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「ば、バカな……」
ホットしたムードの中、愕然とした声が妙に耳に残りました。声のする方を見てみてれば、衛兵に両腕を掴まれ、拘束された司教様――いえ、もはや司教でもありません。ただのガシダラ様――がおりました。
そういえば、とマッドシップ卿を見てみれば、彼も目をこれでもか、と真ん丸に開けて、天井に突き刺さったノアを凝視しておりました。
「よくも、あのような化け物で我らの関係にヒビを入れようとしたものだ。その罪、万死に値するぞ」
カモミル王子が、ラプンツェル様を胸に抱いたまま、キッ、とガシダラ様を睨みます。
それを合図に、衛兵ががっくりとうなだれるガシダラ様と、ノアから目を離さないマッドシップ卿をつれて、この場を離れようとした時。
「お待ちください」
その場の全員が、私を向いた。
――私じゃない。もう一人の私。
「何故、あのようなロボットを作ったのですか」
私の口が、勝手に言葉を紡ぎます。全員から向けられる視線が痛くて、まるで針の筵のよう。恥ずかしさと緊張で、今にも倒れてしまいそうです。
……でも、きっとことは必要なことなのでしょう。もし、この場を逃せば彼らと会えるのは牢屋の中。果たして私がその場に行けるのかは疑問です。
今しかないのでしょう。
何より、"私"の放った言葉に、マッドシップ卿が目を見開きました。
「もがっふぉ!?もがっふぉふぉひひふは!」
「あのすみません、猿轡を解いてもらえるでしょうか」
何を言ってるか聞き取れず、思わず真顔でそう言ってしまいました。
「いや、しかし、魔術を使うやもしれません」
「ならば僕が彼女を守ろう」
す、と私の前に立ってくれたのは、誰であろうガトー様でした。
……お父様は、出遅れた!と言わんばかりに恨めし気な目線を向けてきますが、今は無視するといたしましょう。大人げないですわよ。
「逃げないように、囲んでおこう」
ランド様が、念のため、と言いつつ抜身の剣をマッドシップ卿の喉元に当てます。マッドシップ卿は「ひっ」とくぐもった声を上げて身を震わせております。
それはもう、囲んでおこう、というレベルではないのでは。
そうして、マッドシップ卿の轡がとられました。
「く、クラフィティ嬢。"ロボット"を知っているのか」
マッドシップ卿の一言は、私に疑念の目を向けさせるには十分でした。なにせ、今回の事件の主犯が知るらしい、意味不明の単語を、なぜか私が知っているのですから。
もう一人の私が、かまわず言葉を紡ぎます。
「一つ質問をするわ。"シュガーアワーズ"という単語を知っている?」
「――しゅが……?なんだそれは」
……ふぅ。
一気に、私の中で、もう一人の私が興味を失っていくのがわかりました。……さもありなん。ひょっとしたら、マッドシップ卿も、彼女と同郷の人間なのかと思ったのでしょう。
「チェリッシュ、君は一体……?」
お父様すら首を振る、摩訶不思議な状況に、ガトー様が訝しげに尋ねてきます。
「……後で、まとめてお話しすることになると思いますわ。今は、少々お待ちを」
"私"はガトー様にそう言って、もう一人の私が改めて質問をします。
「まずはもう一度質問するわ。あなたは、何故あのロボットに"ノア"と名付けたの?」
そうです。
何がおかしい、って、『シュガーアワーズ』のヒロインがドラム缶のようなロボットになっているのが問題でした。しかも、それがさもヒロインのようにふるまい、話を進めているのですから。
"私"の問いかけに、マッドシップ卿が答えます。
「何故も何も、あれには書いてあった文字だ。『正しき歴史を刻む』とな」
マッドシップ卿はそういうと、未だ天井にめり込んでびくともしないノアを睨みます。
「かつて、私の祖先は"ロボット"という鉄のゴーレムを用いて、この地に君臨していた!あれは、私のに残された、最後の一体だったのだ!
