8回目 良薬は口に甘いし、苦言は毒で害、そして何より、命を繋ぐのは美味しいご飯
「意外ですか?」
「ええ、まあ」
批判や抗議は出版社で止める。
その言葉がエドマンドには意外だった。
「そういうのにも目を通せって言われてたもんで」
それがエドマンドの普通だった。
このあたりもアイメリアの常識であった。
他人の意見を聞け、耳を傾けろ。
苦言であっても耳を閉ざすな。
それこそが役立つものになると。
そういう風潮が社会にあった。
「嘘ですね」
あっさりとノベールは切り捨てる。
「苦言なんて役に立ちませんよ」
「そうなんですか?」
「はい。
実際、先生はどうでした?」
「それは……」
問われてあらためて考える。
送られてきた批判や抗議。
それを受け入れて、さて何か良い事があったのか?
役に立ったのか?
「…………無いですね」
「そうでしょうね」
エドマンドの答えに、ノベールはため息を吐く。
「それが答えですよ。
こういうのが役立つ事なんてほとんどない。
全く、と言ってもいい」
ノベールは断言していく。
「たいていの場合、こういうのは作者への罵詈雑言でしかない。
そんなの見たら作者のやる気が無くなりますよ」
「そうですね」
体験したからエドマンドは実感としてそれが分かる。
「取り入れるべき意見もない。
仮にあったとしてもです。
作者が考えてる話の流れ、それを壊す理由にはならない」
話の流れは作者が考えてるものだ。
その流れが結末にまで続いていく。
「それを壊したら、結末がおかしくなる。
どうしたって修正が必要になる。
でも、たいてい修正も出来ずに崩壊するんです。
余計な手間や無駄を増やすどころか、作品を破壊してしまう」
その方がよっぽど問題だ。
「だから、こういうのは一切取り入れないでください。
目に触れるのも避けてほしい。
なので、送られてきた手紙は、こちらで全部止めます」
それが作品と作者を、引いては出版事業を守る事にもつながる。
「こちらとしては、金の卵を産む人達を潰すわけにはいかないので」
事業者としては当然の判断だ。
「なんですが、中には応援の手紙もあるでしょう。
それは先生に渡したい。
なので、もし良ければ、事前にこちらで中身の確認をさせてもらいたい。
いかがですか?」
「かまいません。
むしろ、お願いします」
事前に確かめてくれるなら、その方がありがたい。
「でも、そうやって耳障りのいい話だけ読んでいても大丈夫なんですかね?」
「というと?」
「それだと考えが偏るとか言いませんか?」
「ああ、なるほど。
いや、無いですよ、そういうのは」
これもまたノベールはあっさりと否定していく。
「うちの国では、文句はつけない、応援や賞賛をしていく。
そういうのが長く続いてます。
でも、そうやって駄目になった人はいませんね。
そりゃあ、一人か二人はいたかもしれませんけど」
このあたり、長い歴史に裏打ちされた実績がある。
「それよりも、応援されて伸びた人の方が多いですね」
「そうなんですか?」
「はい。
我が国で文豪と呼ばれてる人達。
そのほとんどが、応援されて成長した人ばかりですから」
文豪と呼ばれる者達も、最初から文豪だったわけではない。
むしろ、最初は下手くそで全く評価を得られない者もいた。
だが、ほんのわずか、一人か二人といった支持者達。
そういった者達の応援に応えて、ただただ書き続けた者もいる。
そうして書き続ける事で腕をあげ、名作を世に出した。
「そういう人もいます。
中には、何十年と駄作を書き続けて。
晩年になって書き上げた一作で、文豪と呼ばれるようになった人もいます」
たった一つの名作。
それを書くまでに書き続けた駄作や凡作。
消費した時間。
作者の根気。
「そうやって書き続けたのも、一人か二人しかいない読者の為だったそうです。
その人達が自分の書いた話を待っている。
だから書き続けたいと」
応援や支援が名作を世に出したという好例である。
「その逆に、暴言で書くのを辞めたという話もよくあります。
特に、名作を連発していた作家の筆を折った話。
我が国では結構有名です、教訓として。
言った本人は苦言と言いはったようですが」
それでも、名作家の筆を折った者は、歴史に汚名を残している。
「そんな歴史が我が国にはあるんです。
だから苦言なんて言うのは、全く評価されない。
むしろ、そんな事したら白い目で見られますよ」
将来の可能性を潰す人間と判断される事になる。
「だいたい、毎日食べるべきは、美味しいご飯です。
薬じゃない。
薬を毎日飲んだら、それこそ体調をおかしくします」
「確かに」
「まず必要なのは美味しい物です。
料理を食べないとそれこそ死にます。
そんな料理を放り出して薬ばっかり飲んでどうするんですか」
言い得て妙である。
薬じゃ腹は膨れない。
栄養も取れない。
まずは食事。
それが先だろう。
「だから、美味しいご飯を食べてください。
栄養のあるものをとってください。
薬や毒なんていりませんから」
それを聞いてエドマンドも納得出来た。
美味しいご飯。
確かにそれを食わないと生きていけない。
「その美味しいご飯が、応援や賞賛なんです。
だから、それを読んで健康な体を保ってください」
「分かりました、そうします」
否という気は全く無かった。