二年生 春・はじまり
悪役令嬢物を始めました。ただ。書いてて思いました。悪役令嬢……?
既に完結済みなので毎日更新です。5万字ほどですので、おたのしみいただければ幸いです。
その日お父様に呼ばれた私は、急な話に思わず声を上げました。
「転校!?」
お父様は、こくり、と頷いた。その表情には、冗談の文字は見えない。
「仕事の関係で、ティティ王国へ向かうことになった。お前にはそれに同行してもらいたい」
「そんな……」
「私だけでは市井の会話は聞こえてこない。お前はあちらの国立学園に転入してもらうことになる。
そちらで、学生間の情報を取り入れてもらうことになる」
「それでは、まるで間諜ではありませんか!」
「お前も外交官を目指すのなら、これもいい機会だと思うのだ」
にべもない。お父様は、決定事項だと告げるだけ。
ああ、どうしましょう。
「それで、いつ向こうに」
「来週だ」
「来週!?急すぎませんこと!?」
「仕方がない。この仕事自体が急を要するものなのだ」
なんということでしょう。来週には引っ越し、転学――ああ、フランボワーズ様とのお茶会、キャンセルですわね。それに、ラズ様とのお買い物も、ストローマン様達との観劇も……ああ。
「恨みますわよ、お父様」
「そういうな。この仕事は、お前にも関係があるのだ」
そうでしょうね。私の予定をめちゃくちゃにして、ただ学生スパイをやれとだけでしたら、私も怒りますわ。
「チェリッシュ。お前の婚約者の件だが」
「……ガトー様がどうしましたの」
「少し不穏な噂を耳にしている。それをお前の目で確かめてほしい」
「不穏とは?ガトー様は生真面目を人の形にしたような人間ですわ。不穏だなんて言葉似合いませんわね」
「……今、学園で懇意の女性がいるらしい」
「――ハ?」
びく、とお父様の方が震えた。
「……今、なんと?」
「……し、ショコラーテ伯爵から小耳に聞いたのだ。その、ガトー君と、女生徒が買い物をしていたと」
「――ほう」
私は、氷を胸の内に秘め、くるりとターンでお父様の部屋の扉へ向かう。
「お父様。私、ガトー様にお手紙を出しますわ。会いに行くと。よろしいですわね」
「う、うむ」
お父様の許しも得たことですし、さっそく引っ越しの準備ですわね。それと。
――お手紙。
その日の夜は、とてもぐっすり寝ました。そして不思議な夢を見たのです。
それは、石碑のような建物に人が住む国の物語。
私が見るのは、ひとりの女性。彼女は、毎日毎日、机に向かい、書類を書き、夜遅くまで仕事をして、寝る。そんな、忙しい生活をしておりました。
仕事のストレスに苛立ち、誰かの幸せに死んだ目を返す。
まるで、生活は歯車のように同じものを繰り返し、彼女が笑みを浮かべることはありませんでした。
ただ一つを除いて。
それは一週間のうち、たった一日。たった一日だけ、ベッドのある部屋から一度も出ない日が必ずあるのです。
その時は、何かわからない、辞書のようなものを取り出し、栞のように間から伸びた紐、その先の分銅を持ち、光るガラスと向き合う、謎の行為。
しかし、その光の中には様々な物語が繰り広げられるのです。
その瞬間、彼女は神に等しかった。
人々の営みを、彼女の指先一つで変えていく、魔法の所業。
その物語に、彼女は頬を赤らめ、涙を流し、その瞬間だけは、確かに血の通った人の姿であったのです。
「――チェリッシュ・クラフィティ伯爵子女!?」
瞬間、理解に脳が強制起動した。ベッドから飛び起き、慌てて鏡を見る。
「……うわ、マジだ」
口から、聞き覚えのない声がした。
ピンクのメッシュが入った金髪のショートボブ。左頬だけ、微かにそばかすの残る、キレイ目の美人少女は、確かに記憶に残るチェリッシュ・クラフィティ伯爵子女だった。
なんで忘れてたんだ、なんで思い出さなかったんだ。いつも、何か違和感があった。どこかで見た風景、どこかで聞いた地名、どこかで聞いた人名。
ガトー・ショコラーテ伯爵子息と婚約が決まった時も、どこか確信があった。必ず、この人と婚約するのだと。――それは結婚、ではなく、婚約まで。
決まっていた。全ては決まっていたことだった。
