の私がイジワルにそういうと、ガトー様は「ぐ」と一言言って口をつぐんでしまいました。むぅ……あまりガトー様を虐めないでくださいませ。

 私が思わずそう呟くと、テレビの方からではなく、どこからか(ゴメン、ゴメン)と聞こえてきました。

 

 ふいに、それまで黙って話を聞いていたカモミル王子が口を開きました。

 

「一年前――それは、聖女認定の時期ではないか?」

 

 聖女認定――ロボノアさんが聖女に認定された時。

 そういえば『シュガーアワーズ』では、私がガトー様を追ってこの国に来るのは、ノアさんが教会で礼拝中に虹の魔術を発現し、聖女として認定された後です。

 なにせ、聖女とガトー様がお付き合いをしている、という噂から、お二人が二人きりでいる現場を見つけるのが、本来のノアさんと私の邂逅(かいこう)の場面なのですから。

 その時、教会では虹の乙女――初代聖女の説法中のことでした。

 

「あー。そういえば。ノアの覚醒って、神の加護がおりてきた――みたいな演出でしたね。あれって、虹の加護っていうか、別の魂がおりてきてた、ってことなのかしら」

 

 本来であれば聖女として生まれるはずのところに、ロボノアさんがいたから、あぶれた彼女は私の元へやってきてくれた、ということなのでしょうか。

 

「ということは……正しく聖女であるのはチェリッシュだということか?」


 ラプンツェル様も、この考えに共感してくれているようです。しかし、この言葉に声を荒げた者がおりました。

 

「おお、そうか!つまり私は騙されていたのだな!聖女であれば、教会が保護しなくてはならないでしょうな!

 そして、王子との婚約を!」

「貴様!まだそんなことを」

 

 ガシダラ様が、いけしゃあしゃあとそんなことを言いました。この期に及んで、まだ聖女を教会に取り込もうとする考えが持てるのは、図太いというかなんというか。

 そもそも、ガシダラ様がまだ司教様であれば説得力があるのかもしれませんが、今の彼は罪人です。

 まるで、まだ自分が教会の代弁者であるような物言いに、王様が怒りの声を荒げます。

 ――が、一番怒りを覚えたのは、誰であろう、もう一人の私()()でした。

 

「誰がお前ンとこ行くかクソじじい!」

 

 そう言って、ガシダラ様の元へつかつかと歩いていきます。

 私が口にしたことのないような下品な言葉で罵られ、ガシダラ様はぽかんとしています。いえ、それだけではないです。私もそうですし、周りの方々もあっけにとられています。

 

「人を勝手に呼び出してポイ捨てした挙句に騙されたとか抜かして()(さら)おうとかしてんじゃねえよクソが!そもそもお前、ゲームの()()()気持ち悪いんだよ!明らかに他の悪役令嬢ともつるんでただろうが!

 スタッフが存在忘れてんだか何なんだか、なんでエンディングでお前が()()()()と生き残ってるのかわからなかったわ!」

「あぶっ!はぶ!やぶ!めてぶっ!」

 

 なんと、もう一人の私は、息継ぎもなく文句を言いながらガシダラ様の頬を張っていくではありませんか。

 

「これはずっとイラついてた私の分!

 これはチェリッシュを泣かせる原因作った分!

 これがガトーをだました分!

 これは孤児を外国に売っぱらってたイベントの分!

 これは一緒に愚痴ってた友達の分!」

「ちょっと待て!」

 

 バシバシとガシダラ様が張り倒されているところに、カモミル王子が物言いをつけてきました。

 

「今、孤児を売っていた、と言っていたか!?」

「んぇ?……あー、そっか。この世界じゃ起きてないのか」

 

 それから、彼女はゲームの中のイベントで、ガシダラ様がやってきた悪事を洗いざらいぶちまけました。人身売買や詐欺、お布施の私的利用などそれはそれは多岐に出てきます。

 しかし、これらは悪役令嬢の中でも極悪と言われているレベルのイベントの出来事。いずれも、1ルート中1回しか起きないイベントです。

 今回は、嫉妬に狂ったり、もろもろで危ない商売に手を出した令嬢がいないため、ただ過去に見てきた悪行に胸を痛めてた腹いせで、彼女がポロリと漏らしたものでした。

 

「――とにかく、ガシダラはもう気絶している。あとは詳しくこちらで調べることにする」

 

