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カツッ――、という甲高い音と共に。
「――きゃあぁーーーーっっ!!」
悲鳴が、上がりました。
「うわぁっ!ノア!」
「ああ、なんということだ!」
「聖女様が!誰か!医者を!」
混乱が、渦を巻いて人々を飲み込みます。
その光景の中心は、その脳天にナイフが突き刺さり、倒れ伏すノアさんの姿です。
私も、息を飲んでその光景を見守ります。声が出なかったのは――まぁ、他の人と違って、ノアさんがドラム缶に見えているからでしょう。
それにしても、いきなりナイフを突き立てるとは思いませんでした。
横倒れになってるドラム缶に司教様が駆け寄り、わなわなと震えております。
「なんということを……ティティ王国への宣戦布告のつもりか、クラフィティ卿!」
司教様が、震える声で泡を吐いて叫びます。その先に居るのは、ナイフを投げつけた本人。私のお父様である、スターゲイズ・クラフィティでした。
周りの貴族たちも、お父様を避けるように離れ、人によっては攻撃の準備までしています。
「失礼。あまりにも茶番が見苦しいので、手早くケリをつけさせてもらいました」
「何!?」
「だって、そうではありませんか。子供たちは正しく私にこの国のけじめのつけ方を見せてくれたのに、当の大人は道化に騙され続けている。
これが見苦しいと言わずになんだと言うのですか」
肩をすくめるお父様は、どうにも胴に入った仕草でした。その物言いに、最初に気付いたのは、ゲストで呼ばれていた国王様でした。
「おい……カモミルよ。何故お前は――お前たちは、そんなに冷静なのだ」
そう、慌てふためき、驚きの声を上げているの保護者の方々のみ。カモミル王子、ラプンツェル様を初めとして、生徒たちは誰も慌てることなく、その場に立っているのでした。
「……父上。おかしいと思いませんか。この、我々の状況に。
女生徒たちの貴族からの嘆願書も、届いていたはずです」
「む……」
(おっと、流れ変わったな)
茶々を入れないでください、もう一人の私。
カモミル王子が、冷静に国王に話しかけます。
「そもそも、何をあわてる必要があるのですか。血の一滴も流れていないのに」
「何?」
その一言に、は、と顔色を変えたのは司教様でした。
(いや、他にもいるね。マッドシップ男爵――ノアを囲った、男爵家だ)
視界の端に映っていたのでしょう。ちゃっかりともう一人の私が教えてくれます。
「何を馬鹿な。脳天にナイフ……が……」
なんとかノアさんを隠そうと、司教様が立ちふさがりますが、ノアさんの巨大なボディは、人一人では隠せません。
国王様を始めとして、驚愕と、困惑の空気が、徐々に広がっていきます。
「な、なんだ、あれは――」
「え?聖女……聖女?」
どうやら、頭にナイフが刺さっているのに、血も何も出ていない、と言う事実が、ガトー様の言うメタフィクションを掻き消していっているようでした。
というか、カモミル王子の口調からしてこれは――。
(これ、打ち合わせ済みだね)
もう一人の私の言う通り、誰もノアさんの真の姿を見て驚いていないようでした。つまり、私だけがこのイベントの本当の目的を知らなかった、と言うことになります。
驚きに大きく口を開けて呆けているお義父様、お義母様の隣で呆けていた私は、キッ、とガトー様を睨みました。
しかし、ガトー様は困ったような笑みで「ごめんね」と唇を動かすだけです。
むぅ。
「逆に聞きましょう。ガシダラ司教。彼女のどこを見て『聖女』だと?」
「そっ、それは……」
すべてのベールが露わになり、司教様はしどろもどろです。そもそも、自分も「初めて気づいた」と言う反応でもすれば逃れられたものを、正直にノアさんを隠そうとしたことで、知っていた、という事実が明らかになっています。
「ガシダラ司教!貴様、余を謀ったか!」
そこに怒声をかける国王様。更には、ランド様方、騎士団予備軍の生徒たちが、国王様の目の前にマッドシップ男爵を突き出してきました。
「はっ、離せ!」
「問い詰めるなら、こいつらもじゃないですか?」
「よくこの状態で逃げられると思ったよね。犯人です、って自供しているようなものじゃないか」
後ろ手に捕まりながら、痛みもあるのか苦悶の表情でもがくマッドシップ男爵。それをランド様が呆れた表情で見ています。