私は……私は正しい支配者に戻るだけだったのだ!」
「正しい……支配者?」
私が、意味が理解できずにぼんやりとオウム返しに言葉を紡ぎました。周りの方々も、彼が何を言っているのか理解できていないようです。
……いえ、違います。一人だけ、苦々しくマッドシップ卿を見ている者がおりました。
「ガシダラ様。何かご存じなのですか」
私は、そう尋ねました。自然と、ガシダラ様に向けられました。
「……王城の図書室では、焚書扱いになっておる。しかし、教会の歴史編纂所には、確かにマッドシップ男爵家――いや、ラストック王家は、この地を支配していた血族だ」
その言葉に、全員が――特に王族の方々が息を呑みました。
「まさか……」
「そうだ、簒奪者たちめ!だから、正しい歴史を知る教会と力を合わせ、正しい王家に戻るために!
あのロボット『ノア』は、正しい世界を作る力を持つといわれている!それを、よくも!」
話している――いえ、演説しているつもりなのでしょう、だんだんとヒートアップして身を乗り出すマッドシップ卿ですが、ランド様の当てていた刃に触れたのでしょう、つ、と赤い筋が垂れるや否や、スン、と落ち着きました。
怒りを持ち、勢いはあるものの、いざ自分に被害が入るとおびえてしまう――そういう人なのでしょうか。身を切らずに、自分の利益だけを求めているような……それは。
そんな彼の様子に、ガトー様が呆れたように口を開きます。
「まさか、劇団のスポンサーになったのもそれか?正しい王家、とやらへ移行した後の説得力でも持たせたかったのか」
「……え。ひょっとして、あの冗談みたいな質の低い劇が流行っている、というのもあなたが流したの?」
「質が低いとは何だ!あれは、ノアの中に眠る、正しく刻まれる歴史だぞ!」
……ああ、どうもそこは、もう一人の私の考察は外れたようです。どうやら、ロボノアの中には確かに『シュガーアワーズ』の『シナリオ』が残っていたようです。
ただ、彼では再現ができなかっただけ、のようです。
「……昔は昔。今は今、だ。
それにお前のやったことは、正当な歴史に戻す行為でも何でもない。いたずらに貴族間――いや、男女間をかき回し、国を混乱に陥れる愚策にすぎない。
信念も、共感もなく、ただ個人の恨みだけで、人と人がいがみ合うことで生まれた国が、長続きするものか」
カモミル王子が、マッドシップ卿の言葉を、そう切り捨てました。
私も、王子に同感です。マッドシップ卿は、ただ、過去の郷愁の念と、自分の欲望を一緒くたに混ぜただけのもの。とても、王の器に足るものではありません。
「しかし、クラフィティ嬢。我々も知らない、マッドシップ卿や教会の秘匿書しかない"ロボット"のことを、いったいどこで?」
カモミル王子が、訝し気な……いえ、警戒する視線で私を見てきます。その場の全員が、再び私に注目しました。お父様ですら、不安そうな目を向けています。
ええと、どうしましょう。
(――私が、直接話すわ)
もう一人の私が、私にそう伝えました。……そうですわね。お願いしますわ。
私は、初めて彼女の存在を認知して以来、久しぶりに、体の主導権を全て委ねることにしました。目を閉じ、暗闇の中の向こう側にいる彼女に、胸の内の何かを渡すように。
――ぬるり、と体が溶けるような感覚。
ふわり、と肩が浮かぶように、水の中から浮上するような浮遊感。
……目を開けると、私は、自分の部屋におりました。
いつの間にか、時間が経っていた?……いえ、違います。見覚えのない、一か所だけガラス張りの鋼鉄の板が、目の前にありました。
ええと、これは確か――テレビ。そう、テレビです。もう一人の私の記憶では、この板で『シュガーアワーズ』の演劇を見ておりました。
そうか。これが"私の中"の世界。その中で、私に割り当てられた部屋なのですね。
テレビの中には、先ほどまでの私の視界が映っております。これは、もう一人の私の視界――私の体の視界なのでしょう。
その画面の中で、こちらに視線を向けている誰もが驚いております。その中で、カモミル王子が呆然とつぶやきました。
「……ノア?」
「――えっ?」
えっ?
……えっ??
ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。
ついに、もう一人のチェリッシュの正体が明らかになります。