 そうしてようやく、カモミル王子の指示で、頬がパンパンに張れたガシダラ様と、ぐったりしたマッドシップ卿が連行されていきました。

 

「……さて、一応あらかた話したつもりですけど、何か質問あります?」

 

 一旦の一区切りができたと判断して、もう一人の私がそう口を開きます。

 

「うむ……いろいろ聞きたいことはあるが、まとまらない。私としては、後日改めて話を聞きたいのだが……父上、いかがでしょうか」

「む……う。わしも、話に追いつけなくてな。歳かのぉ……」

「いや、無理もないでしょう。私もですよ」


 王国の面々としては、現状では聞くことがない――というより、ありすぎて困っているようだ。

 

「チェリッシュ、あ、いや。別人……なのか」

 

 と、ガトー様がお父様たち――お義父様とお義母様も一緒に――近づいてきました。私、というか、もう一人の私をどう呼べばいいのか、悩んでいるご様子でした。

 ……そういえば、私もずっと「もう一人の私」と言ってきましたが、この度晴れて別人であることが分かったのですし、呼び方を区別したほうがいいのではないでしょうか。

 ……本名で、お呼びしても?

 

「そう……だね」


 もう一人の私は、ガトー様達と相対して、深々とお辞儀――カーテシーではなく、彼女の生まれた国のお辞儀です――をしました。

 

「改めまして。チェリッシュさんの体をお借りしています、咲森(サキモリ) 希彩(キアヤ)と申します。

 なんというか、私はチェリッシュさんと共有を急有しているので、初めましてというのも不思議な感じなんですけどね」

 

 そう言って、もう一人の私――いえ、キアヤさんはお父様を見ました。

 お父様は、ばつの悪そうな顔をしておりましたが、一歩先に出て、キアヤさんの手を握ります。

 

「いや、私も混乱していた。ひどいことを言ってしまった、と思う。

 君も、私の娘なのだね」

「……はい、お父様」

「……すまない」

 

 まぁ、私が髪の色などを変えたら、何事かと思うでしょうしね。見たところ、なんか顔の形も変わってそうで怖いのですけど。

 

「キアヤ、さん。一つ聞きたいことがあるのだけど」

 

 今度はガトー様です。ガトー様は、恐る恐ると話しかけていました。

 

「その、チェリッシュは今、どうしてるんだ?」

 

 今、表に出ているのはキアヤさんです。彼女が私とは違う、私と同じ存在だという話をしても、私のことを気にかけてくださるのは、素直にうれしいです。

 

「チェリッシュは、今も見ていますよ。私の視界を使って」

「えっ」

「ですので、お父様に怒鳴られたのも、ガトー様が今若干()()()()なのも、しっかり見えてます」

「えっ」

 

 ……以前から思っていましたが、キアヤさんは意地悪です。わざとなのか、素なのか。随分底意地の悪い言い方をされますわね。

 おろおろと狼狽えてるお父様とガトー様を見ていると、申し訳ないやらかわいそうやらです。話が終わったのなら、もう代わっていただけないでしょうか。

 

「はいはい。

 ええと、チェリッシュが表に出たいというので、そろそろ私は引っ込みますね」

「ああ、うん……」

「クラフィティ卿、ちょっといいか」

「あ、はい。すまない、キアヤ。私もこれで」

 

 お父様が王子たちに及ばれしてしまったので中座することになってしまいました。タイミングがいい、と私もようやく体の主導権を渡してもらうことにします。

 ふと、部屋の入口のカギが開く音がしました。こちらから外に出るのですね。

 ドアノブを握り、扉を開くと――瞬きの合間に、私は元の世界――卒業式の予行ホールにいました。

 

「おっと」

 

 空中から降りたような感覚がしました。しかし、地面に足はついています。その感覚の誤差で、ガクッ、と膝が折れてしまいました。

 しかし、そこをすかさず腰を支えていただいたのは、誰であろうガトー様でした。

 

「ああ、チェリッシュ」


 ようやく私であることを認識してくださったのでしょう。ほころぶような笑みを浮かべるガトー様に、私も笑みで答えました。

 

「今戻りました、ガトー様。」


(……なーにさ、イチャイチャしちゃって。そんなに私が嫌だったか)

 

 もう、()ねないでください。あなたも、私なのだから。ね、キアヤさん。

 ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。

 次回、最終回です。

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