「ランドシップ男爵!お前もか!」
「ひっ」
ランドシップ男爵は、国王様に恫喝され、怯えの表情を浮かべます。更には、視線をきょろきょろと巡らせ――。
「ち。違うんです!私は何も知らない!司教が!司教が脅してきたんです!」
「んなっ――!何を、何を言っておるか貴様!」
「うるさい!私は知らない!全部司教が仕組んだんです!」
「貴様!コレを持ってきたのはお前ではないか!お前が仕組んだことであろうが!」
「国王様!この詐欺師と、国に奉公した私と、どちらが信用に足るか、お判りでしょう!」
「ええい、黙れ黙れ罰当たりめが!」
「お前たち、黙らんか!」
見苦しくも責任転嫁を始めた二人に、国王様のカミナリが再び落ちました。
「ジジ……ッ――再起動完了。システム、キドウ」
鈍い、ノイズ交じりの音と共に、ノアさんの目に光が灯りました。
「……おお、なんという声だ」
「おぞましい……」
「いったいどこから声が出ているの……?」
声に関してもメタエフェクトの効果が切れたのか、電子音に慣れていない人々が、恐れおののく子を漏らします。
「く、もはやこれまでか。ノア、キーワード!『カリギュラ』――ぐぇっ」
「てめぇ、何してやがる!」
ノアさんが目覚めたことに気づいたマッドシップ男爵が、呪文を唱えます。その瞬間、ランドさんが地面に押し倒し、その口を封じます。胸を強打し、息が止まるマッドシップ男爵。
(やば)
しかし、もう一人の私が危険を発します。彼女には、マッドシップ男爵の呪文が理解できたのでしょう。
(カモミルが危ない!)
「カモミル様!危険です!」
私は、もう一人の私の衝動に従い、大きく声を荒げました。周りが驚く暇こそあれど、それよりもノアさんが早く動きました。
虹色の瞳は赤に輝き、目にもとまらぬ動きでカモミル王子に迫ります。
「させんっッ!!!」
王の近くにいた近衛騎士も、カモミル王子の近くにいた生徒も動けない中、ノアさんの凶行を身を挺して止めたのは、ラプンツェル様でした。
ノアさんの突進を、その体を盾にして止めたのです。
「学校では勝てませんでしたわね――しかしッ!」
体育祭の騎馬戦でも、力負けしていたラプンツェル様でしたが、両腕でノアさんの肩を抑え、真っ向から留めるラプンツェル様は、正に互角の膂力でノアさんを押しとどめています。
(ウッソでしょ)
その光景に、唖然とした声を上げるもう一人の私。
「嘘ではないですわ。ラプンツェル様も、ずっとカモミル王子を心配しておりました。恋の力は、何よりも強いのですわ」
(恋じゃなくて純粋に腕力でしょあれ。こわ)
「想定ノ180%ノ圧力ヲ感知。出力、強化。ブースター、オン」
しかし、ノアさんも負けていません。体育祭の時に聞いた音声が響きます。腰から火柱が上がります。
――が。
「――……フ、それを待っていた!」
ラプンツェル様は、瞬間、そう叫ぶと後ろに倒れこむように体を倒しました。すると、不思議なことに、ノアさんが回転しながら明後日の方へ飛んで行ったではありませんか。
(と、巴投げ……!?)
「バカな!」
もう一人の私と、司教様の驚愕の声が重なりました。それほど、驚くべき展開だったのでしょう。ノアさんはきりもみで回転しながら、天井に激突しました。
濛々と立ち込める埃が晴れ、現れたのは、それは見事に頭だけを天井に突き刺した、ノアさんの姿でした。
深くめり込んでしまっているのか、天井から垂れ下がった円柱の体からは、パラパラと小石が落ちてくる程度で落ちてきません。
「ラプンツェル!大丈夫か!」
倒れ伏すラプンツェル様に駆け寄るカモミル様。背中に手を回し、倒れるラプンツェル様を起こします。
「ええ、あんな鉄クズにどうにかなる私ではありませんわ」
「やせ我慢を……こんなに汗が。それに、手のひらだってボロボロだ」
「……ふふ。これでは貰い手がありませんわね」
「――何を言う。私がいるではないか。昔から、そして今も」
カモミル様は、そう言ってラプンツェル様を抱きしめます。
お二人は、やはり真実の愛に目覚めておいでだったのでしょう。なんと感動的な光景でしょうか。
(いや、ラプンツェルの胴回りがでかすぎてカモミル、手が届いてないんだけど)
無粋な話はやめてくださいません?
ご拝読・ブックマーク・評価ありがとうございます。
解決へと向かっていきます。悪役令嬢パワー(物理)、すごいですね