私は『チェリッシュ・クラフィティ』。『シュガーアワーズ~虹色の瞳のノア~』に出てくる攻略対象キャラ『ガトー・ショコラーテ』のシナリオで、ヒロインのライバルキャラとしてシナリオの途中から参入する、いわゆる悪役令嬢だ。
チェリッシュは、『シュガーアワーズ』では最初から登場するキャラクターではない。DLCで追加されたガトーのシナリオの登場キャラなので、学園生活の3年中、途中参加で学園に転入してはヒロインの『ノア』と争うことになるんだ。
チェリッシュは、ガトーのシナリオを進めないと転入すらしてこない。つまり、ノアは既にある程度ガトーのシナリオを進める――攻略しているということだ。
「うわ、うわ、どうしよう」
不思議と、自分がチェリッシュであることは納得していた。なぜなら、この15年間の記憶がある。どちらかというと、寝ている間に異世界の住人が『シュガーアワーズ』をプレイしていた、という記憶が追加されたような感じだ。
そうなると、問題は一つ。
チェリッシュは、ガトーを愛している。国を挟んだ遠距離恋愛ではあるが、長期休暇のみという僅かな期間会うことで、より恋心を深めていたのだ。私は、当然その気持ちに嘘偽りがない。
しかし、シナリオではガトーはチェリッシュではなくノアに気持ちが靡く。チェリッシュは、ガトーと仲のいいノアに嫉妬し、様々な勝負、嫌がらせをするのだ。
それが彼の目に触れ、結果、ガトーはチェリッシュとの婚約を破棄し、ノアと結ばれるのだ。
エンディングのスチルにすら、チェリッシュはその姿を残さない。幸せそうなガトーとノアの姿を幻視して、ただそれだけで目に涙が浮かぶ。
――嫌だ。ガトーと離れたくない。
それは……それは、異世界の誰かの感情じゃない。間違いなく、チェリッシュ・クラフィティという、一人の女の子の気持ちだった。
怒りを覚えた、暗い感情を持った。それは、ガトー・ショコラーテという、愛する男性と離れたくないという、まごうことない恋心だ。
私は――私は、チェリッシュ・クラフィティ。それは、間違いない事実だ。
想定通りの婚約から長い時間が経ち、それは確かに両親に定められた運命であれど、私の胸の中には、嫉妬の炎を燃やすまで、彼への愛がはぐくまれていたのだ。
そして、同時に確定された未来へ、今既に運命の車輪が転がっていることを自覚し、思わず血の気が引いた。
――どうすればいい?どうすれば、彼の気持ちを取り戻せる?
悩みに悩み、混乱する頭の中で、ふと。もう一人の私――異世界の女性の顔が浮かんだ。
(嫌がらせしなきゃよくない?)
どういうこと?
(ノアを蹴落とすんじゃなくて、ガトーを射止めるなら、ガトーといる時間を増やせばいいじゃない。せっかく同じ学園にいて、同じ国にいれるんなら)
――確かに!
目から鱗が落ちるとはこのことだ。
そうだ。私は、異世界で見た話に引きずられていた。シナリオ通りに進めるうちで、どうやればガトー様からノアさんを引き離すかを考えていた。
根底が違う。
ノアさんを引きはがすのではない。ガトー様の目を、自分に向けさせるのだ。
ああ、ありがとう、もう一人の私!
(どうしたしまして)
幻視する異世界の女性は、眼鏡を光らせながらそう言っている気がした。
何も恐れる必要はない。私は、自分を磨き、ガトー様を振り向かせるのです。
*--
と、勇んでいたのがつい先日のこと。
私、チェリッシュ・クラフィティは、ティティ王国国立学園の門で、遂にノアさんを見つけたのです。
ノアさんは、学生の視線を独り占めにしていました。彼女の周りには、様々な美男子がおり、その中には確かにガトー様の姿も。
しかし、その光景にショックはなかった。それよりも。
「ノア、今日も美しいね」
「いい天気でよかった。君には雨が似合わないからね」
「なぁ、学校終わったら付き合えよ。新しくできた喫茶店行こうぜ」
そんな彼らの甘い言葉に、キャタキャタと音を立てて進むノアさんはこう答えるのです。
「ビビー。今日ハ、調整アリ。ゴメンナサイ、ミンナ」
……虹色の目って、ゲーミングPCみたいに光るという理由ではないはずなんですけど。
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